少年マジシャンの謎 (5)
「葉月さん! あなたも懲りない人ね! 芸能人にでもなるおつもり?」
騒動もほとぼりが冷め、自宅謹慎を解かれて久しぶりに行った学校で、早速、園華に捕まった。私を睨みながら園華の指さす先には、学校の掲示板がある。
ガラス張りの掲示板の中で、他の重要な掲示物を押しやるようにして大きなポスターが貼られていた。
―― 今大注目の小学生VSニッポン最強の女子高生
天才マジシャン 西条まどかが、狙った獲物は外さない女子高生 沢渡葉月に挑む!
『まーくんのマジック・アワー』 特別篇
天才マジシャン、弓道少女の矢の標的に! ――
『このキャッチ、誰が考えたの……。少なくともこのセンスは絢さんじゃないわね。藤堂さんか、信楽さんか……』
園華のヒステリーなど全く無視して、私はそんなことを考えていた。
「ちょっと、葉月さん! 何とかおっしゃったらどうなの!?」
「……何とか」
「はっ! ふざけるおつもり!」
「ほんと、ふざけてますわよね、このキャッチコピー。私、あくまで東塔女子の名を穢さないように美しく弓が引ければいいと思っていたんですけど。申し訳ありませんが、園華さん。ご親戚の絢さんに、この学校の生徒に相応しいキャッチコピーを考え直していただけるようにお願いしていただけないかしら?
私はあくまで出演を依頼された『ゲスト』ですので。おほほほ」
もちろん、こちらから押しかけ企画を持ち込んだことは園華にナイショだ。絢さんもそんなことまで話す人ではないだろう。いつの間にか番組の予告ポスターまで出来上がっていて、園華経由ではなく直接学校に持ち込まれていたことは驚きだが、これでマドゥーラに会える機会は確実なものになった。
そう、何故か、まどか少年との顔合わせも打ち合わせも出来ていないのに、企画は進んでいてポスターまで出来上がってしまっているのだ。
どうやら、まどか少年のレギュラー番組の特別企画に、私がゲスト出演するらしい。その辺りは、絢さんや藤堂さんに会って何度も説明を受けているが、肝心のまどか少年とは会えていなかった。
マジックなのでタネや仕掛けの情報が漏れないように細心の注意が払われているからだと絢さんから聞かされた。私の目的はマドゥーラと会って話すことだったので、これは不覚だった。
この調子では、打ち合わせの時も、当日も、まどか少年と二人で会う機会が持てないかもしれない。そんな心配も出てきた。
しかし、まどか少年に近づくためには、この共演が最初で最後のチャンスなのだ。
私は焦って、最悪の場合の次の手も色々と画策していた。
番組の企画が公開されてから、再び鷹介からメールが来るようになった。
『随分と大胆な手に出たな』
『お前がけしかけたようなものだろ。テレビ局で会えって簡単に言うが、ここまでしなけりゃ無理なんだよ』
『それはご苦労だな。ま、俺はお前が鈍感だったからアドバイスしてやっただけだ。別にマドゥーラの力が必要ないなら無理して会う必要もないんだぞ』
―― そこまでしないと、あなたは葉月として生きられない? ――
鷹介の言葉に女王様の言葉が重なり、一瞬迷いそうになるが、すぐに頭を激しく振って迷いを振り払う。
『お前はどうなんだ、ゾル。マドゥーラが前世の記憶を消してくれると言ったら、そうしてもらいたいのか。俺が、お前と同じくらいの力を持った男で、この世界でも勝負できると期待して記憶を消さずにいてもらったんだろう? この間は対等に出来る弓道でかろうじて勝負に応じたが、ほかのことではまともな勝負はできん。そのうち、そんな勝負にも飽きるだろう。クリヌラップの王子を退治したら、神部鷹介の記憶だけにしてもらいたいって気持ちはないのか?』
しばらく間が空いて、鷹介の返事が来た。
『俺は別に構わない。沢渡葉月が元ライバルだろうが、今は今だと割り切れるぞ』
今度は私の方が返信を渋らなければならなかった。
―― 何が言いたい? どう割り切るっていうんだ? ――
ダメだ。最近変に意識しているようだ。これ以上メールのやり取りを続ければ墓穴を掘りかねないと悟って、私は当たり障りのない返事で会話を終わらせることにした。
『ともかく、マドゥーラとは直接会ってみたい。ヤツの記憶も力も無ければ、それまでだ』
*****
とうとう、まどか少年と直接顔を合わせることなく、当日がやってきてしまった。
朝、ロケ現場で顔を合わせた少年は、前にテレビ局の廊下ですれ違った少年とは特に変わっているとは思えないのだが、彼がマドゥーラだという先入観でつい、その姿に白髪、長い白いひげの老人を重ねてしまい、どう接していいのか分からない。逆に先入観が先に立ってしまって、私の転生人を見抜く力も鈍ってしまっているようだ。
私が戸惑っていると、まどか少年の方から明るく元気な挨拶を投げかけてきた。
「おはようございます、お姉さん! お姉さんの方から、ぼくの番組に出てくれるって言ってくれたんですね。とってもうれしいです! だからぼく、張り切って仕掛けを考えてきたんですよ。お姉さんは何も気にしないで思いっきり弓を引いてくださいね!」
「え? まどかくんが、タネや仕掛けを考えるの?」
「当たり前じゃないですか! マジシャンはぼくなんですから。それとも、仕掛けは別のスタッフが考えて、ぼくはただ言われたままに演技していると思っていたんですか?」
「いえ、そうは思っていないけど……」
今回のマジックは、まどか少年の入った木の箱を私が打ち抜く間に、まどか少年が箱から脱出するものだと聞かされている。そんな危険なマジックの仕掛けを小学生が考えたなんて、大丈夫なのだろうか?
「大丈夫ですよ。逆にわざと外したり、別のところを狙ったりしないでくださいね。予定が狂っちゃいますから!」
私の心の中を見透かしたように、まどか少年が答えた。
いや、私が怯えて余計なことを考えているのが見え見えだったのかもしれないが、これはこの子の鋭さなのか、それとも……。
まだこの時点では、彼にマドゥーラの記憶と力が残っているかどうかは、見当がつかなかった。