対決! ヴォールVSゾル (5)
最寄り駅から翠泉寺高校へと向かう道は、初めて来たが随分と賑やかだった。もともと大通りに沿ってビルや商店が立ち並ぶ繁華街のようだが、通り沿いの店先にズラッと屋台が並んでいる。どう見ても、テキ屋という感じのお兄さん、お姉さんが、焼きそばやらたこ焼きやらを焼いているのだ。
そして、歩道は大勢の人で賑わっていて、なかなか先に進めないほどだった。
学校の近くできっとお祭りでも開かれているのだろう。ゾルが人寄せのために祭りの日を選んだとも考えられる。
早めに出てきて良かったが、長い弓と大きな矢筒を抱えた私は、ただでさえも幅を取るので、前に進むのに難儀しそうだった。
しかし、その目立つ容姿に、道行く人ははっと気付くと道を開けてくれる。やがて私が歩くと人混みが自然と避けてくれるようになった。
ラッキ!
意気揚々と私のために開けられた空間を進んでいくと、左右の人混みの様子が少しおかしいことに気付いた。ザワザワというざわめきが止んで、なにやらヒソヒソと囁くような声が辺りに蔓延し始める。やがて、私と同じような年の女の子二人組が寄ってきて、私に声を掛けてきた。
「ねえ、もしかして、沢渡葉月さん?」
「はい。そうですけど」
その途端、左右の人だかりから、一斉に人が私に向かってきて、私は取り囲まれてしまった。
「きゃー、やっぱり!」
「こんな華奢な娘なのー?」
「美少女なのに弓の達人って、カッコよすぎー!」
「いやーん、わたしのヨウスケさまに勝たないでー!」
私はその場で硬直するしかなかった。周りを大勢に取り囲まれてしまったため、一歩も前に進めなければ、後にも左右にも逃げ場がない。
困って立ちすくんでいると、私を囲む人だかりの向こう側から、ピッピッピーという笛の音が響いてきた。
「はいはい、道開けて、道開けてー!」
なんと二人のおまわりさんが人だかりをかき分けて私のところへやってくると、私の左右の腕を掴んで歩き出した。
群がる人の波を制しながら、どこかへ強引に連れて行こうとする。
なんだ、このシチュエーション!
まるでニュースで観る、凶悪犯を連行するシーンのようじゃないか!
「ちょっと、ちょっと! どこに連れて行くんですか! 私何にも悪いことしてませんよ!」
長い弓とか大きな矢筒を持って公道を歩くと、迷惑条例とやらに引っかかるのだろうか。
口では抵抗しながらも、下手に逆らったら公務執行妨害になり兼ねない。
おまわりさんたちは何も答えてくれない。というより、人だかりをかき分けるのに忙しくて、それどころじゃないようだ。
不安はあるが、これ以上問い掛けてもどうにもならないことを悟って、私は大人しく二人のおまわりさんに引かれるままに歩いて行った。
連れて行かれたのは、翠泉寺高校。
しかも、校門の外側も、その中も、さらにたくさんの人でごった返している。
校門の脇には大きな看板が立っていた。
『前代未聞の弓道対決!
当校エース 神部鷹介 対 東塔女子学院 沢渡葉月』
駅前からの溢れるような人の流れは、翠泉寺高校へと向かっていたのだ。しかも、私たちの対決を観に来た人たちばかりなのだ。
門を入ってから校内を通り抜けるのもやっとで、私はおまわりさんに両腕を掴まれたまま、校舎の裏側を周り、広い運動場のわきを通り過ぎ、何やら小さな建物の前に連れていかれ、そこでやっと解放された。
建物の前には、胴着と袴に身を包んだゾル……神部鷹介が立っていた。
「ありがとうございます! ご苦労さまです」
鷹介が頭を下げると、おまわりさんは敬礼をして去って行った。
ずっと脇を持ち上げられるようにして歩いていたので、まだ前のめりの姿勢のまま、私は鷹介の顔を見上げる。
メールのやり取りしかしていなかったので、鷹介と顔を合わせるのは試合の日以来。久々に憎きライバルの顔を見て、フツフツと怒りが湧き上がってきた。
「全く、大掛かりなことをしやがって。こんなに大々的に宣伝して、女子高生に負けたなんてことになれば、お前が自分の首を締めることになるんだからな」
「さあ、どうかな? 俺の実力はもともと知られているから、万が一お前に負けても大した影響は無いさ。
それよりお前が負ければ、俺に挑んだ身の程知らずの女子高生に呆れることはあるだろうな。いや、世間の同情を買えるかな?」
そう言ってゾルは面白そうに私の顔を覗き込んだ。
またしてもヤツの策略に嵌りそうになった。私はそれ以上鷹介を相手にせず、彼を押し退けて建物の中へと断りなく上がりこんだ。
そこはどうやら翠泉寺高校弓道部の道場のようだ。入り口にあった弓立てに弓と矢筒を預け、勝手に中を歩き回って、更衣室らしきものを探し当てるとそこに立て籠った。
だれも居ない部屋の中に入ると、激しい苛立ちを覚えて、思わず荷物を思いっきり畳に叩きつけていた。
畳が少し凹んだように見えたが、知るものか!
鷹介のせいで、せっかく仲直りした美都季との仲もまた気まずくなってしまったのだ。
美都季が心配してくれた私の秘密の怪力を、他校の、それも美都季が憧れる鷹介に見抜かれ、対戦することになろうとは。
しかも、親友が知らないところで鷹介と話を進めていたなんて、美都季には気持ちのいい話ではなかっただろう。
前のように話をしないほどではないが、何となく美都季が余所余所しいのだ。
「今に見てろよ、ゾルザック!」
着替えをしながら、怒りが闘志へと変わっていくのを感じた。
そうだ、勇者ヴォールターナーは、怒りが極限まで達すると、興奮するどころか逆に冷静になりそれを闘志に変えることができるという特技を持っていた。
生まれ変わって以来、忘れていたヴォールの闘志がメラメラと燃え上がって来るのを感じた。
袴の紐を締め、髪を後ろに一つに束ねて、額に鉢巻をキュッと巻く。
更衣室に置かれた姿見に映った少女の姿に、戦を前に戦意を高める屈強な猛者の姿が重なる。
ニヤリと不敵な笑いを浮かべた二つの姿を確認して、私は更衣室を後にした。