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第十一章


 二ヶ月後、僕らはコルカタの町のそばにある森の中に潜んでいた。


 コルカタは森に囲まれた町で、周囲からは比較的孤立した町だ。


 だからなのか、この町が竜人族に占領された事が分かったのは、それから暫くたってからの事だった。


 さらに悪い事に戦略的に重要という訳でもないこの町は、周辺からその後も干渉が無く、未だに竜人族の占領下にある。当然、町の中で何が行われているかなど外部に漏れる事は殆ど無かった。


 だからこそ、ガルッフとアチカに目を付けられたのだろう。


 しかし、それでも外から町を見ると異様な光景は目についた。


「住民が見あたらないな……」


 クルウェルさんの言うとおり、町に人影が見えない。いくら町の外から見ているとは言え、全く見えないのは異常とも言える。


「兵士までいない。一体中で何が起きているんだ?」


「アーガイルは、鼻で何か分からない?」


「これだけ離れていりゃ無理だ。イラ、上空から偵察出来るか?」


「出来るが、かなり上空を飛んだ方が良さそうだ。下手に低空を飛んで狙われたら不味い」


「僕が行く訳にもいかないしね」


 僕も二週間の訓練で、かなり上手に飛ぶ事が出来るようになった。でも飛べるのは竜族の時だけ。それではあまりに目立ってしまう。


 一応、竜人族の姿の時でも、翼を出す事は出来るんだけど、訓練していないためか、まだ飛べた事はない。


「イラと何人かで、空から偵察してくれ。危険は犯すなよ。状況が分かればそれでいい」


 クルウェルさんの指示に従って、イラたちが空に上がる。多少危険はあるけど、こうも状況が分からなければ仕方がない。


「それにしても静か過ぎる。何か嫌な予感がするね」


 レンさんの言うとおりだと思う。これでは手の出しようがない。


「夜になって、もう少し近づいてみよう。イラたちも、その頃には何かつかんでいる筈だ」


 クルウェルさんの指示に従い、僕らは森の中で夜を待つ事にした。




「有翼族らしき影が偵察しています。アチカ様、どうなさいますか?」


 牛頭人身のミノス族の男が、アチカに報告していた。


「放っておけ。奴らは夜動き出す。その時にでも何匹か捕らえろ。情報を聞き出したら実験台にしてやる」


「仰せのままに」


 アチカのそばから、ミノス族の男が去ってゆく。アチカの周囲には、赤い半透明の卵のような物に入れられた人々が眠っていた。


「これが完成すれば、一夜にして一万の軍勢となる。そうすれば、後は他の町で同じ事をするだけだ」


「アチカよ、まだ時間がかかるぞ?」


 低い声でアチカに言う者がいた。巨大な虫の格好をしたそれは、この世の物とは思えない。その姿はクアラルンプールにいた虫とそっくりだった。ただ、サイズはこちらの方が遙かに大きい。


「ふん。私の軍勢三千を、お前の生け贄にしたのだ。出来ないとは言わせない」


「あれには感謝している。もう少し数が多ければさらに良いものが出来るのだがな」


「だから何匹か用いるのだ。お前の腹の足しにもなろう」


「そうだな……そうさせてもらおう」


「それまで少なければ、何人か取り込んでしまえ。少々なら目をつぶろう」


「ふふ、ではそうさせてもらうぞ……」


 すぐに、アチカの近くにあった卵数個に変化が現れる。だんだん卵がしぼみ、脈打つ臓器の中に中の人が取り込まれていくのが見て取れた。


「全く、大食いが」


 そう言うアチカの顔は笑っていた。



「そうか、町に人影はなかったか。罠か?」


「クルウェルさんの言うとおりだとしても、僕らは町を捜索しないとなりません。困りましたね」


「隊長、どうなさいます?」


 全員がレンさんを見た。


「ここでじっとしている訳にもいかないからね。罠と分かってても偵察隊を出すよ。二人一組で二十組。危険を感じたらすぐに逃げな」


 レンさんの指示で、動きが素早い人などを中心に偵察隊が組まれた。


 何か嫌な予感がしたけど、今はとにかく情報が欲しい。今のままじゃ何も出来ない。




「クルウェル、そっちはどうだ?」


「いや、異常はないようだ。まあ人がいない点が異常とも言えるが」


 一緒に来たのはウェアウルフ族のウェストイーゼ。


 偵察隊の大半が、犬族かウェアウルフ族になったのは、ある意味理にかなっているが、損な役回りだと思う。空に逃げられない分、襲われたら不利だ。


 しかし空からの偵察がうまくいかなかった以上、地上を偵察するしかない。


 身軽な方がいいのと住民に紛れ込むために普通の服を着てきたが、肝心の住民が全く見あたらない。


 今さらながら、これなら簡単な防具でも着ければ良かったと思う。


「そろそろ町の中心部の筈だ。誰かいないか、気をつけろよ?」


 町に入って十分程。まだ誰の姿も見ていない。それだけに警戒を怠る訳にはいかない。


「副長こそ、俺の足手纏いにならないで下さいね」


 慎重に建物の影から周囲をうかがう。建物の影で、しかも明かりがない。月明かりも殆ど無くまさに漆黒の世界だ。


「嫌な空気だ……」


 思わず呟いてしまう。物音一つしない事が、これ程怖いとは思いもしなかった。


「クルウェル!」


 ウェストイーゼが突然叫んだのを聞いて、思わず振り返る。そこには身長二メートルはあろうか、黒尽くめの男がいた。


「誰だ!」


 しかし返答はない。それどころか、足音一つ立てず近づかれた事を不思議に思う。それに、黒尽くめに見えたのは黒い服を着ていたのではなく、黒っぽい毛で全身を覆われていた所為だと分かった。


 ウェストイーゼが剣を抜くのを見て、私も剣を抜こうとした瞬間だった。三メートル程離れていた所にいた筈の男が、突然目の前にいる。


「危ない!」


 ウェストイーゼの声が聞こえたと思った瞬間、腹に強烈な一撃が来た。あまりの強烈さに気が遠くなってゆく……。




 気がつくと、私とウェストイーゼは裸にされ、縄で縛られていた。


 他にも数人仲間がいる。よく見ると自分も裸だった。ウェストイーゼは気を失ったままのようだ。


「気がついたようだね。どうだい、私の兵士の強さは?」


 声がした方を振り向く。紺のローブのような物を着た、鱗の青い竜人がそこにいた。


 その隣には、先ほど我々を襲ったと思われる、真っ黒な毛の男たちがいる。


 しかし種族が分からない。ウェアウルフ族にも似ているが、体つきはウェアタイガー族の物だし、背中にはコウモリのような翼さえある。何より服さえ着ていないその姿が恐怖心を煽る。


「ああ、これが我々が開発した兵士だ。実に頼もしい者たちだよ。逆らう事も無いし、力も強い。防具で身を固めなくても強靱な肉体。寒さにも暑さにも強く、空さえ飛ぶ事が出来る。まさに生きた兵器だ。まだ実験段階だが、完成すればさらに強くなる」


 何かおぞましい物を見た気がする。その目は生きた生物とは思えない。まさに物と呼んだ方がいいと思った。


「先に捕まえた連中から、詳細は聞かせてもらったよ。クルウェル君、君も含めてなんて馬鹿な連中だ。我々に対抗しようなど愚かだ。大体、町に入って二十分もせずに全員捕らえられるなんて、愚かにも程がある」


「貴様、何物だ!」


「私か? 私がタク・アチカだよ。探していたんだろう?」


 冷酷な目に思わず身震いしてしまう。何を考えているのか分からない目だ。それだけに恐ろしい。


「君らには私の実験台になってもらう。安心したまえ、すぐに楽になれる」


「ど、どういう事だ」


 いきなり一人の獣人に担がれ、奥の部屋に連れて行かれる。そういえば手足の自由が効かない。暴れようにも手足が全く動かない。


「ああ、君たちに暴れてもらっては困るからね。薬を打っておいた。だから抵抗しようなど考えない事だ。他の者たちは、五月蝿いので眠ってもらっている」


 どんどん奥に進むと、広い部屋に出た。


 そこにはどこかで見た事のあるような物がある。そこには、シロンたちを助けたときにいた巨大な虫が奥にいた。しかも、こちらにいる方が一回り大きいようにすら思える。黒光りする体がとても気味が悪い。


「な、何をする気だ!」


「言ったろ、実験台にすると。それを見たまえ」


 その先にはいくつもの赤い半透明の卵のような物が並んでいた。正確には卵に近い容器のような物かもしれない。


 いくつかの物には、私を担いでいる獣人とよく似たものが入っている。臓器が脈打っており、気色悪い以外の何物でもない。


「君も、あれの仲間入りをしてもらおうと思ってね。ここの住民は実に協力的だったよ。そこの彼を含めてね。彼はその試作品の一つだ」


 今私を担いでいるのが、ここの住民だったと分かり、私は恐怖した。



「遅いね、遅過ぎるよ!」


 レンさんが懐中時計を見ていた。明らかに焦りの色が見える。


 あれから三時間以上経過したけど、誰も戻ってこない。それどころか、物音一つしなかった。


「時間がかかり過ぎだ。何かあったんだ」


 アーガイルの言うとおりかもしれないけど、でもどうすれば良いのだろう。


「仕方ない。こうなったら強襲をかけるしかないね。これだけ待って戻ってこなかったら、捕まったと考えざるを得ないよ。奇襲は失敗だ。シロン、ドラゴンに変身出来るかい?」


「はい、でも……」


「シロンは、出来るだけ見つかりやすく暴れるんだ。そうすればシロンに目がいくだろう? その間に私たちが突入する。あまりやりたくは無かったけど、この際仕方ないよ。槍は忘れず持っていくんだよ!」


 僕は仕方なく頷いた。確かに目立つ事が出来て、そんな事が出来るのは僕だけだろう。


「いいかい、シロンが暴れている間に突入するよ。準備はいいね!」


 みんなが頷いている。確かにもう後に引けない。


 僕は一人離れた所に移動して腕輪に触った。瞬時に体が竜族に変わる。持っていた槍も、長さが三倍以上に長くなった。


「シロン、任せたよ!」


 レンさんが駆け寄ってきてくれた。僕は頷くと、大きく翼を広げ羽ばたくと、大空に出た。


 すぐそこに町が見える。暗闇に包まれた町はどこか恐ろしげに見える。僕は町の中心部に向かって飛び始めた。




「白いドラゴンが出ました。どうなさいますか?」


「白だと?」


 白い竜族はかなり珍しい。


 ガルッフ様に聞いた事がある竜族の事は知っているが、それにしても大分以前から姿を見ないと聞く。一体何者だ?


「確認しろ。それから町の警戒を怠るな。恐らくそいつは囮だ。町に進入してくる者を全員捕らえろ!」


 町を焼き払うつもりが無い限り、下手な事は出来ないだろう。ならば様子を見ていればいい。私に対抗しようなど全く愚かだ。まとめて実験材料にしてくれる。


 アチカの顔に、再び笑みが戻った。




 僕は、とりあえず町の中心部に向かった。


 昼間の偵察で聞いたとおり人影はない。竜族になっている時が一番夜目は利くけど、だからって何でも見える訳じゃない。だから注意して行かないと僕だって危ないかもしれない。


 一応槍は持ってきたけど、下手に使えば関係のない住民を巻き込んでしまうかもしれない。


 竜族の姿で魔法を試したら、十メートル四方が消し飛んでしまったから、さらに槍を持って魔法なんか唱えたら、どうなるか分からない。


 とりあえず、中心部にほど近い広場に着地する事にした。それにしても、町に明かりが見あたらない。勿論人影も。微かな月明かりでは、物陰に隠れられたら分からないかもしれない。


「着地はしたけど……様子が変だな。誰もいない筈がないのに。でも誰かの気配はする」


 僕は周囲を見渡す。その時、物陰で何かが動いた気がした。


「誰!」


 瞬間、僕の周囲に見た事もない人たちが集まっている。


 最初は偵察にでた人のかと思った。でも違うようだ。ウェアウルフ族に似ているようだけど少し違う。大体みんな裸で何も着ていない。異様な光景だった。


 僕は悪い予感がして、一気に上昇した。すると、彼らも翼を持っていた。僕は大きく羽ばたいてさらに上空へ行くと、雲の中に飛び込んだ。




「こいつら一体何なんだよ!」


 俺たちの周囲には、正体不明の一団がいる。俺に似たウェアウルフ族だが、どこか違う。それに背中には翼があった。それに防具どころか服さえ着ていない。なのにやたら強い。


「こいつら、斬ってもまた起き上がってきやがる! アーガイル、気をつけろよ」


 イルフェンも苦戦していた。確かに斬って血を流しているのに、また起き上がってきやがる。力も強くて、油断していたらこっちがやられそうだ。


「シロンが誰かに追われている!」


 イラの声に上を向くと、シロンが何人もに追われていた。遠くてはっきりとは分からないが、俺たちと戦っている奴らと同じように見える。


「とにかく、俺たちは俺たちのやる事をやるんだ!」


 とは言ってみたものの、こんな奴ら相手にどう戦うかなんて聞いてない。予定外もいいところだ。




 雲の中までは、彼らは追ってこなかった。


 僕は槍を片手に、垂直に急降下する。雲を抜けると、彼らが待ち構えていた。


 すぐさま魔法をイメージすると、周囲に電撃が飛び散る。僕の周囲にいた連中が落ちていくのが分かった。


「魔法は有効みたいだけど……彼らは一体何なんだ?」


 僕はそのまま急降下して、再び広場に着地した。今度は、彼らはあまり寄ってこない。


 僕はそれを見て、再び魔法をイメージする。周囲一帯に雷鳴が轟き、建物ごと彼らを吹き飛ばした。


「や、やり過ぎたかな……」


 再び周囲を見渡す。遠くで誰かが戦っているようだ。でも僕の力で下手に加わったら、味方を巻き込んでしまう。


 そんな中で、一つだけ明かりがついている建物を見つけた。僕はすぐさまその建物に飛翔して、上空から観察する。かなり大きな建物のようだ。集会所か何かだろうか?


 ゆっくり降下すると、何人か人影が見えた。しかし先に偵察に出た人たちではないように見える。


 着地すると、思った通り先ほどいた獣人と同じだった。ただ、彼らは僕に何もしてこない。


「扉から入れるけど、どうすれば……」


 周囲を見渡しても、仲間は誰もいなかった。


「入るしかないか」


 僕はそっと扉を開ける。扉は音もなく静かに開いた。中は、大きなホールのようになっており、奥には地下へと続く通路が見える。だけど竜族の僕の体では入れそうもない。


「人族の裸も嫌だけど、竜人族の体でも嫌だな」


 よく見ると、通路の近くに、見た事のある服が何着もあった。どれも乱暴に脱ぎ捨ててある。


「これって……」


 一つを手にとってよく見ると、クルウェルさんの物だった。


「捕まってるんだ。でも一人で助ける事なんか自信がないし、かといって手遅れになったらもっと不味いし……」


 とりあえず、クルウェルさんの体格とほぼ同じ、竜人族の体で奥に進む事に決めた。他に方法がないからクルウェルさんの服も借りていく事にする。ちゃんとした防具じゃないのが辛いけど、裸よりはいいと思う。


 クルウェルさんに内心謝りながらも、服を拝借すると、通路を奥へと進んだ。かなり奥まで続いているようで気味が悪いけど、今さら後戻りする訳にもいかない。


 一応槍を構えながら暗い通路をゆっくりと前に進む。誰も人はいないけど、警戒を怠る訳にはいかない。


 しばらくすると、前に明るい部屋が見えた。息を殺しながらゆっくりと壁伝いに進むと、そこには異様な光景が広がっていた。


 部屋中に赤い半透明の卵のような物があり、何かの巨大な臓器のような物で繋がっている。卵の中にはそれぞれ人が入っているようだ。中には人の形をしていない物もある。見ていて吐き気がする光景だ。


 卵の中で微かに脈打っている臓器さえも見える。血のような物が中に送られているのが分かった。中の人はみんなそれに繋がれている。


 それを目で追ってゆくと、その先に前に見た虫とよく似たものがいた。ただし、こっちの方が明らかに巨大だ。


「珍客のお出ましか」


 その声にハッとする。僕は槍を構え直して、声の方を向いた。そこには青い竜人と、ウェアウルフ族に似た獣人が何人もいる。


「これを取り戻しにきたのだろう?」


 竜人はそう言うと、一つの卵の横に立つ。中には、見た事がある人がいるような気がした。


「もう少し近くで見たらどうだ。それとも怖いのか?」


 僕は周囲を警戒しながら、少しだけ前に進む。よく見ると、中にいるのはクルウェルさんそっくりだった。他の卵と同じように臓器に繋がれ、体の中に何かを送られている。意識は無いように見えた。


「まさか!」


「そのまさかだよ。君の仲間には、私の実験台になってもらっている。それよりどうだね。彼らを見たまえ。素晴らしい出来だろう?」


 獣人の事を言っているのだろうか?


「彼らは皆、ここの町の人間だった。今では私の忠実な部下だ。それに強靱で強い。こんなに素晴らしい兵士は他にはいないよ」


「お前は誰だ!」


「まだ気がつかないか。私がタク・アチカだ」


 僕は、あらためてアチカを見る。魔道師のような服に身を包んで、武器は持っていないけど、獣人たちに守られているから安心は出来ない。それに、もしかしたら、アチカ自身魔法を使えるのかもしれない。


「さて、君は仲間を助けるために、町の住人を殺せるかな?」


 アチカに呼応するかのように、獣人たちが僕を取り囲んだ。


「な、何をしたんだ!」


「人体改造だよ。あの虫が可能にしてくれる。いずれ君も、君の仲間も、これの仲間入りをするのだ」


「勝手な事を……」


「殺されなかっただけ感謝してもらいたいな。あの虫のために、私は三千の兵を与えたのだからな」


「ふ、ふざけるな!」


 再度周囲を見渡す。


 下手に魔法を使えば、クルウェルさんまで巻き込んでしまう。かといって、一人で十人以上相手にするのは辛い。でも武器を捨てるなんて真似も出来ない。


 八方塞がりもいいところだ。


「あまりゆっくりしていると、仲間も助けられないぞ?」


 アチカの不敵な笑いを見ると余計に気が焦ってしまう。


「僕は、仲間を見殺しには出来ない。悪いけど、この人たちに負ける訳にはいかないんだ!」


 僕は一度ジャンプし、真下に魔法を放った。狭い範囲だけど電撃が獣人たちを遅う。


「何! 魔法が使えるのか!?」


 そのまま着地した瞬間に、槍を正面の一体に突き刺した。獣人が呻きながら倒れる。胸元から大量の血が出ていた。


「何をしている! そんな奴、さっさと倒してしまえ!」


 アチカの命令と同時に、獣人たちが迫ってきた。


 僕はとっさに周囲に魔法を思い浮かべる。瞬間強い電撃が獣人たちを襲った。しかしまだ倒れない。そんなに弱い魔法じゃない筈なのに、信じられなかった。


 僕は、薙ぎ払うように槍を振った。また一人獣人が倒れたけど、それでもまだ一人で相手をするには数が多過ぎる。もう一度ジャンプすると、今度はさっきよりも強い魔法をイメージした。瞬間、煉瓦の床が黒く変色し、獣人たちが倒れる。


「小癪な。貴様、何物だ!」


 アチカはそう言うと、クルウェルさんの入った卵のような物を盾にしてきた。


「卑怯だぞ、僕の名はシロンだ!」


「勝てればそれで良い。お前のような奴に負ける訳にはいかない」


 そう言うと、アチカはクルウェルさんの卵を破る。


「ちょっと待て……シロンだと!? そんな馬鹿な!シロン・ナハか!」


「クルウェルさん!」


 でも、クルウェルさんは反応しなかった。それどころか、立ち上がってアチカの前に立つ。


「ふふ。未完成だが、仲間を殺せるかな? どのみち、貴様があのナハだとしても、もう遅い!」


「何だと!」


「殺れ!」


 アチカの言葉と同時に、クルウェルさんが向かってきた。


 僕はとっさに後ろに引いたけど、今までのクルウェルさんとは思えないスピードで迫ってくる。気がつくと、クルウェルさんに胸倉をつかまれていた。


「そいつは、もはやお前の知っている仲間ではないのだよ。もう既に私の手下の一人に過ぎないのだ。そのままなぶり殺してしまえ。実験台は他で用が足りる」


 瞬間、重いパンチが腹にきた。思わず気が遠くなりそうになる。


「どこまで耐えられるかな?」


「くぅっ」


 口から血が出る。どこか切ったみたいだ。


「そのまま腕をへし折ってやれ」


 クルウェルさんが、いきなり後ろに回り込んだ。


 羽交い締めにされて身動きが取れない。なんとか脱出してみようとしてみるものの、凄まじい力でまるで歯が立たない。普通の人が出せる力とはとても思えなかった。


「ク、クルウェルさん!」


 必死に呼びかけてみたけど、クルウェルさんはさらに強く閉めてきただけだった。肩の関節がミシミシ音がするのが分かる。


「ギャァ!」


 思わず、強烈な痛みに悲鳴を上げてしまった。左の肩の関節が折れたのが自分でも分かった。でも、クルウェルさんは僕を締め上げるのをまだ止めない。


「貴様、本当にあのシロンなのか? 私があの時殺した筈だ!」


 その言葉に、以前の記憶がよみがえる。僕を刺した青い竜人。あれがアチカだったのか……。


「シロ……ン、殺し……て……くれ」


 微かだが、クルウェルさんが僕の耳元で言ったのが聞こえた。


「殺して……くれ」


「まだ微かに意識はあるのか。少し早過ぎたかな? しかし、体は言う事を聞くかな?」


 その間も、強く絞められるのが分かる。と思った瞬間、急に体が軽くなった。


「何だと!」


「早く、殺してくれ……俺の意識のあるうちに!」


 クルウェルさんを見ると、涙目で懇願していた。


「早く!」


 僕は槍を拾い上げると、目をつぶってクルウェルさんに槍を突き刺す。


 クルウェルさんの悲鳴が聞こえた。目を開けると、腹を槍が貫通している。


「ちぃ」


 アチカがそれを見て、奥に逃げるのが分かる。


「お前に……殺られるなら悔いは……ない。この……まま殺して……くれ」


「でも!」


「いいんだ。もう後戻り出来ない……」


「クルウェルさん!」


「シロンに……会えて……良かった。先に逝か……せてくれ……」


 僕は、涙を流しながら魔法を思い浮かべる。瞬間、クルウェルさんは、黒く炭化していた。


「ごめんなさい、クルウェルさん。もう少し早く来ていれば……」


 僕はアチカの逃げた方を向く。


 アチカは虫のすぐそばにまで行っていた。僕は槍を思いっきり投げると、槍はまるで意志を持っているかのように、アチカにまっすぐ飛んでゆく。


「ぐぁっ」


 アチカの悲鳴が聞こえた。槍で水平に壁に突き刺さっている。僕はすぐにかけだして、アチカのそばに行った。


 槍はアチカの肩から胸にかけて貫通しており、槍伝いに血が流れ始めている。


「何故こんな事を!」


「な、何故だと……?」


「味方を犠牲にし、住民を巻き込み、僕らの仲間まで奪った!」


「全ては、新しい世界のためだ……新しい、世界の……」


「新しい世界?」


 アチカが大きく血を吐く。もう長くはないだろう。


「この世界は……元々、人族の物だった。我々竜人族も、他の種族も、後から生まれた種族だ……」


「ど、どういう事だ!」


「記録に……よれば、千年程……前に空が落ち、一度は……この世界は滅んだ」


 アチカは苦しそうに話を続ける。


「しか……し人族は生……きながら得た。そこで、道……具として使う……ために我々……が生み出され……た。私は道具と……して生き……るつもりなど……無い」


「空が落ちた? 道具? 何を言っているんだ!」


「全て……は、封印し……た書物の中に……書かれていた。ガル……ッフ様はそ……れを発見し、我々……の新しい世界……を、生み出そう……とした……」


「勝手な!」


「真……実は、曲げ……られない……私も見た……のだ……だか……らこそ……」


「だから、味方を巻き込んでも、住民を巻き込んでも、僕たちの仲間を巻き込んでもいいと言うのか!」


「そう……だ」


「巫山戯るな!」


「お前……が……あの……シロ……ン・ナ……ハなら、知って……い……る筈」


 聞いた事もない事に、僕は何も答えようがなかった。


「何も知……らないとは……愚かな事よ……世界に散ら……ばる遺跡は、空……が落ちたときに……失われた町……あれは全て……人族の作った……物だ」


 あの遺跡を人族が作った? とてもじゃないけど信じられない。


「そこに……いる……虫……も、人族……が、作った……ものだ」


 僕は、すぐ近くにいた巨大な虫を見る。虫は、黙ってこちらを見ているだけだった。


「そんな馬鹿な!」


「お前は……何をしに……きたのだ? 私を……倒した……かった……だけか?」


 アチカの声がだんだん弱まってきていた。もうあまり長くないと思う。


「ぼ、僕は自分にかけられた呪いを解くために、あなたとガルッフを捜していた!」


「の……ろ……い?」


「この腕輪の事は知らないのか!」


 僕はアチカに腕輪を見せた。それを見て、アチカは一瞬笑いを浮かべた気がした。


「そうか……、やは……り、ナハ……なのか。生きてい……た……のか」


「どうやったら、呪いを解ける!」


「わ……たし……には……無理だ」


 アチカがまた大きく血を吐いた。床が血だらけになっている。


「その……封……印……は……ガ……」


「続きを言え!」


 しかしアチカの反応がない。


「アチカ!」


 何度か揺さぶってみたけど、反応はない。次第に体が冷たくなるのが分かった。


 僕は壁に刺さった槍を抜き、アチカを床に下ろす。壁にも床にも大量の血がある。


「こんな所まで来て!」


「所詮、アチカではこの程度だろうな」


 突然、背後から声がした。


 振り向くともう一人青い竜人がいる。黒い軍服に身を包んだ竜人は、腰に長剣を差し手には白い手袋をしていた。


「誰だ!」


「私がパウエ・ガルッフだ」


「お前が……」


「シロン・ナハと言ったな。お前は知らないだろうが、私の祖先がお前を封印した。未だに封印は解けていないようだな?」


 ガルッフは、不敵な笑いを浮かべる。


「それに、腕輪もそのままのようだ。ならば……」


 ガルッフが突然左手を前に出す。すると、体が締め付けられるような思いがした。


「な、何をした!」


 全身が締め付けられるようで息苦しい。体は何処も異常が無い筈なのに、強く締め付けられる気がして、訳が分からない。


「腕輪の効果だよ。苦しいか? ならばもっと苦しめてやろう」


 突然、今度は息苦しくなる。まるで肺を締め付けられているようだ。


「うぅぅ……!」


「そのままじわじわと死ぬがいい。貴様のような奴がいると、邪魔なのだよ」


 だんだん気が遠くなってくる……視界が狭くなってきた。


『体を借りるぞ!』


 突然竜族の僕の心が呼びかける。僕の意識は奥に引き込まれていくのが分かる。


「ガルッフ……その程度で私を倒すつもりか?」


 低い竜族の僕の声が出る。それを聞いて、ガルッフが驚きを隠せずにいる。


「貴様直接でなくても、貴様の祖先には借りがある。その祖先がいない今、その借りはお前に返す」


 ガルッフが後ずさりした。明らかに恐怖で顔が引きつっている。


『すまないな、服を破く』


 その瞬間、腕輪が強く光り僕の体が竜族へと戻ってゆく。それを見ていたガルッフの顔は、明らかに恐怖していた。


「ば、馬鹿な! 封印されている筈だ!」


「封印が何時までも続くと思っていたのか? それにあの封印は完全ではなかった。借りはしっかりと返させてもらう!」


 持っていた槍が突然変化する。槍が白く発光したと思うと、それまで二メートル五十センチ程度の槍が、十メートルを超える巨大な槍に変化した。

 ガルッフはそれを見て、後ずさる。


「私は、お前に苦しみを与えるつもりはない!」


 竜族の僕が言うと、突然槍先が激しく光り出した。


 それを見てガルッフが逃げ出す。でも、その動きはまるでスローモーションのようにさえ見えた。


 そこへ体が動き、槍先を向けた瞬間、雷鳴が轟き無数の光がガルッフの全身を突き刺していた。


「グフゥ」


 低い声を出してガルッフの全身から血が噴き出す。僕の顔は笑っていた。


『言っただろう。この槍は天候さえ操ると。使い方次第であらゆる魔法が可能になる。それを自分のために使うか、他人のために使うかは、お前次第だ』


 光の筋が消えると、ガルッフがその場に崩れた。床にはおびただしい量の血が飛散していた。


「ば、馬鹿な……この、私が……」


 その言葉を最後に、ガルッフは動かなくなった。


「終わったな。しかし、封印を解く方法を聞くのを忘れてしまった」


 もう、元には戻れないのか……アーガイルやカロンはどんな顔をするだろう。


「さあな。私には分からない」


『まあ、元々はあなたの体だ』


 竜人族の僕の言うとおりだ。


 その瞬間、腕輪に亀裂が入る。


 腕輪は一瞬で砕け散り、封印が解けた事が僕にも分かった。


 封印は解けたんだ……でもやっぱり体は竜族のもの。でも、封印が解けた筈なのに、僕の意識はまだある……


『私の意識もな』


 竜人族の僕の声が呼応する。


「何故だかは分からない。可能性としてあるのは、封印が長過ぎたのかもしれない。そのため、我々の心は三つに分離してしまったのだろう」


 でも、体は竜族だ。僕が経験してきた人族じゃない。あらためて、目で見えている範囲で、僕の体が竜族である事を確認する。


「ふむ……そうでもないかもしれないぞ」


 突然僕の体が槍を垂直に立てた。瞬間、竜人族の体に変化する。そして槍が三メートル程に縮んだ。


「私の体に!」


『封印が長過ぎたのだ。しかし、体も心も失った訳ではない。我々は三つの体、三つの心を共有する事が出来る訳だ』


「なるほど……しかし、これは少し恥ずかしいな。裸というのは……」


『槍に服を念じてみろ』


 すると体が一瞬光り、先程着ていたクルウェルさんの服とそっくりな服を体に着ていた。何だか奇妙な感じだ。


「便利だな」


 そう思う。これなら早く教えて欲しかった。


『魔法とはこう使う物だ。危害を加えるだけが魔法ではない。自己を守り、味方を守る。それらも出来て、本当の魔法が使える』


 なら、教えてくれれば良かったのに……。


「ああ、その通りだ」


『そうしたかったが、時間が足りなかった。それよりも……』


 僕らは後ろを振り向く。そこにはあの虫がいる。


「これは、一体何だ?」


 槍を構え、虫に向ける。今、僕らの意志はみな同じ事を考えていた。


「ガルッフとアチカは死んだのか?」


 突然喋りだした事に驚いた。まさか言葉が通じるとは思ってもいなかった。


「案ずるな。お前を殺すつもりも襲うつもりもない。お前が新しい私の主人だ」


「何を言っている。お前は一体何なんだ!」


「私か? 私は人に作られた物。太古に人が人を超えるために作られた存在だ」


「意味が分かるように説明してもらおう」


 再び槍を向ける。その先は、虫の喉元に向けられている。


「そう焦るな。質問には答えてやろう」


「一体何のためにこんな事を……」


 僕らは周囲を見渡す。


 見渡す限り半透明の卵のような物に入れられた人々がいる。見ているだけで気持ちが悪くなる光景だ。それに脈打つ臓器。クアラルンプールの光景そのままだ。違うのは、中で人が生きている事だろう。


「お前は、私の仲間に一度取り込まれた事があるな」


「何故それを?」


「私には分かる。そのため体が変わったのだろう?」


 素直に頷いた。そして槍に念じると、人族の体に戻った。今度は最初から服も着ている。槍はまた縮んで、二メートル五十センチ程に短くなった。


「君を取り込もうとしたのは、未完成の我々の仲間だったのだろう。助かって良かったな」


「それよりも、これは一体……」


「私や私の仲間は、単独で動く事が出来ない。そのために生物を養分とする」


 僕はもう一度周囲を見渡した。この中の人たちが全部、この虫の養分にされるかと思うと吐き気がする。僕は再度槍を虫に向けた。


「勘違いするな。この卵に入っている者たちは、私の養分ではない。彼らは新しく生まれ変わる」


「生まれ変わる?」


「私を作った者は、私を介して生物を作り替えるようにした。彼らは今まさに作り替えられている最中だ」


 作り替えるだなんて、そんな……前に会ったアーガイルの両親やその子どもたちよりも酷い。大体、何の権利があってそんな事を……。


「では何故、僕らを襲わせた! それに作り替えるだなんて勝手過ぎる!」


『落ち着け、怒りに任せて殺してはもっと悪い』


 竜族の僕の声が聞こえた。僕は一呼吸してもう一度虫を睨む。虫はそれを待っているかのようだった。


「ガルッフとアチカが、私に借りを作ってくれたからな。自らの兵士を私の養分にしてくれた。おかげで死にそうだった私は生き返る事が出来、奴の思うがままの生物を作っているだけだ」


 足元で死んでいるガルッフとアチカを見た。そんな事のために自分の部下を殺すなんて……。


『そんな……自らの部下をこれの生け贄としたのか……』


 竜人族の僕が、怒りに震えているのが分かった。その思いは僕も同じだ。


「奴は最強の兵士を望んだ。だから私は、私の思う最も強い兵士を作った。君が倒したのがその兵士の試作品だ」


「試作品だなんて、そんな……」


「しかし、君はその兵士よりも強いようだ。あれだけの数を、一人で倒されるとは私も思ってもいなかった。君こそあの二人が望んだ最強の兵士かもしれないな」


「じゃ、じゃあ、僕は本当に住民を……」


 遠くで黒こげになっている獣人とクルウェルさんを見た。体が震える思いがする。


「仕方のない事だ。彼らはガルッフとアチカの支配下にあった。君の責任ではない」


 まさか虫にそんな事を言われるなんて、思いもしなかった。


「じゃあ、他の住民たちは! 彼らはどうなる!」


「君が決めろ。私は常に命令に従うだけだ。私は常に命じられる立場にある」


「従うだけって、そんな……」


 卵の中にいる人たちを見る。彼らの運命が僕に握られているなんて思うと怖い。それに、大半は獣人のような姿になっている。誰もこんな事を望んでなんかいない筈だ。


「彼らを元に戻して!」


「残念だがそれは無理だ。一度こうなってしまったら簡単には元には戻らない。すでに彼らは記憶も失っている。先ほど取り込んだ何人かは、まだ見た目、体は無事かも知れないが、記憶は失いつつあるだろう」


 僕は慌てて仲間の元に走った。


 同じアタランテで、犬族のサージュさんがそこにはいた。体に管は刺さっているけど、間違いなく生きていると思う。サージュさんに何かを送り出している臓器がそれを物語っている。


 僕は、目の前の卵から無理矢理だそうとしたけど、卵が柔らかくて手ではうまく切る事が出来ない。


 槍で卵を切り裂こうとした瞬間だった。


「止めるんだ。死んでしまうぞ」


 その声に僕の手が止まる。どうしたら……。


「もう時間が経ち過ぎてしまった。先ほど無理矢理出した者は、奇跡だったのだ。普通なら、出した瞬間に死んでいる。それとも彼を殺したいのか?」


 僕は何をしたらよいのか分からず、再び虫の元に戻った。一体どうすれば良いのだろう。


「このまま放っておけば、彼らはいずれ新しく生まれ変わる。そうでなければ、私の養分にするだけだ」


「そ、そんな……」


「助けたいのか?」


 僕は頷くしかなかった。


「なら君が決めろ。助けたければ、君がこの者たちの主人になる以外にない。私は命じられるがままに行動するだけでしかない。彼らに記憶がない以上、君が主人となる以外にない」


 何千人もの人たちが僕一人で運命を決められてしまう……僕は怖くて仕方なかった。


「せめて、せめて元の体に戻す事は?」


「ある程度は戻せるが、そのためには多少犠牲が伴う。この者たちを新しく作り替えるには、今ある養分では足りない」


「シロン、無事か!」


 アーガイルの声が後ろからした。僕が振り返ると、アーガイルやカロン、レンさんたちと共に、さっき僕を襲った獣人の姿もある。


「急にこいつらが戦闘を止めたんだ。それでついてきたらここに来た。一体これは何なんだ!」


 僕は今聞いた事、あった事を説明した。みんな卵とその中身を見て後ずさりしている。


 何人かは、仲間の入った卵をじっと見つめていた。僕だって本当は逃げ出したい。


 レンさんは、クルウェルさんの亡骸の所に跪いていた。泣いているように見える。


「レンさん、ごめんなさい……」


「シロンが悪いんじゃない。クルウェルは、自分を失う前に死ぬ事が出来て幸せだった筈だ。悪の根源はアチカとガルッフだ」


 僕は何も言えなかった。


「ここの者たちを助ける方法は、本当に他に本当に方法がないのか? 私の部下たちも中にいる。私は助け出したい。貴様を殺してもだ!」


 レンさんが虫を見上げながら睨み付けていた。


「君の部下なら、まだ体が変異する前だから、体だけはなんとかなる。しかし記憶はもう手遅れだろう。私を責めたいのは分かるが、私にはもうどうしようも出来ない。惨いと思うなら私を殺せ。しかし、そうすればここにいる者全てが死ぬだろう。今はこの者たちは、私と一心同体だ」


 この巨大な虫が、全ての住民と仲間たちの命を握っている。そして、どうするかは僕らに求められている。下手な事をすれば、全員が死んでしまう。


「い、意識は新しく植え付けられないの?」


 僕は必死の思いで聞いた。何も考えられないような状態で、ただ生きているなんて惨過ぎる。


「不可能ではないが、栄養が足りない。君らが私に栄養を補給してくれれば別だが、そうでなければこの中から適当に養分にするしかない。それとも、君らが誰か私の栄養になってくれるのか?」


 虫が笑っているように見えた。いくら何でも、僕らが犠牲になる訳にはいかない。でも、栄養が足りないのであれば……。


「じゃ、じゃあ、君が養分を取る事さえ出来れば、彼らは新しく生まれ変わる事が!」


「不可能ではないが、手間も時間もかかるぞ。それでもいいのか? 体を作り替えるとなると、さらに時間もかかるぞ?」


 僕はレンさんを見た。レンさんは黙って頷く。アーガイルもカロンも頷いていた。

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