少年マジシャンの謎 (6)
そこは、おそらく昔、採石場だった場所だろう。山を切り崩した場所に広い更地があって、ロケはそこで行われた。ヒーロー戦隊ものとか、リアクション芸人が苛酷な試練に耐え抜く企画などで、よく見られる背景だ。そう、あの崖の前で爆発が起こったり、車が猛スピードでスピンしたりする光景を、テレビで知っている。
そんな『危険な香り』をぷんぷんさせている場所に、学校の掃除用具入れのような形の箱がぽつんと置かれていた。べニアで作られたちゃちな物だ。
あの箱の中にまどか少年が入り、私が箱に付けられた無数の赤い印を射抜くのだそうだ。印は箱全面に付けられていて、まどか少年が脱出できなければどうやっても矢をかわすことはできない。さらに全部射抜いたあと、箱が自爆するようになっているそうだ。
ちゃんと仕掛けがあるから大丈夫なんて言われても、怖いと思わないほうがおかしい。
万が一その仕掛けがうまくいかなかったら、私はいたいけな小学生を串刺しにした極悪非道なオンナというレッテルを貼られてしまうのだ。
『ハツコの部屋』での不慮の事故を考えれば、同じテレビ局のスタッフを信用していいものか分からない。仕掛けを考えたのが小学生だというなら、なおさらだ。完璧だと本人は思っていても、どこまで慎重に安全性を考えているのか知れたものではない。
ただ、まどか少年に会って、マドゥーラかどうかを確かめたかっただけなのに、まさかこんな恐ろしい目に遭うとは思わなかった。けれど、後には引けなかった。
「本当に、本当に、大丈夫なんでしょうね? もし失敗したら、私に責任が被るなんてこと、ないですよね?」
私は、同行していた絢さんと藤堂さんに、しつこく何度も確認していた。
「大丈夫よ。失敗するはずがないから」
「だって、だって、いくら天才って言っても、小学生なんですよ。小学生の考えたことを、そのまま鵜呑みにするんですか?」
「まどかくんの仕掛けは、スタッフの間で何度も検討されて、安全に間違いなしとプロデューサーが太鼓判を押したのよ。葉月さんは、何も心配いらないの。いつも通りに弓を引いてちょうだい」
「でも、でも、でも……」
これ以上問い詰めてもしつこいだけなので、何とか黙ろうとするが、やっぱりそんな理由では納得できない。私がひとりでおろおろとしている前で、さくさくと準備が進められていた。
やがて、派手なサテンのマントに身を包み、シルクハットを被ってお馴染みの覆面を付けたまどか少年が現れた。あの『掃除用具入れ』の前に設けられたテーブルで番組恒例の簡単なマジックを披露して、お馴染みのセリフを告げる。
「タネも仕掛けもありません。だって、魔法だもの!」
そんな収録風景を、遠く離れた場所で出番に備えながら眺めているだけの時間で、余計緊張は高まるばかりだ。次のまどか少年のセリフで、いよいよ私が登場することになっている。
「ではこれから、今日のいちばんの魔法をお見せします。今日は素敵なお姉さんがぼくの魔法のお手伝いに来てくれました!」
向こうでまどか少年が私の方へ手を差し伸べると、カメラのレンズがこちらを向いた。
まどか少年の横にいる司会者が、彼に問いかけるように私を紹介する。
「あー! まーくん。あの人は話題の弓道少女、葉月さんじゃないですか!」
「そうなんです。葉月お姉さんの方から、ぼくの魔法に協力してくれるって、言ってくれたんです! ぼく、今日はすごくうれしくて、最高の魔法が使えそうな気がします!」
―― まどかくん……それ、言っちゃダメ、だったんだけど…… ――
緊張のあぶら汗が、一気に冷や汗に変わる。
「まーくん、今日はどんな魔法を見せてくれますか?」
「はい。ぼくが入ったこの箱を、葉月お姉さんに打ち抜いてもらいます。ぼくが逃げられないようにすみからすみまで。お姉さんの弓矢は、こんな箱、簡単に突き抜けてしまうでしょう。でも、ぼくはこの箱に中から無事に脱出してみせます!」
「なんと! 恐ろしい。これまでで一番危険な魔法じゃないですか!」
―― なんと! ここまで危険なことは、したことがなかったと!? ――
ますますショッキングな事実を知って、手が震え始める。そんな私に、まどか少年がウィンクをして見せた。純真な少年が何故か挑発しているように感じてしまう。
「魔法に危険なんてことないですよ。魔法があればどんな危険からも逃げられるんですから!」
―― 小学生とはいえ、演出とはいえ、よくそんな『ふぁんたじぃ』なセリフを堂々と言えるものだ。強がっているだけなんじゃ…… ――
強がりにしては随分楽し気だ。まどか少年はマントを翻して一目散に箱の中に走り込んだ。
「さあ、かつてない、ダイナミックなマジック! 果たしてまーくんの命は大丈夫なんでしょうか!?」
―― 待て! 命が大丈夫かとか、もう常識を外れているだろう! 演出だとしても、小学生を平気で命の危険に晒しているようじゃないか。この番組訴えられてもおかしくないぞ! ――
「じゃあ、葉月さん。キュウ!」
足許でスタッフが合図をする。始めろということだ。
―― 大丈夫ですよ。逆にわざと外したり、別のところを狙ったりしないでくださいね。予定が狂っちゃいますから ――
まどか少年のその言葉を信じるしか、もう方法は無く、私はいったん目をきつく閉じ、次にカッと見開いて覚悟を決めると、弓を構えた。