歓迎! 転生組ご一行様 (4)
「あの……」
「きみ、沢渡葉月さんだよね。噂は聞いてるよ」
―― は? なんのうわさでしょうか? ――
という質問を顔に表していたのか、何も言わないのにユニフォーム男子は答えた。
「女子部になかなか逞しいお嬢様が居るってね」
女子部と言われてハッとする。東塔女子学院のきょうだい校、男子校の東塔学園の生徒は女子学院のことをそう呼ぶのだ。どこかで見たことのあるユニフォームは、スポーツの名門東塔学園の中でも一番強いといわれているサッカー部のユニフォームだ。全国大会の常連で、女子部の生徒もよく応援に借り出されるので見覚えがあったのだ。
「あ、それは光栄です。あの、矢を拾ってくださってありがとうございます」
一応お嬢様なので、そう丁寧にお礼を言っておく。『はじらい風スマイル』も付け加えておこう。
「いいって。たまたま通りかかったら困っていたようだから手伝っただけだよ」
そう言ってユニフォーム男子は笑った。白い歯が夕暮れの薄暗がりでも光を放っているように眩しい。ほっそりした輪郭の中に少し小ぶりの目と鼻と口が絶妙なバランスで並んでいる。さらさらとした前髪が横に流れて爽やかさを倍増させている。世に云う『イケメン』の部類に入るほうだと思う。
……が、しかし、ん?
改めて正面で向き合った途端、ビビッと何かを感じた。一目惚れとかそんなかわいいもんじゃなく……悪寒に近いモノ。
同郷の匂いがぷんぷんと立ち込めている。そう、イニュアックスの匂いだ。瞬時にヴォールターナーの記憶が脳内を駆け巡る。
敵か味方か、親しいヤツか、いけ好かないヤツか。
どうやら敵の気配は感じない。悪意も感じない。
かなり近しい人物だ。空気みたいに近くに居た。
しかし俺はこいつに好意を抱いていない。むしろ鬱陶しいものを感じる。
離れたくても離れられない。居れば多少なりとも役に立つ。そう割り切って傍に置いていた。思い出したときに誉めてやれば、犬っころみたいに喜んでいた。
―― おやぶーん。見て下せぇ。このでっかいウサギ、あっしが捕まえたんスよぉー ――
―― そりゃあ、スゴイな、アスモ。今夜はご馳走だ。しかし『親分』は止めろ。まるで盗賊じゃないか ――
―― んじゃ、『せんせい』ですか? それとも『お師匠さま』 ――
―― 柄じゃない。『親分』でもいいが、人前で大声で呼ぶのは止めてくれ ――
―― ふぁ~い。わっかりやしたー! ――
思い出したー! こいつはあの頭のネジが一本無いような間抜け部下アスモだ。
ヴォールターナーが初陣で大手柄を立て、勇者として全国にその名が知られるようになったとき、真っ先に弟子にしてくれと頼み込んできた男。断る理由もないので承諾したのだが、その後はどこに行くにもヴォールターナーの後をくっついてきた。しかし、どんなに武術の手ほどきをしても一向に上達せず、もっぱら遣いっ走りとして傍に置いておいたのだ。当の本人は勇者の一番弟子だとあちこちで自慢していたようだが。
そういえば、逃げ足だけは速かった覚えがある。
アスモの希望調書の内容もだいたい想像がつく。「勇者のような人気者になりたい」といったところだろう。
「俺、東塔学園サッカー部の加賀谷修人。女子部の子たちにも知り合いが多いから、またどこかで会えると思うよ。よろしく」
誰も何も、あなたに質問した覚えはありませんが。
一方的に自己紹介を終えると修人は、傍らに置いてあったサッカーボールを拾い上げて小脇に抱え、二本の指を立てた右手をおでこに当て、「じゃ」と言ってその二本指をキレ良く前に振った。
そしてくるりと背を向けて走り出した。小さくなる修人の後姿に呟く。
「おいおい、公道でドリブルは止めなさい」
振り返ると美都季があんぐりと口を開けてこちらを見ていた。
「葉月、すごい人物に好かれたもんだね」
「好かれた? ただ通りすがりに矢を拾ってくれただけだよ」
「まったく、鈍いんだから。この辺りはうちの生徒以外滅多に通ることのない場所だよ。いくら系列校ったって、東塔学園は駅ふたつ向こうにあるんだから。葉月のこと待ってたんじゃないの?」
「うちの学校に用があったんじゃない?」
「ユニフォーム姿で、ボール一個持って?」
「げ。それって、ストーカーじゃない!」
「いいじゃない。加賀谷修人っていえば、東塔サッカー部のエースだよ。世界からオファーが来るくらいなんだよ」
「えー? 暇そうだったじゃない!」
「きっと普段忙しいから貴重なオフの日に待ってたんだよ」
「美都季、あいつに興味あるの?」
言ったあとで地雷を踏んだことに気づく。ここでもし美都季にあいつのことが気になると言われたら私は玉砕だ。
「別にいま私は男子に興味ないし。ただ有名だから知っていただけ。でも、もし葉月が付き合ったら、いろいろ教えてよー」
そう言って美都季は肘で私を小突いた。
よかった! いやいや、よくない。なんで元ダメ部下と付き合わなくちゃいけないんだ。あいつが私に興味を持ったのは、イニュアックス時代に常にくっついて歩いていた名残に違いない。それを恋愛と勘違いされては堪らない。しかも美都季に誤解されるなんて、最悪だ。
「冗談じゃない。ストーカーする男子なんて気味悪いもの!」
「葉月ったら、お堅いんだから!」
やけに嬉しそうな美都季の顔を見て、さらに落ち込む。私の行く手に暗雲が渦を巻いているのが見える気がする。