表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

110/227

覚悟を決めましょう!

 翌日の訓練中、槍の上に立ちドヤ顔を決めた須藤がいた。


「「「……」」」


 本人が何を言いたいのか分かるのだが、香織は頭痛に苛まされてしまう。


 今まで須藤は、巨大化した槍を担ぐようにしていた。

 それは不格好な姿とも見えるが、突き刺す瞬間まで標的を逃すまいとする心の表れでもある。須藤なりに頑張っているという気持ちが分かり、香織も見守ってはいたのだが、それが何故か急に……。


(あなたって、どうしてそうなの……)


 何も口にしていないのに、抱いた気持ちが他の2人へと伝わってしまった。


(香織さん、大変だなぁー…)


 そう思うのは良治であるが、彼も他人の事を気にしている場合ではないだろう。

 スレッドスキルで掲示板を表示させながらの戦闘には慣れてきたが、書き込む事が出来ていない。やろうと思えば出来そうではあるが、書き込む段階になると躊躇(ちゅうちょ)してしまう理由があった。それを克服する為に、彼のスキル訓練が今日も続けられる。


 ミノタウロスを討伐し、トロル一体になった時、後方に待機していた洋子が大声を上げた。


「係長。いつもの通りでいいんですよ!」

「……本当にやるのか?」

「まぁ、恥ずかしいわよね」

「抵抗あるっすよねぇ……」


 洋子がいう『いつもの通り』というのは、掲示板でのやり取りの事ではない。

 須藤や香織に対する指示だしのようなものを『いつもの通り』書き込んで欲しいというのが洋子の要望。それを実行すると言う事は、当然ながら他のプレイヤー達にも見られる事になる。


「恥ずかしいんだが……」

「恥ずかしいのは最初だけですから!」

「その最初が問題なんだよ!」


 絶対、変に思われる。

 例え理由が分かっていたとしてもだ。

 数回繰り返せば慣れてくれるかもしれないが……いや、繰り返す事によって、最初は許していたプレイヤー達も『こいつ邪魔くせぇ…』とか『こっちの話に割り込んでくるなよ』とか思ってしまう可能性だってあるだろう。

 そんな事を考えると、自分は何というスキルを取得してしまったのだと、言いたくもなった。


(いやスキルは悪くない。うん。スキルは悪くないんだ)


 苛立ちながら攻撃を繰り返してくるトロルを前に、頭を激しくふった。


「覚悟を決めましょう!」

「……」


 そんな覚悟は決めたくないな……。

 背後から聞こえてきた洋子の声に、内心でのみ呟く。

 されど、洋子のいう通りでもある事は理解していた。


「……やるぞ」

「はい!」


 掲示板に書き込むだけで、ここまで緊張するとは思わなかった良治であった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



雑談スレ part77


11 名前 R

課長は右から。派遣君は上から頼む。Yさんは下がって支援をしてくれ。


12 名前 R

派遣君下がって! 土鎧の効果がきれてるぞ! Yさん、頼む!


13 名前 名無しの迷宮人

何これ?

係長どうしたの?


14 名前 剣術士

スキル訓練するとか言っていたから、それだろうな。


15 名前 R

足を狙う! 派遣君は、そのままパワーを!


16 名前 名無しの迷宮人

普段から課長とか派遣君とか呼んでいるのか?


17 名前 弓術士

違うでしょうね。

スレッドを経由する為に、普段の呼び名は控えているんでしょう。


18 名前 短剣術士

説明してから始めれば良かったと思う。


19 名前 467

心の余裕がないと見た。

それより、大剣術士達はどうする?

ドラゴンに挑戦するのか?


20 名前 R

ミラージュまで使わなくていい!


21 名前 大剣術士

挑戦するのはいいが、足止めするには木人形か氷結の魔法が欲しくなるし、そうなると短剣術士さんとの融合魔法が難しくなる。


22 名前 467

融合魔法は近接職同士だって出来るんだし、それでやったら?


23 名前 短槍術士

近接職同士の融合魔法で倒せると思うか?


24 名前 R

よし倒れた! 派遣君、止めだ!


25 名前 名無しの迷宮人

倒れたね……別だけど


26 名前 名無しの迷宮人

相談は、係長の訓練が終わってからの方がよくない?


27 名前 ハンマー術士

今ので終わったんじゃないのか?


28 名前 R

次を探すか。Yさん頼む。


29 名前 杖術士

続けるつもりのようだなw


30 名前 大剣術士

……これは、しばらく続くのか?


31 名前 棍術士

派遣君www


32 名前 名無しの迷宮人

これって、私達の方でもスルースキルが必要になるんじゃないの?


33 名前 杖術士

まさかと思うが、俺達が固有スキルを得た時、スルースキルを取得とかないよな?


34 名前 棍術士

怖い事を言うなよ!



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「恥ずかしかったのでは?」

「恥ずかしいぞ! これを見たら余計にだ!」


 戦闘訓練を一旦止め、良治の休憩所に集まった面々が掲示板を見ていた。

 どういった反応をされているのか気になった為であるが、香織ですら気になるようで洋子のスマホを覗きこんでいる。


 当初は恥ずかしさがあった良治であったが、いざ始めてみると、普段とあまり変わらない調子で指示を出すことが出来た。その事に、不満があるわけではないが、言っている事が違うと思わずにいられない。


「派遣君は無いっすわ……」

「じゃあ、なんて書き込めばいいんだ?」

「Sで良くないっすか? 洋子さんもYですし」

「それなら、私もKにして欲しいわね」

「また、呼び名が変わるのか……これって本当に必要か?」

「今はいいですけど、ドラゴン戦の時のように、はぐれて戦う状況があるかもしれませんよ?」


 そう言われては返す言葉もないと、良治の頭が垂れ下がる。

 洋子がこうした訓練を良治にさせているのは、後々のことを想定しているからだ。

 今までも、声が届いているのかどうか分からない状況が何度かあったのだし、それを考えれば良治のスキルは有用と言える。


 しかし、有用だからと言っても、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 自分が普段どういった指示を出しているのか知られるし、他人の話に割り込んでもいる。


(本当に、これを繰り返さないと駄目なのか? 益々、皆に迷惑をかけそうだな)


 そう思う良治であったが、結局はスキル訓練を続ける事になった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 昼に出現する自販を見て良治は思う。


(そろそろカレーが追加されてもいいんじゃないか?)


 味そのものは不味くはない。むしろ美味いと思う。

 種類も豊富だし、優れた自動販売機と言えるだろう。


 しかし、カレーが無い。

 カレー味のピラフもない。

 何故、カレーの類が一切ないのか、良治は不思議でならなかった。


 そう思わずにいられない良治が選んだ本日の昼食はカルビ丼。

 白いご飯にカルビ肉がのり、しっかりと甘辛のタレがかけられている。

 もしスーパーなどで購入するとなれば、良くて400円代だろう。

 パック詰めされているとはいえ、それを無料で食べられるのだから贅沢を言えば罰があたるというものだ。


 そんな事は分かっているのだが……。


(レトルトでもいいんだぞ?)


 定食屋のカレーとは言わない。

 家庭で作るようなカレーなどとも言わない。

 だが、せめてレトルトパックに詰め込まれたカレーぐらい追加されてもいいんじゃないだろうか?


(……というか、ここ最近追加メニューがないよな?)


 カルビ丼と一緒にでてきた割り箸を使い、白いご飯とカルビ肉を一緒に口にいれながら思う。

 飲み物は緑茶だ。

 ビールがあれば違ったかもしれないが、迷宮にいる際は緑茶で食事をしていた。


(迷宮にいるわけだし、こうしてちゃんとした食事がとれるだけマシか)


 とは思うが、同時に、好きで来ているわけでもないと思い出してしまう。

 そうすると、不思議に味が落ちるから不思議だ。


 カルビ丼の残りを食べ終えると、パンパンと両の手を叩いた。

 パックに蓋をし、自販の横へと置く。ほっとけば勝手に消えてくれるのだから便利である。


「さて寝る……ん?」


 誰もいない休憩所でベッドへと体を向けたが、その動きが止まった。

 何故なら開かれた玄関扉の先に、洋子が迷宮スマホを手にし立っていたから。


「どうした?」

「その―…」


 妙に、よそよそしい態度をとる。

 洋子を見た良治はそう思えてならなかった。

 また違った顔を見られたというのは嬉しい限りだが、不安にもなる。


(まさか……)


 その時の良治が思ったのは、付き合い始めてから、わずか半月足らずで自分を振った女の事。普通とは思えない捨て台詞で別れを告げられて以来、女というものが全く分からなくなった。

 まさか、それが今また……。


 思い悩む良治に対し、洋子は手にしていた迷宮スマホを向け大声で言った。


「係長が作った3階の地図を見せてくれませんか!」

「――?」


 良治は思う。


(まさか、普通じゃない相手としか付き合えないとか、そういう運命なのか?)


 そんな事を考えている良治の前で、洋子は期待をこめるような瞳を向けて、返事を待っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆現在この作品の書籍版が発売中となっています
web版とは【異なる部分】が幾つかあるので、是非手に取って読んでみて欲しいです。
作者のツイッター
表紙
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ