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test(2)  作者: bluenowind
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テストの2

「やっと来たな…。」

辺りを見回すが、俺たちしかいない。つまり、来たというのはオレたちのことだろう。何か得体のしれないものが見えてるという場合を除いて。

「こやつめ…断じて許すまじ……。」

というと、そのフードの人物は拳を握った。どうやら友好的な雰囲気ではなさそうだ。魔法初心者の俺でも分かるほど、そいつから魔力が湯気のように立ち上っているのが分かる。

「そこの男!勝負だぁ!」

と叫ぶなり、勢いよく走り襲ってきた。何と!ターゲットは俺のほうだった!

そして、走りながら呪文を唱える。

「業炎プロメテスよ!汝の炎を刃と化せ!フレイムソード!」

と、右手に炎の剣を出すと斬りかかってきた。

「ちょっと待って!話せばわかるって!」

飛び退きながら、思わず某首相の最期の言葉を発する。当然、相手がその言葉を聞いて、止まるはずもない。

「問答無用!」

おお、相手はなかなかノリがよろしいようで。なんて呑気なこと言ってる場合ではなかった。相手が炎の剣で攻撃してくる以上、こちらも何かしらの対策を取らなければ、黒焦げあるいは真っ二つにされてしまう。

とりあえず、こちらも、先ほどまで使っていた金属棒を取り出す。魔法は、まだいまいち使い方もわからないし、下手するとサラまで巻き込んでしまう。

「サラは下がってて!」

と言うと、飛び出していった。

「なにぃ!サラだとぅ!?」

と、何故かフードの人物が驚いたような反応を示すと

「畜生!業炎プロメテスよ!汝の炎を刃と化せ!フレイムソード!」

と叫び、何と左手にも炎の剣を用意してきた。これで相手は二刀流である。

「とおりゃっ」

と叫びながら、二本の剣を器用に振り回してくる。片方の剣は金属棒で受け流し、もう片方は、体ごとかわすということを繰り返しながら、相手の攻撃をよけ続ける。

「ほほう!剣使いか!これは面白い!お主なんぞに負けるものか!」

(これ、剣じゃなくて、ただの棒なんですが。)などと思いはしたが、突っ込む暇などない。よけるのに精いっぱいである。

「何で、あんたは、攻撃、してくるんだ!ていうか、あんた、誰だ!」

それでも何とか途切れ途切れながらも、相手に問う。

「俺が誰かだとぅ!?それも知らんのか!まあ、いい!ここで灰になるやつに名など名乗る義務は無い!てやっ!」

というと、先ほどより攻撃がスピードアップする。でも、このセリフで俺という言葉を使ったことから、男であろうことが判明した。

(このままではジリ貧だな…)

と思い、こちらからも攻撃に転じることにする。片方の剣を受け流し、片方はかわすという行動はそのままに、口を動かすことに専念する。

「風の精霊ノトアスよ!汝の風を固めて敵にぶつけよ!エアバーン!」

風の塊が放たれ、ちょうどフード男の胸のあたりを直撃する。

「ぐはあっ!」

と声を漏らして、後ろへと吹っ飛ぶ。が、そのまま、一回転して、ズザザッと足から着地した。敵ながら天晴である。

「貴様ぁ、さらに風使いだったとはな…。ふん、なおさら面白い!それならば、こちらも本気でいこうではないか」

こういうこと言われると、最初から本気出せばいいのに、と思ってしまうのは仕方ないことだろう。というか、一人で口数の多いやつである。こっちが何も突っ込んでいないのに、一人でペラペラと。この調子で、自己紹介まで言うのではないかと期待したいところだ。

すると、フード男は、いったん炎の剣を消した。自己紹介するのか?と思ったが、当然そうではなかった。唐突に顔の前で腕をクロスさせた。

「さて、それならこっちも遠距離攻撃でいくぜ。業炎プロメテスよ!汝の炎を龍と化せ!フレイムドラゴン!」

クロスした手をバッと開くと、炎の龍が飛び出してきた。尻尾はフード男の右手にくっついているから魔獣系を呼び出したわけではないようだ。まあ、龍と言っていたが、実質、炎の鞭といったところである。そういったところで、確かに、攻撃距離が伸びているのは間違いない。「せいやっ」とか掛け声をかけながら炎の鞭を振り回してくるのは厄介である。

(このままじゃ近づけないな…)

「よし、それならもう一回!エアバーン!」

かわしながら、俺の左手から空気の塊が飛び出す。

「あらよっと。二回も同じ手は食わんぞ!」

あっさりかわされてしまった。やはり、距離がある分、攻撃を見切られやすくなったということであろう。そして、右手が振られ、炎の鞭が俺に襲い掛かる。すんでのところで、飛び退く。地面に鞭が叩きつけられ、焦げ跡を残す。

「おお、怖っ!」

「ふん、そんなもんか。やはり、貴様なんぞではこの俺には勝てんな!」

この状態では確かに、ほんのわずかも勝ち目がない。近づけなければ、棒で殴りつけられないし、エアバーンも見切られている。何か、新しい技を想像しなくては。

「これで終わらせてやる!」

フード男が右腕を大きく振りかぶる。とっさに地面に手を付き、口を開く。

「大地神ガイアスよ!汝の力で地を砕け!アースクウェイク!」

地面の表面が割れ砕けて吹っ飛んだ。上に乗っていたフード男も含めて。

ぐわっと叫んで、今度は背中から落ちて滑った。

「貴様、地霊も操れるとは、なかなか面白い。フレイムソード!」

フード男は左手に炎の剣を出現させた。

「それなら、接近戦でいきますかぁ!」

叫ぶなり、風のようなスピードで迫ってきた。もしかしたら、風系の自然魔法を補助で使っているのかもしれない。

「出でよ!地の牙!ロックソード!」

こちらも、岩石の剣を出して対応する。相手は二刀流、まあ、片方は鞭であるが。こちらは、一本の剣で応対しなければならない。

「さて、いつまでもつか見物だなあ!」

と言いながら、剣と鞭を振り回してくる。かなりのスタミナの持ち主である。さっきからずっと叫んだり何なりしているのに、まったく息の上がっている様子がない。相当、戦闘慣れもしているのだろう。

俺はと言えば、右から襲ってくる剣を受け止め、左から回しこんでくる鞭をかわす。この行為の繰り返しである。

二、三度繰り返すと埒が明かないと考えたのか、攻撃パターンを変えてきた。

「これならどうだっ!」

と一歩退いたかと思うと、回転しながら斬りかかってきた。しかし、一歩退いた分だけ、相手にも隙ができた。その隙を狙い澄まして俺も呪文を唱えた。

「風の精霊ノトアスよ!汝の風で空気を切り裂け!エアカッター!」

俺の攻撃がフードをかすめるのと、フード男の斬撃が、岩石の剣を叩くのは同時だった。俺は衝撃で横に吹っ飛ばされた。

フード男はフードの左端が裂けたことで、顔が見えるようになった。

「お兄ちゃん!!」

突然、今まで後ろに退いて黙っていたサラが叫んだ。

「は?今、サラ、何て…?」

俺は転んだ状態で、思わず振り返って聞く。

「貴様ぁ!勝負中に余所見をする余裕なんてあるのかぁ!」

とフード男が鞭をふるう。

「のわっ」

俺は、横に転がって避ける。

「エドお兄ちゃんじゃない!」

俺はまじまじと、フード男の容貌を確かめる。髪は燃えるような赤毛、肌の色は褐色。とても、サラと兄弟のようには見えなかったが、よくよく見ると、彼も目が透き通るような緑色をしていた。ただし、両目とも緑だったが。

「へえ、サラのお兄さんだったんですか。道理で手ごたえありすぎなわけですね…。これまでの敵さんとは段違いですね…」

「へっ!褒めたって何も出ねえぜ!こっちは、さっきのてめえの戦いをこっそり見させてもらったが、あんなザコ相手にあれだけ手こずってるようじゃ、まだまだだな!」

どうやら、先ほど微かに感じた人の気配は、このエドのものだったようだ。

「しかも、その後、気絶したサラに近づいて、近づいて…!」

サラがちょっと驚いたようにこっちに疑念の視線を向けてくる。いや、ちょっと待て、誤解だ。実際、俺は何もした記憶なんてない。

「くっそおお!」

また、炎の鞭を振り回してくる。避けながら叫ぶ。

「ちょっと待ってくださいよ!最後のはきっと誤解ですって!俺が何したって言うんですか!」

「とぼけるんじゃねえ!てててて手をつないでたろうが!」

「は?」

思わず、目が点になった。そんなことで?というか、かなりどもってたな。ていうか、たぶん、手をつないだというより、脈を診ただけだった気もするが。

「やっぱり誤解ですって!そういう意図じゃないですって!」

「何ぃ!うちの妹の女心を弄びやがったって言うのか!それなら尚更、問答無用!」

そして、炎の鞭の攻撃が激しさを増す。近くをかすめた炎の鞭をすんでのところでかわしたが、その勢いの風圧で後ろに吹っ飛ばされた。

「キリ、ダイジョブ?」

サラが駆け寄ってくる。

「あ、ああ」

と、立ち上がるとサラが俺の左手を見て、「擦りむいてるじゃない。」と手をとった。

「お兄ちゃん!何がしたいのよ!」

その行動にエドはギョッとしたようだった。

「なっ…!」

(サラが自分から男性の手を取るだと…?そ、そんな馬鹿な!)

エドの脳裏に、昔のサラの姿が浮かぶ。


昔々あるところに、サラとそれを口説こうとするナンパ男がいました。サラはそれを一蹴すると

「ごめん、あなたみたいに軽い男嫌いなの」と言い放ちました。

またある日、とあるオタクがサラを口説こうとしました。サラはまたまた一蹴すると

「ごめん、あなたとは趣味が合いそうにないの」と言い放ちました。

またある日、サラのことが好きになりすぎてストーカーする男がいました。

「ごめん、そんな暇人とは気が合わなさそう」

次の日から、ストーカーはいなくなりました。


また、もっと昔の話。サラはエドと話していました。

「サラには好きな男とかできたのか?」

「ううん、今はまだいないよ」

「そ、そうか。こ、これからできる予定なのか?」

「やだなあ、お兄ちゃんったら。今、そんなの分かる訳ないじゃん。でも、好きな人ができたら、一緒に手をつないで歩きたいかな」

「ほっほう、それなら、お兄ちゃんがやってやるぞ」

「もう!お兄ちゃんとやっても、仕方ないじゃない。まあ、お兄ちゃんも大好きだけどね」

「ははは、サラは可愛いなあ」


また、もっともっと昔の話。サラはエドに言いました。

「私、お兄ちゃんだーい好き!おっきくなったら、お兄ちゃんのお嫁さんになる!」


もちろん、エドとて成長してお嫁さんになってくれる妹を想像していたわけではないが、彼の中で何かがガラガラと崩れていく音がした。

(こ、こんなどこにでもいる男がいいってのか…?こいつは、軽くなくて趣味が合って気が合うってのか…?こいつと手をつないで歩くって言うのか?こいつのお嫁…!)

「な、なるほど。そ、そうかい、それは邪魔したな。わわわ悪かったな。じゃあ、またな。達者で暮らせよ…」

どうやら、急に静かになったと思ったら、その何かしら考えていた時間で、エドの中で何かが変わったようだ。結局、何か勘違いしている気もするが。というか、さっきより誤解が深くなった感じである。

とうとう、彼の綺麗な透き通った緑色の目にじんわりと涙がにじんできた。

「うっ、うう…じゃ、それじゃな…」

お兄さん!あなたは、そんなに目にいっぱいの涙を溜めて、どこへ行こうというんですか!行く先は一緒じゃないんですか!!

「あ、あの、お兄ちゃん…?」

「ああ、サラよ。また会おうな。……結婚式には呼んでくれよ…」

最後の言葉はボソッと言ったせいで、まったく聞き取れなかった。

「お兄ちゃん、そうじゃなくて!」

最後には駆け出して、進行方向の扉にゴツンと激突して、派手に転んだ後、こっちに向き直り、涙でクシャクシャの顔で、お辞儀をすると、扉を乱暴に開けてバタンと閉めてしまった。

「私たちも向かってる場所一緒…、ってもう行っちゃった。ごめんね、そそっかしいお兄ちゃんで」

俺も呆然と、エドが出て行った扉を眺める。その扉はシーンとしていて、当然何も言わない。

「い、いや。ていうか、お兄さんの脳内でいったい、何があったんだろうな…」

「さ、さあ…」

二人して呆然とエドが出て行った扉を見る。そして、二人してはっと気がつく。

「ボーっとしてないで追わなくちゃ!どうせ、行く先同じなんだし」

「そ、そうだね。あの状態だと、お兄ちゃんも心配だし」

それは確かに。涙で前が見えなくて壁に激突するぐらいだからな。

扉の取っ手に手をかけゆっくりと開く。

中からは激しい爆発音が聞こえてきた。

「うおおおお!」

それと同時に叫び声も。どうやら、心配は無用だったようだ。ちょうど、炎魔法で敵を一蹴したところだったようだ。

「ふう、ザコ敵ばっか群れてたところで、たいした力にはならんな。しっかし、この調子だと、どこなんだかな…」

と独り言を呟きつつ、ふとこちらを振り返る。

「なななな、何で二人がこんなところに!せっかく気を利かせたって言うのに!」

と、どうやら立ち直ったような反応を見せる。それより

「エドさん、気を利かせるって何ですか?」

「な!?それは…いろいろあるだろ……付き合ってるならな…」

また、最後をボソッと言われて聞き取れなかった。どうも、この人は肝心なところをはっきり言ってくれない癖があるようだ。

「お兄ちゃん、話も聞かないで行っちゃうんだもん」

「は、話だと?」

エドの脳内で一気に話が進んでいく。

(こ、これはまさか、お兄さん、妹を僕にくださいってやつか…何て気の早い…俺が少し家を空けている間にそこまで進んでいるとは。これは、心して聞かねば…)

「は、は、は話とは何だい?」

めちゃくちゃどもりながら答えるエドさん。何をそんなに緊張することがあるのだろう。ただ、話を聞くだけなのに。どうも、やっぱり、変な誤解が生まれている気がする。いいのだろうか、これで。

「いえ、進むとこも一緒だから、お兄ちゃんも一緒に行かないかな、と」

「な、なにい!」

(住むところが一緒だと?も、もう、住むところ決めてるっていうのか…?)

どうやら、サラの言葉は余計に誤解を生んだようにも見える。何か聞き間違えたと言うのだろうか。

「え、まずかったかな、お兄ちゃん?」

(ま、待て、落ち着け…。ま、まずは、どこなのか聞かなくては。)

「スーハースーハー。で、どこに行こうっていうんだい?」

「え、一緒じゃなかったの?」

「い、一緒ぉ!?」

(一緒だと?うちに住むっていうのか?でも、うちには他にも兄弟がいるんだぞ…?)

話がどんどん逸れていきそうなので、仕方なく、俺からも話してみることにする。何とか誤解を解かないと話が進まない。

「……もしかしなくても、またエドさん、あらぬ方向に勘違いしてますね?もう一回いいますよ。どうせ、この先に進んでお父さんを助けようって言うんなら、一緒に行きませんか?って話ですよ」

「お父さんだとぉ?」

一回で分かった。俺が話しても誤解は深まるばかりに違いない。

「ダメだこりゃ。結局、これじゃ、話が進まねえ!!サラ、やっぱ頼むわ」

そうして、サラが詳しく説明すること数分。どうやら話がようやく正しく伝わったようだ。

「何だ、俺と一緒に行きたいってなら最初っからそう言えばいいのによ」

最初っからそう言ってますが、あなたが勘違いしすぎなんですよ、お兄さん!

「とりあえず、作戦会議といくか」

と、どっしりと腰を下ろす。

「作戦会議ったって、先に進まないことには始まらないんじゃないですか?」

と俺はもっともな疑問を口にする。サラの方もちらりと見ると、サラも頷いていた。

「いまさら、戦術などをとやかく言うことでもないでしょう。基本的にエドさんが一番強そうだし、それを軸にすれば…」

俺の言葉をエドさんが遮る。

「まあ、待て。俺が話したいのはそんなことじゃないってんだ。まずは、俺の話を聞け。ああ、それと、俺のことはエドでいいぞ」

「いえ、それならお兄さんと呼びましょうか?」

「それは許さん」

即答されてしまった。敬意も込めたちょっとしたジョークのつもりだったが、何故かエドには思いっきり睨まれてしまった。

「まあ、いい。とりあえず本題だ。まずそもそも、俺がこんなザコ敵だらけのところにいつまでもいるわけがないだろう」

「いえ、俺はさっき手合わせしただけなんで、なんとも言いがたいですね」

「何だ、本当に知らんのか。俺を」

「お兄ちゃん、キリはちょっと特殊なの。あのね、キリ、お兄ちゃんは魔法闘技大会で優勝してるの」

なんと、そんなにすごい人だったのか。でも、さっきのあれは…。

「ああ、さっきの手合わせなら手を抜いてるぞ。ちょっと痛めつけるだけのつもりだったしな。…そしたら、きっと別れると思ったしな、まさか、婚約だなんて…」

また、何かぶつぶつと呟いたが、やはり、こっちまで聞き取れる声量ではなかった。ふと、そこでエドはサラの方を見て聞く。

「ところで、さっき特殊といったのは何なんだ?」

「ああ、いろいろあって…」

サラが俺との出会いと経緯を簡単に説明してくれた。

「なるほど、おめえはこの世界の住人じゃなかったのか。それで、帰るために親父殿に会いたいと。ふむ…まあ、言っておくべきか」

「何です?」

「いや、どうせ、隠してもそのうち知れることだからな…そのエドワードというおっさんのことだが……」

そこで、エドは、言葉を切り、唾を飲み、唇を舐めてから、続けた。

「実は、帰れたかどうか定かじゃないんだ。その異世界へのゲートを開いたときに…爆発があって…その閃光が消えたときにはいなかったってだけなんだ…」

「えっ……」

その事実は俺にとって衝撃だった。もともと何のためにこんなところまでついてきたのかといえば、元の世界に帰る方法が分かると思ったからである。そのイギリスから来たエドワードさんが無事に帰れたかどうかの保証も無いなんて考えていなかった。しかし、よく考えたらそれも当然のことである。こちらの世界にいて、向こうの世界に戻っていけたかどうかなんて、確かめようも無いのは、至極当然である。

「キリ、ごめんね…。私、知らなかったの」

サラが申し訳なさそうに謝る。

「い、いや。サラは悪くないさ。よく考えてみりゃ、こっちの世界にいる状態で、帰れたかどうか分かるわけ無いもんな」

なんとか、笑顔を向けてみせる。別に帰れないと決まったわけではないし、エドワードさんだってうまく帰れたに違いない。そう信じることにしよう。それに今は、それについて悩んでいるべきときではない。

「そ、そんなことより、作戦会議ってのは何するんですか?」

とりあえず、これ以上傷口を広げないうちに話を元に戻そうとする。

「あ、ああ。話がだいぶ逸れちまったが、俺はここを彷徨い始めて、もうすぐ丸一日になるんだ」

「なっ!丸一日って、ここまで部屋3つぐらいしかなかったじゃないですか!?」

「ほう、なるほど。そっちは3つ目だったわけか。こっちはざっと三十ぐらいは回ったがな。さっきの部屋で俺に会えたのは幸運だったな」

「なるほど。最初にぐるぐる回ってたところと同じ感じの罠があるわけね、お兄ちゃん?」

「ああ、そうだろうな。いくつか同じ部屋にも出くわしているんだが、いくら探したところで、先に進む道は全然見つかりゃしないんだな。この部屋は初めてだったんだが、やっぱり出口らしきもんは無いって話だな」

さっきの部屋から、俺たちもこの部屋に入ってこれたのは、勢いよく扉を閉めたせいで、きちんと閉まっておらず、別の部屋へと次元がつながらなかったからだと考えられるともエドは言った。

「じゃあ、結局、あの扉が怪しいってことになるんじゃないんですか?」

進行方向にある扉を指差す。今までと変わらず、何の変哲も無い扉だが、さっきの話を聞くとなんだか不気味に見えてきて仕方ない。ただの扉ではなかったというのか。

「俺はそういう見破る系の自然魔法は苦手でな…攻撃魔法は親父譲りの炎魔法が得意なんだが。サラ、見れるか?」

と、サラのほうに向き直る。

「うん、たぶん大丈夫だと思う」

そう言うと、サラは目を閉じて集中し始めた。

「風の精霊ゼピュリスよ、魔法の流れを我に見せよ、マジックフロー!」

と叫ぶと、最初のトラップダンジョンで見たように、サラの目の中に炎が現れた。

こんな呪文だったんだな、と感心するのも束の間、サラが扉のほうを見て言った。

「扉にすごい魔力が集中してるわね。扉に向かってらせん状に渦を巻いて、魔力が流れ込んでるわ。もっとよく見ないと…あっ…」

そこまで言って扉に向かって歩き始めたところで、サラが急にバランスを崩して崩れ落ちそうになった。思わず、隣に立っていた俺が体を支える。

「おい、ダイジョブかよ、無理すんじゃないぞ?」

「ご、ごめん、ちょっと疲れちゃったみたい。ありがと、キリ」

その様子を後ろから見ていたエドの脳内でまた話が進行する。

(なっ!そんな気安く妹の体に!…なっ!「ありがと、キリ。」だとお?むむむ、これはやはり認めるしか…)

「エド、何ぶつぶつ言ってんのさ?とりあえず、これじゃ続行は無理そうだから、今日はここで一回休まないか?」

「な、何も言ってなどいないぞ!…ふむ、そうだな。妹にもあまり無理をさせるわけにも…」

「だ、ダイジョブ、ダイジョブだよ…私、まだやれるよ…。だから、早く先に進もう。ね?」

「い、いや、お前、明らかにダイジョブって感じじゃないだろ」

今や、サラは俺にもたれかかった状態で立っているのがやっとだった。誰の目にも疲れきっているのは明らかだった。

「ううん、まだいける、よ…。だってそうこうしてる間にもお父さんたちは…お父さんたちは…」

一気にあたりの空気が重くなった気がした。確かに両親は所在が分からす、急がなければ取り返しのつかないことになるかもしれない状況だ。だが…。

ふっと、支えてる手を離した。サラは、そのまま、その場に崩れ落ちた。

「てめえ、何てことしやがる!」

とエドがものすごい剣幕で襲い掛かってきたが、それをひらりとかわす。さらに何か怒鳴っているがそれをスルーして、サラに向かって話す。

「そんな一人で立てないような状況なのに、先に進んだって仕方ないじゃないか。今は無理せずに休むべきだよ」

「で、でも、お父さんたちが…」

サラは目に涙を浮かべながら、必死に立ち上がろうとする。どうしてこう、この兄妹は泣いてばっかりなんだか。まあ、兄のほうは何か違う気もするが。

「ふぅ…はっきり言って迷惑なんだよ!」

「えっ…?」

「ちょっ、お前、妹に向かってそんな言い方許さ…」

「お兄さんは黙っててください!!」

「なっ、おい…」

「そんな一人でも立ってられないような状態で、何ができるってんだ!そんなんじゃ、俺たちの足引っ張るだけだろ!!」

「じゃ、じゃあ、立ってみせるもん…それに、わ、私はどうなっても…」

この言葉は予想していた。この思いが根底にあるのは分かっていた。

「そういう問題じゃねえよ!そういう問題じゃ。あのな、サラ、焦る気持ちは分からなくはない」

「分かんないよ!お母さんがいなくなって、それだけでも大変だったのに、お父さんまでいなくなって、お兄ちゃんまでいなくなった時の私の気持ちなんて…」

「ああ、そんなに言うなら分かんないってことでいいよ!でもな、お前が無理することで、俺らが全滅するようなことになったら、誰がそのお父さんたちを助けるんだよ!」

「えっ…」

「だいたい、家には他にも兄弟いるんだろ!両親と兄姉を一気になくす弟たちの気持ちも考えろよ!」

「あっ…うん…」

「もっと、自分の命を大切にしろよな…。ということで、エド、いったんここで休憩を取ろう」

「あ、ああ…」

(こいつ…自分が嫌われること覚悟で……こんなことを…。)

サラは唇をかみながら俯いていた。

「ところで、エド。ここの敵って復活したりはしないのか?」

「あ、ああ。それならダイジョブだ。扉を開けない限りは次の敵は出てこない、はずだが」

「うーん、ちょっと心配ですね。俺が見張りに立ちましょう」

と言って、ふらふらと部屋の中央付近まで歩いていく。

ちょっと言い過ぎたかなとも思った。が、どうも、サラには自分の命を軽んじている傾向があった。それはいつか言わなくてはならないとずっと思っていた。きっと傷つくことは分かっていた。あんなに感情的になることは無かったかな、と空を見上げる。

「あ、そっか。洞窟の中だから空なんて見えるわけないんだな…」

と思わず独り言を呟くと、背後から声をかけられた。

「へっ、見直したぜ。てめえにあんな芸当ができるとはな」

エドだった。

「エドも休んどいたほうがいいだろ。三十も部屋を突破してきたんなら疲れてんだろ」

「ああ、まあ、そうだがな、よっと」

エドは俺の隣に腰を下ろした。

「そもそも、サラの隣にいてやらないでいいのかよ?」

「ああ?むしろ隣にいるべきはお前のほうだろ?」

「いや、俺はさっきので気まずいし…それにエドは兄貴だろ?」

ふとエドは遠い目をした。

「ふっ、兄貴より必要な存在ってのもたまにはあるだろ」

「はぁ?何だよそれ?」

「何でもねえよ。どっちにしろ、サラはもう寝ちまったぜ?」

その言葉に後ろを振り返る。サラは丸くなって眠っているようだった。

「さっきの言葉が結構効いたみたいだな。お前が歩いていった後、すぐに横になったよ。それにしてもおまえ、なかなかやるな。ほんとに見直したぜ」

エドが頭をクシャクシャとなでてくる。

「ちょっ、やめろって」

「これなら、少しは認めてやらないとな」

「何を認めるって言うのさ?」

「ふっ、そんな分かりきったことを聞くなよ。ま、お前も先に休めって。俺が先に見張っててやるさ」

エドは白い歯を見せて笑うと、右手の親指を突き出した。

「い、いや、でも、俺が…」

「ほれほれ、お兄さんの言うことは聞くべきだぜ。お前も休めってんだ」

「は、はぁ…ではお言葉に甘えて…」

ふと思った。俺、エドの年齢知らないから、どっちがお兄さんかどうかなんて分からないんじゃないだろうか。

やむをえず、そのまま、さっきのところ、つまり、サラが寝ているところまで引き返す。

「あ、そういえば」

歩いていきかけたところで、聞きたかったことを思い出した。エドがこちらを振り返る。

「一つ聞きたいことがあったんだ」

「妹ならやらんぞ」

まだ何も言っていないのに即座に断言された。

「何の話だよ。父親についてなんだけど、エドの家族はみんな仲いいのか?」

本当はサラに詳しく聞いても良かったのだが、今はあんな状態だし、どうせなら別の人からも聞いたほうが、データとしては正確になるだろう。

「ああ、みんな仲いいぜ。親から兄妹にいたるまでみんなな」

エドも即答した。やはり家族は本当に仲がいいのだろう。

「どうしたんだ?急にそんなこと聞いて。家族なんてそんなもんだろ?」

エドがこちらの顔を覗き込むように見てくる。俺はつい視線を逸らす。

「はっはあ、なるほど。お前、家族とうまくいってないんだな」

どうやら視線を逸らしたことでエドに勘付かれてしまったらしい。俺は仕方なく口を開く。

「だって、親って口うるさいだけじゃないか。何しててもああしろこうしろってうるさいし。やれ勉強しろだ、やれ部屋を片付けろだって」

エドは俺を見て、一度納得したように頷いた。

「まあな、俺もそう思ってた時期があったさ」

「じゃあ、どうして…」

「そん時にさ、俺、むかついて家を飛び出したんだよな」

「は?」

俺の目が点になる。

「ハッハッハ、まあ、そんな顔するなって。何か色んなことが同時に起こりすぎてイライラしてたんだろうな」

ケラケラと笑いながらいう。笑って言うようなことだろうか。この人の感覚はいまいちつかめない。

「そしたらよ、親父も母さんも探し回ったって言うんだぜ?しかも、その日の仕事放り出して。笑っちゃうだろ?」

エドが楽しそうに話を続ける。俺は無言で聞いていた。

「で、帰って怒られると思ったらさ、まず、真っ先に母親に抱きつかれて、いきなり泣かれるんだもんな。何があったのかと思ったよ。何でも心配だったらしいな。まあ、当然っちゃ当然だな」

「で、分かったんだ。親だって別に俺のことが嫌いで言ってるんじゃないんだなって。俺のことを考えて人生の先輩としてのアドバイスなんだなと」

俺は呆然と聞き入っていた。俺は親に対して、何か思い違いをしていたのだろうか。

「ということでな、これも人生の先輩としての助言ってことで。ワッハッハ」

笑いながらエドが俺の背中をバンバンと叩いてくる。地味に痛い。

「まあ、若いうちは悩んで悩んで悩みぬくのがいいらしいぜ」

エドがニッと笑ってみせる。このとき、俺の中で、親に対する考え方が変わった気がした。

「ありがとうございます」

「うわっ、何だ、急に改まって。気持ち悪い」

丁寧にお辞儀をしてエドに言うと、思いっきり引かれてしまった。どうも、この人には誠意と言うものを見せてはいけないらしい。

「まあ、とにかくもう休めや。見張りは俺に任せとけって」

エドが俺の背中を押す。俺はそのまま、サラのところまで歩いていく。サラは横になって反対側を向いていたので、本当に眠っているかどうかはこちらからは見えない。俺も、休まないわけにはいかない。何だかんだ一日、激しく動いていたのだから。

「さて、寝るか」

鞄を枕にして、仰向けになる。薄暗い天井が目に入った。帰ったら親に対する考え方が代わりそうだな。というか、そもそも俺は本当に帰れるのだろうかなどと考えていたら、だんだんと睡魔が襲ってきた。そのまま、ゆっくりと目を閉じる。眠りに落ちる直前、耳元で「ありがとう」という声を聞いた気がした。


翌日の朝、まあ、洞窟の中では朝も夜もあったものではないが、サラの様子は前日よりあからさまによくなって見えた。ブレスレットの魔石も輝きを取り戻し始めていた。各々朝食をとった後、サラがピョンッと立ち上がった。立ち上がったというより跳ね上がった。

「さて、今日こそ昨日の続きをやるからね」

「おう、任せたぜ、妹よ」

俺も無言でうなずいてみせる。サラはにっこり笑って、呪文の詠唱を始めた。

「風の精霊ゼピュリスよ、魔法の流れを我に見せよ、マジックフロー!」

これまでと同じく、サラの目の中に炎が燃え上がった。気のせいか、昨日とは段違いに明るく輝いて見える。

「ちょっとお兄ちゃん。扉開けてもらっていい?」

しばらくするとサラがエドに頼む。エドが慌てて扉を開けに行った。扉を開くと次の部屋が見えた。そこは最初の部屋と同じ甲冑兵士がいた。

「これでいいのか?」

とエドが聞く。俺はその新たなる部屋の中身に興味を持ったが、サラは全然別のところを見ていた。つかつかと扉に向かって歩いていく。

「ここ、ここから渦状にすごい魔力が流れ出してる」

サラが指差したのは信じられないところだった。扉の縁、つまり、普段は壁と接している面である。しかも、ものすごく薄っぺらい。

「こ、こんなところだったのか。気づかねえわけだぜ」

エドが感嘆の声を上げる。

「でも、こんなところ、どう入ってくんだ?ああ、サラ、もういいんじゃないか?」

当然の疑問を出すと同時に、サラにもう止めてもいいというサインを出す。

「あ、うん」

それと同時にサラの目の中の炎が消えた。

「おい、サラ。渦の巻き方はどっちだった?」

「そんなこと聞いて…」

どうするんだ、と言いかけて、口をつぐんでしまった。エドがいつになく真剣な表情をしていたからだ。

「えっと…こっち周り」

とサラは地面に右回りの渦を描いて見せた。

「なるほどな。よし、こっからは俺の出番だな。おい、キリ、ちょっとその棒貸してくれ。そいつが一番加工しやすそうだ」

と、エドが何か分かったような顔で左手を伸ばしてくる。俺は訳も分からす、とりあえず、金属棒を渡した。

「鍛冶の精霊ヘパイトスよ。我の右手にその力を授けよ!」

鍛冶の精霊はこないだのサラの説明によると確か炎神の傘下だったはずだ。エドが呪文を唱えると、その右手が紅く輝き始めた。そして、その右手で金属棒の先端を変形させていく。見る見るうちに、先端に向けてある程度細くした上に、まるでプラスドライバーのような先端へと変形させてしまった。

「よし、こんなもんか。さてと、やりますか!」

と、まるで槍のように構えたかと思うと、その先端を先ほどサラが魔力が集中していると指差した辺りにあわせる。

「確か、右回りだったよなぁ!よっしゃぁ、いくぜぇ!開けえ!」

と一声叫ぶと、思いっきり左方向、つまり、サラが言っていた渦巻いている方向と逆に回した。途中でカチリと何かが合わさったような音がしたかと思うと、そのまま、扉は二つに分裂した。ちょうど合わせ扉のようになっていたようだ。扉は二つになってまるで本の見開きのように開いていった。

「よっしゃあ、開いたな!」

と、右手の親指を突き上げて見せてくる。

「お、そうだ、ついでにこいつ加工しちまうぜ。これじゃあ、戦いには使いづらいだろ」

というと、あっという間に金属棒を両刃の刀へと変形させてしまった。そして、俺から残っていたいくつかの金属棒を使って鞘まで製作してしまった。

「…すごいですね」

と、俺が感嘆の声を上げると、ニッと笑って答えてきた。

「まあな、ドワーフといえば、鍛冶が基本だからな。俺は魔法関係を主に親父から受け継いでるからな」

そういえば、父親はドワーフで母親はエルフという話をしたことを思い出す。

「ま、サラは母さんの影響のほうが強く出てるけどな。魔法特性なんて兄妹それぞればらばらだからな」

と、笑いながら言う。

「じゃ、そろそろ行くか」

エドが覚悟を決めたように扉の中を睨む。

開いた扉の中は真っ暗闇だった。まったく何も見えない。まさに異空間につながっているという雰囲気を醸し出していた。そもそも俺からすると、ここ自体が異空間なのだが。そういえば、ここに来たときは真っ白い闇(真っ白でも闇というのかは定かではないが)を通ってきたことを思い出す。ほんの数日前なのにずいぶん昔のことのように感じられた。小泉とカラオケに行っていたことを懐かしく思い出す。と言っても、数日前のことだし、懐かしいはずは無いのだが。

「ねえ、キリ。早く行こうよ。お兄ちゃん、もう行っちゃったよ?」

サラの声でふっと我に返る。サラも既に扉の目前に立っていた。どうも、感傷に浸っていたようだ。

「あ、おお、今行く」

慌てて、俺も扉の前に立つ。扉の前に来たところでもう一度サラが口を開いた。

「それと」

「え?」

サラがクルリとこちらを向く。

「昨日はありがとね」

笑顔で言って、すっと暗闇の中へと入っていった。昨日はちょっと言い過ぎたかもと悩んでいた俺はこの言葉で少し胸が軽くなった。そして、俺も覚悟を決めて俺も暗闇の中へと飛び込んでいった。

暗闇の中は入ったところで相変わらず暗闇以外の何物でもなかった。入った瞬間に扉が閉まったのか、扉のほうを振り返っても明かりは見えず、まさに真の闇だった。

「おい、全員いるのか?サラもキリもいるか?」

エドの声が意外と近くで聞こえ、びっくりする。

「私はいるわよ」

「俺もいるよ」

「こんな真っ暗じゃどうしようもないな。明かりをつけてみるか?」

とエドが言ったところで、別の声が聞こえてきた。

「ふふふ。今回は三人がかりなのかな?まあ、いいや。とりあえず、明かりをつける必要は無いよ」

と、得体の知れない声が喋り終えるのと同時に、前方にぼうっとした人魂のような青白い光が現れた。そして、次の瞬間、さあっと周囲が明るくなった。明るくなったといっても、薄暗い地下室に青白いランプが点いたというだけ程度の明るさだったが。そして、正面には中学生ぐらいの金髪の美少年が肘掛椅子に座っていた。その少年がこの部屋のほとんどの発光源だった。

「ごめんね。あまり明るいのは苦手でね。このぐらいの明るさで勘弁してもらえるかな。…おや、こんな若い人たちだったとは。これは珍しいですねえ」

うっすら微小を浮かべながら、話しかけてくるその姿は、今までの敵とは全然タイプが違った。違いすぎて、本当に敵かどうか怪しくなるほどだった。

「な、何だ?お前は?ここの主か?」

エドがこの少年に対して最初に話しかける。

「うーん、この部屋の主って意味ならそうですねえ。僕を倒さないと次の部屋には進めないわけですし。まあ、でも、僕は戦いって嫌いなんですよ。もし、そっちがあれなら入り口付近まで魔法でお送りしますよ。もちろん無償で」

何なんだ、この敵はいったい。戦う気が無いなら、そのまま通してくれればよさそうなものなのに。何故、帰ることをこんなにも勧めるのか。

「いや、戦わないなら、このまま通してくれよ」

エドも同じことを思ったのか、少年にお願いをする。確かにそれほど強そうには見えないが、戦わずに済むのならその方が良いに決まっている。しかし、少年は残念そうな顔でかぶりを振った。

「うーん、皆さん、そう仰られるんですが、そういうわけにもいかないんですよね。ほら、これ見てください」

と、彼の胸をはだけてみせる。そこには、魔石だろうか、橙赤色の石が埋め込まれて輝いていた。

「で、そこ見てください」

と、彼の後ろにある扉の脇の窪みを指差す。そこには、ちょうど、少年の胸にある石と同じ形の穴が開いていた。

「これが、鍵になってるんですよ。だから、僕を倒さなくちゃこの扉は開かない。まあ、僕も、この石が無くなっちゃうと生き長らえられないんですけどね」

と、うっすら微笑を見せたまま喋る少年は、やはりこれまでの敵とは全然違って見えた。これまでの敵は完全に対戦闘用に作られてたが、ここにいる彼は本当に戦いを望んでいないようだった。それに、これまでの敵ほど凶暴そうには見えない。

「で、どうします?お帰りになられますか?それとも、僕を倒してでも先に進みますか?」

相変わらず、淡々とした軽い調子で少年が尋ねる。

「そんなの…」

「そんなの決まってるじゃない!戦うわよ!それで、先に進むわよ!」

俺が言いかけた言葉を途中から引き継いだのはサラだった。

「ここまで来たのに、何も無しで手ぶらで帰るわけには行かないからな」

エドが最後に締める。すると、少年の顔から微笑が消え、とても残念そうなショックを受けたような顔になった。そして、その表情はゆっくりと無表情になっていき、最後にはまた微笑に戻った。しかし、それは何処か悲しい微笑みだった。

「そう、ですか…。残念です。もう僕は出来れば戦いたくなかったのですが…僕自身の命もかかってますし、やむを得ませんね…。因みに、ここまで来た人たちは大勢いましたよ」

急に、彼の話が過去を回想するような話になった。

「でもね、僕が死んでないってことは…ね?分かるでしょ?」

なんと、こいつは無敗を誇るというのか。しかも、確か、ここに来たのは選りすぐりのエリートばかりではなかったのではないか。それを相手に全く負けないとは、見た目によらず、なかなかやるということか…。

「じゃ、じゃあ、お父さんはっ?お父さんはどうしたっていうのよ!!」

サラが目に涙を溜めて叫んだ。そうだ、ここにはサラの父親も来ているはずだった。ここを突破した人がいないということは、つまり、サラたちの父親も…。しかし、相変わらず、少年は微笑を浮かべて、ふわっとした感じで応対する。

「そ、そんなに、すごい剣幕で怒らないでよ。僕だって命かかってるんだから、そんなに簡単に負けてやるわけにはいかないじゃないか」

サラはとうとう顔を覆って泣き出してしまった。しかし、ここで負けていった者が多いという割には、そんな感じがしない。何というか、死の臭いというか、そういうものが全くしないのだ。

「じゃ、じゃあ、貴様は親父を…親父を…」

エドも声を震わせながら、少年を睨みつける。少年はさすがに驚いたような顔になって慌てて付け足した。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。何だか、まるで僕が君たちの父親に何かしたみたいじゃないか」

思わぬ言葉に、エドとサラ、そして俺もきょとんとした顔になる。

「えっ…?だって、お前が殺したんじゃ…?」

俺が代表して尤もな疑問を尋ねる。

「誰も、そんなこと言ってないじゃないか。僕は自分を守るために襲いかかる火の粉を振り払った。それ以上でもそれ以下でもないよ。ましてや、殺しなんて…するわけがないじゃないか」

「じゃ、じゃあ、倒した人たちをどうしたって言うんだ?」

「さあ?僕はお父様に倒した人たちをそのまま渡してるだけだからね。何でも、何かの実験に使うって言ってたけど、僕には詳しいことは分からないね」

「実験、だと…?」

エドが拳を握り締め、肩を震わせながら言う。

「うん、そう言ってた。僕は何なのか知らないけど」

「ふざけるんじゃねえ!そんなことに…そんなことに親父を使うんじゃねえ!くっそお!業炎プロメテスよ!汝の炎をぶつけよ!ファイアランス!」

エドは喋り終えると同時に魔法を詠唱した。炎の槍が幾本も少年に向かって襲い掛かり、直撃して、ドーンと大爆発を起こした。これでは、あの少年もひとたまりもないだろう。随分と卑怯な不意打ちだったが、なんともあっさり終わってしまった…と考えていると、信じられないことだが、炎の中から声がした。

「ケホッケホッ…全く酷いなあ…。そんないきなり攻撃してくるなんて。僕、まだ何もしてないじゃないか」

そして、何か小さい呟きが聞こえたかと思うと、あんなに大炎上していた炎がすうっと闇に飲み込まれるように消えてしまった。そして、そこにはぼうっと青白く輝く少年が何事も無かったかのように椅子に座っていた。これには、流石のエドも驚いたようだった。目を大きく見開いて、呆然と呟いた。

「な、何でだ…確かに直撃したはずなのに…」

「うん、確かに直撃だったね。もう少し呪文の詠唱が遅かったら、僕も真っ黒焦げだったね。少年の黒焦げ一丁上がりってね」

と、何でもないことのように微笑を浮かべながら喋り続ける。

「どうも、君は呪文を詠唱する時間が長すぎるね。これじゃあ、とっさに防御魔法使われちゃうよ、うん」

と少年は一人で頷いている。とりあえず、今ので少年はやたらと詠唱時間が速いことが判明した。すると、今まで呆然としっぱなしだったエドが急に復活すると、走り出した。

「なるほどな、じゃあ、打撃でいかせてもらうぜ!業炎プロメテスよ!汝の炎を刃と化せ!フレイムソード!」

俺と手合わせしたときにも使っていた魔法だ。右手に炎の剣を出すと一気に少年に斬りかかっていった。少年は微笑を続けるだけで、全く避けようという気は無いようだった。きられる寸前に、口が何かを呟いたかと思うと、斬りかかったエドの炎の剣が少年に当たる直前に消滅した。

「だから、遅いですって。そんなんだと、欠伸してても止められますよ」

少年は相変わらず微笑を浮かべ、冷静に言い放った。エドは自分の右手を信じられないという面持ちで凝視していた。

「ああ、あと、戦闘中はよそ見しない方がいいんじゃないですか?」

というと、また少年が口を開いた。

「お兄ちゃん、危ない!自然神アルテミスよ、彼の周りに空気の壁を作りて防御せよ、エアシールド!」

サラが詠唱し終わるのと少年が何かを口走るのは同時だった。ドーンという音がすると、エドは壁付近まで吹っ飛ばされた。サラの防壁がなかったら危なかったかもしれない。

「た、助かったよ、サラ」

起き上がってエドがいう。

「へえ、そっちにも詠唱速い人いるじゃん。それぐらいなら、僕といい勝負かもね」

と、少年はあくまでのんきな姿勢を崩さない。そして、詠唱が小声すぎて、こっちまで、何の呪文だか聞き取れないのも厄介である。何の呪文を使っているかが分からないのでは対処のしようも無い。

「とりあえず、やつが使ってるのは闇魔法だってことは分かったぜ」

エドが囁いてきた。

「えっ?いつの間にそんなこと…?」

「さっき近くまで行ったからな」

「転んでもただでは起きないんですね…」

「まあな、これでも大会チャンピオンだ」

エドは胸を張ってみせる。

「おやおや?作戦会議ですか?まあ、僕の使ってたのはそちらのお兄さんの言うとおり、闇魔法ですよ。というか、僕はほとんど闇魔法しか使わないですけどね。ああ、あと、帰りたくなったらいつでも言ってくださいね。いつでも入り口付近まで戻してあげますから」

ニコニコしながら少年が話しかけてくる。その顔を見る限りはどうしても悪者には見えない。どこにでもいる普通の美少年である。

「ん?どうかしました?帰りたくなりましたか?」

少年をまじまじと見ていたら、少年のほうから声をかけてきた。

「いや、そんなんじゃないけど…お前、何で戦ってるんだ?」

「さっきも言いましたよね?僕はこの石が無いと生きていられないんです。身に降りかかる炎はふりはらわなくてはならないでしょう?」

少年は穏やかな微笑を浮かべたままで続ける。どうも、やはりこいつは悪いやつではなさそうだ。

「まあ、そちらの方々も、先に進むなら戦うしかないんですけどね。これはやむを得ませんね。見解の相違というやつです」

ニコニコした顔で話し続ける。

「おい、キリ。作戦会議だ。俺の魔法じゃ、とてもやつには当たらなさそうだから、サラの風魔法を基本に行くしかない。俺らは前線で打撃攻撃だな。サラもいいな?」

サラがうなずいたのを確認すると、エドはまた、炎の剣を出した。俺もしぶしぶさっき鍛えてもらった剣を出した。きっと悪いやつじゃないと思っているやつと戦うのは気が進まないものだ。

「おや?作戦会議は終了ですか?でも、さっきと同じ技で来ようって言うんですか?さっきの遅さじゃ勝てません…」

そこまで言ったところで、俺も剣を出していることに気づいたようだった。

「なるほど、今度は全員で戦闘体勢ってわけですね…分かり合えなくて、本当に残念です」

最後を本当に寂しそうに言うと、少年は続けた。

「分かりました。どうぞ、かかってきてください」

「後悔するなよぉ!」

と言って、エドが斬りかかりにいく。少年は、椅子をコントロールして椅子ごと、その攻撃を避けた。その避けたところに俺が斬りかかるが、それもあっさりかわされる。

「二人になったところで、まだまだ遅いですね。こんなんじゃ、まだまだですよ」

「まだまだぁ!よっしゃ、いけぇ!」

叫ぶと同時に、パッとエドが身をかわした。後ろからサラが風魔法で攻撃するためである。

「エアバーン!」

「なっ!」

少年の顔に驚きが一瞬浮かんだが、すぐに、呪文を詠唱し始めた。

「闇神ハーデスよ。我の前に防護壁を作り出せ。ダークリフレクター!」

紫色をした壁が生じるのと、風の塊が到達するのは同時だった。そして、紫の壁に風の塊が当たると、そのまま跳ね返った。

「サラ、危ない!」

「えっ?」

咄嗟に、サラの方へ向かおうとしたが、距離がありすぎて向かえなかった。ドーンと音がして、地面が抉れた。サラの目の前に、風の塊が着弾した。

「全く、今のはちょっと驚いちゃったじゃないか。危うく、当たっちゃうところだったよ。まあ、でも、本気を出せば今のも間に合うってことは分かっただろうけどね。いい勝負ってだけであって、まだ僕のほうが詠唱は速いからね」

と、また、顔に微笑を作って少年が言う。どうも見かけによらず、少年はかなりの魔法の使い手のようだった。

「さてと、これで終わりかい?そろそろ帰る気になった?」

「そんなわけねえだろ!」

エドが懲りずに斬りかかった。少年はそれをひょいっとかわした。

「そろそろ諦めてくれないかなあ…。こっちも戦いたくないんだって」

「じゃあ、通せばいいだろ!」

「全く、物分かりの悪いお兄さんですね。それするには僕から石抜き取らなくちゃならないんですって」

エドの理不尽な怒鳴り声に、少年は飄々と喋り続ける。その間もエドが斬りかかっては少年がかわすという行為は続いている。エドが大きく薙ぎ払うのを少年は椅子をコントロールしてスイスイかわし続ける。

「じゃあ、その石をよこせばいいだろ!」

「だから、それじゃ、僕が死んじゃうじゃないですか。僕だって、まだ死にたくないんですよ」

とうとうエドは炎の剣を振り回す手を止めた。

「それなら、こうしてやる。業炎プロメテウスよ。汝の炎で焼き尽くせ…」

「ちょっと、お兄ちゃんそれは…もう!自然神アルテミスよ、我らの周りに空気の壁を作りて防御せよ、エアシールド!」

「出でよ、地獄の炎!ヘルファイア!」

目の前で大爆発が起こった。サラの咄嗟のエアシールドがなかったら、おそらく全滅だったろう。相手も巻き込んだとはいえ、強引な方法である。部屋全体が燃え盛っていた。

「水神ネプトスよ…この部屋に水を…与えたまえ……アクアストーム」

目の前で燃え盛っている炎が一瞬にして鎮火された。そして、消えた後には無傷の少年が立っていた。ただし、微笑はその顔から消えていた。

「全く…あなたは僕を怒らせたいんですか?そろそろ本当に怒りますよ?それこそ一瞬で決着がつきますよ?」

少年の目には冷徹な怒りの炎が見て取れた。それと、同時に…あの目の揺らぎ方は…悲しみ?も同時に見て取れた。そして、ふっと表情が和らぎ、元の微笑が戻ってきた。

「なんてね。冗談ですよ。ただ、どの辺が冗談かはご自分で判断してくださいね」

にっこりと笑いかけてくる。その笑みは、喜怒哀楽の哀のみが入った笑顔だった。彼にはどこか心に影があるようだった。流石にこれにはエドも呆然としていた。

「そういえば、実験に使うためにはその被験者を回収しにくるんだろ?それはどこから入ってくるんだ?」

俺がふと思った疑問を口にする。すると、少年はフッと笑ってこう言った。

「やっぱり、僕の見込みどおりですね。見るところが違う。やはり、あなたも…」

「は?何か言ったか?」

「いえ、こっちの話です。そうそう、どう回収しにくるかでしたね。当然ですけど、あちら側にも鍵があるんですよ。それで開けに来ますね」

少年は淡々と話してくれた。

「じゃあ、そいつを呼べばいいんじゃないのか?」

少年はまたあの寂しそうな笑みを見せた。

「それができれば僕だって苦労は…」

「えっ?」

少年が喋った言葉は小さな声すぎて聞き取れなかった。

「そ、そうだぜ!そいつを呼んで開けてもらえばいいだろ!」

どうやら、エドが立ち直ったようだった。

「おや、あなた、立ち直ったんですね。さっきまでずいぶん呆然としていらっしゃったようですけど」

少年は事も無げにいう。

「そんなことはどうでもいいから、早く呼べよ!」

「だから!出来ないって言ってるだろ!こっちから呼ぶことは出来ないんだ!!呼べるのは、誰かの魔力が尽きかけたのをこの部屋が感知した時さ」

少年の悲痛な叫びが洞窟内にこだました。

「だから、君たちに出来る選択肢は3つさ」

少年が一本指を立てた。

「一つは僕の魔法で安全に入り口まで帰ること」

少年がもう一本指を立てる。

「二つ目は僕を倒して僕から鍵を奪って、この部屋の先に進むこと」

そして、少年が最後の、三本目の指を立てる。

「そして、三つ目。僕に負けて、魔力が尽き果てた状態で連れ去られること。このどれかを選ぶしかないんだよ」

少年は苦虫を噛み潰したような顔で言った。そして、また、元の表情に戻ると聞いてきた。

「で、どれを選びますか?個人的には、一つ目がお勧めだけどね。今までの攻撃を見てる感じだと、とてもじゃないけど、僕を倒して、魔石を奪うなんて不可能に近そうだしね。個人的にも、そっちの方が嬉しいね。戦わなくて済むし」

少年の言葉には、エドが拳を強く握り締めて答えた。

「俺らだって戦いたくねえよ…。でも、この先に親父がいることは間違いないんだ!それなのに諦められるかってんだ!」

「そうですか…残念です。それでは、僕も本気でいくことはやむを得ませんね」

少年はゆっくりと首を回し、肩をコキリと鳴らした。そして、「うーん」と大きく伸びをした。

「な…まだ、本気じゃなかったのか?」

エドが一歩後ずさりした。

「だから、さっきから言ってるじゃないですか。あなた方の攻撃は、目を瞑っていたって避けられるんですよ。…どうします?今からでも帰れますよ?」

「上等っ!戦ってやろうじゃんか!」

エドは袖を肩まで捲り上げて言った。

「そうですか。では、いきますよ」

エドは頭に血が上っていて気づいていないようだったが、俺はさっきから違和感を感じていた。少年が時折見せる寂しげな表情や暗い表情が気にかかっているのである。それに、いくら戦うのが嫌いだからと言っても、帰ることを勧めすぎている気がする。少年は間違いなく、何か隠している、それは分かったが、何を隠しているのかまでは読み取れない。

「キリ、あぶねえ!」

ぼーっと考え事をしていたら、エドに右側から突き飛ばされた。ちょうど、俺のいたところに、炎の弾が着弾した。弾と言っても、バスケットボールぐらいの大きさのある弾である。

「何、ぼーっとしてやがんだ!戦闘中は目を離すんじゃねえ!」

エドの怒鳴り声が俺に浴びせかけられる。

「お前にとっても、大事な親父だろうが!親父がいなくちゃどうしようもないだろ!挨拶もしようがねえんだから!」

しかし、今度のエドの台詞は全く意味を理解できなかった。サラやエドの父親であることに間違いは無いが、俺の父親ではない。それに、いったい、何を挨拶するというのだろう。

「あなたも、そんなに目を離していていいんですか、エドさん?フレイムショット!」

ぱっと、二人で横っ飛びでかわす。そして、今の少年の台詞で、さっきまでの違和感の正体がわかった。少年はこっちの名前を知っていて呼びかけてきているのに、未だに少年の名前を聞いていないのだ。どうでもいいといえばそれまでだが、これほどに礼儀正しい感じがする少年が名を名乗らないというのは、隠しているようにしか思えなかった。

少年のほうに向き直って言う。

「そういえば、君は何て名前なんだい?」

少年はキョトンとした顔になって、次の瞬間にはクスクスと笑い出した。

「ふふふ、名前を聞いてくるなんてね。ふふっ、こりゃおかしいや。やっぱり君は見込みどおりだね、人間さん」

「な、何だよ、こっちの名前は聞いているのに、そっちの名前を知らないのもおかしいじゃないか。って、何で、俺が人間だと分かるんだ?」

「ふふっ、まあ、クルスとでも呼んでくれればいいよ。ごめんね、実は名前って無いんだ。今までに聞いてきた人もいないし、つけてくれた人もいないからね。まあ、何より、こんな闇の中じゃ、名前なんて無意味なんだけど」

少年は目に浮かべた涙を拭いながら言った。

「何だよ、泣くほどおかしかったかよ」

「ん?いや、そういうわけじゃないんですけどね」

そういうと、少年は、いや、クルスは、またあの悲しそうな笑顔を見せた。

「さて、それじゃあ、そろそろ、勝負を再開しましょうか?話し合いでは解決しそうに無いわけですし」

「よっしゃ、望むところだ!」

エドが少年の言葉に乗って、すぐに攻勢に転じていった。

「あっ、ちょっ。」

俺が聞きたかったことはまだあったのだが、どうも、そういう雰囲気ではないようだった。気になっているのは、もう一つ。クルスは何処かで見たような気がしてならないのだ。異世界から来た俺が知っているやつがこの世界にいるわけがないのだが。とりあえず、結局、クルスを倒してから、全て聞いてみるしかないようだ。エドが「せいっ、せいっ」と掛け声をかけながら、炎の剣を振り回している。クルスはひょいひょいとその切っ先をかわし続ける。どうやら、こっちには注意は向いていないようだ。俺は、壁際まで寄って、こっそりとクルスの背後に回った。ただし、こちら側からは椅子の背もたれに隠れ、クルスの姿は見えない。同時にクルス側からも見えないということであるが。俺はさっき、エドに鍛えてもらった剣を構える。聞きたいこともあるので、殺さずに、しかしクルスには当たるであろうところに狙いをつける。だいたい、腹部に当たるであろうところを狙う。

「いっけえ!」

「えっ?」

驚くクルスを背後から椅子ごと剣で貫いた。完璧な手ごたえがあった。そのままの状態で、二秒ほど沈黙が続いた。こちらからはクルスの表情は見えないが、自分を貫いている切っ先に驚いていることだろう。しかし、クルスの言葉は予想に反するものだった。

「ふふふっ、やっぱり、普通じゃないね。僕が斬りつけられたことなんてほとんどないんだよ」

そして、クルスは、そのまま右へとスライドした。つまり、俺の剣にわざわざ斬られるような動きをして、俺の剣から逃れると、俺ら、全員に対して正面を向けた。その下腹部は右側が綺麗に切れていた。しかし、そこから血は出ていなかった。切断された部分で、まさに影のように、ぼやーっとした幽霊のようなものがあるだけだった。

「ふふふっ、黙っててごめんね。闇魔法、ブラッドボディ。そもそも、僕がこの魔法を使ってるうちは、物理攻撃は効かないんだ」

また、クルスはそう言って笑みを見せる。その切断された体は、傷口がふさがっていくように、ゆっくりとくっついていった。そして、後には何事も無かったかのようにもとの体になった。

「でも、驚きましたよ。まさか、気配を消して、僕が背後を取られるなんて。さっきも言ったとおり、物理攻撃を当てられるのはめったにないんですよ。だから、この魔法もほとんどお初ですね」

クルスは、またニコニコしながら言った。俺たち三人は呆然とその姿を見ているしかなかった。

「だから、あれほど勝てないって忠告しましたのに…。まあ、ここまで見せちゃったからには、もう帰すわけにもいかないんですけどね。対抗魔法探してこられても困りますし。さて、そろそろ最後といきますか」

「…何でだよ」

「え?」

エドが呟いた言葉で、クルスは魔法を詠唱しようとした口を止める。

「何でなんだよ。お前ほどの能力があるなら、もっといいことに使えたんじゃないのかよ…」

「え?」

クルスの顔から表情が消え、目が泳ぎ始める。

「何なんですか、いったい?」

「お前の力があれば、もっといいこと出来ただろって言ってんだよ!こんな暗いところで、奥のやつの悪事の手伝いなんてしてんじゃねえって!」

「あ、悪事なんてそんな…」

クルスの声も自信を失っていく。

「分かってんだろ!この先で何をしてるか!俺だって、見ちゃいないが大体想像はつくんだから!」

クルスは唇をかみ締めて俯き、わなわなと震え始めた。

「お前が、心優しいのは戦ってて分かったさ。お前、わざと攻撃外してただろ。さっきから、攻撃当たらないのは不思議に思ってたんだ」

エドはクルスに必死に手を差し伸べようとしているのが分かった。やはり、クルスだってやりたくてやっているわけではなかったのだ。道理で、攻撃をしてこないわけだ。

「う…」

クルスの心も大きく揺れているようだった。

「だから、こんなところで、悪事の片棒なんて担がないで、俺らと一緒に…」

「う、うるさい!うるさい!うるさい!!ぼ、僕だって僕だって、うわああああ!闇神ハーデスよ!ダークネス!!」

次の瞬間、真っ暗闇に包まれた。目を何かで覆われたように、何も見えない真の闇である。

「僕だって…。でも、あいつには勝てやしないんだ!厄神パンドレウスよ、この部屋を毒で包み込め!ポイズナス!」

どうやら、何かスイッチが逆に入ってしまったみたいだ。クルスは暴走してしまったようだった。なんとか、彼を止めたいが、この状態では、クルスのほうも見えやしない。しかし、クルスの魔法によると、どうやら、この部屋を毒で満たし始めたようだから、時間も無い。

「闇神ハーデスよ、その闇を刀となれ。ダークソード!」

その声で、大体どっっちにいるかは想定ができた。それと同時に、ふとサラが魔法について説明してくれたときの言葉が鮮明に脳裏によみがえってきた。「普段はあまり使わないけど、闇魔法に対する対抗魔法として使われるかな…」それだ!確か、あの神の名前は…。

「光神アポロータスよ!汝の光を解き放て!ライトアロー!」

「なっ?」

クルスの驚いた声が響くと同時に、急に視力が戻った。相変わらず、薄暗い部屋だったが、それでも十分で、一瞬眩しすぎて目が眩んだぐらいである。あわてて、辺りを見回す。サラもエドも、元いた場所に立っていた。見えなくなるまでと違うのは、クルスが椅子から落ちていたことだった。というより、椅子そのものが消えていた。クルスは地面に大の字になって倒れていた。

「なあんだ、まさか光魔法使えるなんてね。ちょっと油断してたね、これは」

ゆっくりと静かな声でクルスは呟いた。そして、ふうっと小さくため息をついた。

「いいよ、僕の負けです。後は煮るなり焼くなり好きにしてください。僕を殺さなけりゃ、この鍵も取れないわけですし」

クルスは淡々と何の感情も持たない声で続けた。その様子を見るとこちら側としても、「はい、そうですか」と簡単に手にかけるわけにもいかない。エドがゆっくりと口を開いた。

「お前を殺すっていう選択肢しかないのか?どうにかして、この壁を破壊して共に進むって言うことは出来ないのか?」

クルスは天井を見つめたまま、微笑を浮かべた。

「ええ、それは不可能です。ここから直通って訳じゃないんですよ。やっぱり、ここに来るまでと同じで、この先は魔法で作られた道ですから。壁を破壊したところで先へは進めません」

クルスはどうということもないように喋っているが、こちらと目を合わせようとはしない。

「入ってきたときから、嫌な予感はしたんだ。君たちのうちの一人、いや、キリさんが特殊な魔力波長を持っているのが感じられたし、残りの二人、サラさんとエドさんは明確な目的を持って来ていた。勝てなかったのも仕方ないのかもしれないな…」

クルスは誰に言うとでもなく呟く。やはり、こちらには目を向けない。

「なぁ、クルス。こんなこというのもおかしいかもしれないんだが、俺、お前に見覚えがあるきがするんだが…って、そんなわけ無いか」

クルスはハッとしたようにこちらへと顔を向けた。そして、今度こそ心から微笑んだ、ような気がした。

「やっぱり、気づいてくれたんだね。僕の見込み通りだ。このまま、気づいてもらえないじゃないかと思ってたよ」

「え?俺の知り合いだってのか?」

クルスは微笑を浮かべたまま首を横に振った。

「ううん、多分知り合いではないんじゃないかな。いや、どっちにしろ、僕とは知り合いではないね」

そして、クルスはゆっくりと口を開いた。

「僕は作られた。人工物なんだ。いわゆるホムンクルスってやつだね。その時に、何でも異世界の絵とやらを参考にして作ったらしいんだ。だから、僕は見た目だけは異世界から来た“人間”なんだよ」

俺の中で、クルスに対する謎が全て一本の線に繋がった気がした。

『やはり、あなたも…。』の続きは“異世界から来た”だったに違いない。

『名前って無いんだ。必要とされて無かったからね。』もし、普通の生まれ方をしていたのなら、名前が無いということは無いはずであった。クルスという名前はホムンクルスから取ったのだろう。そういえば、奥にいるやつのことを“お父様”と表現していた。奥にいるやつがここを守るためだけに作り出したのであろうか。

「そんなの…」

俺は思わず声に出していた。

「えっ?」

クルスが不思議そうな表情をする。

「そんなの、絶対おかしいだろ…」

「ど、どうしたんですか?」

「絶対、許されるべきじゃねえだろ…。じゃあ、クルスは…」

外の世界を知ることも無いまま、死んでいくというのか。こんな薄暗いところで。友達と呼べる人も、家族と呼べる人もいないまま、孤独に。

「ここを守るためだけに意思あるものを作るなんて酷すぎるだろ…」

「じゃあ、お前、このまま、ここで死んでいくつもりなのかよ!」

「外のこと知ることもなしになんて悲しすぎるよ!」

エドとサラも同じことに思い当たったようだった。このまま、ここで死なざるを得ないというクルスの運命に、である。

「ちょっ、ちょっと、皆さん、どうしたんですか?あなたがたには、この先に行ってお父上を助けるという目的があったんじゃないんですか?そのためには、僕を殺すのも已む無しって感じだったんじゃないですか?」

クルスが横になったまま、こちらを見て慌てた調子で続ける。

「ああ、そのつもりだった。だが、その事情を聞いたらそういうわけにもいかないだろ」

エドがクルスに向き合って続ける。

「何とかして、他の方法を探し出して…」

「そ、そんな、皆さん、僕はどうなってもいいんですよ。それよりも、あなた方の父親を助けるんでしょう?そっちを優先してくださいよ!」

エドは、何か別の方法が無いかと思案し始めた。俺もサラも同様である。

「皆さん、僕のようなホムンクルスはいくらでも作れるんだ!代わりはいくらでもいるんですよ!」

その言葉を聞いて、俺は叫んでいた。

「お前はたった一人だろうが!!!」

サラとエドも同時に叫んでいたようだった。綺麗に三人の言葉が揃った。

「み、皆さん…」

「わざわざ、自分の命を粗末にするなよな。考えてからでも遅くは無いだろ」

クルスは泣きそうな顔になっていた。そして、三人でまた思案をめぐらし始める。


それを見てクルスは思っていた。

(最後にばれたら、ホムンクルスだってことを言えっていうのは、こういう意図だったんですね…?良心が痛んだ人たちはここで足止めを食らうことになる。お父様、僕はあなたをずっと信じていました。でも、それは嘘だったんですね。どうやら、奥でやっていることも怪しげだし、この三人なら、お父様の悪事を止めてくれるかもしれないのに…。それなら、僕にだって考えが…)

「あの…どうしても、僕を殺してくれる気は無いんですか?」

「まあ、死ぬことを前提に考えるなって。それより、だいぶ無理したんだろ?ちょっと、黙って安静にしてろよ」

エドさんが、僕の体を気遣ってくれる。他の二人も頷いている。この三人は本当に僕のことを心配してくれている。この三人と先に進めたら、どんなにかいい事だろう。でも、お父様のあの自信ありげな様子からするに、この結界魔法は簡単に解けるものではないのだろう。ホントは、こんなに僕のことを心配してくれる彼らの前ではしたくない。でも、この先に彼らを進めるには、もう、これしかない。僕はゆっくりと深呼吸して、小さな声で呟き始めた。

「厄神パンドレウスよ。彼らの動きを封じたまえ、タイムストップ」

「なっ?何すんだ!クルス!」

エドさんが叫ぶ。やっぱりこの人は、いつでも元気で明るくてホントにいい人だ。ちょっと思い込みとかが激しい気もするけど。

「安心してください。あなた方には危害を加えるつもりは、もうありませんから」

「“あなた方には”って、まさか…」

キリさんが、何かに気づいたように驚いた顔をする。ホントにこの人は勘が優れている。これだけ素晴らしい勘を持っていれば、この先にも期待が持てるだろう。

僕は困ったような笑みを浮かべながら、続ける。

「ええ、多分、ご想像のとおりです。ごめんなさい、もう多分時間がないんだ。これであなた方を先に進めることしか、もう僕に出来ることは残されていない。闇神ハーデスよ、その闇を刀とせよ。ダークソード!」

「ちょ、ちょっと、何する気?やめてぇええ!」

サラさんが悲鳴を上げる。この人は素晴らしい反射神経と素晴らしい援護射撃だったな。この人がいるからこそ、前衛二人が際立つ。

僕は魔法で出した剣をゆっくりと、僕の胸に切っ先が来るように持ち上げる。そして、もう一度、三人の勇者を見て話しかける。

「皆さん、あなた方なら、この先もきっと突破していけるはずです。この次の部屋には恐らく、お父様の右腕ともなるべき存在がいます。そいつは、結構厄介ですが、エドさんの炎魔法があればいけるかもしれません。お父様は…どんな魔法を使うのかは見たことがありません。お役に立てなくて申し訳ないです。できることなら、僕も一知り合いとして、その行く末を見てみたかったな…」

「一知り合いじゃねえ。一友人だろ」

エドさんが体が動かない中で、強引に右腕の親指を立ててみせる。

「一友人…。僕を友人と言ってくれるのですか?」

「当たり前じゃん!」

今度は三人同時に返事が返ってきた。不覚にも、僕の目には涙がにじんできた。

「あ、あれ?おかしいな…へへっ、最後は笑ってお別れしたいなと思ってたのに…」

「お別れとか言うんじゃねえよ!」

エドさんが必死に動こうとしている。他の二人も同様だ。慌てて僕は右手の袖で涙を拭う。

「そうですか…じゃあ、また会いましょうって言っときます。…あの最後に一つだけ、お願いしてもいいですか?最後ぐらい、皆さん、笑顔で別れたいな。僕の魔力粒子にその記憶を焼き付けておけば、もしかしたら、別のホムンクルスにも記憶が残ってるかもしれないじゃないですか」

三人とも、まだ動こうと、僕を止めようと必死だったが、僕の要望には答えてくれた。

「皆さん、いい笑顔です。ありがとう」

そして、ゆっくりと構えている剣を引き上げる。三度、三人の友人の方を振り返る。

「あなた方とは、もっと別の形で出会いたかった……いまさらですね。また、僕が生まれ変わったときには、是非とも仲良くしてあげてほしいです。さてと」

しっかりと、僕は切っ先の照準を合わせる。

「ああ、それと、お願いばかりで申し訳ないんですが、僕の遺志としてお父様を止めてください。あなた方なら出来る。それでは、皆さん、また会いましょう。あなた方に会えて、よかった」

最後に飛びっきりの笑顔を三人の親友に見せると、僕は剣をつかんでいた手を離した。


「やめろおおお!」

俺たち三人は同時に叫んでいた。クルスの胸に剣が突き刺さっていくのが非常にゆっくりとして見えた。クルスはその瞬間、こちらに向けて、飛び切りの笑顔を向けていた。それが尚更哀しさを増した。

剣がしっかりとクルスを貫いた直後、俺たちは急に動けるようになった。これが示すところは一つしかない。しかし、俺たちはその現実を信じたくなかった。信じられるわけがなかった。信じるのが嫌で、必死に友人クルスの元へ駆け寄った。クルスは最後まで穏やかな笑みをその顔に湛えていた。近寄ってみれば、一目瞭然だった。まっすぐに剣は彼の心臓を貫いていた。流石に、これを見て、生きているとは言えなかった。

「クルス…。お前、馬鹿だよ…。何で、もうちょっと待てなかったんだ…。もっと、何か他に解決策の一つや二つぐらい…」

エドがぼそっと呟いた。エドの目には涙が浮かんでいた。サラは泣き崩れていたし、俺だって、涙を流していた。その泣いている三人に囲まれて、ただ一人、クルスだけは穏やかな笑みを浮かべて絶やさなかった。

しばらくすると、クルスの体が光に包まれ始めた。

「え?」

泣き崩れていたサラも思わず顔を上げた。

「もしかして、クルスの体をつなぎとめてる魔力粒子が瓦解し始めたんじゃ…」

サラが誰ともなしにつぶやいた。それが事実だとすると、クルスの体はこのままばらばらになるということである。

「そ、そんなことって…!おい、クルス。どうにかならねえのかよ!」

思わず、光に包まれつつあるクルスの体を抱き起こした。当然、クルスは微笑を浮かべたまま、何も答えない。クルスの体は見た目以上に軽かった。

気がつくと、クルスの体から、少しずつ、光の欠片が現れていた。これが魔力粒子だろうか。ばらばらにはさせまいと、強く抱きしめようとした瞬間、クルスの体は消滅し、全て光の粒となった。俺の手は空を切った。そのまま、光はしばらく輝いたかと思うと、ふっと消えた。後には、クルスに埋め込まれていた石だけが残った。俺はゆっくりとその石を拾い上げると、大事に胸に抱きかかえた。そして、一つ深呼吸すると、口を開いた。

「行こう、クルスの意思を無駄にしないためにも」

エドとサラも涙を拭くと立ち上がった。お互いに頷きあうと最初にクルスがいた場所、つまり、次の部屋へと続く扉の前まで来る。

「この窪みだな?」

エドが奇妙な形に窪んでいるところへ手を当てる。

「これをはめればいいんだよね?」

と言って、俺は胸に抱きかかえていた石をゆっくりと窪みへとはめる。カチリと音がしたかと思うと、目の前の石壁が音も立てずに消滅した。その先は、今までと同様に洞窟になっていた。しかし、これまでと違うところもあった。

「うわ、この中、ものすごい冷気」

サラが小さく呟いた。確かにこの先はすごい冷気で満ちていた。

「ここって、本当に火山の中なのか?」

「多分、いくつか魔法扉を越えてきたから、全然、別の異空間って可能性もあるよ」

そういえば、そもそもこの部屋に来る時に入ってきた扉は、扉とはいえないような場所から出現していた。

「もしかしたら、全ての神殿から、この部屋に通じていたのかもしれないな。クルスの話だと、次の敵が最後らしいし」

「でも、クルスが死んでなかったって事は、この先の最後の敵には誰もたどり着いてないって事だよな…」

俺たちは改めて後ろを振り返った。そこには主を失った薄暗い部屋がひっそりと佇んでいた。

「よし、こんなところで喋ってても仕方ないし、先に進むぞ」

エドが先陣を切って次の洞窟へと入っていく。

「あ、ちょっと待って」

と言って、俺は先ほどはめた石を取り外した。壁が再生することはなかった。

「クルスも連れて行ってやろうよ。あいつの望みだし」

一瞬、三人とも黙りこくってしまった。

「そ、そうね。彼の遺志だもんね」

サラが涙を拭って一番最初に口を開いた。

「おう、それじゃ、大事に連れて来いよ」

と言うと、エドは洞窟を先へと進もうとする。どうやら、涙を見せたくないようだ。俺は静かにそっとその石を後ろに背負っている鞄へと入れた。そして、エドとサラの後を追いかける。新しい洞窟は、広さこそそれほど変わらないものの、最初に入った洞窟とはまるで違った。入ってみると、その中がものすごい冷気だと言うことが改めて分かった。

「見てよ、こんなところが凍ってる」

サラが指差した床と壁の境目に当たるところは綺麗に凍り付いていた。熱帯地方から急に寒帯地方に来たような感覚である。ものすごい寒さである。特にそれはエドに堪えているようだった。エドは炎魔法を得意とするぐらいであるから、きっと暑さには強いが寒さには弱いのであろう。さっきから腕をさすり続けている。

その凍った洞窟を歩くこと数分、前方に扉が見えてきた。

「どうやら、この先が最後の敵なんだろうな。みんな準備はいいか?」

エドが後ろを振り返って言う。サラと俺が頷くのを確認すると、エドは取っ手に手をかけようとした。

「ちょっと待って」

と俺はエドを押しのけてドアノブをハンカチでくるむ。この寒さである。金属製に見える取っ手をこの寒い中、素手で触るものではないだろう。俺がドアを開けようとすると、エドが慌てて止めに入った。

「おい、ちょっと待った。ここは俺がやった方がいい」

俺は何を言っているかは分からなかったが、追いやられてしまったので、しぶしぶエドに任せる。ドアを開けるのぐらい誰だっていいんじゃないだろうか。エドは今度こそ取っ手に手をかけ(俺がつけたハンカチ越しにである)、扉を押し開けた。キイイと音がして扉が開いた。その部屋は凍りついたところ以外は、ゴーレムのいた部屋とそう変わりはなかった。ただ、ゴーレムの部屋と違ったのは、ゴーレムのいた所に最初の部屋の甲冑がいた。いや、見た目は最初の甲冑と同じだが、薄い青色をしていた。回りの凍った洞窟と同じような色をしていた。剣を地に突き刺した状態で凍り付いているようだった。そして、その背後には、次の部屋へと続くであろう扉があった。

その甲冑を見て、俺たちは身構えた。しばらく沈黙が続き、エドが口を開いた。

「あれ?こいつ固まってんのか?」

その声だけがこの広い部屋に反響して、冷たい壁に吸い込まれていった。やはり、甲冑はピクリと動くこともしなかった。俺達の体から一斉に力が抜けた。

「ふう、何かものすごいのを想像してたから、良かったっちゃ良かったかな」

苦笑いしながら俺が呟く。

「動き出したりする前にあの扉入っちゃおうよ」

サラの言葉に促され、俺たちはその甲冑の脇をそっとすり抜けて、扉の前へと歩み寄る。扉は今までと変わりなく、普通に押して開けるタイプのものだった。俺がぐっと扉を押す。

「あれ?動かないな」

「そんな馬鹿なこと無いだろ。貸してみろ」

とエドが言って押してみるが、びくともしない。三人がかりで押してみてもびくともしない。

「何だぁ?こいつは?凍り付いてんのか?」

と、エドが炎魔法を唱えようとする。それと同時に、部屋の中に声が響いた。

(我ヲ無視シテ先ニ行カントスルカ…。フッフッ、トンダ臆病者ドモヨ…)

「な、何だ?キリお前なんか言ったか?」

エドが俺のほうを振り返る。俺は首を振るが、エドの意識はもう別のところに向いていた。その視線は、俺の肩を越え、その先へと注がれていた。

「…エド?」

不思議そうにサラが言い、俺とサラもゆっくりと後ろを振り返る。すると、先ほどは確かに入り口の方を向いていた甲冑が、同じ姿勢のまま、こちら向きになっていた。

「へっ、動けないんじゃなかったのかよ」

エドが挑発的な言葉を投げかける。

(否。動カナイト勝手ニ決メ付ケタノハソナタラデアロウ)

と言うと、甲冑はゆっくりとその剣を地から引き抜き、構えた。

(我ハ“シャドウ”ナリ。イザ勝負ト行カン)

そのまま、剣を振りかぶり斬りかかってくる。俺たちは咄嗟に左右に散ってかわす。

「とんだ名前負けだな。そんな攻撃じゃ当たらんぜ。よっぽど、この前の部屋のクルスの方が強かったね!こんな所で時間食ってるわけにはいかねえんだよ!」

とエドが炎の剣を生み出し、それで素早く斬りかかった。甲冑はかわす暇も無く、炎の剣が直撃して、崩れ落ちた。

「口ほどにも無いね」

とエドが炎の剣を消すと同時に部屋に声が響き渡る。

(フッ、ソンナ雑魚ヲ倒シタダケデ我ヲ倒シタ気ニナッテイナイダロウナ…?)

「なっ?」

俺たちは辺りを見回す。が、部屋には崩れ落ちた甲冑があるのみで、それ以外は凍りついた部屋である。

「卑怯だぞ!姿現しやがれ!」

エドが怒鳴る。

(フッ、戦ニ卑怯モ何モアッタモノカ。勝チサエスレバ良イノダ。勝テバ官軍。モウ一度イクゾ!)

崩れ落ちていた甲冑が息を吹き返したかのように再生し、またエドに斬りかかる。それを、今度は俺が剣で背後から斬りつける。甲冑はガラガラと音を立てて崩れ落ちる。しかし、すぐに再生し、また斬りかかる。

「これはきりがねえな…」

エドが思わず呟く。そして、意を決したように、呪文を唱え始める。それに呼応してサラが防護魔法を詠唱し始める。どうやら、クルスに試した方法でいくようだ。

「ヘルファイア!!」

爆発が起こり、部屋を炎が包んだ。炎が消えた後には甲冑は跡形もなくなっていた。洞窟の周りの壁の氷も一瞬で融けたようだった。しかし、すぐに周囲の壁が凍り付いていく。あっという間に、また氷の世界が出来上がった。

(ソンナモノデハ我ハ倒セヌナ…)

部屋全体を包む炎にもびくともしなかったようだ。見えないために推測しか出来ないが。

(フッフッフッ、タマニハ雑魚ト戦ウノモ良カロウ…)

部屋の中心部に暗い紫の靄のようなものが集まりだした。そして、しばらくすると、それは人の形になった。輪郭は相変わらずぼやっとしているが。

「コレガ我ノ姿ナリ。サテ手合ワセ願オウカ」

「お前かあ!」

エドが炎の剣を出して斬りかかる。紫の影は斬りかかられたそばから分裂していった。そして、紫の影は散り散りになった。宙にひらひらと影が漂う。

「何だ?子供だましか?」

「フフフ、コノ程度デ終ワリナノカ?」

シャドウの声が響く。その声が聞こえたかと思うと、散り散りになっていた紫の影が、ゆっくりと一点に集中していく。そして、また人型へとまとまった。

「我ニ物理攻撃ハ通用セヌ。ソノ程度デハ効カヌナ」

「そうかい、じゃあ、これならどうだい」

エドは素早く炎の剣を消すと、改めて構えた。

「業炎プロメテスよ、汝の炎を一点に集中せよ。ファイアアロー!」

炎の弾が真っ直ぐ紫の影へと飛んでいき、紫の影にぶつかったところで爆発した。それほど大きな爆発ではなかったが、紫の影を吹き飛ばすのには十分だった。

「フフフ、ソンナモノカ。残念ダガ、我ニハ魔法モ通用セヌ」

そういうと、吹き飛んで消えていた紫の影がまた、一点へと集まり、人の形になった。

「なっ、何っ?」

それではこちらの攻撃は全く効かないということになる。それでは倒すことなど出来ない。

「ソノ程度カ。デハ、コチラカライカセテモラオウ。アイスレイン!」

紫の影はピクリとも動かずに、呪文を詠唱すると、天井から氷柱のような氷の塊が降ってきた。

「ファイアシールド!」

エドが右手を上げて呪文を唱え、炎の海が上空に出来る。氷柱はそれに当たって融けていった。

「おい、お前ら、先に行け。ここの扉はおそらく凍ってるだけだから、オレの魔法で吹っ飛ばせる」

エドが俺とサラに向かって囁きかける。

「それなら、三人一緒に行けば…」

「馬鹿か、お前は。売られた喧嘩をほっぽっていけるかよ。それにな…」

「何ノ相談ダ、見苦シイ。吹キ飛ベ、ブリザード!」

「ファイアウォール!」

エドが叫び、今度は三人を包む形で炎の壁が出来る。周囲からは全く見えなくなった。逆に、こちらからも周囲の様子は分からない。エドがゆっくりこちらを振り返った。

「それに、この先には元凶がいるんだろ?それとシャドウを同時に相手するわけにはいかないだろう。誰かが足止めしなくちゃならないんだ」

エドは微笑みながらそう言った。

「じゃ、じゃあ、魔法に長けていない俺が残ったほうが。それにエドにとっても父親を助けるっていう目的が…」

「ゴチャゴチャ言うんじゃねえよ。親父を助ける使命はサラに任すさ。それに、兄貴なんかが行くより…彼氏が行ったほうがいいじゃないか」

「えっ?」

後半はゴニョゴニョと言っていて聞き取れなかった。

「お兄ちゃん…。でも…」

「心配すんなよ、サラ。ここは任せとけって。ここを片したらすぐに追うさ」

「で、でも…」

「大丈夫だって。大会で優勝した時のこと忘れたのか?それにここで、待っているうちにも、親父がまずいかもしれないんだ、任せるぜ、サラ」

最後は右手の親指をぐっと上げ、ニッと笑って見せた。

「…うん、そうだね…。わかった、ここはお兄ちゃんに任せるね」

サラは目をゴシゴシとこすると、右手の拳をエドに合わせた。

「でも、やっぱり…」

「何だ、おめえは!しっかりしろ!彼女が決心したんだ!ここで守ってやるのが男だろう!行くぜえ!」

同時に炎の壁が消えた。

「ファイアアロー!」

エドが扉に向かって、炎の矢を放つ。爆発と同時に氷だけでなく扉まで吹き飛んだ。サラが扉に向かって走る。俺はエドを見つめたまま立ち尽くしていた。エドはゆっくりとシャドウのほうを振り返る。

「早く行け。サラを頼む。オレが行くよりキリに行ってもらったほうがよさそうだ。お前も男なら女の子一人守れなくてどうする。任せたぜ」

それだけ喋ると、エドは目を閉じ、炎の剣を出した。そして、今までで一番真剣な表情でシャドウに斬りかかっていった。その表情は、どこか、クルスの最後の表情にも似ていた。

「キリ、早く!」

サラが扉の向こうから叫んでいる。俺はサラのほうを向き、もう一度だけエドのほうを振り返り、走り出した。

「何ヲ…貴様ラ、無視スル気カ!ソウハサセンゾ!」

「お前の相手はオレだああ!」

エドが後ろに飛びのき、扉とシャドウの間に立ち塞がる。キインと金属がぶつかり合う音がした。俺は思わず後ろを振り返る。

「何してんだあ!キリぃ!さっさと行けぇ!!」

「くっ!」

もう一度、覚悟を決めて、俺は扉に向けて走る。

「サセヌ、サセヌゾオ!」

紫の影が散り散りになって、一瞬でエドを追い抜く。

「なっ!しまった!急げ、キリ!」

咄嗟に扉に頭から飛び込む。それを確認してエドは、魔法を発動する。

「ファイアアロー!」

頭上でドーンと何かが爆発する音がすると、ガラガラと音を立てて天井が崩れてきた。ものすごい轟音が収まった後には、崩れてきた土砂で完全に扉はふさがれていた。

「臆病者ドモガア!!」

「さっきから言ってるだろうが!貴様の相手はこのエドだ!」

「グヌヌ、デハ、マズ手始メニ貴様ヲイタブッテヤルトシヨウ」

俺達はその場から走って離れていった。

「エド、その方針なら、別に来れたんじゃないのかよ…!」

走りながら唇をかみ締めていると、サラが首を振った。

「あの部屋自体に結界の呪いがかかってて、誰か一人は残るしかなかったの。多分、人が入った瞬間に発動する結界呪い。外に出させなくする魔法ね。同時には一人にしか効かないみたいだったけど」

サラが足を止め、呟くように言う。そういえば、あの部屋に一番最初に足を踏み入れたのはエドだった。あの時はそんなこと微塵も考えもしなかった。もしかして、エドは入る前から…。

「そ、それじゃ、エドはそれを分かってて…」

「うん、私も気づいたのは部屋を出てからだったんだけど…」

「そんな…」

最後にシャドウに斬りかかっていったエドの顔を思い出す。じゃあ、あの顔はまさか…クルスの最後の表情に似ていたあの顔は…。

「まさか、エドは心中する気じゃ!止めなきゃ!」

戻りに走ろうとする俺の腕をサラがつかんだ。

「ダメ」

「えっ…。どうして!エドを助けなきゃ!」

「私たちがすることはそれじゃない。父さんを始めその他捕らわれているであろう人を助けること。お兄ちゃんもそれを望んでた」

「エドの、エドのことは心配じゃないのかよ!あっ…」

叫んで、顔を上げて初めて気がついた。サラは唇を噛み締めながら涙を流していた。声には一切出さないようにしながら。エドはサラの兄貴である。心配でないはずがなかった。

「ご、ごめん…」

「何で謝るの?大丈夫、お兄ちゃんならきっと、すぐに追ってくるに決まってるから…。うん、絶対、すぐに…」

涙にぬれた顔で、精一杯笑顔を作る。サラは涙を拭った。

「だから…だから、私たちがしなくちゃいけないのは、先に、先に進むこと。お兄ちゃんがすぐに追ってこられるように」

「ああ、そうだな」

俺達は通路の前方に目を向ける。そこには木で出来た扉がひっそりとたたずんでいた。俺達はゆっくりとその扉の前に立ち、ドアノブを回した。キイィと音がして、扉が開いた。そこに一歩足を踏み入れる。どうやら、その部屋には誰もいないようだった。少なくとも生きていそうなものはいなかった。

「うわっ」

「何、ここ…」

どうやらここは、何かの実験室のようだった。バスケットボールコートぐらいのサイズの部屋に所狭しと実験器具のようなものが置かれていた。右サイドには怪しげな研究室といえば定番のような、ホルマリン漬けのカプセルがあった。中はどうやら動物のようだ。しかし、中にはいくつか人間の脳みそにしか見えないものもあった。左サイドには本物そっくりのマネキン人形がずらっと置かれていた。動物のものもマネキンと言うのだろうか…。

「こ、これ、本物じゃないよね?」

サラが恐る恐る左のマネキンたちを指差す。

「多分、違うだろう。ただのマネキンみたいだね。それよりも」

俺は真っ直ぐ前方を指差す。そこには、今度は金属製の扉があった。俺達は出来るだけ左右を見ないようにしながら、前方の扉まで歩いて行き、扉を開いた。

「なっ?」

今度は広々とした洞窟のようなところへ出た。そこにもカプセルが並んでいた。目の前の高い壁を覆いつくすように。しかし、先ほどと違ったのは、中に入っているのが獣ではなく、人型の何かということだった。ドワーフ、エルフ、人間、妖精、といったものたちであった。そして、それらのカプセルは、上部をパイプでつながれていた。そして全てのパイプは中央の大きめのカプセルにつながっていた。中央の大きめのカプセルには、何かいろいろ入っているようだが、よくは見えない。

「お父さん!」

突然、サラが叫んで、一つのカプセルに向かって駆け寄った。その中には一人のドワーフと見られる男性が眠って(?)いた。どうやら、彼がサラの父親のようだ。

「ってことは、ここにいるのが、みんな行方不明の人ってことかよ…」

ざっと見回しても八十はカプセルがある。二年間、半年毎で七神殿では三十五人いればいいはずだが、計算が合わない。そんなことを冷静に考えている間にも、サラは父親に話しかけようと努力している。

「お父さん、目を開けて!お父さん!」

サラが両拳でカプセルをドンドンと叩く。しかしながら、当然のごとく、それぐらいで簡単に壊れるわけも無かった。サラが魔法の詠唱準備を始める。

「困るなあ、僕の研究を邪魔してもらっちゃ」

急に背後から声が響く。二人とも驚いて、パッと振り返る。先ほど入ってきたドアとは別の入り口(入ってきた側からみて右側である)の前に、身長百六十センチほどの小柄で、その上、細い弱弱しそうな薄汚れた白衣を着た人間が立っていた。目だけは赤く充血させていたが、それも何処か眠そうである。

「全く…どうやってここに入ってきたんだか…」

フラフラとこちらへとゆっくり歩いてくる。その足取りもどこか夢遊病者のようである。

「まぁ、いいや。どうせ、まだ足りなかったし…。確か、あと三人必要だったはず…君たちも実験台になってもらえば…」

何かをブツブツ呟きながら、こちらへと向かってくる。近づいてきたその顔を見て、サラがハッとする。

「えっ?シギ?シギじゃない!」

シギと呼ばれたその男は、充血させた目でめんどくさそうに、サラの方を見る。そして、じーっと見つめた後、呟いた。

「何故、僕の名前を知っている…?」

「だって、学校一緒だったじゃない。途中で転校して行っちゃったけど」

学校という単語を聞いた瞬間、シギの顔は醜くゆがんだ。

「学校だぁ?フン、オレはそんなとこ行ってないね。学校なんて学校なんて、クソ食らえだ!」

同時に口調も変わったようだ。一人称が僕からオレに変わり、急に荒っぽい口調になった。

「そうか、貴様ら、“学校”から来たんだな。またオレをイジメに来たんだろう。そうはいくか!ダークネスボール!」

真っ黒い弾が飛んできて、俺はそれを横っ飛びでかわす。地面が抉れた。

「だいたい貴様ら、どっから入ってきやがった!ホムンクルスとシャドウは何をやってやがるんだ!」

シギは髪を振り乱しながら叫んだ。どうやら魔力のオーラで髪が浮き上がっているようだ。

「あいつらはただの飾りじゃねえんだぞ!しっかり働けってんだ!」

俺はゆっくりと鞄から魔石を取り出した。

「クルスならここだ」

シギがギロリとこちらを見た。

「何だと?てめえら、あいつを殺したのか!へっ、とんだお笑い種だぜ。誰かを救う為には他のやつは犠牲になってもいいってのかよ。これだから凡人は…」

「違うわよ!!」

俺が違うと叫ぼうとした瞬間、サラに先を越された。

「クルスは…クルスは、自分から命を絶ったのよ!あんたに言われた役割はきっちりこなした上で!良心の呵責に耐えかねて!!」

「は?何だぁ?それは?あいつらに感情なんてあるかよ。オレが作り出したんだからな。オレの言うことさえ聞いてればいいんだよ。まぁ、それが事実なら用済みだけどな。言うことを聞けない道具は必要ない」

最後の言葉に俺達は堪忍袋の緒が切れた。

「ふざけるな!言わせておけば!」

「エアバーン!」

サラが魔法を詠唱するのと、俺が斬りかかるのは同時だった。シギは壁際まで吹っ飛んでいった。ヨロヨロと立ち上がり、シギは笑い出した。

「ハハッ、何を怒っているんだい?おかしいことなどないだろう。道具は壊れたら捨てる。当たり前のことだろう。あいつらはただの駒だ。言うとおり動けないなら必要ない。全く、君たちは僕を怒らせたようだね」

フラリフラリと近寄ってきながら、シギは呟くようにいう。

「それに、何か勘違いしているようだが、あいつは三個目だ」

「えっ?」

俺とサラが思わず聞き返す。

「前のやつも壊されたからな。あいつは三つ目の道具だ」

「な、何を…」

つまりは、クルスは知らなかったが、実際はあそこを突破したものはいたのだろう。クルスは…何も知らなかったのだ。

不意にシギの周りの空気が魔力の濃度か、ゆらゆらと歪んで見えてきた。

「凍れ!ブリザード!」

途端に辺りを雪嵐が吹き荒れ始めた。

「エアシールド!」

対抗してサラが風の防壁を張る。

「全く、そういえば、君たちは、あのシャドウの部屋も突破してきたのか。あそこは何人たりともと押さないような設計にしたつもりだったんだけどねえ。倒してきたのなら、確かにこの魔法も利かないね」

途端に辺りの雪嵐が止んだ。俺たちとシギの間にはにはうっすら雪が積もっていた。

「そこは、今、お兄ちゃんが攻略してるわよ!」

シギの目が大きく見開かれる。そして、唇がニーッと横に広がった。

「キャハハハ、なるほど。兄貴を犠牲にしたって訳か。道理で、あの部屋もあっさり突破されちまうわけだな。まあ、今頃、兄貴はもう死んでるだろうけどな!」

シギの高笑いが響く。

「そんな…そんなはず無い!お兄ちゃんはちゃんとあんなやつ倒して、すぐ来るんだから!」

サラが叫び返した。

「無理だね。あいつに勝とうなんて不可能さ。あいつは試作品と言えど、かなりよく出来た部類に入る。オレの研究の集大成に近いのだから。ましてや、これだけの魔力を集めているんだ。負けるはずがなかろう」

ペラペラと流暢に語りだしたシギを前に、俺はゆっくりと剣の切っ先を向けた。そして、シギを睨みつけながら、口を開いた。

「そうかい。じゃあ、お前を倒してからエドの手伝いに向かうとしようか」

シギの笑いが止まった。そして、真剣な表情になり、こちらを見る。

「ほお、お前らに、このオレが倒せると。フン、笑わせるな。てめえらの力でオレが倒せるなら、オレがここにいてしている事が無駄だということになる」

そして、シギはチラリと中央のカプセルを見た。つられて、俺たちもそのカプセルを見る。中にはよく見ると女性が入っていた。他にも色々と入っているが。しかし、見るからに、他のカプセルとは様相が違っていた。いったい、何をするための装置だと言うのだろうか。そして、シギはこちらを向く。また、口元にはあの狂気じみた笑いを浮かべていた。

「ということで、てめえらには、消えてもらうことにしましょうかねえ!」

そして、右手を高く掲げた。

「アルテミス、ヴォルケートス、ユーピウスよ!全てを塵と化せ!エレクトリックボム!」

チカッと目の前で何かが光ったかと思うと、轟音が響き、俺達は部屋の隅まで吹き飛ばされた。咄嗟に、サラが風の障壁を張ったおかげで、怪我自体は大したことがなかったが。

「何てやつ、三つの、しかも最上神を同時に操るなんて…。学校にいたときのシギはそんなではなかったはずだけど…」

辺りの雪煙、砂煙が収まると、シギは薄ら笑いを浮かべながら、岩に座っていた。

「あっれえ?まーだ生きてたんだ。まあ、さすがここまで来ただけはあって、逃げ足は速いんだね。まあ、今のも本気の半分ぐらいだけどねえ!まだまだいけるよお!いつまでついてこれるかな?エレクトリックボム!」

また閃光が輝き、爆発が起こる。また、壁に向かって叩きつけられたが、同じようにサラの風の障壁で助かった。

(こいつはまずいな…)

心の中で思わずぼやく。サラだって、いくら多少休んだとは言え、ここまで来るのにかなりの魔力を消費しているはずだ。それに何より一度はほとんど限界値まで到達している。これがずっと続くようなら、すぐに魔力の限度を迎えるだろう。その前に、何とかやつの弱点を発見しなければならない。

(しかし、これじゃ埒が明かないな…)

あの魔法を連発してくるようだと、とても、隙を探す暇など無さそうだ。ここは一つ、賭けに出るしかない。

「シギ!貴様の狙いは何だって言うんだ!ここでこんなに魔力を集めて何をしようって言うんだ!」

砂煙が消えて、ゆっくりとシギの姿が浮かび上がる。

「あぁん?貴様らには全く関係ないね!どうせ分かってなどもらえない。そんなことは分かっている。行くぞ!エレクトリックボム!」

また閃光が瞬き、吹き飛ばされる。

「ぐっ!」

ドカッと壁に叩きつけられた。どうやら、サラの詠唱が間に合わなかったようだ。近くにサラも倒れていた。

「おい、サラ、ダイジョブか?おい、サラ!」

サラはぐったりとしていて返事がない。どうやら、頭を打ったようだ。呼吸はしていることを確認して、シギのほうを振り返る。

「まずは一人。あとはお前だけだ!行くぞ!エレクトリックボム!」

咄嗟にサラを庇う形になり、またも爆風で吹き飛び、壁に叩きつけられる。そのまま、地面に倒れこむ。腰辺りを強く打ったのか、すぐに立ち上がれない。

「ふうん。自分が盾になってでも、彼女に攻撃を当てさせないってかい?なるほど、君たちは

付き合っているか何かなのか」

シギはわずかに驚いたような表情から、何かを考え込む表情になり、右手の人差し指を眉間に当てていた。表情はだんだんと、最初のやつれた顔に戻っていった。

「じゃあ、少しは考慮してあげようかね。同じカプセルに入れてあげることにするよ。まあ、いいエネルギー源になることは間違いないしね」

シギがゆっくりと両手を頭上に掲げた。魔力の渦が彼の両手付近に徐々に生まれていく。

「エネルギー源、だと…?何の…?」

シギのやつれた目がこちらを向く。

「何だ、まだ喋れたんだ。エネルギー源はエネルギー源だよ。言葉のとおり。研究には欠かせないからな」

「研究…?」

「そう、研究。まだ誰にも認めてもらえていないんだけどね」

「いったい何を…」

「簡単なことだよ。死者を蘇らせる研究さ」

「なっ?死者をだと?ぐっ…」

思わず起き上がりかけて、腰の痛みに顔をしかめる。

「そこで横になっていなよ。すぐに楽になるさ。カプセルに入りさえすればね」

このまま、ここで横になっていたらまずい。そう思っても、体がいうことを利かない。

「死者を蘇らせるだと?」

「ああ、僕の彼女をね」

そして、シギの目の奥に冷徹な怒りの火がともったような気がした。

「僕の彼女はね、殺されたんだ。“ガッコウ”とかいうところでね」

「なっ?」

「そう、彼女は僕の研究の唯一の理解者でもあった。僕は小さい頃から魔物の死体とかに興味を持っていて、変人扱いされていたからね、周りに近づいてくるやつはいなかった。そう、彼女と会うまでは」

俺は倒れたままで、その話をただ聞いているしかなかった。

「彼女は僕の研究を理解してくれていたし、僕の支えになったのも間違いない。でも、周りには理解できない馬鹿が多かった。多かったんだよ、そりゃもう。僕は小さい頃から、そうだったから、別に何とも思わなかった。気にならなかったからね。でも!」

シギは突然、声を荒げた。よく見ると目には涙が光っていた。

「でも!彼女はそうじゃなかった。人一倍、正義感も強かったし、負けん気も強いやつだった。あんなこと言わなけりゃ良かったのに、僕のことなんて庇わなければ…」

シギはゆっくりとかぶりを振った。そして呟く。

「どうやら喋りすぎたみたいだね。大丈夫、もうカプセルは完成するから。そしたら、君たちも、僕の研究の一部として…」

シギの両手の上では、先ほど、ずらっと並んでいたのと同じようなカプセル型の靄ができていた。

「さて、入ってもらお…ん?」

シギが途中で言葉を止める。俺が壁に手をつきながら立ち上がったのを見たからだ。

「まだ、戦い足りないって言うのかな?僕の研究をそこまでして邪魔しようっていうのかな?」

シギの目に、またも狂気の光が宿る。そして、口がゆっくりと左右に広がる。

「これだから一般人は嫌いなんだ。特に大人は。新しいものへの許容範囲が狭すぎるんだ。僕がせっかくこれから世紀の大発明をしようというのに…」

「違う」

「えっ?」

「違う。周りの人たちが何でそれを止めさせるか分かってねえのはお前のほうだ」

「何だと?オレのこの方針の何が間違ってるっていうんだよ!クソがっ!エレクトリックボム!」

「エアシールド!」

今度は完璧にサラの詠唱が間に合った。サラは倒れたまま、気を失っている振りをしていただけであった。

「フン、そっちの女も生きてたのか。じゃあ、まとめてこの棺桶に葬ってやるよ。ヴォルケートスよ!降り注げ!ファイアコメット!」

シギが唱えると、上空から炎の弾が降ってきた。咄嗟に飛びのいて交わす。そして、こちらも二人で呪文を詠唱する。

「エウラスよ!雨を降らせよ!レイン!」

「リヴァイアスよ!水の障壁を!ウォーターウォール!」

目の前に滝が現れ、炎の彗星から俺たちを守る。相手側が何をやっているかは見えない。すると、怒鳴り声が響いてきた。

「ええい!こざかしい奴等め!エレクトリックボム!」

「エアシールド!」

また閃光が輝き爆発が起きるが、サラの風の障壁に阻まれる。辺りが静まり、煙が消えると、目を血走らせたシギが立っていた。

「まったくよお、優しくしようとすれば、すぐこれだ。まあいい。いずれ決着は着くさ」

シギのいうとおりだった。何か対策を立てねば、こちらの魔力が先に尽きるのは目に見えている。やつの魔力は、全くもって無尽蔵にしか見えない。

(いったい、あいつはどこから魔力を供給して…?)

辺りを見回す。それらしい何かを発信する装置のようなものは見当たらない。来たときと、ほとんど部屋の様相は変わっていない。変わって、いない…?

(おかしい、あいつはあれだけの攻撃をしているんだから、実験装置にも影響があるはずじゃ…?)

しかし、実験装置側も来たときとは、何の変わりも無くズラッと並んでいる。

「秘密はそこか!」

シギが俺の視線を追い、ハッとした表情になる。

「なっ!貴様!」

「ファイアアロー!」

炎の弾が、真っ直ぐカプセル同士を繋いでいるパイプに一直線に飛んでいく。しかし、その直前で、不意に消滅した。

「何っ?」

「見抜くとはなかなかだなあ、貴様らも。ただし、オレが装置に何もバリケードを張っていないと思ったか。当然、魔法に対する障壁は張っているに決まっているだろう。だから凡人はダメなんだよ!エレクトリックボム!」

今回は詠唱が早く、また壁際まで吹き飛ばされた。サラも俺ももう限界が近い。この調子では時間の問題か…。

「さてと、新技行くぜえ…闇神ハーデスよ。冥界の魔物を呼び出せ…出でよ!ケルベロス!」

サラに闇魔法の説明をしてもらったことを思い出す。「冥界の魔物を呼び出すときに使ったり」というのはこういうことか。目の前には真っ黒な双頭犬が現れた。大きさで言えば熊ぐらいだろうか。かなりのサイズである。

「おまえ…そんな技も…」

「キャーハッハッハ、てめえらは、そのケルベロスの餌食になってな!動かなくなってからカプセルに入れることにするぜ!」

そういってシギはまた座り込む。どうやら高みの見物を決め込んだようだ。

ケルベロスが襲い掛かる。俺達は咄嗟に左右に散って、その攻撃をかわす。ゴーレムよりもサイズは小さいのだが、スピードが段違いである。すぐに次の攻撃へと転じる。どうやら、俺を標的に決めたようだ。ものすごい勢いで飛び掛ってくる。それをかわし、何とか剣で応戦しようとする。

「いっけええ!」

ケルベロスの攻撃が空振った直後に、その胴体に思い切り斬りかかる。見事にクリーンヒット…しかしガキィンという鈍い音を立てて剣は弾かれた。

「な、何で…」

「無駄だよ、ケルベロスの体は鋼鉄のように硬いらしいからなあ!おとなしく餌にでもなるんだな!」

シギが座ったままでケラケラと笑いながら言う。

「それなら、闇魔法に対して、光魔法で…ライトアロー!」

光の矢が一直線にケルベロスに向かって飛んでいく。しかし、ケルベロスはあっさりその攻撃をかわした。

「ウヒャヒャヒャヒャ、それで終わりかい?大したことねえなあ、よくここまで来れたもんだよ!ヒャヒャヒャ」

高笑いしながらシギが言う。

これではケルベロスを倒す手立てはもう全く無いに等しい。そう思った矢先、サラがケルベロスの背後から魔法を放った。

「エアバーン!」

ドーンと風の塊がケルベロスに直撃し吹き飛ばされる。当然のように俺のほうに飛んできたので、すんでのところでしゃがんでかわす。ケルベロスは、真っ直ぐ壁に頭から激突した。そのまま、ドサッと動かなくなった。どうやら気を失ったようだ。

「サンキュー、サラ!」

サラにお礼を言おうと振り返ると、また魔力を使いすぎたのか、膝を着いていた。慌ててサラのほうへ駆け寄ろうとする。

「私は大丈夫だから!早くそいつに止めを!」

サラが俺のことを手で制し、壁際に倒れている魔物を指差す。確かに、今なら光魔法で倒せるかもしれない。俺は魔法の詠唱を始める。

「光神アポロータスよ…」

「そうはさせるかあ!闇神ハーデスよ!この部屋を闇へと誘え!ダークネス!」

クルスが使った魔法と同じだ。急に辺りが真っ暗になり、辺りが何も見えなくなった。俺の光の矢は放たれたが、どうやら、ケルベロスには当たらなかったようだ。その時、グルルルルと、ケルベロスのうなり声が聞こえた。どうやら、目を覚ましてしまったようだ。俺は全く見えないが、相手は冥府の魔物。きっと暗闇でもこちらが見えているに違いない。もう死を覚悟しかけたその時、急にシギが悲鳴を上げた。

「ぐわっ!貴様!何しやがる!」

ふっと、急に辺りが明るくなる。ケルベロスの目が眩んだ瞬間を俺は見逃さなかった。

「ライトアロー!」

ケルベロスに光の矢が命中し、魔物は音も無くスーッと消滅していった。シギのほうに何があったのかと振り返ると、サラがシギに飛び掛っていた。

「何しやがる!貴様!」

魔法でサラが弾き飛ばされる。それでも、もう一度、飛びかかりに行く。

「あんた、そんなことして彼女が喜ぶとでも思ってるの!?」

また、シギが魔法で弾き飛ばす。

「うるせえ!お前なんかに何がわかる!」

サラは懲りずにシギに向かって飛び掛っていく。また弾き飛ばされて、今度は俺のところに飛ばされてきた。

「おい、サラ。無理するな」

「無理しないわけに行かないよ!目の前にお父さんもいるのに、ここで、こんな所で諦められない!まだ、キリも元の世界に送り届けてないんだから!それに、シギ君もあんな状態じゃ可哀想だよ!」

「オレが可哀想だと?ふんっ、笑わせるな!本当に可哀想なのは、本当に可哀想なのは…ウオオオ!」

シギが叫び声を上げる。よく見ると彼は目に涙を浮かべていた。こいつも、きっと根はいいやつだったんだ、何処かで道を踏み外したせいで、戻りたくても戻れないんだ、ということが見て取れた。サラはシギにまたも飛びかかり、壁まで吹き飛ばされて、ドサッと崩れ落ちて動かなくなった。

「おい、サラ!」

「チクショウ!全く、執念深い女だな!はぁはぁ、めんどくせえ奴だ。これで終わらせてやる」

シギが右手を高く掲げて、呪文の詠唱を始める。俺にはどうすることもできない。サラは壁際で倒れたままだ。ふと、俺の脳裏に色々な言葉たちが蘇ってくる。「あなた方なら、この先もきっと突破していけるはずです。」というクルスの言葉、そして「僕の遺志としてお父様を止めてください。あなた方なら出来る。」という最期の願い。そして、エドが別れ際に言い残した「サラを頼む。任せたぜ。」という願いの言葉。そいて、最後に浮かんだのは「ありがとう」と言ったサラの笑顔。

(こんな…こんなところで…終わるわけには…みんなの…みんなの願いがかかってるんだ…!)

「くそっ!どうすれば!みんな…」

クルスの言った俺は勘が鋭いという言葉を思い出す。

(思い出せ…何処かにヒントがあるはずだ…)

一瞬、先ほどシギが言った言葉がよみがえる。(魔法に対する障壁は張っている…?)

「それじゃあ、これならどうだぁ!」

俺は持っていた剣をカプセルに向かって思い切って投げつけた。それは一直線に中央のカプセルに向かって飛んでいった。シギがこちらを振り返り、気づいて叫ぶ。

「や、止めろおおおおおお!」

まるでスローモーションのようだった。俺が投げた剣は回転しながら中央のカプセルに当たり、中央のカプセルにひびが入った。そして、ピキピキという音を立てて、ひびが広がっていく。シギはそれに向かって駆け寄る。そして、そのカプセルは爆発するように砕け散った。同時にシギがそのカプセルに向かって何かを叫んでいたようだが、爆音に紛れて聞き取ることは出来なかったが、あの表情を察するに彼女の名前を叫んだのではないだろうか。

轟音とともに、装置が崩れていき、カプセルが装置から外れていく。そして、外れた勢いでカプセルが割れ、中の人たちが出てきた。しばらく、俺はその光景をボーっと眺めていた。一連の出来事が一通り終わり、静けさが戻ったところでハッと我を取り戻した。

「そうだ、サラ!」

実験装置とは逆側にいたサラに駆け寄る。

「おい、サラ!ダイジョブか?」

揺すってみると、瞼がピクピクと動き、ゆっくりと目を開けた。そして、俺の後ろの光景を見て、目をパチクリさせる。

「あれ、またキリがやったの?」

「いや、俺じゃないな。多分、最後にやったのは、シギの彼女じゃないのかな。シギを止めてやったんだろ。あいつがこれ以上、多くの犠牲者を出す前に」

「そう…だね」

サラが笑顔で答える。本当にそう思えた。きっと、シギの彼女が彼を止めてくれたのだろう。シギが自分でもどうにもならない状態になってしまったから。

割れたカプセルから出てきた人たちも、徐々に意識を取り戻しつつあるようだ。後ろのほうで、起き上がる音が聞こえてきた。どうやら、中の人たちの命に別状は無かったようだ。遠くからエドが走ってくる音と「おーい!キリ!サラ!無事かー!」と俺たちを呼ぶ声も聞こえてきた。どうやら、エドも無事のようだ。

こうして、集団行方不明事件は、首謀者の死という結果で終わりを告げた。結局、カプセルに入れられた人たちは全員無事で済んだようだ。しかし、どういうわけか、シギとその彼女の死体は見つからなかったという。





――――数日後――――

サラの両親も含め、家に帰ってきてから、数日がすぎていた。俺もこの家に徐々になじんできていた。だが、実際、俺の居場所はここではない。

「キリ、こんなとこに居たんだ。もうすぐお昼ご飯だよ」

サラがニコニコしながら呼びに来た。俺は何となく森に出ていた。森で大の字になって空を見上げていた。

「ああ、うん」

「どーしたの?元気ないね?」

サラがニコニコしながら顔を覗き込んでくる。完全に最初の会った頃の元気を取り戻したようだ。

「ふっ、そういえば、前もこんな事があったな」

「そういえば会った時もこの辺だったね」

サラも感慨深げに呟きながら、隣に腰を下ろした。

「ああ、そうだなあ、あん時はびびったなあ…。目の前に見知らぬ女の子がいるし、その子が言うにはここは異世界だって言うしな」

「こっちもびっくりしたよ。何てったって、全然、魔法のこと知らなかったし」

そして、二人でぼんやりと空を見上げる。空には雲ひとつ無い青空が広がっていた。しばらく、無言の時間が続く。サラが沈黙を破った。

「あの……やっぱりさ、帰り、たいよね?」

一瞬の沈黙。そして俺は首を縦に振る。

「まあ、そりゃあね。それはサラの家族は良くしてくれるし、居心地も悪くないよ。でもさ、向こうに俺の親もいるわけでさ。友達だって、きっと俺の帰りを待っててくれてる…多分、だけど」

サラが大きく息をついた。

「はあ、ま、そうだよね。私だって、両親助けに行こうと無茶したぐらいだし、やっぱ、親には会いたいよね」

俺は体を起こして首を今度は横に振る。

「いや、実は俺、親とはうまくいってないんだけどさ…そのさ、サラの家族見てたら、何か会いたくなったって言うか何て言うか」

「ふーん、そうだったんだ…」

お互いに気まずい沈黙が流れる。俺が慌てて付け加える。

「別にうまくいってないっても大したことないんだけどさ。実際、俺が勝手に意地張ってただけみたいなもんだし」

「へえ、うちとは違うんだね…うちはみんな仲いいから」

エドにも聞いていたが、実際に接してみると、本当に仲のいい家族だった。

「ああ、おかげで、家族に会いに行きたい気分になったんだよな」

「じゃあ、お父さんに聞いてくるね」

と言うや否や、サラは家のほうに駆け出して行ってしまった。

「あ、おい」

呼び止める暇も無かった。俺は、またその場に大の字になる。空をただ眺める。

「空を見る限りは、俺のいる世界と何ら変わりがないような気がするんだけどなあ…」

また、ぼーっとしていると、誰かが駆けて来る音がした。サラが父親を連れてきたのかと思い、起き上がると、そうではなかった。

「おい!どういうこった!てめえ!」

駆けてきたのはエドだった。俺は慌てて起き上がって飛びのく。

「な、急に何だって言うんだよ、エド」

エドは、ものすごい形相で食って掛かってきた。

「サラが泣きながら走ってきたから、何事かと思って、こっちに来たら、てめえがいるじゃねえか!いったい、サラに何しやがった!泣かしたら承知しねえって言っただろうが!答えようによっちゃただじゃおかねえぞ!」

サラ、泣いてたのか。

「あ、いや、その…」

「あんだとお?」

怒鳴りながら、胸倉をつかんでくる。まだ答える前からこれだ。何答えてもただじゃおかないんじゃないだろうか、この人は。

「別に、何もしてないですって。帰りたいって言っただけですよ」

エドは怒りの表情から驚きの表情に変わり、そしてゆっくりと手を離した。

「そうか、なるほどな、そういうわけかい…」

急に勢いが無くなってしまった。しおらしいのはこの人にはひどく似合わない気もするが、そんなこと言ったら、また怒らすから言わない。

「サラ、泣いてたんだ」

「ああ、何事かと思ったがそういうことだったんだな。まあ、それなら仕方ないが…」

エドが口ごもる。

「どうしたんだ、エド?」

「いや、何でもない。帰っちまってもさ…俺らのことは忘れんなよ」

そう言うと右手を差し出してきた。俺も右手を差し出し、握手をしようと…。

「あつっ!何しやがんだ、エド!」

何と右手に炎を仕込んだ状態で手を出してきたようだ。

「ハッハッハ!引っかかるほうが悪いんだよ、馬鹿め!」

そして、俺の首に腕を回してくる。

「俺様と互角に渡り合えるやつなんてそうはいなかったからな!また会おうな!それと、たまにはサラに会いに来てやれよ。じゃあな!」

続いて、俺のことを突き飛ばすと、エドは駆けて行った。その場に残された俺は尻餅をついたままぼんやりとその姿を見送った。

「エドも知ってるだろうに、そう簡単に戻ってこれないことは…」

エドも、俺が異世界から来たということは知っているはずだった。俺はエドの真意を汲み取れなかった。

しばらくすると、また誰か来る音がした。振り返ると、今度は、サラと父親が立っていた。サラは、もう泣いてはいなかった。

「キリ君。帰るんだね?」

サラの父親が聞いてくる。俺は無言で頷く。もう既に、異世界へと飛ぶ方法は聞いていた。失敗すれば、命は無いということも。それは、数少ない時魔法の一つだと言う。異世界から来た人間は、普段から魔力を使っていないせいで、生まれたときからの魔力がほぼ全て蓄積されているらしい。だからこそ、俺はあれだけ自在に魔法を操れたわけだが。しかし、時魔法となると話は別らしい。もともと、その才能が無い者には操れないと言う。イギリスからやってきたエドワードさんは爆発で亡くなったのか、はたまた魔法の副産物で爆発したのかはわからなかったと言う。

「どうしても行くのかね?」

サラの父親の青い目が俺の目を真っ直ぐに射てくる。俺はもう一度、力強く頷き返した。サラは父親の隣で唇を強く噛み締めていた。

「本気か…分かった。それならば、呪文を教えよう」

サラの父親がその呪文を俺に教えてくれる。俺はそれを何度も頭の中で反芻し、大きく深呼吸した。そして大きく息を吸い込むと一気に言った。

「時空神クロノスよ!汝の力で時空を曲げ異世界への扉を開け!ヘヴンズゲート!」

鍵が開くようなガチャリと言う大きな音がしたかと思うと、俺の周りを光が包み始めた。手を見るとだんだん俺は色が薄くなっていっていた。どうやら、消えるときは、クルスの時と同じ感じのようだ。ふと思い出し、俺は自転車のかごの中のバッグから、クルスだった魔石の塊を出し、サラに渡す。

「こいつは任せた。俺の世界に連れて行くべきものじゃない」

サラはこくりと頷くと、その石を大事そうに受け取った。そして、今にも、俺が消えそうな瞬間、俺の唇に何か温かいものが触れた。それが何だったのかを確認する前に、俺の体は光へと包まれ、何も見えなくなった。来るときに通った霧のような状態だ。手元には来る時に持っていた自転車とバッグのみがある。そして、ぐらりと地面が揺れ、宙に浮いたかと思うと、また、ドサッと地面に放り出された。ゆっくりと辺りの霧が晴れていく。そして、瞬きをすると、そこは林の中だった。

「ん…?成功したのか…?それとも、ここはまた別の異世界とか止めてくれよ…?」

体をゆっくりと起こして、辺りを見回す。そこは何の変哲も無い林の中にしか見えなかった。このまま、呆然と立ち尽くすわけにも行かないので、とりあえず、自転車を押して歩いていく。すると、道路が目の前に現れた。

「ここは…」

ちょうど、俺が自転車で滑り落ちたところだ。

「帰って…きたああああ!」

いきなり奇声を上げた俺をたまたま通りがかった人が不審者を見る目で見る。

「あ、やべっ」

慌てて口を押さえ、自転車に跨る。そして、ようやく自分の家への帰り道を走り出す。蝉の鳴き声が聞こえる。どうやら本当に帰ってこれたようだ。時期は真夏の昼間。当然のように、蒸し暑く、ジメッとした空気でシャツが汗で張り付く。しかし、俺の心の中は軽やかだった。今なら、帰って親との和解もすぐに出来るような気がした。自転車をスイスイと漕ぎながらふと思う。

「でも、最後に唇に触れたあれって…?…まさかね」

自宅までもうすぐだ。この調子なら、あと十分もあれば着くだろう。俺は快調に自転車を漕いでゆく。左手にその世界が夢でない証拠であるブレスレットを光らせながら…。

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