少年マジシャンの謎 (4)
目の前に、当の女王様がいるというのに、私は本人にそれを確かめる勇気はなかった。いや、そんなデリケートなことを何故聞けるだろうか。
前世でストーカーに遭っていたんですか? そのストーキングが高じて国同士の戦争になったんですか? なんて。
アドルがおいしそうにドックフードを食べる姿を見ながら、鷹介の話が頭の中をぐるぐると駆け回っている。ひととおり、さっきの会話が脳内を巡ると、何故か最後の言葉が鮮明によみがえってきてしまう。
―― 正直、美都季と居る時より変な気になるんだよ。だから前世の話はメールだけにしてくれ ――
「うわぁぁぁ……」
気味が悪い……、いや、何故かそれだけじゃない鼓動の高鳴り……ちがう、俺たちはライバル同士だ……俺にはエリシュカがいるじゃないか……美都季は鷹介が好きなんだよ、親友としてあり得ないでしょ……エリシュカが振られるかもしれないから、よかったじゃないか……ちがうちがう! そんなことでエリシュカが俺のところに戻ってきても嬉しくない……いや、鷹介は悪いヤツじゃないし気心も知れてる。葉月としてはもしかしたら…………。
『ヴォール、ヴォール……』
抱え込んだ頭のてっぺんで声がした。アドルが口の周りを舌で舐め取りながらこちらを見ていた。ドックフードを食べているアドルを見ながら、余計なことまで思い出して頭を抱えてうずくまっていたらしい。アドルが心配して見に来たのだ。
「あ、どり、えんぬ、さま~~」
思わずアドルを抱きしめてしまった。ハッと気づいて慌てて身を離し、その場にひれ伏す。
「これは失礼なことを!」
『ヴォール……だいぶ疲れているようね。ゾルと対決してからあなた、前世と今の記憶が余計混乱してしまっているようだわ。過去のライバルと過去と同じように対決したら、そうなってしまうのは仕方ないけど、あなたはもうイニュアックスの勇者じゃないのよ。この家で幸せに暮らすただの女の子。もうイニュアックスのことを思い出すようなことをしないほうがいいわ。ゾルとも距離を置きなさい。
そうね、私もヴォールなんて呼びかけるのは良くないわね。これを最後に話し掛けることは控えます。だからあなたは葉月という女の子としての生活を守ってちょうだい』
「待ってください! そういうことじゃないんです。実は……。マドゥーラが見つかったんです」
『え?』
「まだ本人が前世の記憶と力を持っているかどうかは分かりませんが、今度彼に会ってみます」
『会ってどうするの? マドゥーラに前世の力があったら、どうだというの?』
「ええ、と。他にも過去の記憶を持っている転生人がいないか確かめて、まとめて記憶を消してもらいます」
本当はクリヌラップのバカ王子を探し出して、奴の前世の記憶を消してもらえば済む話なのだが……。
『そこまでしないと、あなたは『葉月』として生きられない?』
「え? あ、そうですね……やっぱり、難しいです」
『……そう、なら仕方ないけど、マドゥーラに会うことは、私は賛成できないわね』
アドルはうなだれて私に背を向けた。そして未だにドックフードをもそもそと食んでいる善吉の方へ戻り、その横に身体を伏せた。
「アドリエンヌさま……」
『アドリエンヌじゃないわ、アドルよ。ただの年老いた犬。ここで善吉さんのような仲間と静かに暮らせるだけで幸せなの…………』
その先の言葉は、くぅーんくぅーんという鳴き声になり、そのまま前足の上に顎を乗せたアドルは目を閉じた。
私には、アドリエンヌさまが辛い体験を思い出したくないために無理をしているように見える。アドルの態度で、鷹介の言うことが真実だと思わざるを得ない。このまま知らない振りをしていて、もしものことがあったら取り返しがつかないのだ。
そのとき私は、ますますマドゥーラに会って話をしなくてはと、強く思った。
絢さんから返事が来たのは、その三日後だった。
―― ごめんなさいね。仕事が立て込んでいて、お返事遅れました。マジシャンのまどかくんと共演したいというお話、OKよ。むしろ大歓迎! 信楽さんは良い企画案をいただいたと大喜びよ。企画はこちらで考えさせていただいていいかしら? 張り切って企画させていただくわ。では、追ってまた連絡させていただきます! ――
あれほどテレビの影響で、普段の生活に差しさわりが出ているというのに、さらにまた問題を大きくしようとしている。しかし、このまま隠れていても何も解決しないのだ。
アドリエンヌさまのことも、美都季との関係も、修人との関係も、そして鷹介とのことも!
―― どうか、まどか少年の中に、マドゥーラの記憶が残っていますように! ――
私はそのことだけに、今後の望みを託した。