お嬢様女子高生のヒミツ(1)
「十三本目ぇ―」
面倒そうな声で美都季のほうり投げた矢が、足もとにからからと音を立てて転がった。
「ちょっと、乱暴に扱わないでよ!」
文句を言いながら矢羽に付いた土を払い、直径三十センチはあろうかという筒に収めていく。ふと顔を上げると、腰に手を当てて仁王立ちになった美都季が睨みつけていた。普段から日焼けしてなかなか精悍な顔立ちだが、頬や額に泥を付けてさらにワイルドな印象を与える。その顔を見て私は思わず一歩後ずさりし、さっき放った一言を猛烈に後悔した。
「だ~れ~に、言ってんのかな~? は・づ・き・さん!」
「なんでもないっす!」
私はぺこぺこと頭を下げながら、美都季の横へ回り込み、抉られた安土※の中に顔を突っ込んだ。矢は憎らしいくらい綺麗に揃って深く土に食い込んでいる。残り七本の矢をまとめてぐいっと引っ張ると、気持ちの良いほどすっぽりと抜けた。
「最初から、あんたが抜けば良かったじゃない! 怪力葉月くん!」
「あ~あ、時間の無駄だった~」とぼやきながら、美都季は脚を開いたままのだらしのない格好でしゃがみこみ、股の間にだらんと垂らした両腕で土を掬い、面倒そうに抉られた安土にかけ始めた。
「ごめんね、美都季。後は私がやっておくから……」
「もういいよ! ふたりでささっと片付けちゃお!」
美都季は少し怒った風にそういって勢い良く立ち上がると、脇に立てかけてあったスコップを掴んで土を豪快に掬い上げた。
毎回練習のあとは、こんな調子だ。
弓道というのは、二十射で的に当てた矢の数を競う。普通はひと立ちで四本の矢を射て、そのたびに回収し、それを五回繰り返すものだが、私の場合、放った矢が的に命中するものの、その後ろの安土に深く入り込んでしまうのだ。毎回安土を崩して矢を探すわけにはいかない。私は常に二十本以上の矢を持ち歩き、すべての練習を終えてからこうして安土を崩して矢を掘り起こしているのだ。
はじめは部員全員で『矢の掘り起こし』をやってくれていたけど、毎回となるともう誰も手伝ってくれない。悪態を吐きながらも幼馴染の美都季だけはこうして付き合ってくれる。ありがたい話だ。
ふてくされたように、もくもくと土を掬っている美都季の姿を見つめる。
―― なんて、美しいのだ…… ――
はっ! やばい、やばい! なんてこと考えてんの、私! これじゃまるで『ユリ』じゃないか! そういうんじゃないの! そういう趣味じゃなく!
それもこれも、なにもかもみんな、私の前世にまつわる大問題が原因なのだ。
東塔女子学院二年C組、弓道部所属、沢渡葉月。全国にホテルや高級レストランをもつ沢渡グループ会長の孫、社長のひとり娘。名門女子校に通う深窓の令嬢。自分でいうのもおかしいが、表向きの肩書きはこんなものだろう。
しかしその実、別段普通の女子高生と変わらない。隣に住む唐沢美都季も大病院を経営する父をもつ、いわゆるお嬢様ではあるけれど、いっちゃ悪いが、私よりガサツで口が悪い。小さい頃からよくふたりでくだらないイタズラをして叱られたものだ。
美都季は学校では弓道部に所属しているが、それ以外に水泳のクラブチームに所属していて、女子とは思えないほどがっしりとした体格をしている。かなりの実力らしく、将来はオリンピックも夢じゃないといわれている。 ―― 本人談、その割には部活には毎日欠かさず出席しているんだが…… ――
表向きの肩書きと違うというのは、こんな性格だからではない。
実は、私には前世の記憶が鮮明に残っているのだ。そしてその前世の人物の性格や行動や、ときにはその思いまで蘇ってきてしまうという、かなり厄介な問題を抱えている。
前世も、どこぞのお嬢様、またはお姫様だったのなら、問題はなかった。
こともあろうに、私の前世は、その世界で『最強の勇者』と呼ばれた屈強な戦士 ―― もちろん、男! ―― だったことが問題なのだ!
そしてこともあろうに、私には、同じ世界からこの現代に転生してきた者たちがひと目で分かってしまうというおまけの能力まで備わっていた。
そしてこともあろうに、隣同士で姉妹のように育った、私の姉貴分のような美都季は、もと『勇者の最愛のヨメ』だったのだ。
ときどき、ヤツ ―― 勇者ヴォールターナー ―― の想いが膨らんできてしまい、私は理性を抑えるのに必死だ。決して、断じて、『百合族』ではない!
何にも知らない美都季は、安土を整え終えると、無邪気に私の首に腕を回して耳もとに囁いた。
「お礼はカフェ・ラタンのベルギーチョコレートパフェだかんね」
硬直……。
なんとかして、俺……いや、私をこんな状態で転生させた魔術師マドゥーラを探し出さないと!
※安土=弓道で的を置くところに盛られた土のこと
異世界転生ものが主流なら、異世界から転生したらどうなるのか? とくだらない発想から書いてみました!
先のことも決まってません(^^;)その場のノリで書いていきます。
適当にお付き合いいただけたらと思います!
ちなみに百合系のお話ではありませんので、あしからず。