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曖昧なセリフ

 翌日の日曜日、良治が目を覚ましたのは自分の部屋であった。


 いつもの時間に目を覚まし、近所の公園でジョギングをしている良治の目に野良ネコの姿が飛び込んでくると口元が勝手に緩んだ。


(俺ってやつは……呆れるな)


 毎日見ているはずの風景が、いつもと違うようにすら見え気持ちが勝手に弾む。

 その理由に思い当たる事が有る良治は『年甲斐もなく何を色ボケしているんだか』と、自分に言いたくもなった。


 いつものように時間を知らせるメロディーがスマホから流れると、気持ちを切り替えるように頬を両の手ではった。

 迷宮掲示板で若返ったような気分になると書き込んでいたプレイヤーがいたが、今の良治は、それに似た気持ちなのだろう。


 アパートへと走りながら帰っていく足取りが、羽が生えたように軽そうだ。


 本日は、洋子と温水プールでトレーニング予定。

 昨日の事もあり、水着姿である洋子と平常心で会う事が出来るだろうか?

 そんな不安を抱いているようだが、それでも会うのが嬉しくてたまらない様子。


 弾む気持ちのまま朝食を済ませると、スマホが着信音を響かせる。

 相手は洋子だろうと意気揚々とスマホを手にすると表情が一気に暗くなった。



 ……その理由は、電話をしてきた相手が、部長の浩二であったからだろう。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――喫茶『ライター』


 改めて言うが本日は日曜。

 迷宮へ行く事も無ければ、成労建設も休日。

 だから、良治と洋子の身は確実に空くはずだったのだが……。


(こうなるとはな)


 部長の浩二によって会社近くにある『ライター』という喫茶店に2人がそろって呼び出されていた。


 この店は、成労建設社員にとって注意が必要な店。

 社長である友義が、この店で出すコーヒーの味を好んでいるらしく、新人が入ると必ずと言っていいほど一度は連れてくる為、この店を知らない成労建設社員はいない。


 社長御推薦の店であるし、コーヒーの味も悪くはない。

 それでも好きこのんで足を運ぶ社員が少ないのは、友義が頻繁にやってくる為であるが知らぬは当人ばかり。店のマスターも察しはついている。おそらく心中は複雑なものだろう。


 そんな中でも良治は稀有な例であり、会社帰りによる事があった。

 彼の目当ては、社長の友義でもなければコーヒーでもない。

 この店で出しているモンブランケーキの味が好みのものだったらしく、気が向いた時にのみ来ている。


 本日は、全く別の理由からの来店ではあるが。


「休みにすまなかったな」

「いえ、わざわざ喫茶店に呼んだのは何か理由があるからですよね?」

「……まぁ、それでもいい」

「?」


 小さな角テーブルを挟み、普段着姿の浩二と顔をつき合わせているのだが、彼の顔がいつも以上に渋い。返事の方も、言葉を濁したいのか小さく聞こえる。


 ライターという店は、5階建のビルの2階にある狭い店。

 良治が据わる座席のすぐ横にはガラス窓があり、外をみれば2車線の道路や歩道を歩く人々の姿を目に出来る。


 狭い店内ではあるが、この店が客で一杯になる事はないだろう。

 理由は、店の看板が古びている事や、通じる階段通路の雰囲気の悪さ。

 一階入り口横に階段があるのだが、その道が暗く狭かった。

 横に青い看板が無ければ、従業員専用と見間違されても納得してしまう。


 良治が頼んだのはモンブランケーキと紅茶。

 隣に座った洋子も同じケーキを頼み、飲み物はレモンティーであった。

 浩二はコーヒーだけではあるが、友義に気を使っているわけではなく彼も好きだからに過ぎなかった。


 そのコーヒーに手を伸ばそうとしないのは、味に問題があるわけではなく心境のせいだろう。


「――迷宮の方は進んでいるか?」

「えぇ、まぁ……。報告書なら、先週出したはずですが?」

「それは覚えているが、あれから変化はなかったか?」

「変化ですか?」

「そうだ。何か今までとは違う変わった事は起きていないか? ……例えば、現実の方でだが……」


 現実。

 そう言われると、良治と洋子が互いの事を意識しあう。

 顔を傾け相手を見ようとすると視線が合い、2人の口元が緩んだ。

 正面から見ていた浩二が目蓋を2度3度と開け閉めしたのは、いつもと様子が違ったからだろう。


「やはり、何かあったんだな!」

「――えっ? やはり?」


 あと一日遅れていれば違ったのだろうが、タイミングが悪かったと言うしかない。その一言で、浩二が誤解した事を知ると、洋子が普段の自分へと戻し身を乗り出した。


「私達に迷宮以外で何かある事を予想していたんですか?」

「……まぁ、そうだ。それで何があった?」


 推測どおりだと思う2人であるが、浩二が思う事と、良治達に起きた変化はまるで違うもの。誤解されているだろうし、自分達に起きた変化について言うのは恥ずかしい。

 どうしようかと、洋子の目が良治へと向けられると悩むかのように自分の顎を軽く撫でた。


 一呼吸おいてから良治が逆に尋ねだす。


「俺達の事を調べに会社に誰か来たんですか?」

「なに? ……もしや誰かが接触してきたか?」


 浩二の眉が寄った。

 その反応で、この考えが違う事に気付く。


(またマスコミ関係かと思ったんだが……)


 今までの事から、マスコミ、あるいは警察関係が自分達の事を調べに会社に来たのかと考えた。喫茶店に呼びだされた理由も、そこにあると思ったが、浩二の反応を考えれば違う様子。


 浩二の方でも、話が食い違っている事に気が付く。


 彼は友義と相談した結果、良治達の身に何か起きていないかを、念の為に確認しておこうと考えた。もちろん写真の事は伏せたままでの事である。


 会社に呼び出さなかったのはビル管理の問題。

 日曜は自動ドアがしまっており、ビルに入るには裏口から入る必要がある。

 その裏口には警備員がおり、入退室するには手続きが必要。

 少しだけ話を聞くために、そんな真似をするのが嫌なだけだった。

 良治も知っているはずだが、彼はそれを面倒とは思わない性格なのだろう。


 互いに誤解している事に気が付くと会話が止まった。

 狭い店内にいるのは、3人以外でいえばマスターとその奥さんらしき人物のみ。

 浩二の手がコーヒーへと伸びたのは、間を取る為。

 冷め始めたコーヒーであるが、心地よい苦みを浩二に与えてくれた。


 口を付けたカップをテーブルに置いた時、店内にあったテレビの電源が付けられる。奥さんと思える細身の女性が、手持無沙汰でテレビを見ようとしたのだろう。


『現時点で17階まで進んでいる方がいますが、坂崎さんは、この先どうなると思いますか?』

『解放される条件として20階到達があるわけですが、この事で一つ気になる事がありますね』


 耳にした瞬間、良治の眉が動いたのはコメンテーターの声に聞き覚えがあったからだろう。何を言っていたのかまでは記憶にないが、嫌な事を言っていた記憶がある。それだけは覚えていたようで、ケーキを食べ始めたのに苦々しい顔つきをしてしまった。


『気になる事ですか? それは、本当に解放されるかどうかという事でしょうか?』

『それも気になる一つですが、私が一番気にしているのは、辿り着いた人々だけが解放されるのか? という点です』

『……えっ? それは一体どういう意味でしょうか?』

『あぁ、やっぱり考えていませんね。私が入手した情報によればですが、管理者と呼ばれる存在が最初に解放条件を言った時のセリフが曖昧なのです』


 得意げに話すコメンテーターの声に、座って聞いていた3人が怪訝な顔をみせあった。

 浩二が良治達に聞きたいそぶりを見せるが、この坂崎が言うセリフを聞いたのは、半月以上前の事。その時の言葉を正確に思い出すのは難しく、咄嗟にはでてこなかった。


『『この迷宮は全部で20階。そこまで来たら君達の望みが叶う。つまり、ゲームクリア。上手くクリアして日常生活に戻れることを祈ってあげよう…』こんな事を言ったらしく、この言葉が元で20階到達による解放という話がされているのですが、これだと一組だけが辿りつけばいいのか、それとも辿り着いたプレイヤー達だけが解放されるのかハッキリしていませんよね?』


『……あぁ!?』


『そして、多くの皆さんは辿り着いたプレイヤー達のみが解放されるという考えでいるようですが……。もしこれが、一組だけが辿り着けば良くて、それによって全プレイヤーが解放されるという意味であったのなら……』

『誰かが20階に到達すれば、この問題も一気に解決という話になりますね!』


 話している最中に司会者が口を挟む。

 それに坂崎という男は愛想笑いという態度で返したが、心の中では別だろう。


『そうなる可能性もあるというだけで、どうなるかは分かりません。それに、全てが解決するわけでもないでしょう。ですが、誰かが20階に到達すれば、管理者の事が分かるかもしれないし、そこから本当の解決策を見いだせる可能性もある。なら、先行組と呼ばれている人々を社会的支援するのが……』


『そうですね! 国として支援するべきかもしれません!』

『……その前にマスコミの方でも支援するべきでは?』


 当然のようにいう坂崎という男であったが、司会者の女は姿勢を正し、顔をモニターへと向けた。


『大変希望を持てる意見を有難うございました。先行組と呼ばれる皆さま。もちろん遅れがちの被害者の方々にも頑張ってもらいたいものです。時間も差し迫っており、本日はここまでとなりますが、当局では一日も早い解放を願っております』


『……まだ5分は残っ』

『では、皆さま、また次週お会いしましょう』


 司会者の声は早く、その言葉に従うように音声が切れてCMへと変わった。

 聞き終えた良治達は、そろって頭痛を覚えてしまったようである。


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web版とは【異なる部分】が幾つかあるので、是非手に取って読んでみて欲しいです。
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