チェンジを希望する!
ドラゴン攻略についての話は更に進み、デバフの有効時間についても判明。
一度の使用で30分程度は保つらしく、その間にドラゴンを討伐出来れば良し。失敗した場合は、リスクを覚悟の上で再度デバフをかける必要があると予想された。
話し合われた攻略手順は幾つかあったが、次に挑むPTがどういった手段を使うかは不明。デバフと謎の扉の運用。そうした事等を実際に使い試さなければ判断できないからだろう。
この日、ドラゴンに挑めるプレイヤー達は、残った時間を相談と練習に費やす事にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『本日の迷宮ニュースですが、大きな情報が幾つかあります』
「やっぱりか」
自宅に帰った良治が、予想通りだと思いながら呟き、冷蔵庫へと手を伸ばす。
黒ラベルのビール缶が『今日もお疲れさま』と言って出迎えるわけもなく、蓋をあけ喉へと流し込み始めた。
「ふぅ……。さてと……」
見るのも嫌だが、何を言われるのか分かったものではない。
良治が苦々しい顔をしてしまうのは、手にしたビールのせいではないのだろう。
『一つ目は、ミミックについてです』
「おっ?」
気になっていた話の一つが流れ出し、顔色を変える。
缶ビールを再度口につけ傾けると、ツマミが欲しくなってきて再度冷蔵庫へと手を伸ばした。
中にあった焼き鳥の缶詰をとりだし、蓋をあけ爪楊枝を使い口に運び始めだす。
『14階で再度の遭遇報告がありましたが、今回は討伐が成功したとの事です。また、このプレイヤーの方々は、現在知られている逃亡防止策について知っており……』
「倒したか!」
上手くいった。それだけで嬉しくなった。
嬉しくなると食が進むらしく開けたばかりの缶詰の中身と、ビールがみるみるうちに減っていくのだが、
『討伐に成功した方によると、宝箱に与えるダメージ量に比例し遭遇率が増える可能性が高いとの事です。これは、最初に遭遇した方々が行った推察から考えた事らしいですが、この考えどおりであれば、最初にミミック討伐を成功させたプレイヤー達は、余程の事をしたのだろうと思われます。何故そんな事をしたのか分かりません。恨みでもあったのでしょうか?』
(防具に使えないか思っただけなんだが……。妙な考えをするなよな)
ニュースアナウンサーの言い方に苛立ち、食欲が失せ手が止まってしまう。
『次いで、16階にいるボス攻略についてですが、こちらについても大きな情報を得る事が出来ました。15階に4枚の絵があるのは、以前にも……』
(467さんが見つけたやつか。デバフとか言っていたが、あれも洋子さんに聞かないとな。土曜日にまとめて聞いてみるか)
掲示板の流れを邪魔したくなかったが為に聞かずにいたが、良治はデバフという言葉の意味がよく分かっていない。
ガチャで失敗した迷宮人の話では魔法耐性を下げるらしいが、デバフというのは、それだけを意味するのではないと思えたようだ。盾PTについても聞いていないので、これも洋子に聞く事になるだろう。
『同じく本日知られた情報ですが、謎の扉というものが発見され、その扉を入手する事が出来たようです。これもボス攻略に役立てられるとの予想のようですが、扉がどのようにして……』
(……きた)
思っていたとおり、今日報告したばかりの事が取り上げられた。
その報告をしたのは自分達だから、何かを言われかねない。
そう考えると不快そうに顔を歪めた。
『この発見された隠し扉は、3階と同様に2階にもあるようですが、1階だけ暗闇地帯となっています。何が起きるのか分からない為、被害者の方々は強引な侵入方法を試すような真似は慎んだ方が良いと思われます』
(そ、そうだよな。危険な真似は止めよう……)
すでに無理やり侵入しようとした身として言えば、耳に痛かったようだ。
『この隠し扉についての詳細な話は、当局のホームページにて後日公開される事となります』
「いつの間に!?」
意図せず声を出してしまったのは初耳だったからだろう。
良治は真似られたような気分になったが、洋子と同じような事をしている人々は多いのだから、この局だけという話ではない。
それに洋子のブログには、後日と言わず今日中に載せられる事になるだろう。
『ボス攻略情報については以上ですが、もう一つ別情報があります』
(あれ?)
予想外に、自分達の事について言われなかった。
それは良いが、肩透かしを受けたような気になったようだ。
(騒がれないのは嬉しいが、どうしたんだ?)
良治は疑念を抱いたようだが、その理由はテストプレイヤー保護の会が動いているからに過ぎない。
彼が首を捻るのは無理もない事だが、さらに迷宮ニュースが続けられる。
『管理者と呼ばれる存在について何度か話題にしてきましたが、本日、別人が関与している可能性が出てきました』
「……なに?」
体が固まった。
手にしていたビール缶に力も入ってしまい、わずかにへこませてしまう。
『通称管理者と呼ばれている犯人は、今まで子供のような声で業務連絡を行っていました。しかし、本日行われた業務連絡において、全く違う声を聞いたという話が多数あり幾つかの推測が出されています。管理者が声を変えたという推測もある為、別人が関与しているという話は、あくまで可能性という事ですが……』
(声を変える? ……まぁ、悪ふざけが好きそうな奴だしな)
納得できそうな気はするが、心のどこかでありえないだろうと囁く声がする。
それは良治の勘じみたものだろう。
『この会社員拉致事件は、その規模に比べ犯人に通じる手掛かりが、ほとんどありません。こうした情報は、事件解決の大きな手掛かりになりえる可能性があります。どのような情報でも構いませんので、何か分かれば情報提供の程宜しくお願いします』
言い切ると、その女性アナウンサーが頭を下げCMへと切り替わった。
良治は残っていた焼き鳥とビールへと手をつけながら考える。
(情報提供するなら、テレビ局より警察の方が優先のような気がするが……。それより、どんな声……あっ)
気が付き、ノートパソコンを見る。
情報提供がされたと言う事は、それを知ったのはプレイヤーの1人に違いない。
現実の掲示板にも何か書き込まれていないだろうか?
そう考えると、残っていた分を全て片付けてから、ノーパソの電源を入れた。
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良治の推測どおり、いくつかの掲示板で騒ぎになっている。
調べてみると、普段より落ち着き払った大人のような声だった事が分かった。
(本当に仕事という口調だったのか)
掲示板を読む事は慣れたようで、同じような事が書かれている場所は流し読み。
自分が知りたい部分のみを見ようと、さらさらとチェックしていくと、目当ての部分を見つけた。
『業務連絡を行います。15階へと進んだ方々がおりますので、ルールに従い時給を1200円へと変更させて頂きました。またパーティーリーダーを勤める方の迷宮スマホに迷宮階転移機能が追加されますが、この機能には注意が必要である為、その説明をさせて頂きます』
(……何だこの違いは)
全く違う。
こんな調子で連絡がされるのであれば、苛立つことも少なくなるんじゃないのか?
そう思うのは良治ばかりではないようで、この書き込みがされた後に『チェンジだ! こっちの方が断然良い!』などという話が出ていた。
(俺も、大賛成だ)
そうした事を考えてから、ノーパソの電源を落とした。
また妙な事が起きたが、少しは何かが分かった。
それだけでも良しとしようと思いながら、良治は、もう少し腹に何かいれようと外へと出ていった。