少年マジシャンの謎 (1)
「やっぱり葉月さんは、全国の人が認めるアイドルなんだよ! ぼくはそんな人のそばにいられて幸せだな~」
うざい。非常にうざいが、女王陛下のために我慢するんだ私!
吐き気がしそうなセリフを並べる修人の横で、帽子を深くかぶって、サングラスを掛けた私は背中を丸めて歩いていた。
『ハツコの部屋』に単に出演しただけなら良かったが、あんな騒動を起こしたために、私は全国の視聴者の印象に強く深く刻み込まれることになってしまった。ハツコさんがうまくまとめてくれたからマシだったものの、番組も中断を余儀なくされたような感じは、視聴者にもバッチリ分かる。
さらに、『ハツコの部屋、始まって以来の事故!』『天才弓道少女の恐るべき実力』なんていうネットニュースが流れ、2チャンネルでも(私には刺激が強すぎて見られないが)あれやこれやと叩かれて、放送前から私は、いま活躍しているアイドルなんかよりもずっと有名人になってしまったのだ。しかも、思いっきり身バレ顔バレしているし。
学校には報道陣や、いつの間にやら出来たファンクラブのメンバーが押しかけてきて、理事長が泡を食ったらしい。学校には当分顔を出さなくていい。その代わり、補習担当の教員を自宅に派遣しますということで、自宅軟禁が決まった。
理事長も、私のテレビ出演に自分の方が乗り気だったため、停学なんてことは口が裂けても言い出せないのだ。まあ、それならそれでいいのだけど、部活ができないじゃないか!
家の中に籠っているのも辛いので、修人をカモフラージュに使って外出してきたというわけだ。幸い顔バレも短い番組の中だったため、帽子とサングラスがあれば私に気付く人はいないだろう。(……いや、余計怪しいかもしれないが、怪しいので逆に近づけない)
しかし、そんな覚悟で外出した先は、『カフェ・ラタン』だというのだから、情けない。
私たちが到着すると、二人の先客がいた。いちばん奥の席で、仲良さそうに盛り上がっているふたり。美都季と鷹介だ。
私は店に着くなり、ズカズカと大股で奥の席まで直進し、美都季を押し退けながらその隣に割り込んだ。そして、帽子とサングラスを取って、ぷはーっと大きく深呼吸した。
「はー、この店には知り合いしか来ないから、助かるわー!」
「ちょっと、葉月ちゃん! それどういう意味!? まるでウチが流行ってないみたいな言い方ね!」
「流行ってるじゃない? お客はみんな常連だからってこと」
「くー。高校生の常連ばかりなんて、全然儲からないわよ。そのうち大物が通う隠れ家的店っていうので有名になってやるから! そうよ、葉月ちゃん、テレビ局に売り込みなさいよね!」
「はー、何でそんな話になるわけ? 私はテレビ出演したために、こんな苦労しているっていうのに」
「まあ、まあ、まあ……。どちらも熱くならずに。この店のおかげで、こうして葉月さんも羽が伸ばせるんですよ。感謝しています」
「うん、まあ! さすがね~、修人クン! イケメンは、顔だけじゃなくて、言うことも違うわ~」
「こら、こら、こら! なんで修人が感謝するの! そこ違うから!」
三つどもえバトルに、美都季と鷹介が笑いを押し殺している。
四人が席に落ち着いて、私たちのバトルのほとぼりが冷めてくると、ようやく美都季が口を開いた。
「ともかく、しばらく大変よね。まさかこんな騒ぎになるとは思わなかったし」
「部活の方はどうなの?」
「変わりないけど、葉月が見られると思って、射場の塀の上から覗いている人がいるのよ。結構高い塀なのに、脚立まで持ってきて覗いているみたい。気になるし、危ないからその度に注意したり、一年生に見張らせたりしてるんだけど……」
「はあ、テレビの弊害って、大きいのね。みんなに謝っておいて」
私が項垂れると、美都季が優しく背中をさすってくれた。
「だからこそ、鷹介さんにお願いしたのよ。ちょっと遠いけど、翠泉寺高校といっしょに練習させてもらえないかって。そうすれば、葉月も練習に参加できるでしょ?」
「ぼくにも責任があるんだし、そうしてもらえた方が、こちらも気持ちが治まります。ぜひ、そうしてください」
鷹介が爽やかな笑顔で、私と美都季を見る。
『こいつ、本当に反省してるのか? ライバルの窮地をあざ笑っているようにしか見えん!』
「ほんと~。イケメンくんたち、心も清いわよね~。葉月ちゃん、大変だけど、こんなイケメンくんたちに協力してもらえるなら、幸せじゃない~」
コーヒーを二つ持って、私と修人の前に置きながら、マスターが言った。
「マスター、さっきからイケメン、イケメンって。イケメンじゃなかったら、心も清くないんですか?」
「そんなこと、ないわよ~。あたし、マッチョでワイルドも好みよ~」
「関係ないし……」
私はふてた顔でそっぽを向いた。
「葉月ちゃん、ひきこもるようになって、心も病んじゃったのね。かわいそうに」
「誰が!!」
まったく、マスターは、こいつらの容貌の裏に隠された素性を知らないからそんなことが言えるんだ。ひとりは、『俺』を陥れることしか考えずに金魚のフンみたいに現生までくっついてきた単純バカ。ひとりは、『俺』無しでは何にもできないマヌケ部下!
鋭い目で、マスターを振り返ると、マスターが三歩ほど下がって、あごの下に手を添えた。完全に脅えている姿勢だ。
「……本当に病んでるわ。以前の葉月ちゃんに戻るのをカミサマに祈るしかないわ」
そのままマスターは、逃げるようにカウンターの方に戻っていった。
「まあ、そういうことで葉月。あなたのせいではないけど、あなたからも、鷹介さんにお願いして」
「……よろしく……おねがい……します」
まるで、酔っぱらって外で騒動を起こして来た旦那が、奥さんに引っ張っられて相手方に謝罪しているみたいじゃないか。下げた頭のままで、ちらっと目線だけ上げると、鷹介が、口に拳を当ててこちらを見ているのが分かった。
―― 嗤って……やがる ――
もう、これ以上ひんしゅくを買うのは嫌なので、私は拳を握りしめて、怒りが通り過ぎるまでうつむいていた。
「さあ、ここから、何が飛び出すというのでしょうか? 天才少年に使えない魔法はない!」
しんと静まり返っていたので、カウンターの上にあるテレビの音が、やけに大きく響いてきた。思わず、私たちはそのテレビに注目する。マスターは、カウンターに座ってテレビを見上げながら、ひとり言のように呟いた。
「すごいわよねー。この子。小学生のくせに、こんなダイナミックなことやっちゃうんだから!」
ジャジャジャジャーン!
派手なファンファーレが響いて、後ろ向きの少年が手を上げると、正面の幕が下りて、中から象が現れた。マスターがテレビに向かって拍手する。
「いやあ、あんな大きな動物が、どこから出てきたんでしょう? まどかくん、すごいです! タネのヒントをくれませんか?」
すると、覆面をした少年がアップになり、にやりと笑って言った。
「タネなんて、ありませんよ。ぼくは魔法を使っただけです」
「「あーーー!」」
突然立ち上がったのは、私と鷹介だ。
私は、この子が以前テレビ局で会った子だということに気付いたんだけれど、鷹介も知り合いなのか?
私がテレビの画面から鷹介を振り返ると、鷹介も訝し気な顔で私を見つめていた。