悪趣味な奴
『個人差を考慮しての事』
このセリフは、開幕初日に管理者が言い残した事だ。
冒険者初期セットと言われるものが配布された時に告げられたものだが、このセリフを聞いた時、彼女は自分の元にヌンチャクが配布された理由を知った。
「私が扱いなれた武器って、これだったのよね」
香織がいうコレとは、彼女が手にもつヌンチャクの事。
「武者修行していたとは聞いていたけど、その時にでも習ったのか?」
「その通りよ。幾つか教えてもらった武器術の一つが、ヌンチャクだったわけ」
「他にも習ったんですか?」
「教えてはもらったわ。だけど身に付けられたのは、ヌンチャクと槍術だけ。そしてヌンチャクの方が私と相性が良かった」
だからこそ、自分に配布されたのはヌンチャクだった。
そう香織は判断しているようだ。
「香織さんの場合は分かるが、俺達の場合は?」
「そうですよね」
良治は自分が手にしている剣を。
洋子は、スティックを軽く上げた。
「だから個人差じゃないの? もし私が鈴木さんや須藤君に武器を与えるとしたら、やっぱり剣や槍を選ぶと思うわよ」
「なんでまた?」
「その前に聞くけど、3人共、まともに武器術を習った事ってある?」
「いや……」
「無いですよ」
「ないっす」
そんな覚えはないとばかりに、それぞれが首を左右にふってみせると、香織は「やっぱりね」と小さく言いながら、腰に両手をあてた。
「だとしたら、貴方達の身体や性格。あるいは拘り? そんな部分で私なら選ぶわ。須藤君の場合はジャンプ突きとやらに拘りがあるようだし槍を。鈴木さんの場合、周囲に目を向けられるから、状況に合わせて動けるようなものを選ぶでしょうね」
男2人に対してはそうした判断のようだが、洋子については何も言わない。
気になった本人が自分を指さししていると、言いづらそうに口を動かした。
「もしかしてなんだけど、洋子さんも須藤君のような拘りが無い?」
「私がですか?」
「ええ。彼のジャンプ突きって何かのネタよね? それに似たような事ってない?」
「……」
洋子を見つめる香織の眼差しは、確証を得ているかのようにも見えた。
そうした視線から洋子が目を逸らすと、香織の唇が緩みを見せ「やっぱり」という小さな声を出した。
「何かあるんでしょ?」
「……私、MMORPG系のゲームをする時は、決まって魔法系の攻撃職や回復職を選ぶんです」
「MM……なにそれ?」
「多人数でやるRPGゲームですよ。分かってください!」
洋子が声をあげると、香織は肩をすくめて返した。
「まぁ、そういう拘りが影響しているんじゃない? 気になるなら魔法がメインの人達にも聞いてみたら? 同じような何かを持っていると思うわ。もしかしたら、同類のような部分があるかもしれないわね」
香織が言い切った瞬間、洋子の中で3Dのポップ文字で作られた『同類』という言葉が浮かび、その横に467という言葉も浮かんでしまった。
(一緒……)
彼女の両肩から力が抜け落ち頭を下げてしまうが、何故落ち込み始めたのか良治は分からず、どうしたらいいのか迷ってしまう。もし、467が良治達の支援に賛成をしていた事をしれば、洋子の反応も違った事だろう。
須藤と言えば、杖術士の事を思い出していた。
(あいつもガチャ慣れしてやがったよな。洋子さんと一緒で、ネトゲで魔法使いとか選んでいたんじゃねぇの?)
そんな事を考えながら上空に浮かぶ太陽を見ていると、脇腹に香織の肘があたった。
「あなたがやっている、ジャンプ突きとかいうのもゲームネタなの?」
「そうっすよ。前にやっていたゲームのキャラでも、槍職を選んだっすね」
「フーン……だとしたら武器術を学んでいないで、ゲームをやっていた人達は、その辺りが影響しているのかもね」
「係長のような人はどうなるんすか?」
「身体つきや性格。あるいは、全く別の……。何の根拠もなく武器が選択されたにしては出来過ぎだと思うわ」
言いながら、自分のヌンチャクを上げてみせる。
「……つーことは、管理者のやつは、最初から俺達の事を、色々知っていたって事っすか?」
「知っていた。あるいは知る術がある。どちらかじゃない?」
「……本当に神だと思うっすか?」
「それは分からないけど……」
まだ落ち込んでいる洋子を見つめながら、香織は腕を組んだ。
視線を空へと向けると、そこに何かがあるかのように睨みつける。
「悪趣味なやつだとは思うわね」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
良治達が訓練している光景を見ていたものが2人。
1人は、白髪の少年であり映像をみながら不機嫌そうに眉を寄せている。
子供らしからぬシワが眉間に作られ、細めた目の奥に水色の瞳が見えた。
「……写真ねぇ」
「いかがいたしましょうか?」
少年が深く身を静めているのは黒塗りの椅子。
その後ろにいるのは白い布地を纏った青年で、片膝をついて頭を下げていた。
「ほっといて良いよ」
「よろしいので?」
「うん。17階に足を踏み入れたプレイヤーもいるし、彼等が20階にきたら分かる事だ。早いか遅いかの違いだけだよ」
「予想よりも早く終わりますでしょうか?」
「どうだろうね? ここから先は5階や11階の時とは難易度が全く違うから、17階で別PTを待つというのは難しいし……」
「挫折してしまう可能性もあると?」
「……人間っていうのは色々複雑だから、どう……いや、とにかく、写真の事は手をださなくていい」
話しは終わったと少年が片手をあげると、後ろにいた青年は、ゆっくりと立ちあがった。
歳の頃で言えば、まだ20代後半といったようにも見えるし、30代前半のようにも見えるだろう。
その顔は、写真に写されていた人物の1人と同じもの。
整形手術でも受けたかのように整っている顔や、無駄というものが省かれたような体からは芸術性すら感じられる。
背を向け立ち去ろうとした時、少年が「あー…」という声をだした。
声が耳に届くと、青年の足が止まる。
黒い椅子を回し少年が体を向けると、子供じみた笑顔を作った。
「例のプレイヤーはどうだった?」
「鈴木 良治ですか?」
「そう。土日の間に、少しは調べたんでしょ?」
少年が軽く頷き応えると、
「興味深いプレイヤーだと思いました。共にいるプレイヤーについても調べる必要性があると考えております」
青年は体を向けなおし真顔で言った。
少年はそうした青年を意外そうな顔をし見つめた後、嬉しそうに微笑んで見せた。