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宿敵の正体は? (4)


役目をほぼ終え、あとは勇者と女王を送り出して、自分も後を追えばいい。

そう考えていた矢先、老魔術師は背中に殺気を感じた。


振り返ると、恐ろしい形相をした戦士が、血の付いた剣を握りしめて立っていた。

老魔術師は、声を上げることもできず、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。

しばらく止まっていた息が吹き返すと、豚の鳴き声のような音が喉からこぼれた。


「はひー。ふへー…………」


声にはならないが、老魔術師は心の中で勇者と女王に深く懺悔していた。


―― ヴォールターナー、そしてアドリエンヌさま、お二人の望みを最後まで見届けられなかったこと、どうかお許しを ――


老魔術師は覚悟を決めて、戦士に向き直り、祈りを捧げるような姿勢を取った。


「お前が魔術師マドゥーラだな」


低く唸るような声が老人に降ってきた。魔術師は頭を下げたまま「さようでございます。どうぞ煮るなり焼くなり、お好きなように」と返事をした。

今更逃げ出そうと追いつかれる。抵抗しても、こんな屈強な男に敵うわけはない。覚悟を決めた老人にさっきの怯えはもう無かった。


「俺はクリヌラップ軍の総司令官、ゾルザックだ」


その名前を聞いて、魔術師マドゥーラははっと顔を上げた。


「ほう。おぬしが! つねづねヴォールから話は聞いておる。敵ながら尊敬に値する人物だと思っておったんじゃ。最期に会うことが叶ってうれしいぞい」


老人は大げさに腕を開いて、心底感動したような仕草をして見せた。


「敵に命を捧げるのは悔しいが、おぬしに討たれるなら本望じゃ。さ、さ!」


魔術師は腕を開いた姿勢のまま目を閉じた。


「勘違いするな。俺はお前を討ちに来たんじゃない。クリヌラップ軍を率いてきたわけでもない。お前にたっての願いがあって、単独でやってきたのだ」


「なんと? 敵側の魔術師に願いなどと、けったいな!」


「なんとでも言え!

それより時間がない。そこのヴォールの亡骸に魔術をかける前に頼みを聞いてほしいのだ。

ヴォールに、次のせいでも、ヴォールターナーの記憶と力を残すように魔術をかけてほしい。そしてその後、俺にも転生の魔術をかけてくれ。俺はどんな人間になりたいなどの望みはないが、今の力と記憶を残してもらいたい! そして来世でもなるべくヴォールと関われるようにしてくれ」


「……それはまた、どうして。

なんでそんなことをする必要があるんじゃ! この世界のことはこの世界で終わらせるのが、誰にとっても幸せというものじゃ。何よりもヴォール自身がそんなことを望んでおらん!」


「しかし、ヴォールはこの国の女王さんのために身体を張ってきたんだろう。その女王さんが来世でも狙われるとしたら、ヴォールも黙っていられないんじゃないか?」


「なんでアドリエンヌさまが、来世でも狙われるんじゃ?」


「我が国クリヌラップの王子が、お前が魔術を施した羊皮紙をどこからか手に入れたんだ。おそらく間諜を忍ばせて、イニュアックス人が持っていたものを奪い取ったんだろう。

その話を、信頼を置いていると思っている俺に自慢げに話したんだ。


『イニュアックス人は、総転生だと馬鹿げたことを考えている。私は女王をわが物にしたいだけだ。だから、この戦争に乗じて魔術師を捕まえ、次の世では本当にあの女王をわが物にして見せると。もし魔術師が捕まらなかったとしても、魔術の掛かった羊皮紙を手に入れたから、そこに私の希望を書けば思い通りになる』と。


俺はその話を聞いて、すべてが馬鹿らしくなったんだ。

クリヌラップがイニュアックスを攻めたのも、王子が女王を手に入れたかったため。それでイニュアックス人が総転生を考えたと知るやいなや、この戦争の責任も取らずに、王子は自分だけ転生という逃避行に走るつもりだ。

俺はその羊皮紙を王子から取り上げたかったが、王子の話のみで、どこにあるのか全く分からなかった。もうクリヌラップの動きは止められない。

 そして、来世に王子が転生して執念深く女王を追い始めたら、また大きな揉め事を起こすだろう。それならばせめて、今世では敵同士だった俺たちが手を組んで、王子の暴走を止めなくてはと、そう思ったんだ」


老魔術師はうろたえた。

すでにほぼ全てのイニュアックス人が転生し、無抵抗だというのに、クリヌラップがなおも攻めてくるのは、魔術師マドゥーラが目的なのだ。

逃げるためには、魔術師もここで転生してしまえばいいのだが、城の最上階で待つ女王を転生させなければ。女王は来世に何も望まないと、羊皮紙をしたためることはしなかった。すべての判断は魔術師に任されているのだ。

だからこそ、女王の転生は、魔術師なしでは成り立たない。

おそらく、その役目を終えるか終えないかのうちに、クリヌラップ軍は魔術師を捕らえるだろう。

ゾルザックの言う方法しか、最早残されていないのかもしれない。


「分かった。おぬしのことを信じよう。かつてヴォールの親友だった者の言うことじゃ。それに、おぬしの目を見れば、嘘やごまかしのないことなど分かる。

世界にその名を轟かせた勇者ヴォールターナーともあろう者だ。転生した後で、前世の記憶とのギャップに悩んだとしても、必ずそれを乗り越えられる精神力があるに違いない」



**********



「待て待て待て! ちょっと待ってよ! 私はもう勇者じゃないの! 私が女の子になりたいって、望んだことを、マドゥーラだって知ってたはずじゃないの! どうしてそんな勝手な判断を」


まどか少年、いやすでに老魔術師マドゥーラに戻っている少年が、饒舌に語るのを聞いていた私は、一応話の流れは理解できたが、いたいけな女子が勇者の闘争心と怪力を受け継いだあとどうなるか、なぜ想像できなかったのか、私はそれが問いたいのだ。


「だって、女王さまがキケンなんだよ。お姉さんはそんな冷たい人なの?」


「なんでそこで、まどかくんになるのよ! ずるいだろーが!」


「マドゥーラ、知りたいのはその後なのだ。俺が警戒したことは、本当に起きてしまったのか?」


鷹介ようすけは、私の訴えなど全く無視する。


「あ、こら! 無視するな! そこが重大なのよ!」


「そうじゃな、おぬしたちを転生させたあと、どうなったのか。そこが一番知りたいことじゃろうな」


「こらーーっ!」


二人の耳には、私の叫びは素通りしていくだけだった。

まどか少年は、またマドゥーラに戻って話の続きを始めた。


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