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ゲームが開始された日



 鈴木 良治(すずき りょうじ) 37歳。独身。

 家賃5万のアパート住まい。

 株式会社 成労(なろう)建設勤務14年。現在係長。

 年齢-20=彼女いない歴。


 

 中肉中背の体格をした緊張感といったものを感じさせない彼は、唯一付き合った事がある女性に『優しいけど野心的なものを感じないの』と言われ別れた経験を持っている。

 そんな彼が8階建てビル内部にある会社に出社した時、ある計画が実行される事になったが、この過去話とは一切関係がない。


 短い黒髪をポマードで固めた良治が見たもの。

 それは、天然自然の洞窟の風景であった。


「……は?」


 まるで鍾乳洞に迷いこんだような薄暗さの中で、何がどうした? と愛用している革鞄を脇に挟み両目をこすってみる。


「……おい?」


 こすってみたのだが、やはり洞窟であった。目つきは寝ぼけているように見えるが、しっかり頭は機能を果たしていた。


 慌てて後ろを振り向く。

 良治が入ってきたのは8階建てビルの入り口にある自動ドアだ。

 透明のガラスが張られた先には、いつも通りビル内の風景が見えた。

 入ってすぐの場所に毎朝使うエレベータも見え、人が入っていくのを見た覚えもある。


 なのに、なぜ洞窟?

 それも水滴が落ちている鍾乳洞みたいな。

 慌てて後ろを振り返るのは当然の行為であるが、良治の期待を裏切るかのように彼の背後も石壁となっていた。


 ……


 壁を触り冷たい感触を味わってしまう。

 その冷たさは、これが現実だと知らしめるのに十分と言えよう。


「ま、まず落ち着こう。そうだ、俺は係長だから大丈夫だ。うん。課長も部長もいないし大丈夫だ……だよな?」


 何故大丈夫なのかさっぱり分からないが、彼なりの何かがあるのだろう。


「そうだ! 電話だ! 遅刻しそうだし、連絡を入れないと!」


 それが会社員として大事な事だとスマホを胸ポケットから取り出す。

 連絡も入れずに遅刻及び欠勤など会社員には許されない。常識的な範疇である行為を行うために、何故それを購入したと思えるようなピンク色のスマホを使い、会社に電話をかけようとするが反応しなかった。


「勘弁してくれよ! また怒られるだろ!」


 さらに慌てだす彼の周囲は、水滴がポタポタと落ちる天然洞窟。

 少し歩いた先には分かれ道が見えているが、そんな現実よりも上司から怒られる事を気にしている。


 壁を前にガクリと両膝をついた。

 脇に挟んでいた使い古された茶の革鞄を地面に落とし、両手も地面についた。

 あー…冷たい。

 工事現場に初めて一人で訪れた時を、思い出してしまう。


「部下にも白い目で見られて、部長からも怒られる。せっかく組んだスケジュールも……はぁー…ここ一週間の残業の成果が全部パーじゃないのか? ……終わったな」


 まだ始まってすらいないのだが、この時の良治は知らない。

 (こうべ)を垂らし愕然としていた彼が、もうどうにでもなれといった具合に放心した顔をした時の事、さらに追い打ちがかけられた。


『ぴんぽんぱーん。えー テステス。ただいまマイクの……いや、こういうのは不要だよね。言うべき事をさっさと伝えよう。世の中タイムイズマネー! というわけで、必要事項の連絡を行いまーす』


 元気で明るそうな少年のような声が聞こえ、良治は呆けた顔をしたまま続く声を待った。


『はい。こちら神様です。名前は適当によろしく。古今東西色々ありすぎて、どれが名前なのかさっぱり分からないんだよね。そんなわけで、好きに呼んでいいよ』


(適当な神様だな!?)


『うん。皆の心の声が聞こえてくるね。色々混乱しているようだけど、まずは目の前を見てほしい。そこは迷宮。僕が自分好みで作り上げたゲームの風景を、君達は目にしているわけだ。いや~大変だった。バグがありすぎてもうね……いや、そんな事よりも、君達に、そのゲームをしてもらう。いわゆるテストプレイヤーって事だよ。よかったね。嬉しいでしょ』


(ゲーム? ……何言ってんだ?)


『ちょっと予定より早く始めちゃったけど、初日なのでしょうがない。ほら、開幕当初って色々あるでしょ? 分かるよね? そういう事でよろしく』


(知るか!!)


『もちろん給金も出す。ルールも超簡単。それについては、これから送付するものにマニュアルを付けておくんで、それを読んでほしい』


(送付? 何を?)


『送るのは冒険者初期セット。遠慮なく使ってくれたまえ。人によって多少変わるけど、個人差を考慮しての事。僕は気が利く神様だからね。感謝してもいいよ?』


(……個人差? それにさっき、皆とか……俺だけじゃない?)


 自分以外にもこんな場所に閉じ込められた人々がいるのかと考え出すと、少しだけ状況が見えてきた。

 周囲を囲む石壁に、先が薄暗くて見えない迷宮通路。

 着ている灰色のスーツは冬用に買い揃えたものだが、それでも肌寒さを感じる温度。こんな事になるなら、厚手のコートを着てくるんだったと後悔してしまう。


 そんな事を考えていると目にしていた風景が一瞬歪んだ。

 まるで仕事で使っているノートパソコンの画面が一瞬チラついた時のようだと良治には見えた。風景はすぐに戻ったが、その場に無かったはずの品物が出現する。


 青銅色の剣が一本。

 心臓をカバーするだけの厚革の胸当て。

 虫食いがありそうな古びた羊皮紙が一枚。

 カバーのついた灰色のスマホが一つ。

 真珠が付けられた指輪。

 これが、自称神様がいう冒険者初期セットなのだろうか? と、まずは剣を手にしてみる。


「お、重い。なんだこれ?」


 形状は片手剣のようであるが、良治が扱うには少し重かった。両手で握って振り回すのが良さそうだと何度か振ってみる。


「……片手で持てなくはないけど振り回すのは厳しいな。それに切れるのか?」


 刃先を見てみると(なまくら)らに見える。良治が言うように切れ味は酷いのかもしれない。手にしていても重いだけなので元に戻し、今度は羊皮紙を手にしてみた。


「……えーと」


 紙そのものは、少し年代が古そうなものであったが、書かれている文字はプリンターで打ち出したものだと分かる。手書きにしろよと思いつつ内容を読んでみた。


勤務ルール。


1.勤務時間は8:00~17:00まで。残業はなし。

2.休憩場所は真珠の指輪に願えば出現する。

3.休日は土日のみ。祝日はなし。

4.勤務開始時間に強制出社。終了時に強制退社。

5.最初は時給500円。階層が進めば50円ずつ上昇。

6.退社時に迷宮産のものは全て消え日給のみを入手。

7.迷宮にいる間は、迷宮スマホを使用する事が可能。初期時は掲示板のみ利用できる。

8.休憩所にて飲食物が補充される。階層が進めば休憩所内部に施設が増える事もあり。

9.死亡時は、退社時間まで放置され自動蘇生される。また、入手可能な魔法による蘇生も可能。

10.現実で転職したとしても、強制出社されるので注意されたし。


 ちょっと、神様の世界でダンジョンゲームが流行っていてさ。協力してね♪


 読み終わった良治は、この自称神様をぶん殴りたいと思った。


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web版とは【異なる部分】が幾つかあるので、是非手に取って読んでみて欲しいです。
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