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『最新型』の彼女と『欠陥品』の彼

作者: あこたマン

 ある日、僕は『彼女』を拾った。




 夕方。

 いつものように野良猫に餌をあげるため狭い路地裏を歩いていた時だった。

 不法投棄された粗大ゴミの隙間に『人間』の腕が見えた。

 僕は、ああ捨てられたのか、と憐れに思いながら通り過ぎようとした。しかしその腕が微かに動いた気がしたため、足を止めた。

 僕はどうしようかとしばらく考えた結果、とりあえず状態を見てみようと思い、その腕に近づいた。

 すると粗大ゴミの陰に『人間』の女がいた。


 それが『彼女』だった。






 僕は野良猫に餌をあげた後、彼女を家に連れて帰った。

 見た感じでは酷い状態ではなさそうだったし、規則正しく胸が上下しているところを見るに、身体も正常であるようだった。だから連れて帰った。


 彼女は薄汚れた衣服を纏っており、未だに目を瞑ったまま僕のベッドで横になっている。

 とりあえず彼女が起き上がるまで放置することにして、僕は晩ご飯の準備をはじめた。


 晩ご飯を食べ終わり、風呂も済ませ、下らない内容の深夜番組をぼーっと見つめながら、早く横になりたいなと僕は思っていた。

 ベッドでは未だに彼女が目を瞑ったまま横になっている。


 一体いつまでそうしているつもりなのだろうか。

 もしかしたら内部が損傷していて動けないのだろうか。


 そんな事を考えながら彼女を観察していると、不意に彼女が身動ぎした。

 僕はその行動に少々目を見張ったが、それはまだまだ序の口だった。


 彼女がようやく目蓋を上げたかと思ったら、二、三度瞬きを繰り返した後、顔を覗き込んでいた僕と目が合った。すると次の瞬間彼女は飛び起き、逃げるようにベッドの端によると、そのまま壁に身を寄せていた。


 僕はその一部始終を呆然と見ていた。

 彼女は猫が警戒する時のような目付きで僕を見つめている。

 僕はそんな彼女を見つめながら、『本物』みたいな行動に感動していた。


 彼女はおそらく『最新型』なのだろう。

 そう思った。


 いろいろ聞きたい事はあったが、その日はもう遅かったので話は明日という事にした。

 僕が休もうとベッドに上がると、彼女はすぐさまベッドを下りていった。

 一緒にベッドで休めばいいものを、彼女は床で休むと言って聞かなかった。

 狭くなるから嫌だったのだろうか、我が儘仕様なのだろうか、などと考えながら横になっていると、すぐ朝になってしまった。




 朝。僕は二人分の朝食を用意した。

 朝食はパン派なので、トーストとコーヒーを用意して彼女に振る舞った。彼女は、トーストは美味しそうに食べていたが、コーヒーは苦手だと言って飲まなかった。


 朝食を済ませると、僕は彼女に昨日のことを聞いてみた。すると彼女は、疲れて寝ていた、と返してきた。意味不明だった。


 彼女に損傷箇所は見られなかったが、一応病院に行くかと尋ねてみた。すると彼女は大丈夫だからと不自然なほどに動揺していた。彼女の行動はいちいち芸が細かくて感動する。


 朝食を終えると、彼女は世話になったと礼を言って部屋から出ていこうとした。僕はそんな彼女に行くところはあるのかと訊ねてみた。


 粗大ゴミと一緒にいたのだ。パートナーにでも捨てられてしまったのだろう事は察している。しかしパートナーを捨てるなんて酷い奴だと思う。世の中にはそういう奴がいるという事は知っているが、そういう奴は『人間』の風上にも置けない奴だと僕は常々思っている。


 彼女にはきっと行く所などないだろうと思っていた。しかし彼女は大丈夫だからと笑っていた。

 その笑顔はとてもぎこちなくて、『最新型』であってもやはり『本物』には程遠いのだと知る。


 そんな笑みを残して出ていこうとする彼女を、僕は思わず引き止めた。


「僕のパートナーになる?」


 僕には幸いにも決まったパートナーがまだいない。彼女が前のパートナーに捨てられたのなら、僕が代わりのパートナーになるのは問題ないはずだ。


 彼女にとっても悪い話ではないと思った。

 しかしそれでも彼女は僕の提案を渋った。


 迷惑をかけたくないから、と。


 彼女のそれは『気遣い』と言うものなのだろうか。先程のぎこちない笑みもそういった意味があったのだろうかと考えると、僕は彼女のそんな言動にまた感動した。


 僕は彼女を手放したくなかった。

 ここまで『本物』に近い事が出来る『人間』は見たことがなかった。

 だからこそ、彼女と一緒にいることで僕も変われるのではないかと思った。


 僕は、はじめからから感情に欠陥がある。


 皆は笑顔で笑えるけれど、僕は上手く笑えない。

 皆は怖い顔で怒れるけれど、僕は上手く怒れない。

 皆は悲しい顔で泣けるけれど、僕は上手く泣けない。


 感情がないわけではないけれど、僕のそれは恐ろしく稀薄なものだった。


 ただの『機械人形(ロボット)』だと言って、皆は僕を嘲笑う。

 だから僕の友達は路地裏の野良猫くらいしかいなかった。


 僕も皆と同じになりたかった。だから彼女のように『本物』に近い『人間』の傍にいる事ができるなら、僕の感情も豊かになるのではないかという打算的な考えもあった。


 僕の必死な頼みに折れるように、彼女は僕の提案を受け入れてくれた。


 僕は嬉しくなって思わず彼女に抱きついてしまった。すると彼女は僕の胸を押し返し、猫のようにパッと離れて行った。

 どうしたのかと彼女を見遣ると、俯き加減の彼女の顔が見る間に赤くなっていった。

 それを目の当たりにした僕は、肌の色まで変える事が出来る彼女にまたもや感動していた。




 こうして、僕と彼女の生活がはじまった。






 彼女との生活はとても楽しかった。

 彼女の表情はコロコロとよく変わる。見ていて飽きない。

 泣いたり、怒ったり、拗ねたりするが、彼女が一番よく見せてくれる表情は笑顔だった。

 その笑顔を見ると、僕も釣られて頬が緩む。僕自身はちゃんと笑っているつもりなのだが、きっと彼女には分からないだろう。

 そう思うと、何だかとても悲しい気持ちになった。


 彼女との何気ない触れ合いはとても新鮮で、僕はいつも彼女の行動に吃驚したり、感動したり、とても忙しい。しかし彼女は至っていつも通りだというように僕の手を取って楽しそうに笑っている。

 僕も笑顔を返しているつもりなのだが、きっと笑顔になってはいない。それでも彼女は僕が笑っているつもりの時は、いつだってそれを察して嬉しそうな笑みをくれるのだ。


 僕はそれが何よりも嬉しかった。




 僕は今、路地裏の猫に餌をあげに来ている。勿論彼女も一緒だ。

 彼女は猫たちと楽しそうに戯れている。その様子を見つめていると、何だか僕まで楽しくなった。

 僕の友達はここにいる野良猫だけだった。しかし今は彼女も傍に居てくれる。

 僕はそれだけで満たされているのだと最近感じるようになっていた。




 路地裏を出て彼女と二人で通りを歩く。

 陽が落ち、紅い光が町を染める。

 ふと隣を歩く彼女に視線を向けると、彼女も僕の方を見ていた。

 一瞬だけ視線が交わったかと思ったら、彼女は直ぐに視線を逸らしてしまった。

 その横顔が、夕日の紅より赤く見えた。

 その横顔を見つめていると、僕も何だか顔が熱くなった。


 僕はおかしくなってしまったのだろうか。そんな事を考えたが、それでもいいかと思えるほどに、僕は今幸せなんだと思う。

 彼女に対するこの感情を言葉にするならどんな言葉が一番ぴったり合うのだろうかと考えてみるが、僕にはぴったりな言葉を見つける事が出来なかった。


 ただ、その感情はとても素晴らしいものに違いないという確信だけは持っていた。




 僕はこれからも彼女と一緒にいたいと願っている。

 彼女も同じ想いでいてくれるのなら、どんなに嬉しいだろう。




 僕は、彼女と生きる『永遠(あした)』が続く事を強く望んでいた。






◆◆◆◆◆






 ある日、私は『彼』に拾われた。




 確か路地裏に不法投棄された粗大ゴミの隙間で休んでいたのだが、次に起きたときには見知らぬ部屋の見知らぬベッドに寝ていた。

 私は何故こんな所にいるのだろうかと考えるよりも先に、私を覗き込むように見つめている男の視界を捉えて驚いた。


 それが『彼』だった。






 手短に説明をしてくれた彼の話によると、どうやら彼は私を『人間』だと思っているようだった。自分の住んでいる部屋に連れて来てくれたのも、まだ動くという事で私を『保護』してくれたようだ。


 彼はいろいろと聞きたそうにしてはいたが、その日はもう遅かったために彼は休みたいと言った。そしてさも当然のようにベッドに上がってきた彼の行動に私は大いに慌てた。

 慌ててベッドを飛び降りた私の行動に彼は不思議そうに首を傾げていたが、私は頑として床で寝ると言い張った。

 たとえ私と彼は違う存在なのだと分かっていても、一応異性なのだから添い寝は勘弁してほしい。




 朝。

 私が目覚めた時には既に彼は起きており、私の分まで朝食を用意してくれていた。

 私は彼が用意してくれたトーストを頬張りながら、彼の優しさに胸が温かくなった。

 たとえその行動が『偽物』の優しさだと分かっていても、私はその優しさが嬉しかった。


 飲み物にはコーヒーが出されていたが、私は苦手だと言って飲まなかった。

 『人間』の飲み物には大抵『混ざり物』が含まれているため、『人間』ではない私では飲む事が出来ないのだ。

 だから、私は水をもらって飲んだ。




 彼が昨日の事を聞いてきた。

 私はどう答えていいものかと少し悩んだが、とりあえず「疲れて寝ていた」と告げた。

 すると彼は不思議そうに首を傾げていた。

 彼にとっては意味不明だったのだろう事は察した。


 彼は私の事を思い、病院に行くかと聞いてきた。

 私は酷く動揺したが、それを悟られないように「大丈夫だから」と断った。


 病院に行けば私が『人間』ではない事が知られてしまう。それだけは何としても隠しておかなければならなかった。

 『人間』は私を決して受け入れる事はない。それが分かっているのに、自分が『人間』ではないなどとは決して言えなかった。それに私が『人間』ではないと知られてしまえば、きっと私を拾った彼にも迷惑をかけてしまう。そうなる前に、私は彼の元から去ろうと思った。

 しかし彼は何を思ったのか、突拍子もない事を言い出した。


「僕のパートナーになる?」


 彼には決まったパートナーはいないようだった。しかし私では彼のパートナーにはなれない。

 だって私は『人間』ではないから。

 だから私はその申し出を断った。


 しかし彼は何故か引き下がらなかった。どうやら彼は私の事を『最新型』だと思っているようで、私の行動を見て勉強したいと言っていた。


 彼はどうやら『欠陥品』のようだった。


 彼の感情は恐ろしく希薄だ。

 言葉は淡々と話すし、顔は常に無表情。

 私は彼のような『人間』を見るのは初めてだった。


 しかし、私を拾い朝食までごちそうしてくれた彼の優しさを、私はもう知っている。だからという訳ではないが、彼の頼みは聞いてあげたいと思った。

 ずっと一緒にはいられない。それでも少しの間だけ彼と一緒にいたいと思った。


 それはただの興味だったのかもしれない。

 彼が私を拾った珍しい『人間』だったから。


 彼に承諾を返すと、彼は私に飛びついて来た。その行動に、私は咄嗟に彼を突き放してしまった。

 怒ってしまっただろうかとチラリと彼を窺えば、彼は目を見張って少々驚いたような表情をしているだけだった。

 その表情は本当に微かな変化だったが、彼が私の行動に感動しているのだと分かってしまったために、私はどう反応していいのか分からなくなった。




 こうして、私と彼の生活がはじまった。






 彼との生活はとても面白かった。

 彼は懸命に笑おうと頑張ってはいるようだが、その顔は逆に怒っているようにしか見えず、私はその顔を見て「それは違う」と言って笑う。そうすると彼は難しいと言って微かに困ったような顔をする。そんな彼が可愛く見えて私はまた笑う。

 そうしている内に、ふと彼の表情に淡い笑みが浮かぶ時があるのだ。その笑みを見られると、私はこの上なく幸せな気持ちになった。


 彼の感情は恐ろしく希薄だ。しかし彼の無表情の中に感情がない訳ではなかった。恐ろしく希薄であるが、彼には彼なりの表情がそこにあった。

 たとえ顔に出なくても、何気ない気遣いも優しさも私にはちゃんと分かる。彼が見せる淡い表情の向こうにはちゃんと感情があるのだと、私は知っている。

 彼はそれを私が気付いていないと思っているようで、時折酷く悲しそうな顔をする。

 だから私はそんな彼に笑顔を向けるのだ。


 私はちゃんと貴方の笑顔を知っている、と。




 その日、彼に連れられて路地裏にやって来ると、そこにはたくさんの野良猫たちがいた。

 私は嬉々として猫たちに近寄って行くが、案の定逃げられ、警戒されてしまった。そんな私を見かねた彼が餌を手に猫たちを呼ぶと、一匹、また一匹と近づいて来て、彼の周りはあっという間に猫だらけになった。

 友達だという彼の言葉通り、猫たちは彼にとてもよく懐いていた。私もそれに便乗して猫たちと触れ合っていると、彼の顔に薄く笑みが浮かんだ。

 私は嬉しくなって彼に笑いかけると、彼の笑みも深くなったように感じた。




 路地裏を出て彼と二人で通りを歩く。

 陽が落ち、紅い光が町を染める。

 夕日に染まる彼の横顔を見つめていると、ふと彼がこちらを向いた。

 彼と視線が交わった瞬間、私は恥ずかしくなって俯いてしまった。

 今、私の顔は夕陽の紅より赤くなっている事だろう。夕陽の紅で私の赤い顔が分からなければいいが、彼の目にはどんなふうに私が映っているのだろうか。とても気になる。


 彼と過ごした数日で、私は彼という『人間』がどういう『個性』を持っているのかを知った。

 彼は基本的に優しく面倒見が良い人柄だった。きっと私の事もまだ動くという事で放ってはおけなかったのだろう。

 彼はそういう『人間』だった。


 私はそんな彼に惹かれはじめている。

 たとえ全てが『偽物』だと分かっていても、優しい彼の事が私は好きだった。




 惹かれれば惹かれるほどに、私は彼の傍には居てはいけないという思いに苛まれる。

 私は『人間』ではない。

 彼と同じにはなれない。


 それでも一緒にいたいと思う気持ちを、私は止める事が出来なくなっていた。




 私は、彼と生きる『永遠(みらい)』が欲しいと、叶わない願を抱くようになった。






◆◆◆◆◆






 人類は滅びた言われる世界。

 『機械人形(ロボット)』が溢れる時代。


 これはそんな世界で生きる、『人間』として『欠陥』のある『彼』と、『人』であるのに『最新型の人間』と間違われた『彼女』の物語。


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