少年マジシャンの謎 (3)
『どういうことなんだ。なぜマドゥーラがあんな小さい子どもなんだ。なぜお前にそれがわかったんだ』
カフェ・ラタンで、美都季や修人、そしてマスターを前に前世の話をするわけにはいかない。そこで私は、鷹介に聞きたいことをたくさん溜め込んだまま帰宅し、早速メールを打ったのだった。鷹介からは即返事が来た。
『質問攻めだな。お前の方が鈍感だった。それだけの事だ』
『だって、お前にしろ、他の奴らにしろ、犬のアドリエンヌさまさえ、同じくらいの年、15歳から17歳くらいの間で転生しているんだ。俺はすっかりその間に全てのイニュアックス人が転生しているものと思い込んでいたんだ。敵のゾルまで付いてくるとは予想外だったがな』
『どこまでも能天気な奴だな、お前は。マドゥーラがどんな目に遭ったか想像もできないらしい』
『なんだと! 俺たちが転生したあとに、何があったというんだ? お前こそ、さっさとこの世界にやってきたのだから、その後の事など知るはずないじゃないか』
『そうだが、あの状況なら察しはつくぞ。大方マドゥーラは、クリヌラップに捕まって幽閉されていたんだ。自分で自分に魔術を掛けられないような特別な場所でな』
『どういうことだ。何故マドゥーラを捕らえる必要があったんだ? クリヌラップが狙っていたイニュアックスの土地は、すでに国民が放棄して、手に入れる事が出来たんだろう? その期に及んで、魔術師を幽閉したところで何の意味もないじゃないか』
『お前、本当に能天気な、脳筋男だったんだな。戦士としての腕前はお前の方が多少上だったかもしれないが、洞察力は明らかに俺が上回っていたな。お前はあの戦争の発端が何だったか知らずに、ただ戦っていたというわけか。ライバルとして情けなく思うぞ』
『偉そうに! お前は知っていて戦っていたというのか』
『ああ。まあな。最初は知らなかったが、段々とおかしいと気付き始めた。だからお前らが転生した後を追ったんだ。転生後は敵も味方も考えないとマドゥーラに約束してな。もうあんな馬鹿らしいことに付き合っていられなくなったんだよ』
『馬鹿らしい? そんな馬鹿らしい事なのか?』
『あの戦いはな、別にイニュアックスの土地の侵略が目的じゃなかった。クリヌラップ皇帝のバカ息子が、お前んとこの女王さんを欲しがったからなんだ。兵士たちの士気を鼓舞するために、最後まで目的は伏せられてたけどな。女王さんには伝わっていたはずさ。開戦前から熱烈なラブレターが山ほど届いていたはずだからな。
それを拒否したがために国民が狙われた。お前んとこの女王さんも、さぞかし辛かったろうな。それでマドゥーラと相談して国民総転生なんていう一大決心に出たというわけだよ』
そこでメールの往復が一旦途切れた。
鷹介に告げられた『真実』にショックが大き過ぎて、私がしばらく固まってしまったからだ。
『なんだったんだ。あの戦争は……』
『今更になって、何を言ってやがる。まあ、そんな痴情のもつれに多くの民が巻き込まれてしまったってハナシだよ。もちろん一方的に言い寄られていた女王さんも被害者だがな。短絡的な王子だったからな。一度断られただけで逆恨みして開戦に踏み切ったとも考えられる。しかし前世だけで収まれば良かったが、マドゥーラが幽閉されていたとなると、その間にヤツの魔力が悪用されていたかもしれん。俺が心配していたのはそこだ。女王を追ってあのバカ息子が転生してきた可能性が高いということだ』
『(;゜Д゜)』
返す言葉は浮かばず、しかし動揺は隠せない。思わず適当な顔文字を打って返信をする。しかし、まだまだ聞きたいことがあるし、どうにもメールで文字にするのはまどろっこしい。ゾルがどんな表情で返事をしているのかもかなり気になった。
『会って話さないか? メールだけじゃ頭の中が整理できない。せめて電話番号くらい教えろ。直接話したい。いくら前世ではライバルと言っても、現世では前世の記憶がある者同士、頼もしい味方と思っているんだ。頼む』
私はかなり下手に出て、懇願するようなメールを打った。もう因縁の対決にはケリは付いたのだ。そんなことより、せっかく現世でも再会できた女王陛下を守らなければ。
鷹介から、しばらく返事が無かった。鷹介には何か不服だったのか。もうすこしへりくだった方が良かったのか。女王様のためならそれも致し方ない。今度は気味の悪いくらい丁重なメールを打ち始めたところ、鷹介から返事が返ってきた。
『それはできない。お前の顔を見ていると調子が狂って、お前がヴォールターナーだってことを忘れてしまいそうになる。お前のその変に柔らかい声を聴いてもそうだ。だからお前と面と向かって前世の話はできない。正直、美都季と居る時より変な気になるんだよ。だから前世の話はメールだけにしてくれ。
真実を知りたければ、マドゥーラに直接聞くことだな。俺はあくまで推測しているに過ぎない。テレビ局でマドゥーラに会う機会が持てるのもお前なんだ。俺が協力するのはその後だ』
なんだこれは? 『変な気』って、なんだ?
鷹介が、私を異性として意識している? それも美都季以上に……。
パニックに陥った私は、部屋中のクッションを投げまくって暴れた。どうにもこうにも、前世のヴォールターナーと現世の葉月の感情をどう整理すればいいのか分からなくなっていた。
とんとんとん……。
ドアを叩く音に気付いたのは、さんざん部屋中をのたうち回った後だった。ドアを開けると三洗さんが心配そうに立っていた。
「葉月さん、どうかなさいましたか。階下で物凄い音が聞こえましたよ」
ぼさぼさの髪と蒼褪めた顔の私に、三洗さんは「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
「だ……だいじょーぶ。ちょっと体力づくり……してたの。やっと……練習ができることになったから……」
息を切らしてそう答えた私に、三洗さんは思いっきり憐れむような目を向けた。
「そ、それならいいですが。急に無理をしないでくださいね」
三洗さんがしぶしぶ納得して去ったあと、私はクッションを三つ抱え込んでその中に顔を埋めた。そして、決意を新たにした。
「ともかく、マドゥーラが小学生だろうと、奴が前世の記憶を持っているかどうかを確かめないと! 女王様を守るのはそれからだ! もしクリヌラップのバカ王子が転生していなければ、私の前世の記憶を消してもらえばいい! マドゥーラに前世の記憶が無かったら……」
ああ、もうそんなことまで考えられない!
私は以前教えてもらった絢さんのアドレスにメールを打ち込んでいた。