表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

102/227

肉ジャガ

 薄桃色の絨毯の上に、見覚えのあるゲーム機がある。

 手にしている赤いコントローラは、友人達と取り合いすらした記憶があるものだ。


(ここを右に曲がれば出口まで……アッ!!)


 目前にあったT字路を右に曲がろうとした矢先、背後にメイジという敵キャラクターが現れやられてしまう。

 まったく別の場所から瞬間移動でやってきて、背後からの一発というのは卑怯じゃないだろうか! と良治は思った。


 彼が遊んでいるゲームは、洋子が所有しているレトロゲームの一つで、良治の記憶に残っていたものでもある。その記憶どおりコンテニュー画面が薄型テレビに表示されると、良治はコントローラを手放した。


 心が折れたからではない。

 理由は、隣から聞こえてくる心地よい音にこそあった。

 それは洋子が鳴らす包丁の音。

 良治がいるのは、薄桃色の絨毯が敷かれた洋子の部屋。

 普段なら4台のゲーム機や、3台の液晶モニターがあるのだが現在は1台ずつのみ。それらの品々は良治を部屋へと入れる前に、押し入れの中へと封印された。


 玄関扉で待っていた良治が身震いをしていたのは肌寒かったからであり、身の危険を感じたからではない……と思う。



 その洋子は、今、約束の肉ジャガを作っていた。

 猫の刺繍がつけられた白いエプロンを付けて調理をしているわけだが、良治は、それが気になって仕方がない。


(これで良かったのか? ……普通が分からん)


 肉ジャガを作るという約束。

 そして、ダンジョンゲームをやってみないかという気持ち。

 それだけで自分の部屋に男を連れてくる?

 もし、それ以外の気持ちがあるとするのなら……


(……)


 逃げた。

 良治は、その思考の先に危険なものを感じ考える事を止めた。

 逃げた彼の手は、藁をも掴むように赤いコントローラを握ってしまう。


 何故こんな事になったのか?

 そもそも洋子が所有しているはずのダンジョンゲームの話であったはず。

 良治がやっているのも、ソノ1つであるが本来であれば違う。


 洋子が思いついたのは、まったくの別ゲーム。

 それを初心者がやるには難しいらしく、何も説明がないまま始めるとコントローラを投げたくなるという。

 説明書さえあれば良いと思うが見当たらないらしく、料理が終わるのを待ってから洋子が直に教えるという事になったのだが……。


(肉ジャガが出来上がるまでの間だったんじゃなかったか?)


 洋子が言うゲームとは、そんな時間だけで終わるようなものだろうか?

 全滅コースか、訳が分からず投げ出すという終わり方ならば十二分にあり得そうな気がする話だが、それを考えているようにも思えなかった。


 その洋子が作っているのは、肉ジャガだけでは無い。

 単品だけなら20分もあれば十分であり、その過程は過ぎている。

 今は味を染み込ませており、その時間を使い別のオカズを用意していた。


 店を出てから1時間近く経過している為、昼食にちょうど良い。

 しかし、肉ジャガだけをオカズにした食事というのは寂しいものだろう。


(ご飯は大丈夫。味噌汁はすぐに出来上がるし、オカズは……)


 肉ジャガをメインとして考える。

 ならば、メイン料理を阻害しないように軽めの物が良い。

 そこで彼女が冷蔵庫から取り出したのは豆腐であった。


 時期を考えれば湯豆腐か、揚げ出し豆腐。

 しかし、彼女は手にした豆腐を2つに切っただけで終えてしまう。

 湯豆腐や揚げ出し豆腐では肉ジャガの邪魔になりかねない。

 そうした判断から、彼女は冷奴を選び、さらに、ほうれん草の和え物を付け加えた。


 気合を入れ過ぎず。

 かといって手抜きもしない。


 良治好みと思える食事の準備を手際よく進めていった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「――」

「どうですか?」


 黙って食べている良治に、洋子が自分の箸を止め尋ねた。

 2人の食事が置かれたのは、オレンジ色で縁取りされた白い角テーブル。

 良治は自分に用意された食事を、無言で口に運んでいる。


 返事を待つ洋子の前で黒塗りの箸が動きを止めたが、良治の手は、そのままみそ汁へと伸びてしまう。彼女の視線に気が付いたのは、喉を鳴らし飲み込んでからのことだった。


「……っと、ごめん」


 思わず謝ってしまったのは、食事に夢中になり過ぎた為だろう。


「本当に美味いよ。これなら……!」

「?」

「いや、何でも無い。気にしないでくれ」

「――はぁ?」


 何かを言いかけたというのは分かっていたが、洋子は気にするのを止めた。

 また『売れるんじゃないか?』と言いそうになったのだろうと考えたからなのだが、


(毎日でも食べたいとか言ったらマズイよな)


 本当はそんな事を口走りそうになっていた。

 焦りを覚えたせいか、まるで食べた事がないかのように、箸の動きが早まる。

 世辞のようにも見えないので、洋子も自分の分を食べ始めた。


 そのうち、良治がもつ白い茶碗からご飯が消えた。

 焦ってしまったが為なのか、肉ジャガと豆腐が幾分残っている。

 寂しそうに自分の茶碗を見ている良治に気が付くと、洋子は自分の茶碗を置いた。


「お代わりならありますよ。どうですか?」

「いいのか?」

「駄目なら言いませんよ」

「……じゃあ、少しだけ頼む」

「はい」


 そっと出される茶碗を手にする。

 微笑(びしょう)する洋子を見て、良治の心が緩む。

 気持ちの緩みが部屋の空気すら温め始め出す。

 そんな錯覚すら感じさせる光景であった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 食事を終え食器を洗っている洋子が思った。


(思ったより緊張しないものね)


 何かしらを計画をしていたという訳でもない。

 突発的な思いつきによる誘いであったが、考えていたよりも普段どおりの自分でいられる事に驚いた。


(自分の部屋だからかな?)


 洗剤がついた食器を水で洗い流し、ピンクの籠に縦置きにしながら思う。

 もしこれが、少しだけイメージした良治の部屋であればどうだっただろう?

 そう考えると手が止まり、火照りだした顔を左右に大きく振りだした。


(早く終わらせて、ゲームを説明しよ!)


 その為に誘ったのだからと後片付けをしている手が早まるが、そんな彼女の心の隅に、ある種の期待が全く無いと言えば嘘になるだろう。


 洗い終わった洋子が自室に戻ると、良治が「もうちょい!」と言いながら体を左に傾けだした。

 何事? と思う洋子であったが、すぐに理解する。

 良治が操っていたキャラの先に、左へと曲がる道がある。その先にいけば出口だ。気持ちが強くでてしまい、体が傾いたのだろう


(このゲームでも体が動く人っているんだ)


 自分も身に覚えがあるので理解は出来るが、良治がやっているゲームでも同じ症状が出るとは思いもしなかったようだ。


 そんな事を考えていると「あぁぁ! またお前か!」と、声をだす男がいた。

 勿論良治であるが、仮に台所にいても聞こえてきた声だったであろう。

 もし洗い物をしていたら、うっかり皿を落としかねなかったかもしれない。


 何があったのだろうか?

 とテレビ画面を見てみたが遅かった。


「……やられた」

「みたいですね」

「昔はもうちょっと出来たんだがな……ベーシックダンジョンより、難しい」


 そんな事を聞かされた洋子は一瞬驚くも、すぐに軽く吹きだし微笑んだ。


「こんなに頻繁にやられていたら私が困りますよ」

「……それもそうだな。解放されるのが遅れるだけだ」


 納得したような事を言う良治であるが、洋子の表情が一変。

 自分が言った事を本当の意味で理解していないと、不機嫌そうだ。


(死に顔を見たくないだけですよ)


 口にはせず、そう思いながら隣へと座る。

 両手を床に付け四つ這いになると、テレビの横へと手を伸ばした。

 そこにあった半透明のカセットケースを手にすると、中から黒塗りのゲームソフトを取り出し見せる。


 良治にやらせてみようと思った、洋子お勧めのゲームというのは、ソレであった。


「さて、やってみましょうか。色々楽しめると思いますよ」

「……お手柔らかに頼むよ」


 洋子の表情を見た良治は、そう言わずにいられなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆現在この作品の書籍版が発売中となっています
web版とは【異なる部分】が幾つかあるので、是非手に取って読んでみて欲しいです。
作者のツイッター
表紙
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ