宿敵の正体は? (1)
美都季が水泳で世界大会に出場することに決まった。
私が、ここのところマドゥーラのことに夢中で、親友が何をしているか全く関心を持っていなかったのだと気付いたのは、美都季が開催地ドバイに出発する前日だった。
私のテレビ出演の影響で弓道部のみんなにも迷惑をかけ、美都季が鷹介に掛け合ってくれて、翠泉寺高校と合同練習が出来るようになった。その後も弓道部のことで奔走してくれていた。
(私がテレビ出演だなんだと騒いでいる間に、代が交替して、美都季が部長、私が副部長になっていたのだ!)
それなのに、水泳の練習も欠かさないどころか、選考会で好成績を残して国際大会に出るなんて。私は美都季のパワフルさと能力に感心すると同時に、自分の情けなさを感じてしまう。
エリシュカはもう、病弱で守ってやらなくてはいけない存在じゃない。
前世のヴォールターナーの記憶を、この時ほど恨めしく思ったことはなかった。
「お土産買ってくるからね!」
美都季が颯爽と旅立った後、私はますます悶々とした想いに苦しむことになった。
マドゥーラ……いや、まどか少年から返事が来たのはそんな時だった。
テレビ共演が終わった後、私は教えられた住所に早速手紙を出した。しかし返事は一向に返って来ず、住所を間違えたか、家族に見つかって不審に思われて破り捨てられてしまったか、そのどちらかだと思って諦めようとしていた頃だった。
(実際には、一週間も経っていなかったらしい。気が焦って、時間の感覚がおかしくなっていたのかもしれない)
まどか少年の手紙は、いかにも小学生男子らしい文字で、ノートの切れ端のようなものに鉛筆で書かれていた。
―― はずきおねえさん、こんにちは。お手紙ありがとうございます。お返事を書かなくちゃと思ったけど、おねえさんのお手紙は漢字がたくさんあって、むずかしかったので、なかなか読めませんでした。お母さんに聞くこともできなかったので、調べるのに時間がかかってしまいました。ごめんなさい。
ぼくと会って、生まれる前の世界の話をしたいんですね。ぼくの予定を書きます。お姉さんの予定がわかったら、教えてください。その日に、ぼくの家の前にある公園に来てください。 ――
手紙とともに、自分の家を拠点にして手書きの地図が書かれた紙が同封されていた。小学生の書く地図なので、ちょっとイメージがしにくいが、原田さんの家と青木さんの家の間というキーポイントで探すしかない。
まどか少年も、読めない漢字の解読で苦労したのだから、このくらいは努力しないと。
しかし、私はすっかり白髪の老人マドゥーラだというイメージでまどか少年に接してしまっていたのだ。前世は前世だ。前世の名残りが残っていたとしても、人間の成長は変わらない。気を付けていないと、年上の大人だと思って無理な要求をしてしまいそうだ。
私はまどか少年に返事を書く前に、彼に何を尋ねたらいいのかを箇条書きで書き出した。とりあえずのメモ書きで、これからそれを小学生にも理解しやすいように書き直さなければならない。
1、何故、私の前世の記憶を残したのか。
2、ゾルザックを転生させるとき、なぜ私が女になることを言わなかったのか。言わないで、ゾルザックの希望を聞いたのはなぜか。
3、クリヌラップの王子を転生させたのか。させたなら、なぜそうしたのか。王子は何に転生したのか。
「どうして、マドゥーラは、私たちと年が離れてしまったのか。その間何が……」
そもそも、それを聞き出せば、全てがはっきりするのだろう。けれど、これは彼にとって何か深刻な理由があるように感じるので、やたら聞いていいのか分からない。
「多分、話しているうちに分かるわよね。でも……」
私ひとりだと、余計なことを聞いてしまいそうだ。逆に聞かなければいけないことを聞き漏らしてしまいそうだ。
誰かに同席してもらわないと……。
「誰かって言ったら、あいつしかいないじゃないか……」
非常に抵抗があるが、ここをハッキリさせない限り、ヤツとの関係もおかしなままだ。
私はイヤイヤ、鷹介にメールを打っていた。
―― マドゥーラに会えることになった。日程を調節したい。この中で、お前の都合の付く日を教えてくれ ――
まどか少年の日程表と自分の予定を照らし合わせて、可能な日を書き連ねる。
相変わらずの速さで、鷹介から返信が来た。
―― 俺は何時でも構わないぞ ――
「暇人か!」
スマホに突っ込んでから、私は三人の都合が合う適当な日を鷹介に送信した。
まどか少年の手紙にも、その日程で、教えてもらった公園で会いたいと書いた。
いよいよ、私が前世と現世の間で苦しまなければいけなかった謎が解ける。
そして、女王様を守る対策が立てられるかもしれない。
……と、事がそう簡単に進めばいいが。どうやらまだまだ、難題が山積みのような、嫌な予感は拭えなかった。