もれなく、ライバル付いてきます! (4)
むかーし、むかしのことじゃったー。
ある小さな村に、身寄りのない子が暮らす貧しい孤児院があったそうじゃ。
孤児院にはふたりのやんちゃ坊主がおってな。いっつもけんかばっかりしっておったそうじゃ。ふたりともめっぽう力が強くてな、どっちも負けておらんかった。しかし、お互いにけんかはするが、弱いものにはめっぽうやさしくてな、ふたりは孤児院のヒーローじゃった。
ふたりの名前はヴォールとゾルといったそうじゃ。大きくなるとふたりの勝負はけんかではなく、格闘技や偽の武器を使った勝負に変わった。
さらに思春期になると、ふたりの憧れの女の子エリをかけた勝負となった。
小さい頃からもう何百回と勝負をしてきたんだが、ふたりの力はまったく同じくらいなので、なかなか決着はつかなんだー。どちらかというと、ふたりは勝負することを楽しみにしておったのかもしれんのぉ。
しかし、そんな平和な日々はながくは続かなかったんじゃ。
やがて小さな村の両側の国で大きな戦争が起こったんじゃ。村の者たちはどちらの国に味方するかで二つに分かれることになってしまったんじゃと。
ヴォールとゾルはその腕前を買われて、ふたつの国から軍に入るようにと誘いが来ておった。ふたりは敵対する国の軍に分かれることになってしまったんじゃ。エリは結局ヴォールを選んで彼に付いていくことに決めたんだと。
ふたりはそれぞれの軍の中でめきめきと頭角を現し、やがて軍の総司令官同士として対戦するようになったんじゃー。
あまりにもパニックになり過ぎて、何故か昔話風の語り口で前世の記憶が蘇ってきた。
神部鷹介は、敵国クリヌラップの勇者にして、ヴォールターナーの幼馴染のゾルザックの生まれ変わりだったのだ。そして私と同じく前世の記憶を持っているらしい。記憶があるのなら、話は早いはず……だが……。
「……な、なんで、お前が此処にいるんだ、ゾルザック……」
もう、現世だか前世だか、そんなことはどうでも良くなっていて、かわいい少女の顔とはまったく噛み合わない猛者風の言葉で問い掛ける。するとゾル……鷹介が吹き出した。
「よく似合っているぞ、ヴォールターナー。虫も殺さないようなかわいらしいお嬢様の風貌が! しかしその言葉遣いはいただけないなぁ。それで言葉遣いや振る舞いもかわいらしかったら、エリシュカからお前に心変わりしてやってもいいんだがなー」
「このヤロ……」
殴りかかろうとして、しっかと腕を掴まれ身動きできなくなってしまった。いくら女の子の姿だろうと、怪力は未だ健在な私を押さえ込めるとは、疑いなくゾルザックだ。
鷹介は掴んだ腕を自分のほうに引き付けてぐっと顔を寄せた。間近に迫った鷹介の目を思い切り睨み付けるが、この顔ではまったく迫力に欠けるようだ。鷹介は精一杯強がろうと足掻いている私の表情が可笑しいらしく、くっくと笑いを噛み殺しながら言った。
「どうせ生まれ変わるなら、身も心もか弱い美少女になりたかっただろうな。中途半端に勇者の名残が残っているとは残念だな。まあ、それは俺が細工しちまったんだからしょうがないか」
「なんだと!?」
空いたもう片方の腕で鷹介を殴ろうとすると、それも押さえられ、蹴り上げようとした足も払われる。いくら怪力でも体格の違いはどうにもならない。知らない人が見たらかなり危ないシチュエーションだが、幸い辺りに人の気配は無かった。鷹介はその辺りも計算して私に近づいたらしい。
「……一体、どういうことだ、ゾル……」
身体を押さえ込まれているとはいえ、助けを呼ぼうとは思わない。それに鷹介に真相を確かめなくてはならない。ここで人に見られてはいけないと、怒鳴りつけたい気持ちを必死に抑えて鷹介に小声で訊いた。
「ここで、そう簡単に説明できることじゃないな。そうだな。俺と勝負してお前が勝ったらゆっくり説明する場を設けてやるよ」
「卑怯者! この体格差で勝負しろっていうのか!」
「この俺がそんな卑怯なことをすると思うのか、ヴォール。これまでだって、ちゃんと正当な勝負をしてきたじゃないか。取っ組み合いをしようなんて言わないさ。
折角どちらも弓道をやっているんだから、弓道で勝負だ。俺の学校に遠的用(※)の射場がある。そこで勝負しよう。普通の射場では力の加減ができないお前に配慮してのことだぞ。有難いと思えよ」
鷹介はにやにやと笑いながら手を離した。
「何時だ!?」
また掴みかかりたい衝動を堪えて上目遣いに鷹介を睨みつける。
「それはメールで知らせてやろう」
どちらが合図するでもなくシュタッとスマホを取り出すと、黙々とアドレスの交換をする。いや、本当に他人が見ていたら、『ナンパ成立♪』といったシチュエーションに思えるだろうが、本人たちは真剣である。
アドレス交換を終えると、元ゾルザックは神部鷹介の爽やかな笑顔に戻り、「それじゃ、よろしく!」と言って去っていった。
俺……いや、私の苦悩はこのときからが本番だったのだ。
(※)遠的=射距離60m。普通の近的28mの約倍。 本来は直系1mの的を狙うものだが……。