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弓道アイドル はづきちゃん♡ (6)

 スタジオが騒然となって、その後番組がどう回収されたのか記憶にないが、気付くと私は控え室にいた。

 確か、あまりの騒ぎに私がショックを受けて立ち尽くしていたので、絢さんが控え室に連れてきてくれたのだ。


 いま、私の前には、畳に正座して頭を下げている信楽しがらきさんがいる。

 その後ろに、スタッフが数人、同じように土下座のような姿勢で並んでいる。


「あの……」


「本当に、申し訳ありません!

 葉月さんに念を押されたにも関わらず、甘く考えてしまって。まさか、あれほど…………いや、言い訳なんて見苦しい。とにかく、私の責任です! 本当に、本当に、申し訳ありません!」


「いえ、あの、ケガされた方はいらっしゃらなかったんですよね? それならもう、いいですから」


「いや、本当に、本当に……」


―― 謝るくらいなら、最初から約束守ってよー。と言いたいが、余計面倒なことになるから止めておこう。早くこの状況を終わらせて、さっさと帰りたい! ――


 私は、盛んに謝り倒す信楽さんたちを前にして、段々とイライラが募ってきていた。


「信楽さん、葉月さんも、もういいと言ってくださったんですから。それより早く帰してあげないと」


 入口の方から響いてきた、絢さんの鶴の一声で、ようやく『大謝罪大会』がおひらきになった。

 スタッフがひとりひとり、私の前に来て、頭を下げながら、お辞儀をしていく。最後に信楽さんが私の手を両手で力強く握って、涙目で言った。


「どうか、これに懲りずに、エックステレビにまた出演してください!」


 そういうことか。私をエックステレビの売りにしたいということか? そんなに期待されても、こんなブームはすぐに去ると思うんだが。

 部屋を出るまでの短い距離も、何十回と頭を下げて、信楽さんが姿を消した。

 それを見送って、入り口にいた絢さんと藤堂さんが、私のところに寄ってきた。


「失態をおかした上に、いつまでも足止めさせてしまって、すみません」


 絢さんの謝罪のほうが、よほどシンプルでわかりやすい。私はようやく落ち着いて、気になっていたあの後の収録の様子を訊くことができた。

 私が途中でこの控え室に来てしまったので、対談番組として成り立たなくなってしまったことが心配だった。絢さんの話では、事態が落ち着いてから、ハツコさんの締めの感想を収録して終えたらしい。


「ハツコさんは、何て言ったんですか?」


「『葉月さんが弓を引いたところを目の前で拝見したら、すごい迫力でした。カメラマンが、圧倒されて、テープを止めてしまったほどでした!

 ということで皆さん、途中で映像が途切れてしまい、たいへん失礼いたしました! でも、天才弓道少女、葉月さんの実力がどれほどのものか、お分りいただけたことでしょう!

 番組では、ぜひもう一度、葉月さんをお招きして、本日の続きを語っていただけたらと願っております。どうぞ、お楽しみに。

 それでは、みなさま、御機嫌よう!』

 という感じで、上手にまとめてくださったので、大丈夫ですよ!」


「すごい! さすが、対談番組の女王ですね! でも、ということは、私はまたテレビに出演するかもしれないと?」


「そういうことになるかしら」


 絢さんは、ふふふと、意味ありげに笑う。さすが園華そのか従姉いとこだ! 私は番組がうまく収まって安心したものの、すっかり絢さんの術中にはまってしまったような怖さを感じた。


「先のことは、まだわかりませんし。

 それより、大変お疲れになったでしょう。ロールスロイスの乗り心地には程遠いですが、藤堂のハイエースで、ご自宅までお送りいたします。本日は、本当にありがとうございました」


 二人に深々と頭を下げられると、またまた、自分が人気芸能人にでもなった気がして舞い上がりそうになった。



 再び、狭い廊下を戻っていく。行きに男の子とぶつかった辺りに近づくと、また同じ部屋から男の子が出てきたのが見えた。今度は前より落ち着いているようだが、やはりトイレを目指しているらしい。


―― トイレが近い子なのかな? ――


 男の子は、すぐにトイレを済ませて出てきたので、ちょうど私たちと鉢合わせる形になった。


「あ!」


 お互いに声を上げたが、先に話し出したのは、男の子の方だ。


「さっきはすみませんでした! 慌ててたから、あやまることができなくて」


 今日はよく謝られる日だな。それでも、一所懸命体を折り曲げて謝っている男の子は、なんだかいじらしい。


「いいのよ。トイレに間に合わなかったら、大変だもの」


 私がそう言うと、男の子は嬉しそうにほころばせた顔を勢いよく上げた。


「ありがとう! 優しいお姉さん!」


 優しいだなんて……。私は照れて目を逸らし、頭を掻いた。


「葉月さん、この子、誰か分かります?」


 絢さんが私に訊いた。再び男の子の方を見ると、確かにどこかで会った気がした。


「天才少年マジシャン、まどかクンよ」


「え?」


 天才少年マジシャン西条まどか。今テレビで引っ張りだこの男の子だ。まだ小学校の三、四年だったはず。顔にはいつも覆面をしているので、素顔は知られていない。


「……と、いうことは、あの名前、『まどか』って読むんですか?」


 私は、まどか少年の楽屋の入り口に貼られている紙を指さした。


―― 西条 魅登嘉 様 ――


「そう、ぼくの本名です!」


 確か、芸名はひらがなで『まどか』あるいは、通称『まーくん』だったと思うが、本名の方が芸能人のようだ。親のキラキラネーム趣味は、芸名以上だ。


「芸名以上に、華やかな名前ね」


「キラキラネームって、言いたいんでしょ。でも、これ、ぼくのひいばあちゃんが付けたんだよ。昔の人のも、読めないような漢字の名前、多いと思うよ」


「たしかに……」


「本名は気に入ってるんだけど、これじゃいちいち読み方を説明しなくちゃいけないから、芸名はひらがなにしているんだ。でも、こういうところに貼りだしてもらうときは、本名にしてもらってる」


 小学生とは思えないようなこだわり! ひいおばあさんのことが好きなんだな。年齢の割に大人びた感じがするのは、年寄りっ子の特徴かもしれない。


 たわいもない会話を交わしたあと、「また、会おうね~。お姉さん!」と言って、まどか少年は楽屋に消えた。


 私はそのまま、帰途に付いたのだが……。



 はて。まどか少年に、どこかで会ったような気がするのは、テレビでよく観るからだろうか。彼は、テレビでは覆面をしているので、顔は知らなかったはず。

 それでも私は、絶対に、どこかで彼に会っているはずなのだ。


 いろいろあって、ひどく疲れているはずなのに、なぜかそんなことが頭を離れず、私はその夜、なかなか寝付けなかった。



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