待たされた報告
「じゃあ、ゲームそのもののテストは特に考えていないって事か?」
「どうでしょ?」
良治が尋ねると、途端に洋子は自信がなさそうに首を傾けた。
「どういう事よ? 言ってる事が違うんじゃない?」
「同じですよ。私が思ったのは、管理者にとって『一番』テストしたい部分です。その他にもテストをしたい事はあると思いますが、そこは二の次のように思えますね」
「じゃあ、その一番大事な部分をテストして何をしたいのかは分かるんすか?」
大事なのはそこだと須藤が尋ねると、洋子は顔を下げ考え出す。
彼女の返答を仲間達が待っていると、ゆっくりと顔をあげた。
「ゲーム製作者だからこそ。でしょうか? 作り手なら、遊ぶ側を夢中にさせたいと考えて当然でしょう」
「……えっ?」
「洋子さん、それはちょっと無いと思うわ……」
「ここまでした理由が、それって無いっすよ……」
さすがにそれは納得が出来ないと3人の顔が曇ってしまう。
「分かっていますよ。今のは普通のゲーム製作者ならばの話です。……大体こんな真似を、普通の人間が出来るとは思えませんし、会社員だけにテストさせている理由が全く分かりません」
言いたい事は終わったのか洋子の声が小さくなってきた。
張りつめていた空気が和らぐのを感じ、香織が大きな溜息を一度つく。
「結局、管理者の目的は不明なままなのね?」
「そこばかりは管理者の正体次第でしょうね……。もし、本当に神だとしたら、私達が理解出来るような目的なのかも怪しいです。それこそ、見ていて楽しいからとか、そんな馬鹿らしい理由かもしれませんよ?」
「それは、嫌っすね……」
まったく同感だと良治も大きく頷いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
話が落ち着いてから、洋子が考えた事を掲示板で報告するべきかどうか悩んだ。
正解なのかどうかも分からない状態で、伝えるべきなのかと悩んだ結果、良治は少しの間保留しておきたいと希望した。
「何故です?」
「洋子さんの考えが正解だとすれば、俺達がこのままゲームをし続けるのはマズイと思う。それをこのタイミングで言うのはな……」
良治が顔を背けて言う気持ちは仲間達にも伝わったが、別の不安を抱かせてしまう。
「……足を止める気ですか?」
「え? マジっすか?」
「鈴木さん?」
焦りを覚えたような言い方を3人共がするが、
「悪いがそれはない」
きっぱりと言い切ると、それぞれの顔色が普段の物へと変わった。
「ゲームに夢中にさせられるかどうかという意味で言えば、俺はとっくにそうなっているからな。今更足を止めても、何かが変わるとは思えないんだ」
淡々と当たり前のように言い切る。
聞いていた3人が、そろって良治を凝視していた。
「……ん?」
妙な間を感じたせいで、勝手に声が出てしまう。
その声が聞こえても、3人の様子が変わらない。
さらに間を置くと、全員が慌て始めた。
「頭の方、大丈夫ですか!?」
「なにぃ!?」
「急に認めないでよ! こっちが驚くわ」
「どういう意味だ!」
「係長は絶対言わないだろうと思っていたっす! 裏切られた気分すわ!」
「こっちが裏切られた気分だよ!」
そろいもそろって、酷いものだ。
口にこそしないが、良治の気持ちは表情や行動に出ていた。
それを言わないのは、気恥ずかしさがあったからだろう。
絶対口にはしないだろうと思っていたのに、いきなりの告白。
3人共が驚いてしまったのも無理はない。
責め立てられた良治の気持ちは別としてだが。
「とにかくそういう事だ! 足を止めた方が良いのかもしれないが、今の俺はもう手遅れな気がするんだよ!」
「そういう事を力強く言わなくても……」
「開き直ったわね」
「あー…もう駄目っすわ。色々と手遅れっすわ」
「――!!」
自分を責め立てる3人に対し、良治の体が震えた。
力強く握りしめた拳も、ふるふると震えている。
大きな声で「君達には言われたくない!」と叫びたかったが、ぐっと堪えた。
そんな良治に3人がさらに言うのだが、本気で心配しているからなのか、全く違う理由からなのかは分からない。分かるのは、言われた良治が、罵倒されているようにしか思わなかった事だろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
大剣術士達が掲示板に挑戦する事を書き込んでから、2時間ほどが経過した。
その間に相談事をしたり、口喧嘩をしたり、食事を済ませたりとしていたわけだが、大剣術士達からの書き込みがない。
これはまた……
(3度目か?)
そうは思いたくないが、どうしても考えてしまう。
午後から始めた訓練の最中であるが、書き込むような事はしていない。大剣術士達がどうなったかで不安がっている声が上がっているからだ。
その最中に、指示だしの書き込みをするのは、さすがに空気を読まない行為と言わざるを得ない。
陰鬱な気分のまま時間が経過していくが、短槍術士が『勝ったぞ!』という書き込みをすると一気に晴れた。
「おぉぉ―――!!!!」
書き込みを見た瞬間、持っていた剣を高く掲げ叫んだ。
突然の行為に、隣にいた須藤が目を大きく見開いてしまう。
後ろにいた洋子も驚くが、良治の背を見ただけで何が起きたのか理解した。
それは、常に見ているからだろう。
良治が、かつてないほどに喜んでいるのが洋子にも伝わり、彼女もまた嬉しくなった。
「大剣術士さん達が勝ったんですね!」
「あぁ! 今、書き込み始めてる! やったぞ!」
「マジっすか! じゃあ、こいつらさっさと倒すっすね!」
良治が歓喜の声をあげると、3人共が会心の笑みを浮かべた。
これで次に行けるというのもあるが、あれだけ毎日苦悩していた仲間達が目的を達成した。
それは良治にとって絶大な喜びを味合わせてくれる褒美に近かったのだろう。
先へと進む事は、管理者の思うツボなのかもしれない。
しかし、どうせ誰かが20階に到達しなければ謎が解けないのであれば、
(俺達が行って暴いてやる!)
そう固く誓うかのように剣を強く握りしめ、目の前にいるミノタウロスを倒しにかかった。