もれなく、ライバル付いてきます! (1)
ボスッ
鈍い音が響いて、矢はそこにいるすべての人の視界から消えた。
気を取り直して二本目を番える。
ボッ
さっきよりも短い音を残してきれいさっぱり姿を消す矢。嫌な予感が過ぎるが、動揺を見せてはいけない。あくまで平静を保って三本目、四本目を放ち終え、苛立ちを見せないように悠々と構えを解き、しずしずと射場を退出……。
「みつきぃ~」
廊下で順番を待っていた美都季の姿を見つけたとたん、一気に悔しさが込み上げてきて彼女に泣き付いた。
「はいはい、また矢が安土に喰われたんですか」
いつものことなので、美都季はだいたい予想していたのだろう。
「せめて筈※の先くらいは残っていてくれれば良かったのに。全部きれいに潜っちゃったよぉ……ぐす。そのうえ、審査員は誰も私の矢が的に刺さったところを見ていなかったんだよぉ。皆中※だったのにぃ。本当は私、百発百中なんだからぁ。予選くらい軽く突破して、優勝だってメじゃないのにぃ……ぐすん、ぐすん」
「だから耕作さんに普通の弓作ってもらいなって。なんで鉄板入りの特注弓なんて作ってもらったの?」
「だって、普通の弓じゃ引くときに折れちゃうんだもん」
「それじゃ、どうにもならないでしょ。あんたの怪力をまずなんとかしなくちゃ」
「今更、そこですか? ひど~い」
私と美都季の会話を遮るように声がかかる。
「30番から40番の人、控えに入ってください」
「はいはい、私も出番なの。悔しかったらその怪力をコントロールする練習をして、次回に備えなさい!」
「みつきぃぃ~~~……」
泣き付く私を振り切って、美都季は試合会場の中へ姿を消してしまった。
中るように練習することや、少しでも強い弓が引けるようにトレーニングするのは分かるが、有り余る力を制御するって、どうすればいいんだろう。
入部したての頃、借りた弓をすべて折ってしまい、仕方なく男性でも引くのが大変だというくらい重い弓を手に入れて練習に臨んだ。それでも私の怪力には耐え切れず大破……。
その話を聞いて、行き着けの服部弓具店の店主、耕作さんは、面白がって特注弓を作ってくれた。それは弓の通常の材質の間に薄くのばした鉄板を挟んだもので、男性でも普通では引けないくらいの強さだ。もちろん弦も特注品。細い針金が縒り合わさっているものだ。
特注弓のお蔭でようやくまともに弓が引けるようになったものの、あまりの強さに矢はすべて安土の中に入りこんでしまう。その上、矢の飛ぶ速さがあまりにも速いため、並の動体視力では私の矢の行方を追うのが難しいのだ。
同じ学校の部員たちなら、あとで安土の中から発見した矢の位置から、私の的中率がほぼパーフェクトなことを知っているが、試合ではそうはいかない。
おそらくこの試合が終わって忘れたころに、安土の整備をしていた人にきれいに揃った四本の矢が発見されるのがオチだろう。
矢の姿が少しでも残っていて、あるいは審査員が物凄い動体視力の持ち主で、私の『中り』が証明されたら、もしかすると決勝までいけるかも?
安土の中の矢を抜き出せなかったとしても、そのまま試合を続けられるように。
……なんてことを期待して持って来た30本の矢は、ほとんど出番を与えられずに持ち帰ることになった。
弓を片付けてとぼとぼと会場を後にする。観覧席に行って試合を見ると、ちょうど美都季の立ち順になった。
たんっ
と、軽快な音が響いて、美都季の矢はきれいに的心に刺さった。
二本目、三本目、四本目も、美都季は見事にすべての矢を的心に収め、観覧席から盛大な拍手が起こる。
冷静に弓を収めて退出する姿も凛々しく美しい。
そのとき思わず美都季の健闘を讃える気持ちよりも、嫉妬する気持ちが湧き上がってきた。
前世では病弱で気弱だったエリシュカ。彼女は希望どおりに転生して、スポーツ万能で明るく溌剌とした美都季になった。何をやらせても卒なくこなし、誰かに先を越されても嫉妬することもなく。けれど自分には厳しく、しかし自信にも溢れている。
勇者ヴォールターナーだった頃は、私だってあんな風に自信に満ちていたはずなのに。なぜ使えもしない怪力に悩まされなくちゃならないんだ!
観覧席の後ろのほうで、私が頭を掻き毟って悶えている間に、美都季はあれよあれよという間に勝ち進み、とうとう決勝まで上りつめていた。
※筈=矢の後ろの、弦につがえる部分
皆中=すべて的にあたること