もれなく、ライバル付いてきます! (3)
個人戦女子、優勝決定戦。
一本ずつ矢を射て、最後まで外さなかった選手が優勝となる。
しーんと張り詰めた空気で、動揺していた気持ちもようやく収まり、私は観覧席におとなしく座って試合の様子を眺めていた。
六人の選手の三番目、ちょうど真ん中の位置に美都季がいる。美都季の表情はとても落ち着いて堂々としている。
矢を番えて一人目、二人目と矢を放っていくのを静かに待っている。
一本目の矢は、四人の選手が的中し、二人が外した。外した選手はその場で退場する。美都季の前の選手が退出し、彼女は二番目になった。
二本目は二人が外し、美都季ともうひとりが残る。そして三本目はふたりとも的中。次の矢で勝敗が決まるだろう。
緊迫する会場。食い入るように射場を見つめていた私の背後で低い声が呟いた。
「エリシュカ、逞しくなって良かったな……」
―― えっ? いま、誰が、何と!? ――
勢いよく振り返った先には、あの『神部 鷹介』がいた。あ、あ、あ、と口は何かを訴えようとするのだが、声にならない。鷹介はそんな私のことなどまったく意に介さない様子で、射場のほうを見つめている。
すぱんっ!
背後に響いた軽快な音と同時に、「よっしゃー!」と叫んで鷹介が大きな拍手を送る。鷹介に続くように観覧席の人たちが一斉に拍手と歓声を送った。
えっ? と振り返ったときには遅く、美都季は盛大な拍手に包まれて弓を下ろしたところだった。
「女子個人戦優勝者、35番、東塔女子学院高校 唐沢美都季!」
美都季は静かな笑みを浮かべて射場を退出していった。
観覧席を去ろうとする鷹介の腕を素早く掴まえる。
「ねえ! あなた、一体……」
「失礼、もう控えに入らなくちゃいけないので……」
そっと私の腕を掴んで押し返すと、ほがらかな笑顔でそう言って、鷹介は観覧席を出ていってしまった。
美都季のことをエリシュカと呼ぶなんて、明らかに転生人じゃないか! しかも、私と同じく過去の記憶を持っている。しかも! 私たち……俺たちのことを良く知っている人物だ。誰だ、誰なんだ!
重大な謎を投げ掛けられて、私はもう試合観覧どころでは無くなってしまった。快挙を為した美都季が観覧席に戻ってきて友だちに賞賛されているというのに、私は彼女を讃えるどころではない。
「おめでとう」
と、一応は声を掛けたものの、心がこもっていないことは見え見えだ。
さっき美都季に気を遣わせてしまったばかりなのに、また私がうわの空であることに気づいて、美都季は「ありがと……」と少し残念そうに返事をした。
私を混乱に陥れておきながら、神部鷹介は悠々と的前に立った。
少しばかり微笑んでいるのではないかと思うほど余裕の表情で的を見つめている。
一本目、二本目、次々と他の選手が敗退していくなか、まったく変わらない姿勢で矢を的心に収めていく。鷹介の堂々とした射に、観覧席からは歓声よりも溜め息が漏れるほどだ。
美都季も、……思わず彼女の様子を探らずにはいられない……、今まで見たこともないうっとりとした表情で鷹介の動きを追っているではないか!
―― エリシュカ、逞しくなって良かったな ――
先刻の鷹介のつぶやきが頭に蘇ってきて、身悶えしそうになる。
シュパン!
軽快な音ともに、観覧席の溜め息が一斉に大歓声に変わった。
「男子個人戦優勝者、18番、翠泉寺高校 神部鷹介!」
表彰式を終えたあと、美都季と鷹介は、自然と会話を交わしながら会場を出てきた。もう私の心の中は、嫉妬と疑念と疑問と何かわからないものでぐちゃぐちゃになっている。ふたりが似合いのカップルに見えてしまって、ただ個人戦の優勝者同士だというだけなのに、すでにお互いを意識し合っているんじゃないかという妄想まで抱いてしまう。
しばらく何やら話していたふたりは、軽く握手を交わして別れた。
「葉月、なんでそんな怖い顔してるの?」
私は無意識に仁王立ちになって、ふたりのことを睨みつけていたらしい。
「あいつ、いけ好かない」
「え? 神部さん? 何で? 強豪翠泉寺高のエースで主将。それなのに、奢ったところは全然無くて素敵な人じゃない?」
「美都季、あいつのこと好きなの?」
「……いい加減にしなさいよ、葉月! 葉月のほうこそ、すごく嫌なヤツになってるよ!」
とうとう美都季は機嫌を損ねてそう言い放つと、着がえと片付けに行ってしまった。
『なんで、こんなことになったのよ。今日は厄日だ……』
ヨヨヨと手近にあった壁にしがみつく。
しばらくその姿勢で動けないでいた私の背中を、誰かがとんとんと叩いた。げんなりとした顔で振り返ると、そこには神部鷹介の姿が! 途端にアドレナリンが体中を駆け巡る。
「ちょっと! あんた一体誰なの?」
鷹介は思惑どおりといった顔でにんまり笑った。
「久しぶりだな。ヴォールターナー。会いたかったよ」