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初体験

 それは何が理由だったのだろう?

 4戦目が魔法一発で終わった事が原因だったのだろうか?

 あるいは、半日ほど命のやり取りをしていた疲労からくるもの?

 それとも、2階の地図が5割ほど出来上がっていたせい?

 ――それら、全てが重なったせいとも考えられる。


 鈴木 良治。


 彼はゴブリンとの5戦目に敗北してしまう事になった。


「……なにしてたっけ?」


 まず初めに思ったのは、自分は何故ここ(自分の部屋)にいるのか? という事である。

 ゴブリンを発見し戦闘を始めた。

 魔法を放ったが外れゴブリンが突進。

 壁に押し付けられ腹に衝撃が。

 (あご)にも何かが……そこからの記憶がない。


 記憶を探っていると、背中からゴソっという音がした。


「ん? って、鉄パイプ……それにリュックか」


 鉄パイプ槍を手にしていた事や、背に持つリュック。頭にかぶったヘルメット。

 今になって、それらに気付いた。


(全部元通りか……って)


 元通りといえば、着ていた作業服も朝の状態のまま変化がないように思える。何度か戦闘を繰り返したはずなのに、それらしい汚れがなくてパンパンと叩いてみた。洞窟にいて戦闘を繰り返していたのだから、目に見える埃ぐらいは……


(ないな……というか……全然体に痛みがない。あれだけ殴られたはずなのに)


 体をピタピタと触ってみたが、打撲といった形跡がない。

 回復魔法を使ったという記憶なぞ、もちろんなかった。

 

(たぶん、俺って死んだんだよな?)


 腹を殴られた時から記憶がないが、おそらくそうだろうと考えた。

 しかし、死んだという感覚がないため実感が湧かない。

 死ぬというのは、もっと違うものでは?

 それまでの人生が一瞬で流れてきて、こうドラマチックに……


「死んだらドラマも何も無いか……」


 うーん。という声を出しながら、記憶を思い出そうとするが無理だった。


「……駄目だ分からん。時間は……やっぱり17:00過ぎか。死んでそのまま追放されたって考えるのが妥当だろうな……と、まてよ?」


 思えば、日給がもらえるはずだ。あれってどうなっているんだろう? と、まずは自分の財布を見てみると、朝と比べて千円札が3枚増えていた。小銭の方は不明である。


(……人の財布に勝手に……ニセ札じゃないだろうな?)


 だとすれば、これを使うと問題が起きかねない。

 昨日貰った『はず』の分も考えると手遅れなのかもしれないが、今財布の中にある分は使わない方が良いだろう。


「コンビニで金おろして、別の財布でも買うか……今度はそっちに入らなきゃ良いけど……」


 せいぜい、日給が分配されずに入らない事を祈るのみである。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 多少時間がかかったが、スーツに着替えた良治は会社へと出社した。

 浩二に報告を行う為である。


「自室にいても駄目だったか。だとすれば、他の手段を考えなければな」

「ええ。ですけど、相手は神ですよ?」

「……良治君。君も毒されていないか? 神等と簡単に口に出すとは」

「むしろここまで、あり得ない事を出来る相手を、神以外に何て言えばいいんですか? 悪魔ですか? ……そっちの方がシックリきそうですね」

「……」


 浩二は口を閉ざしたまま、右眉をピクリと動かすという反応のみを見せた。


「例え相手が誰であったとしても、黙っているわけにはいかん。それに、言いづらいが、このままだと君と洋子君は退職処分になるぞ」

「はぁ!?」


 良治が声をあげ、パイプ椅子から立ち上がってしまう。


「大声を出すな。まだ正式に決まったわけではない。だが、このままだと、そうなりかねん。社長は、どうあっても無理だというのなら有給を消化させた後……あとは分かるだろ」

「……それが会社としての判断ですか?」

「そうなる。だが、これは、うちだけではない。日本全国で色々な話が出ている。中には有給を使う理由になるのか? という話すらあった」

「そこまで!? 酷すぎませんか! 俺達は被害者ですよ!」

「分かっている。うちでは有給だけは大丈夫だ。しかし、この状況が何時(いつ)までも続くのだとしたら退職処分は避けられん。警察も動いているようだが……いや、そうならない為にも私達なりに対策を考えた方がいいだろう」


 浩二としては、良治と洋子を退職処分にはしたくなかった。

 これは浩二だけではなく、会社全体として言える事。

 むろん社長とて例外ではない。

 14年間、勤めあげた良治は当然として、4年間勤め頑張っている洋子を手放すという行為は会社にとって損失でしかないのだから。


 警察も動いているというのは嬉しい報せであるが、このような事が出来る相手に何が出来るんだろうか? という思いもある。

 だからこそ、自分達なりの対策が必要なのだが……


「まるで思い浮かばん……良治君。君はどうだ?」

「ありませんよ。相手は人の生死すら制御できそうですから」

「生死?」

「ええ。たぶん、俺は今日一度死んでいます」


 聞いた瞬間、何を言っているのだ? と、良治の正気具合を疑うような眼差しを浩二が見せた。

 その時、会議室の扉がノックされる。


「洋子です」

「あ、あぁ。入ってくれ」

「失礼します」


 ガチャっと扉を開けて入ってきた洋子は、紺のレディーススーツを着ていた。彼女もまた良治同様、報告しに来たのだろう。

 入ってきた洋子は壁に畳まれ有ったパイプ椅子を掴み、ガチャランと良治の横へと置き座る。


「一応良治君から聞いたが、君も連れ去られたのだな?」

「はい。自宅から出ずにいましたが気付いたら迷宮内でした。とにかく有給を使わせてください」

「「……」」


 歯に衣を着せず直球である。

 この気質が昔堅気の職人達に好かれているらしいが、本当にそれだけなのかは不明だ。


「今も、その話をしていた。有給については大丈夫だ」

「ありがとうございます」


 そういう洋子であったが不満気だ。

 浩二に対し苛立ちを覚えているわけではないだろうが、溜まりだしているストレスがどうしても表情に出てしまう。


「それで良治君。今の話はどういう事だ? 死んでいるとか冗談にしても性質(たち)が悪いぞ」

「ゴブリンと遭遇し戦っていたんですけど、途中から記憶が有りません。気付いたら自宅に戻されていました。マニュアルにあったんですが、死んだら退社時間まで放置されて蘇生されるらしいんですよ」


 良治は何とか分かってもらおうと説明しているようだが、浩二は頭痛しか覚えなかった。


「……良治君。言っては何だが、死ぬという事を気安く言い過ぎじゃないのか? もし本当だとすれば、今ここにいる君は何なのだ?」

「蘇生させられた俺って事になるんでしょうね……あまり実感はないんですけど、状況から考えるとそうなってしまいます」

「いや、しかしだな……」


 良治が言う事を現実として受け入れたくないのか、浩二が抵抗をしめすと横から洋子が口を出してきた。


「あの、係長。ゲームの中のキャラがやられただけであって、実際に死んだわけじゃないと思いますよ」

「……ん? どういう意味? 俺達はゲームの中にいたんだろ?」

「えーと……まず自称神のいう事を信じればとします」


 まず洋子は、そこを前提条件として出した。

 その上での推測となるが、彼女の考えはこうである。


「あれがゲームだとした場合、五感リンクがされたVRゲームって言う事になると思います。つまり迷宮にいる私達は、本当の私達じゃなくて単なるゲームキャラ。だから、死んでも係長はここにこうしているし持ち込めるものも厳選された。それに着ていた服ですけど帰ってきたら迷宮での汚れがついていました? もう一ついえば迷宮の地図。あれ消えていましたよね。消えていたのではなく、最初から本物には書いていなかっただけ。そう考えたら分かりませんか?」


 洋子が一気に話すと、良治は額に人差し指をあて、昨日と今日の事を順番に思い出していくことにした。


 まず服装。

 初日に着ていたスーツは汚れといったものが無かったように思えるが、これはしっかりと確認したわけではない。だが、そのスーツで出社したのだから、あまりに汚れていたら色々言われたはずだ……いや、記憶にない事を判断材料にするのは駄目だ。

 しかし、今日着ていった作業服は確認している。

 元々会社仕事や現場でも使っていたのだから汚れというものは付着している。しかし、迷宮から帰ってきたばかりなのに埃が立たなかったのも確かだ。だとしたら洋子のいう通りか?

 

 次に迷宮の地図。

 確かに消えていた。これを洋子が言うように、最初から現実のノートに書いていなかったとしたらどうだろうか? それに迷宮に戻ったら記載していた地図は元通りだ。ゲームの中と現実世界の両方に別々のノートが有ると考えれば、辻褄があうのでは? 


 持ち込もうとしたもの。

 一部は持ち込めた。

 しかし身に着けていた全てが持ち込めたわけではない。

 ゲームバランスを崩しかねないものは、持ち込めない……のではなく……持ち込ませたくないという事になる。つまり取得選択権は神を名乗る何者かの手にある。


 洋子が言いたいのは、つまり……


「……あの中にいる俺達や所有物全てが単なるゲームデータ?」

「そう言う事になると思いますよ」


 だから、良治は殺されたけど蘇生された。ではなく、ゲームキャラがやられただけになる。

 殴れられたという痛みの記憶はあるが、現実の肉体には何一つダメージが無かったのもそれが理由ではないだろうか?

 

 というのが、洋子の仮説のようだ。


「……いや、それはおかしいだろ。あんなにリアルなゲームなんて出来ていないって話だぞ? 無い話をしてどうするんだ?」

「それを言うなら、大勢の会社員が消失したり戻されたりしている時点であり得ない話ですよ」

「……それはそうだが……。って、待て洋子さん。仮にゲームをしているのだとしたら、その間俺達の肉体ってのはどうなってんだ?」

「私に聞きます? 分かるわけないじゃないですか」

「えぇ!?」


 それは無いだろうと、少し声をあげると浩二の手が伸びてきた。


「2人とも待て。聞いているこっちまで頭がオカシクなってきた。よくそんな話を平然とできるな? 正気とは思えんぞ」

「そう言われても……」

「なんだか、慣れてきたというのは有りますね」


 浩二の発言に2人そろって同種の表情を見せた。

 ごく普通の出来事であると受け入れているかの様子。


「分かっていないようだが、君達が置かれている状況は異常だ。たった2日で、その認識が狂いだしていないか? 少し注意したまえ」


 浩二に言われて2人が顔を見合わせた。

 部長のいう事は、確かにそうだと言ったように頷き合ってみせる。


「注意してくれるならそれでいい。それより、明日も迷宮に連れていかれないようにする為の対応策を考えよう」


 部長に言われ2人も考え始めたのだが、どういった手段で連れていかれているのか不明なため、何も思い浮かばない。

 最後には『明日の朝まで何か思いついたら実行してほしい』と言われてしまい、2人共が会社を後にした。

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