対決! ヴォールVSゾル (8)
『次の対戦は、飛んでいくボールを射抜いた数を競うというものです。神部選手には白いボールを、沢渡選手には赤いボールを狙ってもらいます。ピッチングマシーンの速度は徐々に上げていきます。
いくつのボールを射抜くことができるか!
最後に射抜いたボールの数を数えて勝敗を決めます』
アナウンスが流れて、ようやくルールを知らされる。よくもまあ、いろんなゲームを考え付くものだ。それに短期間で準備できる範囲で考えついたものだ。
私は怒るどころか、企画者の発想に感心していた。
ピッチングマシーンが作動して、合図で鷹介が矢を番えて構える。少し空を向いたピッチングマシーンから白いボールが斜め上空へと飛び出した。
ほぼ同時に鷹介が矢を放つ。矢はボールに命中するが、はじかれて落ちた。
『マジか? 硬式ボールじゃないか! 普通の矢じゃ射抜けないだろ。容赦ないな』
動揺している私の前で、鷹介は冷静に弓を下ろしたが、かなり不服なのが背中から伝わってきた。敵とはいえ、鷹介に同情を覚える。
しかし、威力の強い私の弓矢が有利かといえば、そうではなかった。
私の横から赤いボールが飛び出し、すぐさま矢を放つが、ボールの失速の方が早くて、私の矢は遥か彼方に飛んでいく。
二人ともに不利だが、それなら逆に面白い試合だ。どちらが先にこのゲームのコツを掴めるかが勝敗のカギとなる。
二矢目にして、鷹介はコツを掴んだ。飛び出したばかりのボールではなく、失速して落ちるボールを真っ直ぐに狙い、射抜いた。動きの鈍ったボールなら、矢の威力の方が勝る。それでも鷹介の矢はかろうじて矢先が刺さったくらいだが、鷹介、いやゾルの感覚なら、その誤算もすぐに修正できるだろう。
ボールの速さが増せば飛距離が変わるので、その調整も計算しなくてはいけないが。
私はといえば、ズルいが鷹介の作戦を真似ることにした。落ちてきたところを真っ直ぐに狙うが……。それでも私の矢の速度が速すぎる。ボールが落ちる前に、矢はその先へと飛んで消えた。
「あーあ。矢の回収が面倒くさいなー」
敢えてそんなことをボヤいて動揺を隠してみた。いや、実際に勝負はまだまだこれから!ボールの飛距離が伸びれば、私に有利だ。
ピッチングマシーンを操作する側は、速度を増すだけでなく、その角度や方向も色々と変えてくる。
次の射は、かなり上空に打ち上げられたボールが加速度を上げて落ちてきたため、鷹介の狙いが外れた。逆に私は中空の一番高いところで速度を緩めたボールを射抜いた。
それを見て、鷹介が試合を中断するように合図し、審判に何かもの申しに行った。
立ち位置に戻ってきて、鷹介が私の方を睨んでふんと鼻を鳴らしたかと思うと、アナウンスがルールの改正を告げた。
『只今、神部選手より、ルール変更の申し出がありました。順々に行うと、先攻の選手が不利になるため、同時にボールを発射します。しかし、それぞれの方向や速さは変えていきます。選手には、自分のボールの飛び方を瞬時に見極めて射抜いてもらいます』
私は鷹介の背中に呼びかけた。
「ま、もっともだな!」
次からは、まさにどんなボールが放たれるか見当もつかなかった。もともと速さや角度が計画されているわけではなく、ピッチングマシーンを動かしている人が適当に決めている感がある。もちろん、翠泉寺高校の生徒に任せていたら、私には断然不利になるので、それぞれのマシーンに付いているスタッフが指示しているようだが。
そんなわけで、速度も、方向も(もちろん、観客席や場外に飛んでいかないような配慮は十分されているようだが)全く定まらないボールを狙って、私たちはピリピリと神経を張り詰めなくてはならなかった。
しかし、これは、平和で生ぬるい今までの生活には無かった緊張感だ。
ヤルか、ヤラレるか、戦場の緊張感によく似ている。
さっき、鷹介に煽られたせいで、余計にヴォールターナーの闘志が燃え上がっていた。
ーー なんという、快感だー! ーー
近くで私の表情を観察する人がいたら、ギラギラと目が輝いていることに気付いただろう。
回を経るごとに、鷹介も私も、百発百中の命中率を維持できるようになっていた。
射場には、無残に射抜かれた紅白のボールが無数に転がって、かなり不気味である。
最後のボールが放たれて、鷹介も私も、同時にそれを射抜いた。
プォーンという終了の合図が鳴り響く。
一応武道なので、そこはきちんと射場に向かって礼を尽くし、静かに退出する。
矢とボールが回収される間、またまた鷹介とベンチに並んで待つことになった。
「ヴォール、さっきはあんなことを言ったが、こうやってこの世界でもお前と対戦できて俺は嬉しいよ。なんだか昔が戻ってきたみたいだ」
さっき、似たようなことを言った私に逆上しておきながら、この態度の変わりようは何だ? ゾルは本当に単純バカで、私と対戦できればそれで良かったというのか?
「何を今さら! 約束は忘れるんじゃないぞ。お前のやったことは許せるもんじゃない!」
「お前と対戦したいって、それだけの理由で俺が転生したって、本気で思ったのか?」
「何だと? お前がさっき自分でそう言ったんじゃないか!」
「全く、ヴォールの脳筋は未だ健在だな!」
「??」
「イニュアックスの人間に執心して転生しているのは、俺だけだと思ったら大間違いだ。俺やお前より単純なヤツは他にも居るってこと、覚えておいた方がいいな。
お前が前世の記憶を消して、新たな人生を愉しみたいって気持ちも分からなくはないが、そうなると、単純バカの思うツボになるぞ。
お前の大事なペットを守れるくらいの力は残しておけよ……」
「なんだって!?」
言葉を切った鷹介は、顎をしゃくって観客席を見上げた。その視線の先に、こちらを見つめて尻尾を盛んに振っているアドルが居る!
「…………女王さまが狙われているというのか!? 誰に?」
「そんなこと、お前が自分で探れ。お前の元主君だろ。
一つだけ。俺はこの世界ではもうお前の敵じゃない。お前次第で協力することもあるかもしれない。あくまでお前次第だがな」
「ゾル!」
私の言葉を遮るように、アナウンスが流れた。
『只今、集計が終わりました!
20射中、赤15、白16、よって、白、神部選手の勝利です!』
会場中にどよめきが起こって、やがて歓声と割れるような拍手が響いた。
『いや、それにしても、凄い対戦でした。敗れた沢渡選手も、女性でありながら男性と互角に渡り合えるとは、まさに大和撫子と言っていいでしょう!』
何故か負けた私まで持ち上げられている。
「女だと何かと得だな。こういう効果も予想してたってことか!」
「ゾルザックー!」
私が掴み掛かろうとする前に、鷹介をカメラマンやら、音声係やら、インタビュアーが取り囲んでしまった。
私はその輪からはじき出された。
試合が終わっても、全く問題が解決しないどころか、さらに大きな謎と問題を抱え込むことになって、私は悶々としていた。
半ばやけになって片付けをしていると、鷹介のインタビューを終えたテレビスタッフが、今度は私を取り囲んだ。
「沢渡選手、お疲れ様です! いやあ、同じ女性として、憧れる存在です。おそらく観客の女性も、テレビの前の女性も、私と同じように感じられたのではないでしょうか?
今度はぜひ、お一人でその実力を披露していただきたいものですね!
あまり知られていない弓道の魅力もお伝えできるんじゃないでしょうか?」
その時私が何を答えたか、ほとんど記憶がないが、それ以来、私の名は全国区の電波に乗り、広まることになってしまったのだ。