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ロードレーサー(3)

「サワタリさ、あんたひょっとして彼氏(オトコ)でもできた?」


 投げかけられた問いかけに、食事中の真琴は、ひょいと視線を上げて対応した。


 校舎の一階、三年二組の教室。


 時間帯は昼休み。


 質問者は、おさげと眼鏡がトレードマークの、クラスメートの野々村(ののむら)早苗(さなえ)だ。


 机を境に向かい合いつつ、少女はさらりと言葉を返す。


「まさか。そんなひといないよォ。でも、それがどしたの?」


「いやさ、あんたがこの間、四組の高山を袖にしたって話を耳にしたもんだから、もしかしたらあたしの知らないうちに正式なのをこしらえちまったか? と疑ったわけよ」


 早苗と真琴のふたり組は中等部以来の腐れ縁。


 妙なところでウマが合うせいか、学校内外を問わず、そろって行動していることも多かった。


 ただし、根っからの体育会系で活発な雰囲気を持つ真琴とは対称的に、文芸部と新聞部とをかけもちしている早苗のほうは、その地味な風貌から想像されるとおり、完全無欠の文系だった。


 好一対とは、まさにこのことか。


 もっとも、中身のほうに視点を移せば、彼女の評価は見た目のそれと一転する。


 「学園のパパラッチ」を自称するだけあって、早苗が見せるスクープ記事への情熱は、付き合いの長い真琴を閉口させるほど、過激に燃えあがることがあったからだ。


「ああ、あのことか」


 満面に苦笑いを浮かべた真琴が、手作りのサンドイッチにかじり付いた。


「ほら、高山くんって物凄くモテるでしょ。だから、ボクみたいなのと付き合ってもきっと面白くないよって言ってあげただけだよ」


「ふふん。一応、告られたのは事実だったか」


 ニヤリと笑って早苗が茶化した。


「で、これで何人目だっけ? あんたが刻んだ撃墜マーク」


「撃墜マーク?」


「この学校に入学して以来、あんたが交際断った(ごめんなさいした)オトコの数よ。もう片手の数じゃきかないでしょ。立派な撃墜王じゃない」


 百六十センチを超える上背に短距離走で鍛えたしなやかなプロポーション。


 明朗快活で気さくな性格に加えて、水準以上に端正なルックス。


 これだけの要素を併せ持つ真琴が、男性諸君から注目されないわけがない。


挿絵(By みてみん)


「それを軽~く一蹴するなんてさ、普通に考えたらもったいないオバケが出るレベルじゃない」


「それはそうかもしれないけどさァ……」


「あんた、全然自覚ないでしょうけど、一部の過激派から随分と恨まれてるわよ。あたしたちのアイドルをないがしろにするだなんて、いったい何様のつもりだ~ッて」


「そんなこと言われたってェ……」


 困ったように真琴は言った。


「好きでもないオトコのひととお付き合いするなんて不誠実なこと、ボクには死んでも出来ないよ」


「まあ、あんたならそう言うと思ってたけどね──…」


 頭の後ろで両手を組んで、椅子の背もたれに体重を乗せる早苗。


 その口が、スパッと話題を切り替える。


「そういや、あんた。この夏休みにクルマ買うとか言ってなかったっけ?」


「うん。買うよ」


 真琴の表情に、あからさまな光が宿った。


 残ったサンドイッチを無理矢理口に押し込みながら、少女は早苗の質問に答える。


「夏休み中に普通免許取るから、それまでにはきっちり決めとくつもり」


「ほうほう」


 わざとらしい口調で早苗が続けた。


「ま、あんたのことだから、どうせ倫子(のりこ)さんの影響モロ受けなの選ぶんだろうけど、友達として、一応どんなのをターゲットにしているのかだけは聞いておいてあげましょうかね」


「悪いなぁ、なんだか気を使わせちゃったみたいで」


 促進に従い、真琴は、分厚い雑誌を鞄の中から取り出した。


 本当に厚い。


 電話帳クラスの厚さだ。


 それは、某グラビアアイドルをイメージキャラクターに配した、大手の中古車情報誌だった。


 先のしおらしい言葉とは裏腹に、まったく悪びれる様子もなく真琴は雑誌のページを素早く開ける。


 見るとそこには、橙色のしおりが一枚、しっかりと挟み込まれてあった。


 彼女があらかじめ購入対象を選別していたことは間違いない。


 開かれたページには、十数台分の販売車輌がそれぞれ小さなカラー写真付きで掲載されていた。


 車輌データには、車種・価格・年式といった基本的なもののほかに、走行距離やグレード、駆動系の種類などが追記されてある。


 詳細はともかく、概要を把握するだけならばまずまず十分な情報量だ。


挿絵(By みてみん)


「どうせホンダ車買うなら、『フィット』みたいな可愛いコンパクトカーにしなさいよ!」


 間を置かず、一気呵成にまくし立てる。


「人も荷物もたくさん載るし、燃費だっていいじゃない。いま時分、馬力でクルマ選んで何が楽しいわけ? クルマってのは移動手段のひとつでしょ? 制限速度の何倍も出せるパワーなんて、宝の持ち腐れ以外の何物でもないわ!」


 まったくもって正論だった。およそ非の打ち所すら見当たらない。


 だが困ったことに、ことは個人的趣味の範疇に存在していた。


 早苗の理屈に真琴が反論できたのは、まさにそれこそが理由だった。


「宝の持ち腐れなんかじゃないよ」


 突き付けられた人差し指を目の前にして、さらりと彼女は言ってのけた。


「人が『速さ』を求めるのは、持って生まれた本能なんだとボクは信じているから」


「本能?」


「うん、本能」


 妙な自信をみなぎらせた真琴はきっぱりとそう断言すると、訝る親友(早苗)に向かってとうとうと自説を語り出した。


 「これはボクが陸上やっているからかもしれないけど」と前置いてから彼女は言う。


「人間ってさ、『速く走ろう、速く走ろう』って自分自身を追い立てるDNAを持っているように思えるんだ。だって、そうじゃないと百メートル走でコンマ何秒を争うアスリートに感動なんてできっこないじゃない」


「ほう」


「でね、ボクはいま、クルマの運転でそんな世界に行ってみたいと目論んでるんだ。だから、そんなボクが愛車にパワーを求めるっていうのは、とっても自然な成り行きだと思うんだよ。わかってくれる?、早苗クン」


 それを聞いて脱力した早苗の口から、特大級のため息がこぼれた。


 同時に放たれた「本気でレーサーにでもなるつもりなの?」という台詞も、だから八割方は皮肉であった。


 しかしながら、そんな彼女の発言を真琴は字面どおりに受け取った。


 満更でもなさそうに「なれるものなら、それもいいかもね」と答えながら、満面の笑みをすら浮かべてみせる。


 早苗は、天を仰いで肩を落とした。


<続く>

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