嗚呼、女王陛下! (1)
試合の帰りに美都季と一緒じゃないなんて、初めてだ。
散々な試合が終わったあとも、結局美都季と気まずくなってしまい、口をきいていない。とりあえず最寄の駅まで一緒に戻ってきたが、私は堪らなくなって、買い物をして帰るからと美都季と別れた。
買い物ったって、直径30センチの大仰な筒と物騒な長い弓を抱えてどの店に入れるというのだろう。仕方なく地元の商店街を何するとも無しにぶらぶらとしていた。
東塔女子の制服で、しかも弓とバズーカ砲みたいな矢筒を背負った私が目立たないはずはない。この辺りで東塔女子の生徒といったら皆一目置いて見る。間違っても下町商店街をぶらぶらしているなんてことはないはずだと誰もが思っているから、通る店、通る店から誰かしらが出てきて、じっと私の行方を見守っている。
制服のせいだけではなくて、背中の筒から響いている騒々しい音のせいもあるんだろうけど。
『うう、恥ずかしい……』
美都季への意地から寄り道してしまったが、一刻も早く商店街を通り抜けたくなっていた。なるべく顔を見られないように俯いて早足で歩いていると、どんと誰かの胸に正面衝突してしまった。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて顔を上げるとその先には、夕暮れの下町商店街には似つかわしくない、爽やかな笑顔があった。
「加賀谷 修人!」
―― しかし、なんでここでもユニフォームなんだ? こいつ…… ――
「やあ、葉月さん。俺の名まえ、早速覚えてくれたんだね! 嬉しいよ!」
―― ユニフォーム着てれば分かるわ! でもマズイ! これじゃ、私のほうも修人に興味があるみたいじゃないか! ――
「いえ、あの、思い出したんです。東塔学園のエースストライカー加賀谷さんといえば有名ですものね。おほほ……」
「そんなことないよ。でも葉月さんにそんな風に思われていたなんて、俺、しあわせ者だなぁ」
―― 墓穴…… ――
「いえいえ、あのときに気づかなかった私が無知だっただけですわ! それでは、ごきげんよう!」
会話を切り上げて修人の横を通り過ぎようとすると、すっと私の行く手を阻む修人。
「あの、何か?」
焦りと怒りを抑え、軽く微笑みを浮かべて訊く。
「俺も同じ方向なんだよ。分かれるところまで一緒に行ってもいいかな?」
―― お前、反対からやってきただろうが! ――
「ええ? そうなんですの? でも残念。私、すぐそこの角を右に曲がるつもりでしたの」
「偶然! 俺もだよ」
「そうですの? でもそしたらすぐを右に曲がらなくちゃいけないんですのよ」
「え? 俺も!」
「そしたらまた、右に曲がるんですのよ」
「やだなー。同じだよ」
「そしたらまた、右に……」
「奇遇だなー。俺もだよ」
―― 嘘つけ! そしたら元に戻ってくるじゃないか! ――
「あら、たいへーん! お母さまから頼まれていた買い物を忘れてたわ! ごめんなさいね!」
シュッタッと踵を返して元来た通りに走り出す。
さすがに修人は追って来なかったが、また好奇の目に晒されることになってしまった。ともかく路地を曲がって商店街を抜け出した。大通りに出て人ごみに紛れ込み、ようやく安心を得た。
『別に修人が悪い人というわけじゃないし、もともとはいつも一緒に居た子分アスモなんだから、そう避けなくてもいいと思うけど……』
そう、アスモは悪いやつじゃない。じゃないけど。
たとえば、敵の情勢を探って来いと偵察に出したとき、『うちの親分が呼んでますんで』と言って敵の軍勢を引き連れて帰ってきてしまったり。
たとえば、戦いの最中に剣が折れ、新しい剣をかせと言ったら、釣竿を渡してきたり……。
そう、悪気はないのだろうが、あいつのヘマのお蔭で何度死にかけたことか!
一緒にいれば悪いことしか想像できないのだ。
しかし、私の周りには転生人がごろごろ居るというのに、何で美都季以外は碌なもんじゃないんだろう。その美都季にさえ愛想を尽かされて……。
ああ、せめて敬愛する女王陛下にひと目お会いしたいものだ。
欲のないあの方は、転生後は清貧な暮らしをされているかもしれない。しかし、どんな暮らしをされていようと、あの気高さは失っていないだろう。
「女王陛下……、アドリエンヌさま……、どこにいらっしゃるのかな……」
歩きながらぼそぼそと呟いていると、足もとから声が響いた。
「ばう」