もしかしたら?
業務連絡が続けられ、詳しい話がされた。
簡単にまとめるとこうなるらしい。
『謎の扉を使用しての戦闘行為を行った場合、報酬品の質が下がる』
これをドラゴン戦に当てはめて言えば、報酬である白地の羊皮紙が、【白地の羊皮紙(劣化版)】となるらしく、得られる固有スキルの効果が下がるらしい。
この事で最初に困りだしたのは大剣術士達。
これから挑戦しようとしていた矢先の事であった為、彼等は扉を使用するかどうかについて話しあった。
使用するかしないかで言えば、しない方向で意見が一致。
作戦の方を一部変更して、これから挑戦するとの話だった。
「大剣術士さん達はそっちを選んだか」
「どこまで酷いのか分かりませんが、勝てないわけではないはずです」
洋子が良治を励ますように言うが、効果は今一つの様子。
難しい顔つきは変わらず、まるで自分の事のように大剣術士達を心配していた。
2人がいるのは洋子の休憩所。
業務連絡の意味が今一つ分からず、彼女に尋ねにきていたところだった。
「管理者の奴。ここまで邪魔をするか?」
「邪魔? ――ですか?」
「違うのか? 俺にはそう思えるんだが」
「管理者にとってゲームバランスの問題でしかないんだと思います。とは言っても、私達には関係がないので、やっぱり邪魔と感じてしまいますけどね」
求めているものが違う。そんな所だろうか?
良治はそう思うが、邪魔をされていると感じるのは変わらなかった。
「こいつ、本当に何がしたいんだろうな?」
「それは分かりませんが、報酬の方で手を加えてくるとは思いませんでしたね。普通なら、アイテム回収や設定……」
話の途中で洋子の首が、横に傾いた。
何かを考え始めた様子で、その目が下へと向けられる。
「……スラッシュの設定変更って、結局はしませんでしたよね?」
「うん? ……あぁ、変更をどうこう言っていた気がするが、それだけだったな」
「それなのに今度は報酬内容に修正ですか?……バランス調整にしては少し変な気がする」
「?」
洋子が何を思ったのか分からないが、彼女の様子を見た良治は、苛立ちを薄れさせた。
考え込み始めたのが分かる。
言葉遣いが普段と変わりつつあるのも理解出来た。
気にはなるが、話しかけるのは邪魔にしかならないと思い、良治は口を閉ざした。
「……スキルや迷宮に対して変更ができない? それとも大規模メンテナンスみたいなものが必要? ……ううん。スラッシュの時に言っていた事を考えると修正は簡単に出来そうだし、出来ないのではなくて、しないんじゃ? ならスラッシュの威力は元々狙い通りだった? じゃあ、あの業務連絡は何?」
考えている事が良治の耳にも入ってくるのは、彼女の思考が深く沈んでいっているからだろう。何かを掴める所まで来ているといった感覚が、良治にも伝わってきた。
「何人か取得しているからと言っていたけど、それもまとめて修正すればいいだけじゃ? ……あれは嘘? でも、そんな事をする理由が……あれで近接職の人達は一気に……あっ!?」
洋子の背筋がピンと伸びた。
それは、バラバラだったパズルのピースが彼女の中で、一部のみだが組み合ったからだろう。
「本当にテストしたいのはそこなの!?」
「洋子さん?」
唐突に出された洋子の大声に、良治は戸惑いを覚えずにいられなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
全員が、洋子の休憩所にあつまる。
掲示板を使い報告しようとも考えたが、その前に須藤や香織にも聞いてもらいたかったからだ。
まず、管理者がスラッシュの設定変更をしなかった理由について洋子が話し始める。
「ゲームに夢中にさせる為?」
洋子の結論を簡潔にいうとそうなるらしいが、聞いた3人は理解不能。
須藤だけが微妙な顔をしているが、それは漠然としたものを感じているからだろう。
「序盤ですけど、ゴブリン戦闘がかなり大変でしたよね」
「そうっすね」
「あれは、きつかった……」
「……そうだったのね」
「香織さんは、除外します」
「ちょっと!?」
あっさりと対象外にされた香織は、少しだけ唇を曲げた。
洋子は例外を考慮にいれて話を進めたくないのだろう。
「実際、2階で初めて死んだ人は多かったはずです。ゲーム序盤におけるチュートリアルにしては厳しすぎるんですよ」
「それは分かるっす」
「「……」」
須藤以外の2人が返事をしないのは、他のゲームにおけるチュートリアルを知らないから。それは洋子も分かっていたようで、黙って話を続けた。
「その厳しさのあと、スラッシュという餌が与えられました」
「餌? スラッシュが?」
「はい」
意味が掴み取れない良治の側で、須藤の顔つきが変わった。
「攻略を簡単にしてくれる武器や魔法を手に入れると、ゲームが面白く感じるようになる事があるっすけど、それっすよね?」
「大体、そんな感じです。ただし、これは近接職にとってのみで、弓職や魔法職は関係がありません」
須藤だけは感覚的に理解しているようだが、他の2人は分かっていない様子。
それでも話の邪魔をしないように聞いているのは、洋子の気迫によるものだろう。
「魔法職や弓職にとっての餌は別にあります。弓職の場合、魔法系統が違うし、矢も無限にうてます。聞いた事はありませんが、序盤だけなら強かったと思いますね」
「その辺りは掲示板で聞くとして、魔法職の場合は?」
「1階の火球。2階の水弾。3階の風牙。これら全てが近接職にとってのスラッシュに近いものだと思ってください。序盤で入手した魔法が、後半になっても役立つようなゲームって、ほとんど無いですよ」
ゲームの事について良治は分からないが、それらの魔法が今でも有効なのは何度も見ている。後半となった今でも使える魔法である事は確かだ。
「じゃあ、スラッシュは設定ミスじゃないって事っすか?」
「設定を間違えたというのは嘘でしょうね。たぶん、自分がそう言い切る事で、それだけの威力だと広めたかったんだと思います。……それに……」
そこで良治を見る。
本人は不思議がるが、洋子の説明を聞いたあと理解できた。
「係長と合流してすぐの事ですけど、5階について疑問に思った事があります。それは敵が弱すぎた事についてですけど、覚えていますか?」
「それは覚えているが……思い出したくないな」
「……そうでした。思い出さなくてもいいです」
「「??」」
妙なやりとりを挟んだ2人に須藤と香織が首を捻るが、説明する気は無いだろう。それを言うとなると、良治のアンデット怖い病についても言わないといけないので。
「私は5階の敵が弱すぎた事に疑問を覚えたんですけど、係長はPTを組んでいない人用に、そういう設定にしているんじゃないか? と言ったんです」
その時、洋子は全てが計算づく? と思った。
しかし、それは5階についてであり、スラッシュの設定ミスまで含んでいるとは考えていない。
「あれもそうなのか?」
「これだけじゃないですよ。たぶん。今まであった事のほとんどが、私達の意識をゲームに向けさせる為だと思います」
最初の待遇が悪すぎる事は、階を進めば改善されていく。
経験や知識を積めば、強くなっていけるという感覚。
現実に戻っても感覚は同じだが、そこでジレンマを感じる事もあった。
迷宮にくると意のままに動ける肉体があるのは、一種の快楽に近い。
ドロップ率の上昇や、掲示板がある理由もそうだろう。
ガチャもその一つである可能性が高い。
確定的だったのは今回の修正内容。
扉ではなく、報酬の修正をした。
ゲームのテストプレイというからには、扉の仕様を修正すればいいはずなのに、それをせず報酬の方に変更を加えた。
これは、プレイヤー達に選択権を与えたという事であり、同時に宝箱や扉のようなアイテムを入手しても、管理者側の方でそれらへの修正はしないという意思表示にもなる。
どちらがプレイヤー達を夢中にさせられるか?
それを考えた末での判断ではないだろうか?
ゲーム製作者であれば、プレイヤーを楽しませるために色々な手を使う。
それは普通の事であるが、設定ミスやバグ技のようなものを修正しないのでは、テストプレイの意味があるだろうか?
そこで思った。
洋子の考えによれば、管理者が言うテストプレイというのは、ゲームバランスのテストを意味するものではない。
「管理者が本当にテストしたいのは、私達の反応なんだと思います」
洋子は強い確信を得たかのように、そう言い切った。