第十章
一
「アーガイル、カロン、ちょっといいかな?」
宿舎で三人になった時を確認してから、僕は二人に向き合った。
「ん、どうした?」
訓練が一段落し、休憩しているところなので、アーガイルはちょっと疲れている顔だ。
「アーガイルだけでも良かったんだけど……二人だけじゃ怖くて、カロンにも一緒に来てもらいたいんだ」
「私に出来る事であれば、喜んで協力するが」
あらためてアーガイルを見る。本当は言いたくない気もするんだけど、言わないのはやっぱり約束を破る事になる。それはそれで嫌だった。
「アーガイルのご両親の事で……」
その途端アーガイルが僕を睨み付ける。正直怖かった。
「腕輪の効力が弱まった所為もあるんだと思うんだけど、アーガイルのご両親を連れ去ったのは間違いなく僕だって確信したんだ」
「シロン……」
カロンさんが何か言いたげだったけど、僕は話を続けるしかない。
「何処に連れ去ったかも知ってる。勿論、今そこにいるかは分からないけど」
「シロン、何が言いたい?」
アーガイルの視線が痛い。言いたい事は分かっているつもりだけど、僕が言い出した事だから、途中で止めるなんて事は出来ない。
「今ならその場所に行ける。後はアーガイル次第。僕は約束は守りたい」
アーガイルがじっと僕を見ている。何を考えているんだろう……。
「お前の手で殺してはいないんだな?」
「うん、それだけは誓って言える」
「じゃあ、行くぞ。俺はこれ以上待つつもりはない」
僕らはレンさんに用件を伝えて、アーガイルの両親を連れ去った場所に向かう事にした。
二
アーガイルとカロンを背中に乗せて、僕は大空に飛び立った。勿論竜族になってからだ。
着替えはカロンさんに持ってもらい、アーガイルが首の根本に跨るように乗っている。その後ろにカロンが掴まっていた。
「寒くはない?」
今は雲の上を飛んでいる。かなり高い所なので寒い筈だけど、僕は寒さを感じなかった。むしろ、風を切る感覚が気持ちよい。
「大丈夫だ。それよりも、どの位で着く?」
とは言いつつ、カロンは少し寒そうに震えているのが分かる。アーガイルのためを思って、我慢しているのだろう。
「あと一時間位かな? もうすぐ雲の下に降りるから、そしたら地上が見える筈だよ」
飛び立ってから、アーガイルは何も言ってくれない。
何を考えているのか不安になる。やっぱり僕を恨んでいるのだろうか。恨まれても仕方がないとは思っていても、やっぱり不安になる。
「掴まって、降りるから!」
僕は雲の下へ下降を始めた。
三
岩山に囲まれた台地の上に着くと、僕はそこを一度旋回した。
「ここが、アーガイルのご両親を放した場所。この後どうなったかは、僕も知らない」
アーガイルは、しきりに下を見ている。何を感じているのだろう?
アーガイルから、ご両親を奪ってから三十年近く経っている。もちろん当時の痕跡なんか無い。
「シロン、あれは村じゃないのか?」
カロンが、岩山の先に小さく見えた影を指して言った。確かに村のような物があるかもしれない。
「シロン、行ってくれ」
始めてアーガイルが口を開いてくれた。でも、どこかその口調は重い。
僕は、最後にもう一度旋回してから、その影の方に向かう。次第に近づくにつれ、それが小さな村である事が分かった。
「シロン、適当な場所に降りろ」
アーガイルの指示通り、僕は空き地を見つけると、そこへ降りた。
村から僕たちの姿は見えただろうかと思う。
急に竜族が現れたりしたら、きっと大混乱してしまう。ちょっと離れた所に着地したとはいえ、僕らを見て怖がっていないかと思ってしまう。
カロンから着替えを受け取ると、急いで木陰で着替えた。全く一々面倒だ。仕方ない事とはいえ、どうにかならないかと思ってしまう。
「お待たせ!」
結局普段着は、竜人族の時のと兼用だ。
人族で着るとちょっと大きいけど、文句を言っても仕方がない。最初はアーガイルも笑っていたけど、今ではそれもなくなった。
「じゃあ、行くぞ」
アーガイルが先頭に立って行く。少し早かったけど、僕らも急いで後について行く。
村の入り口まで、結局アーガイルは一言も発しなかった。僕らもアーガイルの後を追うだけで精一杯で、結局一言も話さなかったけど。
上空から見た時に分かったけど、それ程大きな村ではないようだし、まさに農村といった感じの村だ。
一応村に続く道はあるけど、整備されていない所をみると、それ程訪れる人はいないのだろう。所々で見かける人はウェアウルフ族ばかり。他の種族は全く見かけない。
アーガイルはそれが気になるのか、しきりに気にしているみたいだったけど、何が気になるのかは話してくれなかった。
村の入り口には、村の名前すらない。しかも、見る人みんなウェアウルフ族だけ。正直異様な光景に思えた。人族ばかりならまだ分かるけど、ウェアウルフ族だけの村なんて聞いた事がない。
「村の名前も無しか……」
カロンがぽつりと言う。
「まあ、無くても不便がないのかもしれない。で、アーガイル、これからどうするの?」
そう聞いたけど、アーガイルは前を向いたまま返事をしなかった。不思議に思ってアーガイルの前に立つと、アーガイルが目に涙を浮かべている。
「ア、アーガイル?」
暫くの沈黙。一体さっきから何を考えているのか、さっぱり分からない。
「ねえ、アーガイル?」
「親父……母さん……」
「え!?」
僕とカロンは、一体何の事かと耳を疑ってしまった。
「親父と母さんがここにいる!」
「アーガイル、落ち着け! 三十年前の話だろ。いくら何でも……」
カロンの言うとおりだと思う。
突然アーガイルが歩き出し、僕らはそれについて行くしかなかった。
アーガイルはどんどん奥の方へ進む。その先には一軒の大きな家があった。
「おい、アーガイル。ちょっと待て!」
カロンがアーガイルの腕をつかみ、無理矢理引き留める。
「本当にお前の両親がいたとしても、突然現れたりしたら驚くだろうが。それに、間違いなくここにいるのか?」
アーガイルを見ると、目から涙が溢れていた。
「間違いない……間違いないんだ!」
その時、家のドアが開く。中から一人のウェアウルフ族の男性が出てきた。
「お待ちしていました」
僕とカロンは何の事かと思いながら躊躇していると、アーガイルが一人中に入る。
「さあ、あなた方も中へ」
招き入れられた家は、簡素だったけどとても住み心地の良さそうな家だ。
「お呼びしますので、こちらでお待ち下さい」
僕らは、アーガイルを無理矢理引き留め、その場の椅子に腰掛けさせた。
「アーガイル、お願いだから落ち着いて。どうしたの!」
それでも、アーガイルは無理に椅子から立ち上がろうとする。僕とカロンで必死に押さえるのがやっとだ。
「言っただろうが! 親父たちが中にいるんだ!」
僕は、案内してくれた先程のウェアウルフ族の男性の方を見た。すると、そこには若いウェアウルフ族の男女が立っていた。
「親父、母さん!」
僕は目を疑った。三十年も前の事なら、もうかなりの高齢の筈だ。下手をすれば亡くなっていてもおかしくない。
「レルフ……」
男のウェアウルフ族が、はっきりそう言ったのを聞く。アーガイルは、僕らを振り切って、二人の元に飛びついた。
四
「さっき白い竜が見えたと聞いてね。きっと訪ねてくると思ったよ」
ウリュウ・アーガイルと名乗った、ウェアウルフ族の男性は、アーガイルを抱きしめたまま答えてくれた。その隣にいるのはユリ・アーガイル。アーガイルの母親らしい。
「でも、あなた方を見ると、それ程高齢には見えません」
明らかにおかしいと思う。かといって、本人が間違えるとも思い難い。
「それには、色々理由があります」
「理由とは?」
カロンも、不思議そうな目で見ている。僕と同じ事を考えているようだ。
「話すよりも、見ていただいた方が早いでしょう」
そう言って二人が振り返ると、異様な物が目についた。二人の背中に何か管のような物が刺さっている。アーガイルはそれに気がついていないようだ。
「あれは……」
カロンが言おうとしたものは、僕にもすぐに分かった。前に、クアラルンプールで見た触手とそっくりなのだ。
「アーガイル、離れろ!」
「大丈夫。あなた方に危害を与えるつもりはありません」
そう言われても、前回の事を考えると油断は出来ない。僕らは自然に武器を構えていた。
「まあ、見てもらった方が分かりやすい。ご心配なら武器をそのままお持ち下さい」
ウリュウさんとユリさんは、そう言いながら奥に消えていく。
アーガイルは二人から離れようともしなかった。アーガイルを一人にする訳にもいかず僕らも後を追う。勿論武器を構えながらだ。
扉をぬけると、先は地下への階段に繋がっていた。三人の後を追いながら周囲を確認する。所々にランプがあり、特に変わった様子はなかった。勿論二人の触手を除いてだけど。
一番下まで行くと、かなり広い空間に出た。岩肌が剥き出しで多少暗かったけど、明かりはあるので見えない訳じゃない。
その先で、三人は僕らを待っているかのように止まっていた。アーガイルは父親に抱かれるようで見えていないのかもしれないけれど、その先にあったものに僕らは恐怖した。
それはクアラルンプールで見た『虫』だった。サイズこそ少しだけ小さいけど、見間違いようがない。そして、二人の触手はその虫と繋がっていた。
「これを見た事があるのですね」
ユリさんが、その虫の頭を撫でながら言う。その光景はとても奇妙だ。虫は動く事はせず、ただ動かずにいる。
「大丈夫。あなた方を襲う事はありませんよ。彼と私たちは一心同体ですから」
どういう事だろう? 言っている意味が分からない。
「私たちは彼に生かされています。その代わりに、彼の意志を実行するのです」
付け加えるように、ウリュウさんが言った。
「もっと分かりやすく言ってくれ。さっぱり意味が分からん」
「言うなれば、私たちが彼の脳であり、手足なのです。私たちは、彼からの指示で栄養を貰う事によって、こうして生きていられます。だから、彼が自ら動く事はありません。そして、彼が死なない限り、私たちも死ぬ事はありません」
ウリュウさんはそう言って、アーガイルを放す。すると、アーガイルまでも虫に近づいた。
「アーガイル、止めろ!」
「大丈夫だ。俺にはこの村に入った時から分かっていた。二人とも、もっと近づいて見てみるといい。彼は、このままでは動く事も出来ないんだ」
「じゃあ、何で二人は繋がって……」
僕は構えていた槍を下ろす。少なくとも今すぐ危険でない事だけは、分かった気がした。
「何故こうなったのか、話さなければならないな」
ウリュウさんは、アーガイルの頭を撫でながら、話を始めた。
「我々が白い竜に襲われた後、青い竜人たちに掴まりました。名前は確かガルッフとアチカだったと思います」
その言葉に僕らは驚愕した。こんな所でも、あの二人の名前が出てくるとは思ってもいなかった。
「彼らは、我々をこの場所に連れてきて、実験をすると言っていました。最強の兵士を作るのだと」
「最強の兵士だと?」
「我々ウェアウルフ族は、他の種族と比べ比較的力も強く、色々な能力に長けています。ですから、私たちを実験材料としようとしたのです。実際には、他の種族もいました。理由は先程と同じです」
「でも、今はあなた方しかいませんよね?」
「はい。結果だけ言えば、彼らの実験は失敗でした。我々の他に、牛頭族や竜人族、オーク族など十数種の種族がいました。我々のように実験台にされた人々は、この虫に繋がれ、私の妻がその特徴を受け継ぐ子どもを産むように仕向けたのです」
「そんな、酷い……」
「この虫は、我々の特徴を吸収して、新しい種族を生み出すための道具だと言っていた。でも、そんな子どもは産まれなかった」
「そんな? では子どもは産まれたのか?」
「はい。妻は子どもを宿しました。しかし生まれたのはウェアウルフ族の子どもでしかなかったのです」
聞いていて、吐き気がしてきた。あまりに惨過ぎるし、酷いと思う。
「彼らはそれを見て、実験は失敗だと言っていました。そして、我々を残してここを去りました。後には、実験台にされている私たちと、私たちの子どもだけが残されました」
「ちょっと待ってくれ。じゃあ、他に実験台にされた者と、あなた方の子どもたちはどうなったんだ?」
「実験台にされた他の方々は、その後亡くなりました。彼に拒絶されたのです」
そう言っては、ウリュウさんは虫の頭を撫でる。
「彼らは養分として、彼に取り込まれました」
「ちょっと待って下さい。何であなた方だけ残ったんですか? それに、何でそうだって言えるんです?」
「それは……私たちが彼に繋がれてから、彼の意志が見えるようになったからです」
ユリさんも一緒に虫の頭を撫でている。異様な光景でしかない。
「彼は、最初から我々二人以外を拒絶していたのです。だから子どもは私たちの子どもしか産まれなかったのです。でも、私たちはその事を隠しました。それが彼の意志であり、私たちの意志でもありました。私たちは彼と密約しました。彼の意志を実行する代わりに、彼が私たちを永遠に生かすように」
「で、では、あなた方の子どもたちは、その後どうなったのだ? それに、永遠だなんてあり得る筈がない」
「確かに、永遠ではないかもしれない。しかし、彼が死なない限り、私たちも死なない。彼の寿命は我々よりも遙かに長い。我々は彼の手足となる代わりに、彼と同じ寿命を得た」
ウリュウさんが確信するように言う。
「じゃ、じゃあ、子どもたちはどうなったの?」
「シロンたちも、もう会ったぞ」
突然アーガイルが振り返り、僕らを見る。
「え、どういう事?」
「彼もその一人だよ」
そう言って、アーガイルは僕らの後ろを指す。振り返ると家に招き入れてくれた人がいた。
「ま、まさか……」
僕もカロンと同じ事を思う。だから、何と言ったらよいのか分からない。
「この村の住人は、全て俺の弟や妹、そしてそのまた子供たちだ。そりゃ、俺も最初は疑った。だが、この村に入った時に確信した」
アーガイルは泣いていた。
「そ、そんな……」
僕は、それ以上何も言えなかった。村の住人全てが、アーガイルの兄弟だなんて信じられない。そんなの無理がある。
「信じられないのは無理もないでしょう。でも、私たちは三十年かけてここまで来ました。この村は、全て私たちの一族です」
僕の信じ難い思いを打ち砕くかのように、ユリさんが言う。
「そして、君があの竜だね。今はその姿だけど、我々には分かる」
「ウリュウさん、何故分かるんですか?」
「その腕輪だよ。あの竜も同じ腕輪をしていた。確かに最初は君の事を恨んだ。しかし、それはもう過去の事だ。今は私たちは幸せに暮らしている。君らが私たちをそっとしておいてくれるなら、それ以上何も求めない」
「で、でも、あなた方はその虫から……」
「逃れる? 我々はそんな事は考えていないよ。言ったろ、我々は一心同体だと。私とユリ、そして彼は今や一つだ」
ウリュウさんは、ユリさんを一度見てから続けた。
「確かに不便はある。繋がれているため、少なくともこの村からでる事は出来ないからな。でも、我々は息子たちに支えられて生きている。息子たちもそれぞれの幸せをつかんでいる。村を離れる者もいれば、残る者もいる。彼らがそれぞれの幸せを掴んでくれればそれでいい」
五
あの後、僕らはウリュウさんたちに別れを告げ村を去った。
最後に、もう一度だけ僕の本当の姿を見たいと言われたので、僕は彼らの前で竜族になった。それを見ていた彼らの目には、何か懐かしい物を見るような目があった。
「アーガイル、あれで良かったのか?」
「俺は親父と母さんが幸せならそれでいい。それにシロン、お前には謝らないといけないな……」
アーガイルは、僕の首筋を撫でながら泣いているようだった。
「俺に帰る場所を見つけてくれた。全てが終わったら、俺はあの村に戻るつもりだ」
「アーガイル……」
「シロン、何も言うな。俺は今最高に幸せなんだ」
そう言うと、アーガイルは僕の首筋に抱きつきながら泣いていた。
僕らは、レンさんが待つハノイへと急ぎ戻る事にした。




