もれなく、ライバル付いてきます! (2)
女子の決勝戦が行われる前に、男子の個人戦が始まった。
いったん観覧席に戻ってきた美都季は仲間たちに囲まれて盛大に励まされている。美都季が決勝まで残ることは初めてではないが、あまり成績のふるわない他の部員にとっては彼女は希望の星なのだ。
『わたしだって、わたしだって……』
まったくみにくい話だが、かつて勇者ヴォールターナーだった頃には誰よりも強く、戦士たちの目標とされる人物だったはず……という自尊心がどうも拭えない。力が無いならまだしも、今の世界ではこの有り余る力がかえって仇になってしまうなんて、腑に落ちない。
エリシュカの活躍を喜んでやるのが本当の愛情なのに、嫉妬しているとはなんと浅ましい!
「葉月、本当は葉月のほうが上手なのにね。今度はその力をコントロールする練習にちゃんと付き合うからね」
そんなことばかり考えていたから、おそらく無意識に妬ましげな顔で美都季を睨んでいたのだろう。美都季が気を遣いながら話しかけてきた。
『ばか、ばか! 美都季に気を遣わせちゃうなんて!』
自分の醜い心に余計落ち込んでしまい、もう穴が入ったら入りたいくらいだ。
「こっちこそ、ごめん。自分のことばっかりで。次は大事な一戦だから、がんばってよ」
そういう顔がひくひくとしているのが自分でも分かる。
そのひくひくが、びくっと大きく震えたのは、突然観覧席から大きな歓声が上がったからだ。何事かと私たちは同時に射場を振り返った。
わたしたちがこそこそとやっている間に、男子はいよいよ決勝へと勝ち進む選手が決まるところだった。
中でもダントツに巧いのは一番後ろに立つ選手だ。彼の放つ矢が気持ちいいほど見事に的心に刺さるので、その度に歓声が上がるのだ。決勝戦侵出を決める戦いなので、その歓声はどんどん高まっていった。
―― 翠泉寺高校 神部 ――
という名前が胴着の袖に刺繍されている。
「神部 鷹介だ。すごいんだよね、あの人」
「美都季、知ってるの?」
「有名だよ。この辺りの高校生の中では一番巧いんじゃない? 毎年全国大会行ってるし。優勝したこともあるはずだよ」
「加賀谷修人のときといい、男子に興味ないって言いながら、美都季はやけに男子情報に詳しいよね」
「あのねえ、葉月が鈍なだけだよ。同じ弓道やってる人間ならたいてい聞いたことある名前なんだよ」
確かに観覧席にいる人たちは、みんな神部なる選手の動きに真剣に見入っている。東塔女子の部員たちさえも皆熱い視線を送っていて、彼が一本を決めるたびに黄色い歓声を上げる。
うう、どうやら前世の記憶との混乱のお蔭で、現世の情報に酷く疎くなってしまったようだ。
周囲が固唾を呑んで見守るなか、神部の四本目の矢は、すぱんっと軽快な音を立てて見事に的心を射抜いた。
観覧席は大歓声。スタンディングオベーションまで起こる始末。
注目の的となっている男子は何事も無かったかのように的のほうを睨んだまま、すっと弓を下ろした。
目力を感じる切れ長の鋭い目つき。弓道だけでは勿体無いくらいの立派な体つき。あまり思い出したくはないが、あの加賀谷修人がさわやか系なら、こちらは汗や埃が似合いそうなガテン系だ。ヴォールターナー目線だと、同種の匂いを感じる。
ふと美都季のほうを見ると、これまで見たことも無いようなうっとりとした表情で神部の姿を見つめていた。
これは、まさか……。
さあっと生温かい嫌な風が右から左へと吹き抜けていったように感じた。