誰かから聞いた話
ホラーではありません。ただ聞いた話に、少しだけ嘘を混ぜただけです。
同僚から聞いた話です。
(そう言って、女は一拍間を置いて話し出す。)
(地味な顔をした、どこにでもいそうな、けれど年齢があまりつかめない女だ。)
私は不動産関係の会社の事務員です。賃貸物件は別の部門で、その部署とは事務所が違うので会うことは少ないのですが、時折話をする機会もあります。
(女は少し考える風に空を睨む。)
ありきたりですが、うちで扱う物件にも、いわくつきの部屋はあります。これはその部屋のひとつにまつわる話です。
そのマンションは、街中にありました。
比較的築浅で、設備も整っているし、交通の便もいいのにどういうわけだかあまり長く居つく人が現れなくて、皆、少し不思議に感じてました。
とりわけ、半年を持たず解約を申し込まれる部屋があって、うすうす勘のいい人はなにかあるんだろうと思ってはいたみたいです。
決定的になったのは、話を聞かせてくれた同僚が、内見の時にお客様と一緒にその部屋に行った時でした。
そのお客様が、所謂『見える』ひとだったそうで …… 。
駐車場についたときから、お客様は強張った顔になったそうです。ひっきりなしに辺りを見回したり。
同僚は、うすうす感づいていた方でしたから、「この人はわかるかもしれない」と諦めていたのですが、そのお客様の条件に恐ろしいくらいそのマンションは当て嵌まっていて、だからふたりとも、少しぎくしゃくしてはいたけれど、その部屋まで向かったそうです。
思えば、空の色も変でした。古い映画を見てるみたいな。明るいような、暗いような…… なんとなく嘘っぽい、ぼんやりとした色でした。
暦の上ではまだ夏でしたが、その日はなんだか肌寒くて、冷房がいらないくらいだったことを覚えています。
そのお客様は気さくな人だったし、同僚も営業ですから、普段なら会話は弾むんですけど、その日はだめでした。
エレベーターがその部屋の階に到着するのが、やけに長く感じたそうです。
なんでもない、1LDKのマンションの一室です。
角部屋で南東向きの、いいお部屋だったんですよ。本当に。
いつも、人がいつかないからそんなに汚れもありません。退去時の清掃だってきちんとします。けれど、同僚がその部屋の扉を開けたとき、なんだか鉄のようなにおいがしたそうです。誰もいないはずなのに、誰かがさっきまでいたような気配も。
ごめんなさい、その後のことは詳しくは知らないんです。
知っているのは、同僚もお客様もすぐに事務所へ戻ってきたこと。それからしばらくして、あのマンションの管理をやめたこと。マンションは結局取り壊され、今は更地になっていることだけです。
本当にごめんなさい。これしか知らなくて。
もともとその土地のいわれ、ですか?
墓場の跡ではないそうですが……この町は幕末の動乱の渦中にありましたし、なにかしらあるのかもしれませんね。