6 自称カレシ
ガチャリと、リビングを勢いよく開けて部屋に入って来た人物は『ナギサ、大丈夫か?』と言って、私に近づいてくる。
さっき私が『もう、パパのばかぁ〜。私、そんなにおっきくしてるパパなんて大っ嫌い』と叫んだのが、彼の部屋まで聞こえたのだろう。
彼が、私に一歩近づく。
――私は二歩、後ずさる。
彼が早足で三歩近づいてくる。
――私は早足で六歩、後ろへ逃げる。
「ナギサ、なんで逃げるんだよ……」
そう言うと、彼はその場で立ち止まった。
私は彼が止まったのを確認すると、彼から十メートルくらい離れた位置に留まる。
私は、彼と会話をするのは死ぬほど嫌なんだけれど、彼の質問に応えないと、また近づいてくるかもしれないから、仕方なく応えることにした。
「そんなの決まってるじゃない。……ソータくんは、私を苛めてたこと、ちゃんと覚えてるんでしょ?」
「そ、それは俺が小学生の頃の話だろぉが!
俺、前にも『お前のこと好きだから、つい苛めちゃってたんだ』って、言って謝っただろう?
だいたい、そんな昔のこと今さら出すなよ。俺は、今でもお前のことが好きなんだ!」
そう言いながら彼は、私に近づこうとしてくる。私はさらに彼から距離を置きながら言葉を返す。
「来ないで! このロリコン! 私もソータくんのこと、大嫌いって、いつも言ってるでしょう? いい加減にしてよね」
「俺はロリコンじゃねえぇぇっ!」
彼は激昂して、目の前にあるテーブルをサルのようにバンバンと叩く。キレやすいのは小学生の頃と全然変わらない。
彼の名は、ソータ。えっと……本当の苗字は何だったっけ?
彼は四年半前に、ここに転生して来たんだけれど、私が居ると知ってからずっと、櫻川姓を勝手に名乗って、パパのことも『お義父さん』って呼んでる。
そのせいで、周りのみんなも、彼のことを私の旦那なんだと思ってる。本当、いいメイワクなんですけど……。
彼は、私の同級生だったんだけれど、私が死んでからずっと、私への純潔を守ったまま八十六歳で天寿を全うしたんだそうだ。何というか……そこまでいくと、バカなんじゃないかな? としか思えない。だって、私が死んだの十歳の頃の話なんだよ。
今の彼は四十歳の頃の姿だという話だけど、それって、パパより年上の男性ってことになる。
そんな中年男が、十五歳の私に求愛してるんだよ。ロリコンじゃなかったら何だっていうの?
私が小学生の頃に彼から受けた苛めは正直、枚挙に遑がない。
私が廊下を歩いてると、必ずと言っていいほど、後ろからやって来てスカートをめくられたし、プールの授業で着替えてる時にパンツを隠されるとか、胸を揉まれたことも何度かあった。
もちろん、えっちなイタズラばかりじゃなくて、筆箱は隠されるわ、後ろの席から『消しゴムの千切ったの』を投げてくるわと、兎に角、私にチョッカイばっかりかけて来る奴だった。
そういえば、遠足の時に楽しみに残しておいたタコさんウインナーを勝手に食べられたこともあったなぁ〜。
きわめつけは、私のファーストキスを彼が無理やり奪ったこと。
あれは確か、みんなでバーチャル缶蹴りをしてた時だったかな。
私がオニに捕まりそうになって『逃げなきゃ』と思ってターンしたら、そのまま転んじゃって、そしたら彼がオニに向かってトラップをいっぱい投げたりして、私を助けてくれたんだけど、そのあと、倒れていた私の手を引いた彼は、そのまま私をグイッと引っ張ったかと思ったら、私のクチビルにキスしてきたの。
周りには一緒にバーチャル缶蹴りをしてたクラスのみんなが居たから、次の日学校に行ったら、黒板に相合傘で彼と私の名前がでっかく書かれて、『結婚おめでとう』とか色々書かれてた。
それを見た私は、真っ赤になって泣きそうだったんだけれど、彼は『誰がこんなブス好きになるんだよ』って言ったの。
ホント、ひどいよね。彼から勝手にキスしてきたくせに、私のことブスって言ったんだよ。
私、キスされた時はショックだったけど『ソータとなら付き合っても良いかな』って思ってたのに……。
その日からかな、私が彼を見ると反射的に逃げるようになったのは……。
……えっと、そろそろ、回想から現実に話を戻そうか。
さっきからテーブルをバンバン叩いてるソータは、よく見るとお猿さんになってた。
これは、比喩的な話じゃなくて、彼のスキル『変身能力』によるものだ。
先ほどまでの彼が四十歳の姿だったのも、今はお猿さんになっているのも、どちらも彼が変身している姿に他ならない。
彼の本来の姿は死んだ時の姿――八十六歳のおじいちゃんなのだ。
否、それも本当の姿なのかどうかは定かではない。
兎に角、彼は実体不詳の存在だ。
ある時は、私の下着に化けてたこともあった。私が、彼のスキルを知ってからずっと、魔法感知スキルを常時展開してたおかげで、無事回避出来たけど、ホントに油断も隙も無い。
お猿さんから、小学生の頃の姿に戻ったソータくんは、私に言った。
「でもナギサは、ホントは俺のこと好きなんだろう? 俺がこっちに来たばかりの頃、服を脱いで迫ってきたことがあったじゃねーか。あの時、『ソータくん、わたしソータがほしいニャ』とか言って、俺のズボ――――」
「あ、あれはタマ吉の発情期だから、私の意志じゃ無いって言ってるでしょ〜」
私はそう言うと、ソータに向かって無数のファイアボールを撃つ。
彼は弾幕避けシューティングゲームでもしているかの如く、ヒョイヒョイと避けていたかと思うと、突然姿を消した。多分何か目に見えないものに変身して逃げたのだろう。
私はとりあえず感知スキルの強度を最大まで上げて警戒をするのだった。
私が警戒しながら部屋を見回すと、部屋に居るメンバーは皆一様に私のことを微笑ましそうに見ていた。
だから、ソータは私の旦那でもカレシでも無いってば〜〜。




