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対決! ヴォールVSゾル (7)

鷹介の放った矢は、六十メートル先の小さな金の的に一直線に吸い込まれていった。

六十メートル先に、ほとんど放物線を描かずに矢を飛ばすというのは、地味に凄いことなのだが、それが分かっているギャラリーはどれほどいるのか知れたものではない。

私の目には、鷹介の矢がたった十二センチの金的の的心てきしんを射抜いたのがはっきり見えたが、射手側にある観覧席からそれが分かった人はほとんどいなかったようだ。


的側に立っている審判から赤い旗が上がって、ようやく歓声が上がる。


続いて私も矢をつがえた弓を起こす。

これまで何とか力を抑えようと必死になっていたが、今日は思いっきり弓を引いてもいいわけだ。鉄板入りの弓がきりきりきりっと心地よい音を響かせると、体中がぞくぞくとした。


ヴォールターナーの使っていた弓は、鉄板入りなどと生易しいものではなく、まさに鉄製だった。和弓のような大きな物ではないし、もともとしなりやすいように隆線型に鍛えられていたが、ヴォール用にかなりの太さがあったので、並みの戦士には到底引けるものではなかった。ヴォールの体感が残っている私には、今の弓でも全く物足りないが、それすらも調節して引かなくてはいけないというのは苦痛以外に何物でもない。やっとヴォールの力を思う存分解放できる場が与えられたわけだ。皮肉にもライバルの画策によって。


キリキリ、ギリギリ、ギ・ギ・ギ……と弓の唸り声が落ち着いたところで、一気に弦を放す。矢は一瞬で金的を射抜いていた。いや、金的に刺さっていたゾルの矢に後ろから食い込み、それを真っ二つに割いて的に刺さった。つまり私の矢が、鷹介と一ミリの狂いもなく同じ場所を射抜いたのだ。

的は鷹介の言ったように私の矢が潜っていかないように丈夫にできていた。普通は木の枠に紙を貼ったものだが、どうやら分厚い木の板に金の紙を貼っているようだ。私は、はじめて自分の矢が的に突き刺さっている姿を目にした。


審判が赤旗を上げて、矢の行方を見失っていた観客が一斉に歓声を上げた。


ゾルが肩越しに振り返り、小さくこぼした。


「後で俺の矢、弁償しろよ……」


しかし次に鷹介の放った矢も、私の矢の背中を射抜いた。さすがに特製の私の矢を割くことはできなかったが、はずを割って中へと食い込む。丁度、二つの矢を継いだような形になった。


「そっちこそ、弁償しろ」


鷹介にそう返しながら、今度は私が弓を起こす。的心を狙えばまた鷹介の矢に刺さるだろうが、鷹介の矢を割いて自分の矢に当たりはじかれる可能性もある。瞬時にそう判断して私は中心を少し外して狙いを定めた。

放った矢は、的心に刺さった矢の僅か右側に突き立った。


ふたりで四本ずつ交互に放った矢は、結局どちらも的の中央に密集してしまい、勝負を付けることはできなかった。


私たちには想定内の結果だったが、企画したテレビ局の方では予想外だったらしい。慌てて次の対戦の準備が行われた。テレビ企画という手前、常識外の企画もいろいろと用意してきたようだが。



鷹介とベンチに並んで待機している間、私は鷹介の方を見ずに彼に声を掛けた。


「お前が俺をヴォールだと見破って勝負に駆り立てたときには、腹立たしくて仕方なかった。せっかく掴んだ俺の平和な生活を脅かされると思ったんだ。けれど、もともと俺にはまだヴォールの記憶も力も残っている。それを抑えて生活していくのは結構しんどかったんだ。

今日、それを解放することができて、なんだか爽快だ。

そもそも、前世の記憶を残されたことには、恨みがあるがな……」


私が言葉を切ってしばらくしても、何も反応がない。居心地の悪い沈黙に耐えきれなくなって隣をそろそろと振り返ると、鷹介がおもいっきり不快を表した顔でこちらを見つめていた。鷹介が何とか怒りを堪えているというように低い声で呟いた。


「…………お前はやっぱり、もう、ヴォールターナーじゃないんだな……」


「えっ?」


おもむろに鷹介は立ち上がり、仁王立ちになって私を見下し、怒鳴った。


「なんで、女なんかに生まれ変わりたいと思ったんだ!! ヴォールの力が残っているとはいえ、ヴォールの気迫はまるで無くなってしまった! 女々しいこと言いやがって! 

 ライバルがいなくなって、俺は生きる気力を失くした! イニュアックス城に踏み込んだとき、お前の亡骸に魔術を掛けているマドゥーラに掴みかかったんだ。

 せめてヴォールの記憶を無くさせるな! 俺も転生させろって! まさかお前が女に生まれ変わることを望んだなんて、思いもしなかったさ。ああ、こんなことなら転生なんてせずに、クリヌラップでクーデターでも起こしてのし上がってやれば良かった!」


「はああぁぁ?」


唐突に鷹介から、この試合に勝って訊き出すはずだった秘密を告白されて、私の頭は何をどう整理していいのか分からない。


「くそ、こんな試合止めだ! 覇気を失くしたヴォール相手に戦ったって、何も面白くない!」


言い捨てて荷物をまとめ始める鷹介の背中を見ているうちに、私の心の中はすっかりヴォールターナーの殺気に支配されていった。


「おいっ……」


とても女子のものとは思えない重低音が、私の喉から流れ出した。鷹介が手を止めて振り返る。その胸ぐらを掴んで引き上げると、私より二回りほど大きな鷹介の身体が簡単に持ち上がった。


「お前、自分が何をしたのか分かってるのか? ガキみてーな理由で俺の第二の人生を滅茶苦茶にしやがって。お望みの通り、ヴォールターナーとして徹底的にお前を打ち負かしてやるよ。

 俺が勝ったら、一緒にマドゥーラを探して俺とお前の前世の記憶を消させるんだ。分かったな!」


 鷹介は、私に首を締め上げられながらも、心底楽しそうに目を輝かせた。


「おお、それこそ、望むところだ、ヴォール!」


またまた、鷹介の挑発に乗ってしまったのが分かったが、もう今さら引くことはできない。ヴォールターナーとして鷹介を負かしてやる以外、方法はない。



『さて、第二回戦の準備が整いました。

今までは二人にとって、単なるウォーミングアップだったようです。二人とも気迫十分のようですね!』


流れてきたアナウンスに、はっと我に返って振り返ると、鷹介に掴みかかっている私の背中に、観客席の視線が集中しているのが分かった。二回りも大きな男子生徒の胸倉を掴んで持ち上げる、小柄な女子…………。


観客が不気味に静まり返っているのにゾッとして、私は慌てて鷹介を突き放し、そそくさと自分の支度を始めた。


射場には、何故か二台のピッチングマシーンが設置されていた。バッティングセンターにある『アレ』だ。翠泉寺高校の野球部のメンバーが数人ずつ、それぞれのマシーンの横に控えている。


―― ??? 弓道の試合……だったよな? ――


鷹介はまったく不思議がる様子もなく、悠々と的前に立った。

私も慌てて鷹介に従い、彼の後ろに立って構えた。



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