お嬢様女子高生のヒミツ(2)
前世の名残だなんて、幼い頃は当然のごとく気づきもしなかった。
赤ちゃんのとき、握らせたガラガラをすべてひねり潰してしまっただとか、まだはいはいもできないうちにボールを持たせたら天井で跳ね返るほど高く投げられただとか、歩けるようになったと思ったらいつの間にか両親よりも速く走れるようになっていただとか、幼稚舎のとき遠足で動物園に行ったら、先生の見てない隙に熊の柵を乗り越えて今にも熊に飛び掛っていこうとしていたとか……エトセトラ……。
かなり騒動を起こしながらも、穏やかな両親は「女の子なのに元気が良くて」と微笑ましく見守っていたという。
しかし度重なる幼稚舎からの苦情に、いくら温和な両親でも放っておくわけにはいかなくなった。
どんなに落ち着きのない幼児でも更生させることができるという幼児専門のスゴ腕家庭教師を雇って私を徹底的に教育し直した。
ただ闘争心が疼くのはもはや本能の領域。さすがの家庭教師も生傷が絶えなかったとか……。
とりあえず、人前でお嬢様らしいたおやかな所作と笑顔を作る方法と、疼く闘争心を発散させていい場所を選ぶことを覚えさせられた。
小学部に上がったとき、隣に美都季が越してきた。彼女が家族とともに我が家に挨拶に訪れたとき、私の心は懐かしさでいっぱいになった。
初対面だというのに、私は「会いたかった!」と美都季に飛びついた。美都季も、彼女の両親も、私の両親も、呆気に取られていた。
1テンポ遅れて、私も何でそんなことをしたのか途方に暮れてしまった。
しかしそのことがきっかけで、私の脳裏に怒涛のごとく勇者ヴォールターナー時代の感覚が蘇ってきたのだ。
幼い頃はなんとなく白昼夢を見るような感じで、深い意味さえ分からなかった。
それでもやっぱり異世界の記憶と現在の生活とのギャップに混乱した。端から見れば明らかにおかしな行動を取ることがあったという。
それでもおおらかな両親は、「いろいろと悩むのは成長の証だ」と微笑ましく見守っていた。 ―― どこまでも幸せな人たちだ ――
思春期になり、色恋がどういうものか分かるようになって、美都季への思慕や執着が異世界で夫婦だったからだということを知る。
それと同時期に、私の周囲にはどうも同じ異世界から転生してきたと思われる人がたくさん居ることを感じ取るようになった。
異世界では遠縁のものとか、ときどき見かける程度とか、そういう薄い関係だった人たちが主だったから、美都季ほど強いつながりを感じる人は他にいなかったが、明らかに同郷の者だという直感はあった。
おそらく時をほぼ同じくして一斉に生まれ変わったのが原因なんだろう。
それなのに、あの世界の記憶があるのはどうやら私ひとりだけのようだ。
過去のしがらみなど忘れて、みんな楽しく暮らしているというのに、どうして俺 ―― いや私だけがこんな目に?
「もしもーし。美都季さん、その三つ並んだチョコパフェ、全部ひとりでお召し上がりになるおつもりですか?」
このうえなく幸せな顔でチョコクリームにスプーンを差し込む美都季に私は訊いた。
「もちろんでございますことよ。ひと月分の借りは、このベルギーチョコレートパフェ三つで赦してあげるというのだから、感謝なさいな、葉月さん」
「いえいえ、そういうことではなく、そんなに食されたら、胸焼けなさいますことよ。それに体重のほうも少しは気になさったらいかがです?」
「ご心配なく! わたくし、ベルギーチョコレートパフェなら、五つは余裕で食せますの! それにこれからスイミングの深夜練がございますので、パフェ三つ分の脂肪など難なく燃焼いたしますわ! ほーほっほっほ!」
正面であんぐりと口を開けている私に見せつけるように、美都季はクリームをたっぷり乗せたスプーンを口に入れた。
「うう……」
私はごくんと生唾を飲み込んで唇を噛む。
お嬢様と言っても、小遣いは使い放題というわけではない。いや、一風変わったうちの両親は、子どもの奇行には無頓着だが、お金のことにはうるさいのだ。
祖父は成金金持ちだからこそ、お金のありがたみを嫌というほど知っている。祖父の代からの伝統で質素倹約が我が家の家訓であった。
(その割には贅沢な造りのバカ広い家と、使いもしない外車がいくつもあったり、価値の分からない骨董品がごろごろあったりするんだけど。それはみんな必要経費なんだと両親はのたまう)
私には厳しく質素倹約の精神を植え付けたいのか、私のひと月の小遣いは未だ中学生並みなのだ。そして今月の残金はいま、美都季のベルギーチョコレートパフェに消えていった。
しかし、おいしそうに食べる美都季を見ているのも悪くはない。そのうち、私は幸せそうな美都季の顔をうっとりと見つめていた。
夢中で食べていた美都季が「ん?」という顔をして私を見た。
「……分かったわよ、葉月。そんな物欲しそうな顔しないの! ひとさじだけあげるから!」
「あ~ん」と言って美都季が差し出したチョコクリームたっぷりのスプーンをぱくっと咥える。
「おいしい?」
私は大きく何度も頷いた。
いや、しかし何が嬉しいかって……。ダメだ! こんなことを考えては!
私は頭をかきむしってテーブルに突っ伏した。
「あのねえ。その大袈裟な喜びようは嫌み? もう、あげないからね~」
―― いいです! もうたくさん。これ以上、自分の変態ぶりに気づきたくありません! ――