理解出来る事と出来ない事
カラフルな敵モンスター達から逃げながら、画面上にある餌を食べ尽くそうとする丸いキャラ。
それを操作しているのは洋子であった。
(上手いな……)
背後で見ていた良治は、洋子が動かすキャラの動きに感心していた。
良治もやってみたが3面で終了しており、洋子はノーミスでの到達。
自宅にもあるのでは? と思ってしまう操作であった。
周囲を見渡すとレトロゲゲームコーナーというだけの事はあるだろう。
良治もやった覚えがあるゲームが多数あり、その場で流れるBGMは懐かしき時代へと戻してしまうかのようだ。
(……なんだか分かるな)
レトロゲームをやる人々の気持ち。
それは自分が感じているような気持ちを味わいたいからでは?
そう思う良治であったが、周囲にいる客達の中に20代後半と思える客達がいる事に気が付いた。
(なんだあれ?)
良治は彼等の事を奇妙に思えた。
それは若いからというだけが理由ではなく、ゲームの筐体前に背筋をピンと伸ばした姿勢で座り、黙って画面を見ているだけだったからだ。
(やるかどうか迷ってる? ……いや、違うな。俺が遊んでいた時と違うルールみたいのが有るのか?)
ジロジロと見続けるのも失礼だとは思いつつ視線を向けたままにしていると、洋子が「鈍ってる」と小さな声を出した。
(8面で1ミスしたぐらいでそれなら、俺はどうしたらいいんだ)
自分と見ている場所が違うと良治は苦笑してしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
1時間ほど遊んだ後、6階へと移動し休憩に入った。
すぐ側にある自動販売機で缶ジュースを購入し、木製の四角テーブルを挟み洋子と雑談中。
「やっぱり昔のゲームはシンプルでいいですね」
洋子が腕を伸ばしながら満足そうな笑みを見せつつ言うと、良治は今時のゲーム画面というものを思い出す。
CGのレベルを考えるだけでも雲泥の差。
システム面でも大きく違うのであれば、洋子のいう通りレトロゲームというのはシンプルなものだろう。
(今のゲームを俺がやったら、頭がついていけるのか?)
考え込んだ為に渋い顔をしてしまうと、洋子が不機嫌そうに唇を尖らせた。
馬鹿にされた。
あるいは呆れられたと思ったようだ。
そう感じた良治が誤解を解くために自分が思った事を話すと、洋子は「あぁ」と言ってから、クスリとした笑い声をあげる。
不機嫌さが薄れたのを感じてから、気になった事を尋ねだした。
「洋子さんは今時のゲームもするんだろ?」
「しますね」
「なら何故レトロゲームも? 別物って感じがするんだが?」
先ほど気になった客達も20代と思える人々だったし、洋子もその年代だ。
懐かしさから遊びたくなるという気持ちは理解できるが、洋子達は年代が違う。
彼女と、見かけた客達がレトロゲームで遊ぶ理由。
それが知りたくなり尋ねてみた。
唐突な質問に洋子は少しだけ首を傾げる。
考えた事もない様子に見えたが、彼女は言葉を選んでいるだけであった。
「クオリティは違いますけど、CGが凄ければ良いってものじゃないと思うんですよ。ゲームは楽しむ物ですから面白ければいいんじゃないですか?」
「うん?」
「分かりませんか?」
「いや、意味は分かるんだが……」
言いながら首筋に手を伸ばし、顔を下げた。
「どうかしました?」
「……洋子さんは、今時のゲームを楽しめていないのか?」
「え?」
何故そうなるのだろう?
言葉を選んだはずだが、それでも伝わりにくかった?
今度は洋子が困惑してしまう。
「楽しんでいますよ。土曜の夜とか徹夜する事もありますし」
「……」
平然と徹夜と言い切った洋子に、何かを言いたくもなったが黙する事を選ぶ。
「ですけど色々不満もあります。新しければ良いというわけじゃありません」
そう言うなり洋子の表情が豹変。
前にいるのは恋をした男である事を忘れているかのよう。
それとも、好きになった相手だからこそ理解してもらいたいのだろうか?
理由はともかく、彼女は自身の主張を始めた。
「名作と呼ばれるものは時代が変わっても名作と呼ばれます。それは純粋に面白いからです。新しいゲームの方が必ずしも面白いとは限りませんよ。ドット絵のレトロゲームを、今のゲーマー達が楽しんでいる理由は面白いから。単純にそれだけだと思います」
「……じゃあCGが良いかどうかは、面白いかどうかに関係ないって事か?」
「そんな事はありませんよ。同じ内容ならCGのレベルが高い方が良いですから」
「あぁ。それはそうだろうな」
良治は小さく頷き、自分が懐かしいと感じたレトロゲームについて考えてみた。
もし今風のCGでリメイクされたら、どう思うだろうか?
そこに手を伸ばそうとは思わないが、そうしたものなら自分でもすぐに遊べるだろうか?
そう考え始めると、洋子が嬉しそうに微笑んだ。
彼女の機嫌が良いのは、レトロゲームの話題に良治が興味を示しているのがハッキリと分かったからだろう。
「レトロゲームの中にはリメイクされたのもあるんですけど、元の良さを残していて、少しだけ何かを付け足した物もありますね。便利な機能が追加される事もあって……あっ。そういえば、マッピング機能が追加されたものがありましたよ」
「ん?」
「私が覚えたスキルです。あんな感じのものが追加されリメイクされたものがありました」
「……あれもか」
聞くと同時に、以前掲示版に書き込まれていた事を思い出した。
昔のゲームは自分で地図作りをしたらしいが、洋子がいうリメイク作品の元がそれだったのだろう。
「私も好きな作品でしたので嬉しかったです」
言っている最中に思いだしたのか、洋子の顔が自然と綻ぶ。
その微笑みに、良治も釣られたように口元を緩めた。
洋子が、突然思いついたように「そうだ!」と声を出したのは、そうした良治の笑みを、もっと見たいと思ったから。
「どうした?」
「係長もやってみませんか?」
「何を?」
「ダンジョンゲームですよ。私、幾つか持っています。前にも言いましたよね?」
「あぁ、言っていたな……」
わずかに顔を反らし、缶ジュースを手にし口をつける。
(ステータス関連なら、もう分かったが、それ以外にも色々あるしな……)
洋子や須藤だけではなく、掲示板にいるプレイヤー達にも教えてもらう事が多い。
皆が自分の事をどう思っているのか知らないが、チャンスがあるなら勉強させてもらうつもりでやってみるのも良いだろう。
それに17階の敵は強い。
人数が増えれば探索は出来そうだが、その先も同じだとは限らない。
何かの拍子に足を引っ張る事が有るかもしれないし、学べる機会は逃すべきではないだろう。
頭の中で、そうした事を考えていると提案した洋子の顔が傾いた。
下から覗きこむように良治を見ているのは、何を考えているのか知ろうとしたが為だろう。
不安そうな彼女の視線に気づくと、良治は微笑を見せつつ頷いた。
「言葉に甘えさせてもらっていいか?」
「そうですか!!」
パッっと洋子の顔が明るいものに変わった。
その笑みを見た良治の胸に、嬉しさが込みあげてくる。
――しかし
「なら、これから行きましょう!」
「行く?」
「勿論、私の部屋にです」
……
……
一体何を言っているんだ?
そう思ったが、すぐに、
(ゲーム機を借りないと駄目か!)
自分は無いのだから借りなければ出来ない。それはソフトだって同じだ。
その辺りの事を全く考えていなかったと自分に呆れてしまう。
(紙袋にでもいれてもらい、借してもらおう)
納得できた良治であったが、洋子の顔が反れた。
気恥ずかしそうな表情をするものだから、可愛らしさを感じてしまう。
何故、そんな表情を見せてくれるのだろう?
嬉しく思うが理由が分からない。
今度は良治の顔が傾く。
疑問を感じたからに過ぎないが、さらに話を聞くと益々分からなくなった。
「――その間に、約束通り肉ジャガも作りますね」
……
今度こそ何を言っているのか、理解不能であった。