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デートだとするならば

 約束の時間は10:00。


 良治は歳相応に落ちついた衣服姿で『ファイナル8』の店前にいたのだが、服装とは異なり心の中は落ち着きがなかった。


(せめて、駅の方にするんだった)


 ゲームセンター前で待ち合わせというのが、まず駄目だった。


 ファイナル8というのは、真っ赤に染められた8階建ての建築物。

 入り口である自動扉から先は薄暗く、店内の様子が外からは見えない。

 その扉の近くにある壁に背をつけ待っているのだが、店内に入って行くのは比較的若い男女ばかり。

 時折良治を横目で見ていく人がいるのだが、彼等は何を考えて素通りしていくのだろうと気になって仕方がなかった。


 ――問題はそれだけではない。


(これってデートに誘った事になるんだろうか?)


 体を包むは薄茶のジャケット。

 その身をさらに縮めるかのように両腕を組み、頭を下げ今頃になって悩む。


(もし。もしもだ。俺がデートに誘った事になるのなら、それを快諾した洋子さんは……そ、そう言う事になるのか?)


 自問自答するかのように「もしかしたら」と思える事を浮かべている良治の姿は、迷宮にいる時とはまるで別人かのよう。

 ついには両膝を曲げ座り込み、両手を頭の上にあげ「本当にそうか? もし違っていたら」とブツブツ言い始めてしまう。


 悩める男の前で、足音を止めた女が一人。

 苦悩する男の姿を見るなり首を傾けた。


「……また一人で悩んでいますね。今度はなんです? 昨日の事ですか?」

「!?」


 聞きなれた声がし顔を上げる。

 そこには、待ち人であった洋子の姿があった。


 まず目に入ったのは、暗い感じがする赤のロングスカート。

 そのまま上へと目を向ければ、灰色のセーターが優しく身を包んでいた。

 肩にかけたショルダ―バックは薄茶色で、全体的に見れば落ち着いた印象。


「相談ぐらいのりますけど?」

「いやぁ!?」


 意図せず声を張り上げ立ち上がった。

 本人に向かって相談できるか! という事や、洋子の服装にも驚いたからだ。

 ゲームセンターで遊ぶなら若々しい服装で来るのかと思えば、まったくの逆。

 今まで以上に落ち着いた服装というのは考えてもいなかった。


「……何かおかしいですか?」


 視線を気にし自身の姿を確認し言うと、良治は慌てて首を左右に振った。


「大丈夫なんですね?」

「大丈夫も何も、凄く似合ってる……」

「……」


 思わず出てしまった本音が、洋子の頬を熱くさせた。

 わずかに視線を逸らしてから「……ありがとうございます」と呟く声が、良治の耳にも届くと大きく目を見開いてしまう。それは彼女の仕草に見惚れてしまったからだろう。


「は、入ろうか!」

「はい!」


 ゲームセンターに来ただけだというのに、何故か気合を込める2人である。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 受付にて会員登録を済ます。

 6Fの休憩施設や7-8Fの運動場を使うのには、登録時に渡されるカードが必要なようで店内に入る前に会員登録が必須であった。


「こうなっているんですね」

「洋子さんも知らなかったのか?」

「興味はありましたけど、入った事はないんですよ」


 てっきり下調べぐらいしていると思っていたが違ったらしい。

 意外だと思いながら、案内板に目を向けている洋子に近づいた。

 会員登録を済ませたので、あとはどこに行くのにも自由である。


「えーと、5階と6階か……」

「レトロゲームがしたいのか?」

「最新のゲームは他店でも出来ますし、こういう店ではレトロゲームを満喫してみたいです」


 顔を向けず案内板を見ている洋子の目付きは真剣そのもの。

 1-2Fの事も気にしているようだが、何より目が向いているのはレトロゲームのある階のようだ。


(そういえば、幾つか持っているはずだよな……)


 洋子の横顔を見つめながら、以前にも考えた事を思い出す。

 自宅にもあるらしいが、それでもやりたいものだろうか? と考えた。


 ふと自分が遊びに行っていた友人の事を思い出すと『ゲーセンで金を使うより、こっちの方が安上がり』と言っていた記憶があるが、大人になると違うもの?


 そんな事を考えていると、自然と首が傾いた。

 洋子の気持ちは分からないが彼女が喜ぶならそれで良いだろう。

 気にする事をやめエレベータを使い5Fへと向かう。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「おぉ!?」

「係長?」


 ソレを見るなり良治が、嬉しそうな声をあげた。

 ゲーム機から流れるBGMには覚えがあり、見るなり懐かしそうに目を輝かせてしまう。


 ソレというのは、1画面で遊べるシューティングゲーム。

 自機前にあるのは、敵機の弾丸から身を守れる壁。

 上から徐々に敵が迫ってくると恐怖が増してくる。

 必死にレバーを操作しながら弾丸を発射し敵の数を減らしていくだけのゲームではあるが、そのシンプルさが多くのゲーマー達を魅了したものである。


 良治も小遣いを握り締め遊んだ覚えがあるゲームだ。

 嬉しい事に、当時のまま50円で遊べるらしい。

 それを知るなり財布に手を伸ばしてしまうと後ろにいた洋子がクスっと小さく笑った。


「……いいか?」

「もちろんですよ」


 洋子を見れば、やっている所を見たいという感じの表情。

 気恥ずかしさを感じながら、クッションがついた丸椅子に座る。

 開始と同時に懐かしきBGMが流れると、何故か気合がはいった。


(よし、やるぞ!)


 自機を操作し敵機を減らしていくと……


「あっ!」


 さっそく一機目がやられた。

 理由は、一番上に高得点をもらえる敵機が出現したが為。

 その存在を忘れていた良治は、出現すると目が行き操作をミスってしまった。


「まだ、自機は残っていますから大丈夫ですよ」

「そ、そうだな」


 洋子が言う通り再開されると、迫ってくる敵機にのみ集中し始める。

 背に洋子がいる事すら忘れ、レバーとボタンを必死に操作。

 ガチャガチャと鳴らしながら、唇をしっかりと閉じていた。


 後ろで見ていた洋子は、そんな良治を見つめ思う。


(意外だわ)


 良治にもこういう部分があったとは思わなかったらしい。

 しかし、迷宮内を進み新たな発見をした時の良治は、子供じみた笑顔をみせる事がある。それを考えれば実はゲーム好きだった?


(違う気がするなぁー…)


 ゲームに詳しいようには思えないし、家庭用ゲーム機を買ってまでやるようにも思えない。自分から進んでゲームセンターにくる事も無いだろう。

 ならやっぱり、ゲームセンターへの誘いというのは、自分に合わせようとしたのが理由だろう。

 そうした良治の気持ちを嬉しく思っていると、2機目がやられる音がし、画面を見ると敵機が下まで降りてきていて後がない状態になっている。


(……教えたい)


 このゲームにおける攻略法を口から出したい気持ちになったが控えた。

 それは、楽しんでいる良治にとって、あまり嬉しい事ではないだろうと考えたからだろう。

 時をおかずに3機目がやられゲームオーバーとなると、良治が悔しそうにするのだが、それはそれで楽しんだ証でもある。

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