弓道アイドル はづきちゃん♡ (1)
「どうしたの? ぼんやりしちゃって」
修人が私の前で、アイスコーヒーのグラスをカランと鳴らした。
「え? あ、ああ。何でもない」
私は慌てて自分のグラスのコーヒーを飲み干す。
「これから、どうしよっか? 映画でも観る?」
「うん。そうする……」
抑揚のない私の返事に、修人は一瞬表情を曇らせたが、すぐに笑顔に戻って立ち上がった。
「ふたりで五百円でいいわよぉ~」
葉月さんはいいよと、自分の財布を出した修人に、マスターがニヤニヤしながら言った。
五百円玉を差し出した修人の手を、むんずと掴んで引き寄せ、マスターが囁く。
「葉月ちゃんをどうぞよろしくね~。こんなさわやか系イケメンを捕まえるなんて、葉月ちゃんも隅におけないわね~。葉月ちゃんと喧嘩したら、いつでもいらっしゃいな~。いくらでも愚痴を聞いてあげるわよ~」
「はいっ、はいっ、はいっ!」
私は修人とカウンターの間に入り込んで、繋がれた二人の手を引き離した。
「葉月ちゃ~ん、グッドラック!」
投げられたマスターのキスを、掴んで投げ捨てるふりをして、修人の手を引いて足早に店を後にする。
「あのマスター、面白い人だね! さすが葉月さん」
「何がさすがなの? 行きつけの喫茶店のマスターがオネェだからって、すごいことなの!?」
「何を怒っているの?」
「……あ、いや、別に怒ってるわけじゃ……」
意味も無くつい言葉に力が入ってしまったようだ。私は反省して口をつぐんだ。
さてさて、私が何で修人とこんなデートをすることになったかといえば、前回の鷹介との試合に遡る。
鷹介は、前世の世界から、過去の記憶を持ったまま転生してきた者が他にもいると言った。しかもそいつは、女王様が目的で転生してきたらしい。
多数の人間を一度に異世界に転生させる術など、大魔術師マドゥーラ以外に使える者はいないだろう。
マドゥーラが、迂闊にも敵国人のゾルまで転生させてしまったことを考えると、他にも騙されて彼が転生させてしまった余所者がいないとは言えない。
ともかく、過去の記憶を持ったまま転生してきた誰かが、女王様を狙っているという情報が、鷹介の出まかせだとは言い切れないのだ。鷹介がどこまで情報を掴んでいるかは分からないが、彼はそのくらい自分で探れと言った。鷹介に頼り切るのも癪に障る。
鷹介は味方になってもいいと言ったが、ライバルを頼るより、いざという時頼れる人物がもうひとり、身近に居ることに気付いた。それが修人だ。
修人はヴォールの部下アスモの生まれ変わりだ。前世では間抜けで何をやらせても使い物にならなかったが、今世ではサッカー部のエース、抜群の運動センスを持っているのである。本人の望みをマドゥーラが見事に実現したのだろうが、現在の彼は、アスモとは違う頼もしい部下……失礼、味方なのだ。
あの試合以降、修人のアプローチはますます盛んになった。練習がオフの日は(強豪サッカー部なのに、なぜか、週に二、三日あるようだが)例の学校近くの自販機の前でリフティングをしながら待っていて、「試合を見て、ますます葉月さんに魅力を感じた」とか、どうとか、熱烈に誘ってくるようになったのだ。
どうやら、ヴォールターナーに一途に憧れていたアスモの想いが無意識のうちに強まってしまったのではないだろうか? 女子の強さに惹かれたなどというと、少しM的なものも感じられなくもないが。
しかし、ここで無碍に修人をあしらって疎遠になるよりも、頼もしい部下(いや、味方!)との関わりを持っておいたほうがいい。そう判断して、修人の誘いを受けてみたというわけだ。
正直なところ、美都季が、「こんなに一途で素敵な人なのに、どうして避けるの?」と言ったことがダメ出しになったというのもある。美都季に私の人間性を疑われるのは嫌だというのが本当の理由かもしれない。
そういう美都季は、あれからますます鷹介に熱を上げている。鷹介の方から一方的に美都季に迫っているのなら許せないが、美都季の方にも想いがあるのなら、私にはどうすることもできない。私が嫉妬をむき出しにして余計な邪魔をして、今度こそ美都季と絶交なんてことになったら洒落にならないのだ。
そんな複雑な想いを誤魔化すために、修人との付き合いが必要だったともいえる。
いずれにしても、かなり打算的に始めた交際であることには違いない。
「どうだった?」
「は?」
「は? って、映画、面白かった?」
気付くと、私たちはすでに映画を観終わって帰途についているところだった。
映画の間中、なんで修人とデートをする羽目になったのかを延々と振り返っていたということか。よほど自分としては不本意なんだろう。
鷹介との試合が引き金となって、勇者ヴォールターナーの思考が強く蘇ってしまい、内面はまさに『猛者』の私が、かよわい女子のフリをして、修人に甘えるような真似ができるはずがない! これは、女王様を守るためと、美都季に嫌われないためなのだと割り切ろうとしても、やっぱり楽しいはずはないのだ。
ニコニコと見つめている修人の端正な顔が私には、眠たそうな目をして口をポカンと開けているアスモの間抜け面にしか映らない。
「……うん……。面白かったよ」
最後は頑張って頑張って、にこっとしてみたものの、すでに修人は違和感を感じていたようだ。
「あんまり面白くなかったようだね。ごめん、選択間違えたかな? 今度は葉月さんの好みをちゃんと聞いてから選ぶからね」
これだけ聞いていれば、なんて気遣いの出来るいいヤツだと思うだろう。端正な顔が哀し気に歪むのを見て、フツーの女子なら心がズキッと痛むはずだ。
修人は基本的に悪いヤツじゃないのだ。前世の記憶さえ無ければ、こんなに優しく気遣ってもらって、何を文句があるだろうか。
問題は、私にある前世の記憶が強すぎて、彼が修人ではなくアスモに見えてしまうということなのだ。
「う、ごめんなさい。頭痛がしてきた。申し訳ないけど、今日は帰るわ……」
「え? 大丈夫? 家まで送っていくよ」
「あ、そこまでしてもらわなくても、大丈夫だから」
「大丈夫じゃないよ。誘った俺にも責任がある」
「そんなことない! 大丈夫だから!」
「葉月さん!」
追いかけてくるな~! 頭痛の原因! いや、勝手にこちらが余計なことを考えてしまうだけなんだが、やっぱりアスモはアスモとしか思えない!
頭痛がすると言いながら、私はダッシュでその場を立ち去ってしまった。
家にたどり着いた途端、さらに頭痛が悪化する出来事が待っていた。
「葉月さん、おかえりなさい! 今、テレビ局の方がお見えになっていて、葉月さんを待ってらっしゃったんですよ!」
玄関を入るなり、満面の笑みで三洗さんが私にそう言ったのだ。