少年マジシャンの謎 (2)
私が鷹介の顔を見つめていると、彼は首を大きく縦に何度も振った。
私に同意している様子だが、私がテレビ局でこの少年に会ったことなど、何でヤツが知っているんだろう。
「葉月ちゃん、なんだか直接の知り合いみたいね」
後ろからマスターに声を掛けられて、私はまた鷹介からマスターの方へ向き直る。
「ええ、まあ。この間テレビ局の廊下でぶつかりそうになって。そのときは素顔だったけど、普段は覆面をしている有名な少年マジシャンだって紹介されたの……」
「ええ、そうなの~? 素顔のこの子に会ったのね~? かわいかった?」
「まあ、そこそこ。でも普通の小学生って感じよ。
あ、マスター! ダメだよ。イケメンになりそうか、なんて聞かないでよ!」
「あら、ばれちゃった?
ところで、鷹介くんはどんなお知り合い?」
私はマスターの視線とともに、ふたたび鷹介を振り返る。
「あー、えー、昔の馴染みっていうか」
「幼なじみ?」
「あー、うん、幼なじみに似ているっていうか」
「え? だってテレビだけじゃ、素顔が分からないでしょ?」
そう突っ込んだ私を鷹介はギロッと鋭い目で睨みつけ、口を大きく二度、開いた。
―― ば……か…… ――
鷹介の口は、私に向かって明らかにそう告げていた。
『なっっ!?』
「まあ、覆面していても雰囲気は分かるわよね~。葉月ちゃんには分からないかもしれないけど、あたし、この子イケメンになると思うわぁ。鷹介くんの幼なじみもそうじゃなくて?」
「…………まあ、確かに」
「ほうら、やっぱりぃ~」
マスターの妄想で会話は終わったが、席に腰を下ろした私と鷹介は、お互いに睨みを利かせていた。
『何でお前にバカ呼ばわりされなくちゃならないんだ。このアホ!』
と目で訴えると、鷹介も鋭く睨み返してくる。
『このマヌケ!』と目で訴えながら、斜め前に座る私の方へ足を伸ばして脛を蹴ってきた。
『いたっっ! 何なんだ、こいつ!』
「ハツコさんやまどか少年とも会えたなんて、すごいわ。コソコソ隠れなくちゃいけなくなっちゃったのはかわいそうだけど、その分、貴重な体験したんじゃないの」
折よく美都季が声を掛けてきたので、私は鷹介に殴り掛からずに済んだが。
「あ、そ、そうね。そう思わなくちゃね」
「そのうち葉月も芸能人になっちゃって、私たちとはなかなか会えないなんてことになるかもしれないよ」
「そ、そんなこと、絶対ないよ」
美都季に答えながら、目線は鷹介から動かせない。私を蹴った彼は、飲んでいたアイスコーヒーのグラスをわざとカラカラと音を立ててかき回したかと思うと、その棒を持ち上げて、もう片方の手でそれを盛んに指さしている。
『あの棒が何?』
鷹介は指さしながら、何度も口をパクパクさせる。
『あ、お、あー……。ま、ろ、らー……。……ま、ど、らー。あ、マドラーか……』
「マドゥーラ!!」
私が立ち上がって叫んだので、美都季も正面の修人も驚いて飛び退いた。後ろでマスターが椅子からひっくり返った音がした。
「な、何? 突然」
したたか腰を打ったマスターが、腰をさすりながらよろよろと立ち上がって言った。
「あ、いえ、ごめんなさい。え、と、母に頼まれていたんだわ。この店のマドラーが欲しいって」
「「「は?」」」
私の声に驚いた三人は、拍子抜けした顔で私を見た。
マスターはひっくり返った椅子を直しながら、ブツブツ言った。
「確かに、うちのマドラー、特注の真鍮製だから、お母さま、お目が高いけど、そんな大声で突然言うことじゃないでしょ?」
「ごめんなさい。いつも忘れてしまうから、今日こそ忘れないようにしなくちゃって思っていて。ちょうど思い出したからつい声が大きくなっちゃった」
「分かったわよ。ひとつ包んでおくから、帰りに忘れないようにね。でも、本当に高いのよ」
「お代は、後でもいい? 私が忘れちゃうものだから、母に代金もらってなくて」
「いいわよ。忘れなければね!」
なんとかその場はうまく(?)誤魔化せたが、私の心は衝撃的な事実を知って動揺していた。
確かにあの少年に初めて会ったとき、どこかで会ったような気はしていたが、まさか転生人とは思えなかった。これまで出会った転生人は、犬になったアドリエンヌさまも含めて、だいたい一目か二目で判ったものだが、この少年のときには何故気付かなかったのだろう?
犬のアドリエンヌさまの年齢も含め、だいたい似たような頃に転生して同じくらいの年だというのに、この少年だけ極端に若かったからだろうか。
しかし何故、ゾルには判ったのだろうか。しかもテレビモニター越しの覆面をした姿だったというのに。
とにかく、私にとってはいろいろなことがショッキングだったが、一番の理由はこれだろう。
探し求めていた大魔術師マドゥーラの転生した姿が、十才にも満たない少年だったということだ……。