異世界の放浪者と〜番外編〜
「…おーい。」
「……」
5歳くらいの少女の目の前で手を振ってみても反応がない。
まるで、心が死んでしまっているように動かないんだ。
「はあ……」
溜め息をつきながら窓の方…街の方を見る。
人の姿をした精霊と精神体だけでいる精霊で満ちた街。
もともと、この世界、神精霊界には人間とアタシら神々がいた。
でも、一部の神々による反人間派のメンバーにより、人間は人間界にいればいい、という事になり人間はこの世界からいなくなったのだ。
でも、…何故かこの黒髪の少女だけいた。
かすかに感じ取った魔力からはユウサリが何かやったのがわかったけど…
まあ、本人に聞いた方が早いか。
*
「という訳で洗いざらい話してもらおーか?」
「唐突すぎて、よくわかりませんよ?リット」
ファイニアではない異世界に在住している神、ユウサリに弓矢を向ける。
彼は笑顔だが、心の方は苛つきと戸惑いがあるのがわかった。
「いやー。素直に教えてくれればいいんだよー。」
「何をですか?」
念の力で作った弓矢を消し、アタシの後ろにずっといた例の少女を指差す。
「この子」
ユウサリは首をかしげたがすぐに思い出したみたいで、しかも何故か笑顔になった。
「無事だったんですね…!"香音"…!」
「"カノン"…?それって…確か、アンタの転生前"久遠"だった時、一緒にいた女の子でしょ?しかも、エルフ達の精霊に"クオン"を庇って死んだっていってたじゃん。」
そのあと、"クオン"というハーフエルフの青年もすぐに殺されてしまったらしいけど…あえて言わなかった。
…まあ、ユウサリの転生前のトラウマ的なヤツだしね。
「あとこの子、ここに来る前はどっかの世界の英雄…扱いされたフツーの女の子だったじゃん。」
「わかってますよ…。さっきのは、つい……」嬉しさのあまり、ついうっかり的なやつかとすぐに納得した。
「でも、漸く彼女を助ける事ができて…よかったです。」
そう言いながら、少女の頭を撫でるユウサリ。相変わらず、少女の反応はほとんどない。
「…あんまりよくないけどね。」
「え?」
「アンタはさー…ファイニアにいないからわかんないのだろーけど、…ファイニアから人間はいなくなったんだよ。」
「え!?」
「反人間派の連中には色々説得したけどね…どうしろってんのよ…。」
そこまで言うと、ユウサリは明らかに落ち込んでいた。←
「……申し訳ありません…。また…、こんな事にしてしまって……」
しかも、そんな事を言いながらその子の頭を撫でているし…。
「よくわかんないんだけど。」
「……話していませんでしたよね。」
そう言うと、少女を抱き上げながらアタシの方を見る。さっきのどんよりオーラはなく、寧ろ真剣な表情だった。
「それと…彼もいますよね。」
「……あーあ。バレてたのかよ」
もう一人の声が聞こえて、白の服と黒いローブを纏った、黒と銀の髪をポニーテールにした少年が現れた。
「だから言ったじゃんかー。隠れても無駄なんじゃないかって…まったく、セクトのアホたれ!」
「うるせぇよ。…んで、何なんだよ?ユウサリ」
黒と銀の髪の少年…セクトが訊くと、頷いてから話始めた。
「私がなんの神か…ご存じですよね」
「そりゃそーでしょ?ねぇ?」
「ああ。輪廻を統べる神…そうだろ?」
「はい。それで、私の役目は歪んだ輪廻を正すこと。そう滅多に見つかりませんが…この子は……」
そう言って目を伏せる。…なんとなく察しはついた。
「……いくつかの歪んだ輪廻を見てきましたが、この子の場合は一番酷く歪んでいて…正すに正しきれなくて…。だから、異例の処置をしたんです。」
それが、あえて輪廻の軌道から外し、ファイニアの人間や精霊に転生させてしまうこと…なんだそうだ。
「ってことは…この子、半分人間で半分精霊みたいなモンなの?」
「そうなります。」
「成る程な…。神であるお前でも、その処置ははじめてだから、さっき"無事でよかった"って言ったのか。」
「ええ。下手したら輪廻ごと消えていたかもしてませんから。」
輪廻を消す。すなわちその存在を丸ごと抹消してしまうことだ。…そりゃ、無事でよかったって言うわな。うん。←
「そうだったんだねー。いや〜…こんな幼いのに大変だったんだね…キミは。」
思わず思ったことをストレートに言いながら、少女の頭を撫でた。やっぱり、反応はない。
「そういえば…そいつの名前は?」
アタシと少女を交互に見ながらセクトがそう訊いてきた。
「いやー…それが何度訊いてもわかんないって言うんだよ…」
「それは困りましたね…」
三人で悩んでいると、少女は窓の外をじっと眺めていた。
「んー?どうしたの?」
「……雨。」
「あ。ホントだ」
確かに、窓ガラスには雨粒がついていて、耳を澄ませば雨音も聞こえてきた。
「今、ここの世界って秋なんだよねー。この時期の雨は結構寒いよなー…」
「そういうひとしきり降る雨って…なんていうんだっけ?」
セクトがユウサリを見ながら言うと、彼は微笑みながら答えた。
「時雨ですよ。時雨るとかも言ったりするらしいです。」その言葉に今まで無反応だった少女がユウサリを見た。
「?」
「…………」
「何だ?いきなり…」
…微かにだけど。この子の心の中に喜びに似た何かが生まれたような気がした。
ひょっとして…
「"時雨"?」
「……しぐ…れ…」
少女はその言葉を何度か呟いた。これは…
「キミの名前は?」
「……時雨…」
小さな声だけどハッキリ答えた。
「そっか…。改めてよろしく!時雨!」
「…うん」
「あ、あと名字ってわかる?」
そう訊くと、うーん…と考え出す。そんな様子を男二人は驚いた表情で見ていた。
そりゃ、アタシだって同じ。今まで無反応だったのに急に反応したのだから。
「…霜月……時雨…」
「シモツキ…あ。ユウサリと同じ名字が先に来るタイプだねー」
「そうなの…?」
アタシがそう言うと少女…時雨は首を傾げ、ユウサリを見た。
「ええ。私は轍ユウサリといいます」
「…わだ…ち…?ユウ…サ…リ…?」
「はい」
「…髪、長い…。女の人…?」
「なっ…!?わ、私は男です!確かに髪は長いですけど…!」
いきなり女の人呼ばわりされたのをアタシとセクトは思わず吹き出して笑ってしまった。
「ははは…。こいつ、礼儀正しいから男なのに"私"っつーからな。あ、オレはセクト。セクト=ハルセノントだ。言っとくけどオレも髪長いが男だぞ。」
「あはは!長髪男子は苦労するねぇ!二回目かもしれないけどアタシはリット=キーナリス!よろしくね!」
「うん。よろしく」
そしてようやく、時雨が少し笑った。
これが、時雨との出会いの話
FIN
この後色々あって、時雨は神になり…
ある人物を失い、悲しんだ末にユウサリが病んで狂い
それを止めるために"異世界の放浪者"となったのはまた別の話
…え?その事について書くのかって…?
…気が向いたら…書くかも←