宿敵の正体は? (5)
敵が迫り来る中、魔術師マドゥーラは、ヴォールターナーの亡骸に魔術をかけ、同じく薬を飲んでヴォールターナーの横で動かなくなったゾルザックに魔術をかけた。二人の勇者とエリシュカに祈りを唱えると、老体に鞭を打ちながら、城の最上階までの階段を必死に上った。
階段の途中に設けられた窓からは、無数のクリヌラップ兵が城壁に群がっていて、重い城門を丸太で打ち抜こうとしている様子がうかがえた。
息も絶え絶えに最上階の部屋へ飛び込んだマドゥーラに、女王アドリエンヌは静かに微笑んだ。
「良かった。民たちの転生はすべて済んだのですね。クリヌラップがここへ攻め入るまでには、私とあなたの転生も済みそうです。あなたに迷惑をかけないために、私も羊皮紙をしたためました。
マドゥーラ、あなたから先にお逝きなさい。先にこの羊皮紙にあなたの魔術をかけておいてくだされば、あなたがいなくても、私も無事に転生できるでしょう。だから、先に私があなたの転生を見守ります」
「いいや、女王様。それはなりません。魔術師としてわしにはすべての方の転生を見守る義務があります。もしも女王様がご無事に転生なさらなかったら、わしは次の世で後悔するでしょう」
「なぜ? 次の世では今の記憶は無いはずです。後悔するなどということは、ありません」
「いいや、わしは記憶を残さなければならない。こんな戦いが次の世でも起こらないように、この出来事を覚えておかなければならないのでございます」
「生まれ変わった世界でも、こんな戦いは起こりうると?」
女王の顔が一気に曇る。魔術師は慌てて言葉を変えた。
「人間など愚かな者でございます。何千、何万回と似たようなことを繰り返してきたのでございます。しかし、戦いを繰り返すことだけは避けなければならない。せめて今のこの世での過ちを覚えておれば、次の世に活かせるのではないかと思いましてな。
いや、さもわしが考えたようにお話してしまいましたが、実はさきほど、敵の総司令官ゾルザックがやってきて、わしにそう告げたのでございます。
彼は敵軍の総司令官でありながら、この戦いに嫌気がさし、二度とこんな馬鹿げた戦いを起こさないようにしたいと願っておりました。そこで勇者ヴォールターナーとともに、記憶を残したまま次の世に転生させてほしいと、頼み込んできましてな。わしはその通り、二人の記憶を残したまま次の世に送り出したんですじゃ。二人の力に、少しでもなればと、わしも次の世に、記憶と魔術の力を出来る限り残しておこうと思いましてな。
女王様がご無事に転生されるのを、最後まで見守らせていただきます。おそらくわしは、自分を転生させることで力を使い果たしてしまうでしょうから」
女王は視線を魔術師の方からゆっくり窓の外へと移した。
窓の外からはクリヌラップ軍の喚声が絶え間なく響いてくる。それを聞きながら、女王は深く溜息を吐いた。
「分かりました。必ずあなたも、すぐに後を追うのですよ。それと……」
女王は自分で記した羊皮紙を広げて、魔術師に見せた。
「私の願いはこれですが、私にも記憶を残してください。記憶さえあれば、皆が無事に転生したのかどうかを確かめることもできる。そして、万に一つでも戦いが起きそうになったとき、あなた方と力を合わせることが出来るように、あなたと勇者たちに巡り合えるようにしてください」
「これは……。この姿で、記憶を残すのですか……。それではあまりにも無理が……」
「良いのです。私はもう、人間には生まれ変わりたくはない。常々、あなたにはお話していましたよね」
「確かに、常々そうおっしゃっていましたが、ご冗談かと……」
「あくまで本気です。この願いはもう羊皮紙にしたためてしまったので、覆すことはできません。あなたは何も心配することはありません。確実に、この通りに私が転生できるように、魔術をかけてくださればいいのです」
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「……で、女王様が羊皮紙にお書きになっていたのが、犬になりたいっていう願いだったというわけか……」
「まあ、女王様がご自分でお望みになっているのに、わしがそれを勝手に変えるわけにいかんからな。勝手に変えたのは、性別くらいじゃ」
「それだ! 犬に転生するなら、クリヌラップの王子のストーキングに悩まされることもないはずじゃないか! わざわざ雄犬にしなくても!」
「人間だろうが、犬だろうが、女王様には次の世で逞しく生きていただきたかったのじゃ。勇者ヴォールが女子になりたいと願ったのと反対にな。
おや、女王様が雄犬になったことを、なんでお主が知っておるのじゃ?」
「女王様はいま、我が家にいらっしゃる……。雄犬アドルとして」
「なんと! それは嬉しいことよ! 勇者たちと巡り合うという女王様の望みをちゃんと叶えて差し上げられたのじゃな!」
まどか少年の目に、じわっと涙が溢れてきた。
「はいはい。そこで完結しないっ! 早く続きに進んでよ!」
「なんと、無粋な男よのぉ」
「男じゃない、女だ! 俺は女だ!」
「こら、話の腰を折っているのはお前だぞ。落ち着けヴォール」
「うるさい、ゾル! 俺はヴォールじゃな~い!」
完全にカオスに陥っている、小さな公園なのでありました。