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弓道アイドル はづきちゃん♡ (5)

 リハーサルでは、弓を引く真似だけで良かったので、問題はなかったのだが……。



 本番が始まった。

 テーマミュージックが流れて、ハツコさんがお馴染みの挨拶をする。


「皆さん、こんにちは! ハツコの部屋へようこそ!

 本日は、いつものゲストとはちょっと違う、珍しい方をお招きしております。先日放映された番組で、突如、注目を集めた『普通の女子高生』なんですよ。ここまでお話したところで、お分かりになった方もいらっしゃるのでは?

 本日のゲスト、天才弓道女子高生、沢渡葉月さんで~す!」


 ぱちぱちぱち~。

 ひゅう、ひゅう~。


 ハツコさんの拍手に合わせて、広いスタジオにスタッフの拍手と口笛が響き、カメラが私の方へ向けられた。精一杯頑張っても、どうしてもぎこちない笑顔がアップになる。目の前のモニターの大画面にそれが映されているものだから、非常に居心地が悪い。


「こんなかわいらしいお顔からは、想像できませんが、弓を引いている時の目つきはとても鋭くて、凛々しいんですの。その差に、番組をご覧になった方が魅了されて、謎の弓道少女としてネットを騒がせたんです。

 こうしてテレビの画面でご本人を紹介するのは、この『ハツコの部屋』が初めてですのよ。

 今日、ご覧になっている方は、運がいいですよ」


 ハツコさんが、立て板に水の如く話し続けている間に、カメラの画面は私の顔のアップを映し続けている。


「改めまして、葉月さん、ようこそいらっしゃいました」


 ようやくカメラが私の顔から引いて、セット全体を映し出し、ほっとした。

 しかし、今度はハツコさんの質問攻めだ。リハーサルでは、そこまで細かく訊かれなかったのだが、家族構成、学校での様子、部活の経歴、友人関係、エトセトラ……。どこまで正直に答えていいのか分からない。無理やり全国に向けて身バレさせられている気分だ。

 ハツコさんは、軽く受け流すどころか、ひとつひとつ細かいところまで取り上げて、ご丁寧にコメントを付けてくれるものだから、一度発言してしまったら無かったことにはできないし、誤魔化しようがない。

 変なことを口走っていないだろうかと、質問に答えながらもひやひやとしていた。そのうち、自分でも何を話しているのか、分からなくなっていた。


「これが、愛用の弓なんですね~」


 いつの間にか、幾人かのスタッフの手によって、ハツコさんと私の間に、私の弓が置かれていた。


「持たせていただいて、よろしいかしら?」


―― あっ…… ――


 心では、「まずい」と思いながら、顔は無意識のうちに笑顔で頷いていたようだ。

 ハツコさんが少し腰を浮かせて弓に手を掛けるが……。


「うう……」


 中途半端な姿勢で、鉄板入りの弓を持ち上げようとしたものだから、ハツコさんの腰に負担が掛かってしまったようだ。弓はびくともしないが、ハツコさんの身体が微妙に震えた。

 しかし、さすがは芸能人。一瞬苦痛で顔を歪めたものの、何事も無かったかのように、席に落ち着いて笑顔で言った。


「すごい重さです! この小さな身体で、こんな重い弓を引いてらっしゃるの?」


「は、はい……」


「んまぁ。

 皆さん、テレビではお分かりにならないでしょうけど、ずっしりと重いんですよ。とても女のコが持ち上げられるようなものじゃないです!」


「ほほほ……」


 とりあえず、優雅に笑って誤魔化す。


「では、実際に引いていただきましょうかしら。テレビの前の皆さんも、期待されていることでしょう!」


 誰が期待してるって、言ったんじゃ! 

 しかし、そのために呼ばれたんだし、これで弓も引かずに終わったんじゃ、私は誰?ってことになるから、テレビ的に何にも面白くないだろう。


 ガラガラガラ……


 キャスターに載せられて、セットの前に巻藁まきわらが運ばれてきた。

 左右3メートル、巻藁に後ろには誰も入らないとの約束をちゃんと守ってもらえるのか、確認するため、セットの正面向こうで腕を組んでいる信楽しがらきさんに目で合図を送る。私の言いたいことが伝わったのか、信楽さんが大きく頷いて、巻藁の方へ案内するように手を差し延べた。

 私が立ち上がって、軽々と弓を持ち上げると、ハツコさんが「んまぁ」と感心するように言って、胸の前で手を合わせた。


 スタッフが持ってきた、私の練習用の矢を受け取ると、巻藁の前に立ってつがえる。私の練習用の矢は、念のため先を丸めてあるので、万が一のことがあっても深く人を傷つけることはないが、私の力で放った矢が当たれば、ケガをしないで済む保障はない。

 いくら広いとはいえ、射場ではないところで引くのだ。慎重にならざるを得ない。信楽さんを信用していないわけではないが、念入りに周囲の安全を確かめて、弓を引き始めた。

 カメラが、私の弓を引く様子をじっと見つめているのが分かる。


 弓を引き切って、あとは矢を放つだけになったとき、巻藁の向こう側で人が動いたのが分かった。入ってはいけないといった巻藁の後ろに、腰を屈めて入ってきて、足元の機材を何やら確認している。どうやら機材に不具合が出て、様子を見に来たようだが、ちょうど巻藁の向こう側。私の位置からは優に20メートルはあり、しかも巻藁があるので、大丈夫と思っているのだろう。私の矢が巻藁を貫通してその向こうまで飛んでいくなど、想像できていないのだ。


 ざわざわと声がして、慌てて畳を持ったスタッフが、しゃがみ込んでいる人の前に立った。しかし、それで余計、どこを狙っていいのか分からなくなってしまった。

 先の丸まった矢でさえ、巻藁と畳を同時に貫通してしまうことは予測が付くので、最悪でも人に当たることは避けなければならない。

 しかし、畳が邪魔して、後ろのスタッフがどこにいるのか分からないのだ。


―― どうすれば、いいんだよぉ~ ――


 見かけは冷静に狙いを定めているように見えるが、私の心の中は激しく動揺していた。

 とにかくスタッフの居る位置に見当を付けて、頭の中でそれを外すような発射角度を計算しなければ。巻藁を通さないと、矢の勢いを弛めることができず、どこへ跳ね返るか分からない。しかし、巻藁を通り抜けるときに、矢の軌道は歪む。それも考慮して……。

 一瞬の間に、私はそれらを計算して、狙いを定め、矢を放った。


 案の定、一度巻藁に潜った矢は、すぐにその先へ飛び出した。

 そのままスタッフが立てかけている畳の上部を貫き、その向こうの壁に当たった。静まり返っているスタジオに、カッツーンと大きな音が響く。先が丸まった矢は壁には突き刺さらず、はじかれて上向きに大きくはね返り、畳の前に落ちた。

 畳を抑えていたスタッフは、矢が当たったわけではないのに、矢が貫通した衝撃で畳ごと後ろにひっくり返ってしまった。その後ろに屈んでいたスタッフが悲鳴を上げる。不具合を起こしていた機材に、ますますダメージを与えたのか、スタジオ中に甲高い金属音と、ブーンという振動音が響き渡った。

 他のスタッフも非常事態に走り回る。


「カメラ止めて~! そっち確認して~!」

「どこ、やられた?」

「そっちはいい、こっちにこい!」


 スタジオ中が騒然となり、怒号が飛び交う。

 私は、弓を持ったまま、その様子を立ち尽くして眺めているしかない。


 しばらくして、そろそろと首だけ振り返ると、ハツコさんが蒼褪めた顔で私を見ていた。


―― ……ええと。これ、生放送じゃないから、編集できるよね? ――


 私の頭には、とりあえず、そんなことしか思い浮かばなかった。


 

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