10 邪神降臨
荘厳なクラシックと共に地面より這い出てきた『ラスボス』は途轍もない大きさだった。
その大きさたるや、私たちが見上げても、その頭頂部が見えないほどだ。
私たちが居る魔王の間には、三百六十度パノラマビジョンで見られる、モニターらしき物が設置されており、遥か上空にいる『ラスボス』の顔貌は、私たちにもはっきりとわかる。
「ま、まさかそんなことって――――」
ラスボスの顔貌を見た私が言葉を詰まらせると、ラスボスの声が部屋のモニターから流れてきた。
『フハハハハ、魔王を斃すとは、下等な人間どもにしては良くやったほうだと、まずは褒めてやろう。
だが、其奴は所詮、ワタシの下僕の一つに過ぎぬ。ワタシを倒さぬ限り、この世界に平穏は訪れぬであろう。
ワタシの名は、暗黒邪神ヤクザダヨである』
「その声と顔……、やっぱりサクヤ姉だ。サクヤ姉、逢いたかった。
私、ナギサだよ。サクヤ姉の恋人の、櫻川ナギサだよ」
私が声の主に問いかけると、答えが返ってきた。
『ハア? そんな名前は知らんな。ワタシは、暗黒邪神ヤクザダヨである』
「えっ――――」
私は、その言葉にショックを受け黙り込む。五年も経っているのだ。十歳と十五歳では顔つきも変わって分からないのかもしれない。
でも、あのサクヤ姉が私のことを『知らない』なんて考えられない。幾ら顔が変わってしまっていたとしても、名前くらいは覚えているはずだ。知ってて無視するなんてことは絶対ありえないから、本当に私のことを知らないんだろう。
という事は、『私と出会わなかった別の可能性世界のサクヤ姉』か、もしくは何者かに操られているのか……
私が思案していると、私とサクヤ姉とのやり取りを聞いていたカナ姉がサクヤ姉に質問する。
「ねえサクヤ、『ヤクザダヨ』って、『依田咲耶』を逆から読んでるだけだよね」
サクヤ姉は『なにいってんだこいつ』といった感じで首を傾げる。
どうやら後者のようだ――と、結論づけようとした時、部屋のスピーカーからサクヤ姉とは別の声が流れてきた。
『それは違うよ、ナギサちゃん』
こ、この声は……
『ぱんぱかぱーん! みんなのアイドル、神様だお』
スピーカーから声がした次の瞬間、神様が魔王の間に降臨した。
その姿は、サクヤ姉を連れ去った五年前と全く変わらない『五歳児くらいの容姿』だった。
「そんなぁ〜、ナギサちゃん。あたいって、そんなに子供っぽく見えるの?」
神様がそう言って拗ねるが、可愛らしくてたまらない。今すぐ抱きしめて頭をナデナデしてあげたい。
「ナギサちゃんも、咲耶ちゃんと同じ変態になっちゃったんだね。……あっ、でも彼氏が居るからナギサちゃんのほうがマシかぁ〜」
そう言うと神様は、まだ巨大ロボットに変身したままのソータを一瞥した。
「……だから、私とソータは、恋人でも夫婦でもないってばぁ〜〜」
私の否定を神様は否定で返す。
「もう〜っナギサちゃんってば、照れなくてもいいのに。ナギサちゃんが本当はソータくんのこと好きだってことはバレバレだよ」
「な、ななな、なに言ってるの神様……。私、いつもソータに『大嫌い』って言ってるのに。わ、わわわたしが、ソータの事を……その、す、す、 好きな訳ないでしょう」
「私の『神の眼』は、誤魔化せないよ」
……くっ、そうよ。ソータにバーチャル缶蹴りで助けられたあの日から、私はソータの事が好きだったのよ。でも、それは翌日に終わった事。今はただの友達よ。
「ナギサちゃんは、そう思い込もうとしてるのね。でも恋心がそんなに簡単に消えると思う? ナギサちゃんは今でもソータくんのことが好き。さあ、胸に手を当てて、よ〜く思い出してみて……」
私はとりあえず神様の言う通りに胸に手を当てて目を瞑ってみる。
ソータとキスした時のことを思い出す。いつもソータから無理やりだった。
ソータのあそこを見た時のことを思い出す。あれは事故だからノーカンだよね。
私の裸を見られた時のことを思い出す。あれはタマ吉の所為。私はソータのこと嫌いだった。
『ブス』って言われたことを思い出す。思い出すだけでムカつく。
いつも苛められてたことを思い出す。やっぱりソータなんて大嫌い。
「うん、やっぱり、私がソータを好きとか、ありえないわ」
「なんで、ナギサちゃんはそんな思い出し方をするの? キスのことだけ思い出せばいいのに……」
神様が無茶なことを言う。
「無茶なことじゃないよ。キスの味とか、その時のソータくんの指先とか、ソータくんの息づかいとか、自分の気持ちとか、いろいろあるでしょう」
神様がなおも食い下がる。というか、いい加減、私のモノローグと会話するのやめて欲しい。
私と神様の話を聞いてたソータが十歳の頃の姿に戻って会話に加わる。
「ナギサ、やっぱり俺のこと――」
ソータが続きを言おうとするのを私の言葉が遮る。
「違うわよっ!」
すると、神様が私の否定をまた否定した。
「違わないよ。ナギサちゃんはソータくんのことが好き」
それを聞いたソータが私にキスを迫ってきた。
「ナギサ……」
「もうっ、なんなの? なんでこういう展開になるのよ〜〜」
私が嘆くと、神様がとんでもないことを口走り出した。
「ナギサちゃん、何事も、あきらめが大切だよ……
神様がそう言ったかと思うと、ソータくんが私を抱きしめた。
くっ、苦しいけど、ソータくんに抱きしめられるの、なんだか気持ちいい。
ソータくんの唇と私の唇が触れる。
チュッ……。チュッ……。
『んっ……』『んはあっ……』
二人の吐息が漏れる。
私はソータくんに抱きしめられたまま、彼と激しくキスを繰り返す。
気持ちいい。やっぱり私、ソータくんのこと好きだったみたい。
『ソータくん、好き……。だからもっとキスして……』
私がそう言うとソータくんも愛の言葉を返してくる。
『ナギサ、俺もナギサのこと愛してる……』
ソータくんと私の激しいキス……。
『もうだめ、私ソータくんが欲しい。お願い、最後までしよ☆』
そう言うと私は着ているワンピースのボタンを上から一つ一つ順番に外しながらソータくんに迫る。
ソータくんの喉が、激しく動くのが見える。生唾を飲み込む音がこちらまで聞こえてきそうだ。
ああっ、私、今ここで、みんなの見てる前で、私の初めてをソータくんにあげちゃ――――」
「ちょっ、ちょっと神様! お願いですから私が語ってる風を装って、そんなセリフ吐かないでください。
読者が、本当のことだと勘違いしちゃうじゃないですかっ!」
私が神様を睨みつけると、神様は『てへぺろ』とか言って誤魔化した。
「ところで、神様は一体何しにきたんですか?」
私がキスしようとしてきたソータの頭を足で踏みつけながら神様に尋ねる。
「えっとね、それはそれとして、さっきからソータくんがナギサちゃんのパンツ見てるんだけど、それは良いの?」
神様は、また話題をはぐらかそうとする。
「別にいまさらソータにパンツ見られるくらい、どうってことないよ。今まで散々見られてきたんだし……」
そう言いつつも、私はソータの眼前にタオルを被せて目隠しをした。
「そうなんだ? でもソータくん、踏まれて嬉しそうにしてるけど、この子、実はマゾヒストだったみたいだね」
神様がそう言うと、ソータが口を挟んでくる。
「俺は、マゾじゃない。ナギサが好きなだけだ。ナギサになら何をされても構わないし、ナギサのためだったら何でもする」
「ん? 今なんでも――」
「ストップ。ストーップ!」
神様が危険な発言をしそうになるのを私は慌てて止めた。というか、この神様、色んな意味で油断出来ない。
「えっとね、ナギサちゃん。私がソータくんに聞こうとしたのには一応理由があるんだよ。ナギサちゃんが普段どんなビデオを見てるのかは知らないけど――」
神様は、話を続ける。
「まあ、ソータくんのことは置いといて、私がここに来たのは、咲耶ちゃんを助けるためなの。
そして、それにはナギサちゃんとソータくんの『愛のこもったキス』が必要なの。
だから、ナギサちゃんはソータくんのことを心より愛してもらわないと、みんなが困っちゃうの。
とりあえず、ここまではOK?」
いきなり無茶な話だ。なんでサクヤ姉を助けるために私がソータと愛のあるキスをしないとダメなの?
それに、『サクヤ姉を助ける』ってどういうこと?
私は話が良く見えてこないが神様に続きを促すことにする。
「まあ、詳しい話は後にして、今、咲耶ちゃんは自我の一部を封印されて暴走状態なの。その状態で神殺しをしちゃったもんだから、咲耶ちゃんは『邪神』として全ての世界の神々と戦ってる状態なの。
咲耶ちゃんの封印された自我を元に戻してあげれば、全て解決するから、私がここに来たんだけれど、そのためには、ナギサちゃんとソータくんの愛が必要なの。これで分かって貰えたかな?」
いやいや、サクヤ姉の事情はなんとなく分かったけど、私とソータがキスしなくちゃいけない理由がまるでわからない。
でも、神様が言うことなんだから、ソータとキスしないとダメなのだろう。それも私がソータをホンキで愛して……
「くっ、これもサクヤ姉の為だし、仕方ない」
私はこれからソータを好きになる努力をする。……とは思ったものの、どうすれば良いんだろう。
「あたいに、いい考えがあるよ。ナギサちゃん、とりあえず亜空間へのゲートを開いて、あの子を此処に呼び出して……」
え〜、あいつを呼ぶの? すっごく話がややこしくなりそうで嫌だなあ〜。
私は、神様の言う通り、ゲートを開いて、そいつを此処に呼び出すことにした。




