戦う理由
勇者は世界を守るために戦う。名探偵は愛する人を守るために戦う。高校生は友だちを守るために戦う。
二次元の主人公たちは、みんな何かのために戦っている。
「俺は、何のために戦えばいいんだろうな」
「まず、誰と戦うんだよ。お前」
いつの間にか声に出ていた。が、聞こえたのが行弘で良かった。
前を向いても、教授は相変わらずつまらない授業を展開している。隣に座る行弘以外、俺のひとり言に気づいた者はいないようだ。
「お前、授業に集中しろよ」
行弘は眉をひそめて注意してくるが、俺の言葉が聞こえたってことは行弘も本気で聞いてはいなかったのだろう。
「どうせテストはないんだ。レポートが出せればいい」
「あっそ。それで、何? 戦うって。ケンカでもするの?」
「この身体でケンカなんて出来るわけない。二次元の主人公はみんな何かのために戦うだろう? 人生をかけて。俺は、これからの人生、何のために戦えばいいのかなって」
「はあ?」
行弘の言葉と同時に、授業終了のチャイムが鳴った。
「羽月。何を言ってんの? お前は二次元の主人公じゃないだろ?」
「でも、俺は俺の人生の主人公だろ?」
「ふっ。ははっ。あははは!」
授業が終わったのをいいことに、行弘は声を大にして笑った。
「そんな、真顔で! 面白いなあ、羽月は」
「笑うなよ。俺は、真剣なんだ」
「悪い。悪い」
緩んでいる口元から謝罪の言葉が発せられても、説得力はない。
「羽月は羽月のために戦えばいいじゃないか」
「嫌だ。俺も誰かのために戦いたい」
「お前。大学生だっていうのに。まだ中二病みたいなこと言ってるの?」
行弘の呆れた言葉のせいで、いつも以上に胸が痛む気がする。
今年大学を卒業する俺たちにとって、今が最後のモラトリアム。中二病を引きずっているつもりはないが、これからの人生について考えてみてもいいじゃないか。
「お前に話した俺がバカだったよ」
「待て待て」
講義室から出ようとした俺を行弘が引き止める。
「迷える子羊のお前に、これ。やるよ」
「なに? これ」
行弘が俺の手の中に鉛筆を1本落とした。
「今日誕生日だろう? プレゼント。22歳、おめでとう」
「鉛筆?」
確かに今日は誕生日だが。鉛筆をプレゼントにもらったなんて、小学生以来だ。
「羽月は羽月の人生の主人公なんだろう? だったら、お前の物語は自分で描いてみろよ」
「行弘。お前は何のために戦っているんだ?」
「俺は、周りの人の笑顔を守るために戦っているからな」
それが5年前。最後に聞いた行弘の言葉だった。
あの日、別れた直後に行弘は交通事故にあい、脳死状態で戦ってきた。そして、俺は持病の心臓病を悪化させ、病院のベッドの上であの日もらった鉛筆を走らせている。
「先生。いい加減、原稿は出来ましたか?」
「まだ。大体、そんなに見張っていなくても逃げれるわけないだろ」
「分かりませんよ。脱走の常習犯なんですから」
「そりゃ、暇だからな」
「暇じゃないでしょう? 先生の生きている内に原稿をもらわないと」
この編集者は人の触れにくい所に易々と踏み込んでくる。
「近藤くん。俺、今日誕生日なんだけど」
「27歳、おめでとうございます」
「誕生日プレゼントとかないの?」
「ありますよ」
「え?」
想定外の返事が返ってきた。
「ルール違反ですが。僕たちもやっと決心がつきました」
近藤くんが、俺の手の中にカードを落とす。
「免許証?」
免許証の表を見ると、近藤行弘の名前。
「兄さんからの誕生日プレゼントです」
近藤くんの仕草に従ってひっくり返すと、心臓の臓器移植提供にチェックがしてある。
「行弘…」
俺の描く物語は、戦う理由を見つけた。