対決! ヴォールVSゾル (1)
美都季がこの上なく幸せそうに三つ目のベルギーチョコパフェにスプーンを差し入れるのを、私もまた幸せなきもちで眺めていた。
美都季を怒らせてしまって、このまま絶交なんてことになったら、この先どうやって生きていったらいいのか。パフェ三つで仲直りできるなら、お安い御用! しかもチョコパフェを食べている美都季の幸せ顔を遠慮なく眺めていられるのだから。
思い出すなぁ。戦地から久々に戻ったときの夫婦水入らずの晩餐を。エリシュカは、宮殿の仕事で辛かったことなどをつらつらと一方的に愚痴っていることが多かったが、ヴォールターナーにとっては無事に戻ってきてエリシュカの顔を見ることができただけで幸せだったものだ。
前世ではエリシュカは常に夫の後を黙って付いてくるような女性だったが、今では逞しく生まれ変わった美都季にすっかり尻に敷かれている感じだ。身体の弱いエリシュカを心配していたときのことを思えば、それもまた幸せだ。
うん? いや、またまた変な感覚が湧き上がってきた。
ダメだ! ダメ! 今では私と美都季は『親友』なのよ! なんでイチイチ現世と前世の感情を区分しながら生活しなくちゃならないのよ! 面倒くさい!
「……づき、はーづき!」
髪を掻き毟って机に突っ伏していた私の頭頂から美都季の声が響いた。顔を上げると、口の端にチョコを付けて美都季が呆れ顔で見ている。
「今回は一口だってあげないよ! これは私のお祝いと葉月のお詫びを気持ちなんでしょ! そんなに食べたければ自分も頼めばいいじゃない!」
「いや、そういう意味じゃないよ」
「じゃ、何? 毎回毎回、奢っておきながら私が食べるのを恨めしそうに見ていないでくれる?」
幸せそうに食べる美都季の姿が好きでついつい眺めていたのが、いらぬ誤解を招いたようだ。これ以上不審に思われても困るので、私も何か注文して気を紛らわそう。
「マスター!」
ちょうど客足の遠のく平日の夕方、客は私たちだけなので、マスターは厨房の奥に引っ込んで小休止しているのだろうか。呼んでも返答なし。姿も見えない。
「あれ? マスター?」
「あっち!」
スプーンを咥えたまま美都季が私の背後の大きな窓を指す。振り返ると窓の向こうに何やら店の外に屈みこんで油を売っているマスターの姿が見えた。
「何よ。一応お客居るのに、ほったらかしで何やってるの?」
文句を言う私に美都季が呆れ顔で説明した。
「あのね……。さっきから犬が窓ガリガリやってて、マスターが見に行ったの! 気づかなかったわけ?」
立ち上がって窓の向こうを覗くと、屈みこんでいるマスターの前には、なんとアドルが伏せているではないか。
私は慌てて店を飛び出した。
「アドル! だめじゃないの! 家抜け出して来たの?」
スプーンを咥えたまま美都季も出てきて驚いた声を上げる。
「え? 葉月ん家の犬? 善吉……じゃ、ないよね?」
「あ、この間拾ってきたの。この仔、アドルっていうの」
「拾ってきた……って。こんなでかい犬、どこで?」
怪訝な顔の美都季と対照的に、マスターは何やら感心した様子で言った。
「そうか。葉月ちゃんのところの犬だったのね!
最初はどこの野良犬かと思ったけど、あたしが怖い顔して出てきたらすぐにおとなしく伏せをしてねー。拾ってきたばかりにしちゃ、よくしつけが行き届いているわねー」
そんな会話をしている間に、伏せをしていたアドルが立ち上がって私に飛びついてきた。
『ヴォール! ゾルが!』
「ボール? ゾル?」
マスターと美都季が同時に呟く。
「あ、あはは。やだわ。このアドルはザルを咥えてボールをキャッチするのが得意でね! すぐにやってくれってせがむのよ。ここにはボールもザルも無いでしょ! って言おうとしたのぉ」
「葉月に遊んでほしくて家を飛び出してきたんだ。懐いているんだね。でも学校帰りにココに寄ってることが分かるって、すごくない?」
「そうよねー。まだ飼ったばかりなのに、葉月ちゃんの行きそうな場所が分かるなんて、天才犬だわ!」
「あ、一度散歩でこの前を通ったから。この仔嗅覚すごいから私の匂いが分かったんだと思う」
「なるほどー!」
マスターと美都季の声が重なった。
「今はお客がほかにいないから、アドルくんも入っていいわよ。ゆっくりしていきなさーい」
マスター(♂)が腰をくねらせながら先にドアの向こうへ消え、スプーンを持ったままの美都季もそれに続く。私はさっと屈んでアドルの顔に自分の顔を近づけ、小声で言った。
「アドル! しーっ!」
アドルはくぅんと唸って首を垂れた。アドルの言葉の続きが非常に気になるが、まずは平静を装い、アドルを伴って私も店に入った。