第八章
一
ペキンは、乾燥した大地にある町だ。
年中砂嵐に襲われるため、低い建物が寄り添うように密集している。かなり以前に竜人族が占領した町だが、今では平穏も取り戻している。
「さて、ここから少し北にある半島に行って、そこから船でニチに渡る。その為の準備もしないといけない」
カロンが残り少ない積み荷やお金を確認していた。
「船賃が問題になりそうだな。俺はよく知らんが、結構するんだろう?」
「私が大陸に渡ったときは、軍役で行ったからその辺が分からない。少し情報収集する必要がある」
こんな時、カロンが元軍人だったって思い出す。
「残りのお金が心配だよ。もう残り少ないでしょ?」
先日の宿屋の件もあり、思ったよりも出費がかさんでいるのは否めない。僕がやった事だけど。
「節約して一ヶ月半といったところだな。何か仕事でも探すか?」
カロンの言い方は、冗談にも聞こえるけど、今回ばかりは本気にも聞こえるのが怖い。
「とにかくだ、どこかで船賃がどれ程するのか聞かなきゃ始まらねぇ。つー事は、どこかの飲み屋に行くのが一番だ!」
アーガイルが、笑みをこぼしながら言うのを僕は睨んだ。
「これ以上、路銀を散財させるつもり?」
「うぅ……」
アーガイルは、酒が入ると見境無くなる事がたまにある。最近は酒を飲んでいないので要注意だ。
「まずは当面の食糧確保か。あまり値段のする物は買えないな。米と豆が関の山か。肉は諦めた方が良さそうだ」
カロンは残念そうに言っていたけど、それ以上にアーガイルが落ち込んでいた。勿論肉が食えなくなると聞いたからだ。そりゃ僕だって残念だけど、この際仕方がないと思う。
「め、飯は食わせてくれるだろ?」
アーガイルがオドオドしながら聞いてきた。見ていてちょっと吹き出しそうになる。
「ま、それなら大丈夫だろう。ただし、大食いは禁止だぞ」
カロンも少し笑みをこぼしていた。
「じゃ、先に食事にしようか」
僕の提案で馬車は市場への道から外れ、食事処を探す事にした。
馬車を手頃な場所に止めると、近くの食事処を見て回る。どこも似たような作りで、品書きも大差無かった。
「うーん、どこにする?」
「値段も大差なさそうだな。私はどこでもいい」
そんな話をしていると、店と店の間に小さな屋台のような物がある。よく見るとウェアタイガー族の老婆が一人だけ座っていて、何かを売っているようには思えなかった。
「あれ何かな?」
「あれは占いというものだ。座っているのは占い師。何か悩み事がある時なんかに占ってもらったりする。まあ、信じるか信じないかは本人次第だ」
カロンの説明に僕は近寄ってみた。半分居眠りをしているのか、ずっと下を向いたままだ。
「おい、シロン行くぞ」
アーガイルの声に、先に進もうとすると、老婆が突然話し出す。
「シロンさんといったか。どうかね、占ってみては? 食事なら、隣がうちの姉妹の店だ。安くまけさせられるよ」
アーガイルもカロンも近寄ってきた。何だか、ちょっと不気味だ。
「料金は一人銅板一枚。まあ、興味がなければ構わないがね」
占いの料金として、高いのかどうかは分からないけど、金額的には手頃だ。この町で食事をすれば一人銅貨一枚はかかるようだし、その十分の一の値段なら良心的なのかもしれない。
「それじゃあ、お願いします」
僕は占い師の前にある椅子に座った。アーガイルは好きにしろといった雰囲気で見ていたけど、これ位許される範囲だろう。
「で、何を見てくれるの?」
それを聞いて、占い師はおかしな顔をした。
「普通は、こっちはそれを聞くんじゃがな。まあいい。人相と手相から占ってあげよう。左手を出してごらん」
言われるがままに左手を出す。占い師は僕の左手をつぶさに観察していた。一体これで何が分かるのだろう?
「あ、あんた……人じゃないね」
瞬間、アーガイルとカロンの視線を背中に感じる。
「おっと、すまないね。そういう意味じゃないんだ。別に私は混血とかそんな事には興味はないよ。私が言いたいのは、あんたは体こそ人族だが、心は人族じゃないって事さ」
その言葉に、幾分か視線が弱まるのを感じたけど、無くなった訳じゃない。
「これは珍しいよ。こんなのは初めてだ。もう何十年も占いをしてきたけど、あんたみたいなのを見たのは最初で最後になるかもしれないね」
そう言うと、占い師は僕の手を放す。
「姉さん!」
占い師が叫ぶと、隣の定食屋から似たようなウェアタイガー族の老婆が出てきた。
「この人たちに、店自慢の一番の料理を奢ってやって。料金は私が持つから」
店の主人は僕たちを一目見ると、何事もなかったかのように店の中へと消えていった。
「おいおい、いいのか?」
さすがにアーガイルが心配そうに聞く。
「嘘は言わないよ。占いは信用第一だからね。信用のない占い師なんてゴミ同然だよ」
老婆の目は真剣そのものだ。
「あんたのその姿は仮の姿だ。本当の姿じゃない。しかも、君が思っている姿とも違う」
僕は何の事だか分からなかった。竜人族としての姿の事を言われたのかと思ったけど、どうもそうではないらしい。
「その腕輪が全てを表している。私には腕輪の図柄を見なくても、あんたの姿が見える」
「おいおい、俺たちにも分かるように説明してくれよ」
アーガイルの言うとおりだと思う。さっきから何の事を言っているのかさっぱりだ。
「腕にしている腕輪には、何か動物の図柄があるね。私はたぶんそれは竜だと思うけど」
僕は静かに頷く。
「それがあんたの本当の姿さ。今はその腕輪で心も体も封じられている。ただ、その腕輪の効力は完璧ではないみたいだね。だから私でも分かるのさ」
「僕がドラゴン!」
「竜族という呼び方もあるけどね。まあ呼び方なんてこの際どうでもいいね。問題なのは、あんたの心と体が、時々拒絶反応のようなものを起こすんだ」
「つまりどういう事だ? 私にも分かるようにしてくれると嬉しい」
「心を司っているのは竜人族、体を司っているのは竜。でも、そのどちらも封印されて、今は人族の体になっていると言えば分かるかい。難しい事を言ってしまったかもしれないね」
「ちょっとまて、シロンはドラゴンであり竜人族なのか!?」
アーガイルは驚きを隠せないでいるが、それは僕もだ。
「本当の正体はドラゴンさ。最初の封印でそれが竜人族へとなった。それが、何かは分からないけど、人族へとさらに変わってしまった。でも、手相にはきちんと三種類全てが出ている。あんたは仲間に確証がないから隠しているけど、私には分かる」
僕はそう言われて、何も言えなくなってしまった。
「それと、仲間に話せないでいる事があるんじゃないのかい?」
僕は素直に頷いた。
二
占い師のはからいで、僕らは食堂の個室に案内してもらった。
でも、僕は食事が喉を通らない。アーガイルやカロンが何も言ってくれなくて、とても気まずい気分だけど、でも自分から言うのも怖い。
「そろそろ話してくれ。お前が言い辛いのは分かってるが、お前が何を知っているのかを俺は知りたい」
アーガイルが突然食べる手を止めて聞いてくる。
「僕は……」
「私もだ。今まで言ってくれるのを待っていたが、そろそろ何を知っているのか知る必要があると思う」
僕は二人を見渡した。二人とも真剣な表情で僕を見ていた。
「どこから話せばいいのか……それも分からない」
「喋りやすいところからでいいぞ。無理はするなよ。俺は無理強いはしたくない」
「分かったよ。始めから話すね。確かに僕は人族じゃないし、竜人族とも違う」
「そこが、私には分からないところだ。私の知っているのは、ナハ中佐だからな」
「何年前になるんだろう。僕には正確な年数なんか分からない。でも、事の発端はガルッフという竜人族だ」
「パウエ・ガルッフか?」
「それは分からない。違うかもしれないし、確証はないけど、ガルッフという人が発端な事だけは間違いないんだ」
「カロン、今はシロンに喋らせてやろう」
「僕はニチの王子だった。父親の名はオクノミトコ・ナハ。母親はカクラスミア・ナハ」
「ま、待ってくれ!」
アーガイルがカロンを睨んでいる。また話を中断させたからだろう。
「アーガイル、すまない。しかし確認しないといけない。それが本当なら、君は……」
カロンが慌てふためいている。何故だろう?
「約二百年前に突然消息を絶った、王家の一員だという事になる。そんな馬鹿な……」
今度はアーガイルが驚いていた。勿論、僕も驚いたけど。
「私も詳しくは分からないが、それが本当ならシロンは二百から三百歳の間という事になる。到底信じられない」
「でも、僕の脳裏にはっきりとある名前はそれなんだ。それに、僕が記憶を失ってから一度も竜人族の国へは行った事がないし、それはアーガイルがよく知っている筈」
「あ、ああ……」
「僕が竜族だったときの記憶は、少ないから、他に何も証明出来ないし、信じてもらえないかもしれないから話せなかった」
「た、確かに信じられない話だ。しかしアーガイルという証人がいる以上、全くの嘘と切り捨てる訳にもいかない……」
「この前、宿を壊したのは、その竜の意識なんだ。でも、この腕輪に封印されていて、それ以上の力が出せなかった」
「腕輪か」
アーガイルが僕の腕輪を見ている。この腕輪が、何かおぞましい物に思えて仕方がない。
「もう一つ確証はないんだけど……」
「何だ?」
アーガイルがのぞき込んでくる。でも、そのアーガイルに関する事だから、どう言えばいいのか僕はためらってしまった。
「話してくれ。何かのヒントになるかもしれない」
カロンの言うとおり、ヒントになるのかどうかも分からないけど、言い出した以上黙っている訳にもいかない。
「アーガイルのお父さんとお母さんをさらったのは、僕かもしれない」
突然アーガイルが立ち上がった。無理もないと思う。
「お前、自分で何言っているのか分かっているのか!」
「たぶん」
「落ち着け、アーガイル。気持ちは分かるが、とにかく話を聞こう」
「僕は時々夢を見るんだけど、その時にウェアウルフ族の二人を抱えて空を飛んでいるんだ。その先がどうなったのかは分からない。だから僕が本当にそうしたのかは分からないけど、でも夢にしては現実感があり過ぎて忘れられないんだ」
「親父たちを殺したのか?」
アーガイルが呟くように言う。僕は必死に首を振った。
「僕はただ連れ去る所を夢に見るだけで、その後どうなったのかは本当に分からないんだ。でも、その時は生きていたと思う」
アーガイルが再び座った。しかし手が震えているのが分かる。僕は殴られるかと思った。
「そうか……殺しちゃいなけりゃいいんだ。本当にお前なのか、今は分からないしな」
アーガイルの目にうっすらと涙が見える。
「ごめん。だから言い辛かったんだ」
「そういう事だったのか。しかし確認する方法がないな。夢に見るだけでは偶然という事もあり得る。シロン、話を続けてくれるか?」
僕はカロンを見た。今度はカロンにとって辛い話かもしれない……
「今度は竜人族としての僕だけど、確かにカロンの知っているシロン・ナハは僕だ」
「それは前に聞いた」
「僕は本国から掃討作戦を命じられた。それはカロンも知っていると思う」
「ああ」
「僕はあの作戦に疑問を持っていた。何度も上層部に確認したみたいだ。でも作戦は実行された」
「その通りだ」
「裏切り者はアチカで、影で糸を引いているのはガルッフという人だ。さっきのガルッフという人と同一人物かどうかは、僕には分からない。でも、作戦を影で操っていたのはガルッフで、その見張り役がアチカだと思う」
「じゃあ、あの作戦は、最初から仕組まれていたのか!?」
「たぶん……」
「じゃあ、死んだ仲間たちは、ガルッフとアチカのために死んだというのか!」
カロンの声が、怒りに震えているのが分かった。その気持ちが分かるだけに辛い。
「もっと僕が注意していれば良かったのかもしれない。たぶん最初から罠で、僕らはそれにはめられていたんだ」
僕にはそれ以上言えなかった。
カロンが僕をじっと見ている。思わず目を背けたけど、その先にはアーガイルの目線があった。僕に何か言いたげだったけど、僕は何も言う事なんか出来ない。それが悔しくてたまらない。
結局僕は、殆ど食事を摂る事が出来なかった。
三
「シロン、アーガイル。提案なんだが」
「何?」
カロンの思い詰めた表情に、僕は何を考えているのか戸惑う。あれから夜まで、殆ど何も話していない。それだけに何を言われるのか怖かった。
「シロンは、少しだが魔法が使えるようになったと言っていたな?」
「うん……元々使えたらしいんだけど、それを少しだけ思い出したと言った方がいいかもしれない」
カロンが、何かを決心したような目で見てきた。
「ガルッフとアチカを暗殺したい。協力してくれないか?」
突然の提案に、僕もアーガイルも驚いてしまう。しかも暗殺となればそう簡単な事じゃないと思う。
「簡単じゃないのは分かっている。しかし、このままでは私の気が済まない。それにガルッフがシロンの封印をしたのであれば、ガルッフが封印を解く何かを知っている筈だ」
「だから何だ?」
「シロンが本当にアーガイルの家族を誘拐したのかどうかも分かる筈だ。勿論危険は承知している」
僕は息をのんだ。アーガイルは何かを考えている。こういう時どうすればよいのだろう。僕の中にいる別の僕たちは、こんな時どうするのだろう?
その時いきなり腕輪が光った。驚きのあまり腰を抜かしてしまう。
「お、現れたか」
アーガイルが僕を見ている。一体どの僕が現れたんだろう。僕の意識が引っ張られるようで、代わりに他の意識が出てくるようだ。
『暫く借りるぞ』
そう言ってきたのはドラゴンの僕だ。何だか奇妙な感じがする。
『同じ自分自身なのだ。他人事のように考えるのを少しは止めたらどうだ?』
そう言われて、考えている事が筒抜けな事を思い出した。
『まあいい。しばらくそのままでいろ』
とは言われても、僕の意識では体も口も動かせない。
「久しぶりだな。アーガイルとカロンだったな」
とても低い声で、同じ口から出ているとは到底思えなかった。
「カロン、貴様の提案に協力してもいいが、条件がある」
「条件?」
「必ず封印を解く方法を聞き出せ。それが条件だ」
「その場合、我々の知っているシロンはどうなる? もう二度と会う事はないのか?」
僕も同じ事を心配した。それが怖くて仕方ない。
「それは分からない。しかし、この者の記憶は私にも記憶されている。君らの事を忘れる訳ではない」
「そう言われてもなぁ。俺が知っているシロンがドラゴンになったら、どうすればいいんだ? 大体、ギルドにも戻れないだろうが」
そうだ。アーガイルの言うとおり、ギルドに戻る事はたぶん出来なくなると思う。
「貴様らが心配しているように、私だって不安なのだ。封印を解けた所で、元の私に戻れるかも分からない」
みんな黙ってしまった。分からない事で悩んでも、どうしようもないじゃないか。
『そうは言うが、貴様の意識が消えるかもしれないのだぞ? それでも黙っているのか?』
意識が消えると言われても、何がどう消えるのか分からないので、答えようがないと思う。
『お前が死ぬ事と同義かもしれないと言っているのだ』
死……そう言われて、何か言わないとと思ったけど、今さら何と言えば……。
『お前だけじゃない。竜人族としてのお前も消えるかもしれない』
それこそ訳が分からないと思う。ドラゴンとしての記憶も、竜人族としての記憶も殆ど無いのに、消えると言われて実感出来る訳がない。
『まあ、確かにそうだな。とにかくだ、私は封印を解いてもらいたい。言いたい事はそれだけだ』
僕は何か納得出来ないまでも、何も思いつかなかった。
『待ってくれ』
今度は竜人族の僕の声がした。今の話を聞いていたのだろうか?
『勿論だ。私も君たち同様、一心同体。だから確認したい』
『何だ?』
『もし、どの体に戻ったとしても、我々の意識を見捨てないで欲しい。せっかく知り合えた、しかも生きた仲間だ。これ以上仲間を失いたくない』
それは、僕も同じ意見だ。
『結果は出ているようだが?』
僕も竜族としての僕も、そして竜人族としての僕も同じ意見のようだ。
『我々に出来る事をしよう。今はそれだけだ』
そう、出来る事をすればいい。
「答えは出たか?」
「私は出ている。問題はアーガイルだろう」
アーガイルはまだ悩んでいるようだ。何か声をかけたいけど、今の僕は話しかける事さえ出来ない。
『言いたい事があれば、私が代わりに伝えるぞ?』
自分自身に何だか命令されているようで嫌だけど、かといって何を言えばよいのか……。
「分かった。協力する。しかしこっちも条件がある」
「何だ?」
「お前が俺の両親を奪ったのであれば、その消息は知っているのか?」
「確かに、私が貴様の両親を奪った筈だ。封印が解けた際は出来る限り協力する」
「それが聞ければ十分だ。やるだけやってやろうじゃないか」
アーガイルがもう一度僕を見ている。何か他に考えていそうな目で怖い。
『確かにな。しかし今は協力が必要だ』
確かにそうだけど……。
『それと、あの槍を絶対に忘れるな。あれは由緒ある魔法の槍。白竜嵐款槍だ』
ハッキランカソウ?
『天候さえ操る大切な槍だ。必ず役に立つだろう』
天候さえ操る……どれほどの力なのだろうと考えてみたけど、まるで実感がわかない。
『その時が来れば分かる』
そう言われて、突然意識が引き戻された。
「うぅ……」
「シロン、大丈夫か!?」
アーガイルが慌てて抱きかかえてくれたけど、大丈夫だと思う。ちょっと頭が痛いけど。
「だ、大丈夫。それよりも本当にいいの?」
「俺は、一度言ったら約束は守る主義だ」
アーガイルの目は真剣だ。
「それじゃあ問題はガルッフという人と、アチカという人がどこにいるかだね」
「ああ。しかし案外簡単に聞き出せると思う」
カロンは何か方法があるような顔をした。
「こちらから奴らの仲間に近づけばいいだけだ。後は聞き出し方の問題だろう」
そんなに簡単にいくのかと思ってしまう。
「その辺は任せて欲しい。言い出したのは私だしな」
カロンは自信たっぷりに僕を見ていた。