対決! ヴォールVSゾル (6)
道場の入り口では、鷹介の代わりに案内係の女子がふたり待っていた。親切に私の弓に弦を張ろうとしてくれたようだが、二人掛かりでも弓さえ持ち上げることが出来ず、四苦八苦しているところだった。
「ありがと。自分でやるから」
彼女たちの離した弓を片手で持ち上げ、針金入りの弦を難なく張ると、後ろから小さなつぶやきが二つそろって聞こえた。
「つよ……」
二人に従って、道場を出て、また運動場の横を通り、林の中のようなところへと入っていく。辺りの景色が開けたと思うと、そこにゴルフ場のコースのように芝生に覆われた広い遠的射場が現れた。
しかし、驚いたのはその設備だけでなく、射場の向こう側に設けられた観覧席だ。五段ほどある長いひな壇があって、そこにはすでにびっしりと客(?)が座っている。その横の空間にも人が溢れていた。
ゴルフの名試合の観戦のようだ。
ゴルフと違い、客席のかなり手前には細かい目のネットが張られて、安全対策がされているが。
射場の傍に設けられたベンチで弓懸※ を巻いている鷹介を見つけて駆け寄り、小声で聞いた。
「何をどうやって、どこまで宣伝したら、こんなことになるんだ? 弓道の試合を観に、こんな観客が集まるなんて、尋常じゃないぞ!」
「それは、試合が終わったらお前のところの生徒に訊け。錦なんとか、って言ったか。テレビ局の企画に使いたいって話が学校にあったそうだが、まさかここまでの騒ぎになるなんて、俺も知らなかったさ。こっちこそ、いい迷惑だ!」
「錦……」
はっと辺りを見回すと、私たちの方をじっと見つめるテレビカメラを発見した。カメラの前にはマイクに何やら叫んでいる赤いジャージ姿の女性、カメラマンの後ろには、腕を組んでその様子を見守る園華の姿!
「あーいーつーー!」
学校の名を穢すなとか私を責めておきながら、それを利用して徹底的に私に恥をかかせようと策を練ったわけだ。
園華の家の名を使えば、テレビ局を動かすことなど簡単なことだ。
園華の方へずんと足を踏み出そうとした途端、臨時に設けられたスピーカーから声が響き、思わず足を止めて聞き入った。
「本日は、エックステレビ企画、『アスリート一番勝負!』番外編、高校生名人、弓道対決にお越しいただいて、誠にありがとうございます! 観覧される方に、諸注意を申し上げます…………」
再び肩をいからせて園華に向かって行こうとすると、鷹介が私の腕を引っ張った。
「今さら言っても始まらないだろ。先ずは俺との試合に集中しろよ! それともヴォールともあろう者が、大勢に見られてテンパってるのか?」
何かにつけて挑発しようとするところは、前世から変わらない。しかし、ここはゾルの言う通りだ。私は鷹介の腕を振りほどいて、ベンチに戻り、支度を始めた。
タ、タ、ターン、タタン!
安っぽいファンファーレの音が鳴り響いて、ナレーションが鷹介の紹介、続いて私の紹介をする。
恥ずかしいことこの上ないし、試合に集中したい気持ちが削がれる!
ふと見上げた観覧席の最上段に、東塔女子の集団がうちわを持って陣取っているのが分かった。うちわには、一つずつ文字が貼ってあって、合わせると文になるようになっていた。
ーー ファイト☆葉月! ーー
東塔女子が陣取る席の前列に、美都季と、三洗さんと、アドルの姿が見えた。
げっ、 アドル、電車乗ってきたの……!?
いや、今は、そんなことはどうでもいい。
エリシュカと女王様が見ていてくれるなら百人力だ。
「よし!」
と気合を入れ直して、私は勇ましく的前に立った。
「先ずは、六十メートル先の的を射抜く『遠的』です。本来は直径一メートルの的ですが、今回は直径十二センチ。
普通なら、そのまま放てば矢が届かないので、狙いを定めた後、空に向けて放って落ちるところで中てるものですが、二人にはそのまま真っ直ぐに六十メートル先の的を狙ってもらいます」
知らない人にも分かるように、いちいち解説が入る。ってか、そういえば今日の試合のルールを聞いていなかったぞ。普通に遠的競技じゃなかったのか?
「どんなルールだよ! これじゃ知らされていない俺が不利じゃないか!」
前に立つ鷹介の背中に、小声で文句を言うと、鷹介は首だけ少しこちらに向けて静かに言った。
「安心しろ。俺もルールは今日初めて聞かされる。何でも、テレビ局の奴らが色々と難題を考えてきたそうだ。お前の怪力のことも伝えておいてやった。あの的も、お前の矢が潜らないように工夫してあるはずだ」
「な、な……」
私が後ろで口をあぐあぐと動かしている間に、鷹介は矢を番え、ゆったりと構えた。
※ 弓懸
弦を引く右手に付ける手袋のようなもの