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少年マジシャンの謎 (7)


まどか少年が箱に入ると、その中央に鎖が三重に回され、がっちりと鍵が掛けられる。スタッフが箱を回転させて裏に仕掛けがないことを見せる。そしてまた元の位置に戻して立ち去った。


―― もうやるっきゃない! ――


私は矢を番えて構え、一番上の印を狙った。


一本目の矢が箱の一番上の印を貫いた。箱の後板まで貫通はしないが、箱の前面の板は完全に打ち抜いた。つまり箱に矢が潜った状態だ。中の物はひとたまりもないだろう。

箱の上部に付けられた印から順番に打ち抜いていくことになっている。最初の四本目までは、まどか少年の背よりも高い位置だから、中を貫通しても彼に当たることはないだろう。

問題は、五本目以降だ。箱の中央から、足元までとても人ひとりが避けられるスペースが無いほど印が付けられている。まどか少年があの中にいれば、必ずどれかの矢が当たる。


五本目を構えるとき、私の手にじっとり汗がにじんできた。

手が滑って矢の方向が外れたら大変だ。計画どおりにやれば、まどか少年は無事だと言っていたのだから。計画どおりにいかなかったら、彼が逃げ出せなくなってしまうかもしれない。


私はいったん弓を下ろして手の汗を拭くことにした。


―― 落ち着かなくちゃ。落ち着かないとかえって危険 ――


自分に言い聞かせていると、向こうの箱がガタガタと揺れ出した。


「?」


箱は前後にグラグラと揺れている。まどか少年は確実に中にいる。しかし、何をしているのだろう?


「あの、箱が揺れてますけど、あれも演出のうちなんですか?」


私の後方にいたスタッフを振り返って、小声で聞いてみた。


「さあ。まーくんのことですから、そうなんでしょう。大丈夫ですよ」


―― なんだ、その曖昧な返事は! 命がかかっているのよ! ――


私がためらっていると、今度はスタッフの方から小さく声を掛けてきた。


「葉月さん、時間が押してしまいます。早く引いてください」


―― 時間と命と、どっちが大事なのよ! ――


箱はますます大きく揺れている。構えたものの、箱が揺れているので印も揺れて狙いが定められないし、異常な揺れ方に不安が増すばかりだ。

弓を引き切って、狙いが定まるのを待つ。その時、箱がようやく動きを止めた。


スパン


矢が箱の真ん中を貫く。


―― おや? ――


遠く離れていても、さっきとは明らかな違いを感じた。矢の音と刺さり具合で、中に何もないことが感じ取れた。さっきガタガタと揺れていたのは、まどか少年が脱出したところだったのだ。どこから脱出したのかはわからないが、とにかく私の肩の荷はいっぺんに下りた。


私は心置きなく最後まで矢を放つ。矢は見事に印を射抜いてきれいに箱の中に収まっていった。

そして最後の矢が刺さった途端……。


ドゥワン


箱が爆発し木っ端みじんになった。突然の爆音に心臓が飛び出るかと思ったが、中にまどか少年がいないことで、それは恐怖ではなくなっていた。


爆発の煙が消えると、その向こう側に、まどか少年が立っていた。そして優雅に両手を広げてお辞儀をする。

スタッフが一斉に立ち上がって拍手をした。私はホッとした途端、気が緩み、その場にしゃがみ込んでしまった。


「いやあ、今回もやってくれましたね。箱が揺れていたときはどきどきしましたが」


「最初はなかなか魔法がきかなかったから、ぼくもちょっとこわかったです」


―― ええー? そんな危ないところだったの? ――


「でも大丈夫。最後は必ず魔法は使えます!」


「実はどこかに仕掛けがあったんでしょう? ヒントをくれませんか?」


「仕掛けなんてないです! ぼくは本当に魔法を使っただけですから!」


お決まりのセリフの後、まどか少年の顔がアップになって収録は終わった。


スタッフに連れられて、まどか少年がこちらにやってきて、私と一緒にスタッフに囲まれて拍手を受ける。横に並んだまどか少年が何か言った。


―― はあ、危なかった。まさか裏の跳ね上げ板が動かないとは思わなかったよ。石か何かにひっかかっちゃったのかな? 本当に魔法を使う羽目になるとは思わなかったな…… ――


―― え? ――


まどか少年の方を見ると、彼はスタッフの方を向いて別の話をしていた。


―― 何、今の? 確かにまどか少年の声だったよね。本当に魔法を使ったって、言ったよね ――


ぼんやりしている私の方を振り返り、まどか少年が、さっき聴こえた声とは全く違うトーンで話しかけてきた。


「お姉さん、本当にありがとう! 今まででいちばんおもしろいマジックになったよ!」


握手を求めてきたまどか少年の手を握り返して、私は彼の目の奥をじっと見つめた。そして、心の中で呟いてみた。


―― マドゥーラ。俺だ。ヴォールターナーだ ――



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