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聖石物語  作者: 湯兎(ゆうさぎ)
第一章
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恵那という人 1

 第八層一角の修復が始まって二日目。恵那は八層第一修練室にいた。


 彼女の前には半透明のコンソールが浮かんでいる。ウィンドウに流れる文字を一通り確認し、息をつく。疑似(ぎじ)的に電気を通し、どこか修復しそこねた場所がないかチェックしていたのだが、もうここに問題はない。

「じゃああとは外の配線……ノア、異常個所のピックアップ終わった?」

 ぽいと虚空(こくう)に声を放る。間髪入れずに耳元で響くのは柔らかい女性の声だった。

『一応はね。ガブリエルにも手伝ってもらって、だいたいどのあたりが損傷しているのかも確認終了』


 恵那が「ノア」と呼ぶ、彼女はアイズメインコンピュータ・ノアを管理するために作られた人工知能、ノア・プログラム。大戦期の天才科学者、火澄乃亜(ひずみ・のあ)の人格をベースにされた「彼女」は、現在のアイズの科学力でも複製はおろか、分析も解体もできない世界最古にして最高の人工知能である。

 ちなみにノアが言ったガブリエルとは彼女を補助するための四つのプログラム、通称「ARCHANGEL(アーケインゲル)」のうち一基だ。四大天使の名を与えられたそれらは、ガブリエルは情報系統、ウリエルは攻撃プログラムというようにそれぞれの名にちなんだ分野を管制している。


「ん、ありがとう。ちょっとこっちに出してくれる?」

 新たなウィンドウが開き、損傷個所が羅列(られつ)される。場所と原因を流し見しつつ、恵那はそれらを第二分隊の各班に振り分けた。

「……これでよしっ、と。これ、各班長に送って――該当操作終了後、ノア・プログラムとアーケインゲルとの同調を解除。お願いね」

『はーい』

 周囲に展開していたウィンドウがすべて消える。恵那は部屋の中を見回した。


 一昨日、空也と秋が壊した修練室はいまだ黒焦げのままだ。けれど二日前とは違い、壁の中、ひどく損傷した配線はすでに修復を終えている。最終確認も、たった今終わらせた。

 配線を修理するためにあちこちの壁をはがしたせいもあって見た目としては一昨日より無残に見える。が、あとは第三分隊、室管理担当の仕事だ。一番大きな仕事が終わったせいもあって、後回しにしてきた疑問がつい口を突いた。


「やっぱり、らしくないよね……」


「何がですか?」

 独り言に思いもかけず返事があって、恵那ははっと我に返った。

「えっ……あっ、千早?」

 上方に隣接する見学室。ガラスのなくなった窓から千早が顔をのぞかせていた。何かを探しているような顔の動きに、下に降りようとしているのだと気づいた恵那はあわてて止める。

「あ、私がそっちに行くわ。フラリオーテ、お願い」

 きらりと光る腕輪の宝石。軽く地面を蹴ると、その体はふわりと水の中を泳ぐように宙を泳いでいた。重力に逆らった動きのまま、窓から隣室に飛び込む。

「ありがとう、フラリオーテ。それで、どうしたの、千早?」

 複雑そうな顔で恵那を見ていた千早に問いかける。彼は小さく何かをつぶやいて。


「――いえ、人の仕事を根こそぎとってくださる有難迷惑な上官に、少しは休んではどうかと提案しに来ただけです」


 嫌味をたっぷりまぶした言葉に思わず肩をすくめる。心当たりが嫌というほどあるのが辛い。

「え、えーと。予定より早く終わりそうだね。第三分隊には連絡してくれた?」

「……ええ、まあ。のちほど隊員を派遣してくださるそうです。……さっきらしくないとおっしゃっていましたが、何がですか?」

「ああ、うん。空也と秋のことだよ。こんな凡ミスやるなんて、らしくないなあと」

 千早の言葉から嫌味の気配が消えたので急いで乗っかった。彼の嫌味は時々かなりぐさりとくる。いや、正論なのだけれど、なのだけれど……。


「一部始終を確認しても二人して相当苛立っていたみたいだけどね……」

 まあ、そこがもうおかしいのだが。

「おかしいとまで言いますか。あのお二方もたまには失敗くらいするのでは?」

「しないわ、特に、魔法関係(・・・・)では」

 ちょっと眉を上げる。恵那は広い修練室を――あるいは二人がぶつかり合った過去の光景をじっと見ていた。


 記録していた映像を確認したかぎり、使用されたのはごく普通の中級魔法。秋の趣味である新式でも、威力そのものが桁外れな上級魔法でもなかった。けれど、そこに練り込まれた魔力は。


「どちらか片方が失敗して、もう片方が被害を軽減させた――もしくは二人とも失敗して、計器類が被害を受けた。これなら納得できるわ。実際二人、そのくらいなら結構やっているもの。でも千早、気づいていた? あの二人、修練室の設備を壊しても、二重防壁をわずかにでも破損させたことは一度もないのよ?」

 千早の目に(さざなみ)が走った。


 思い起こしてみれば、確かに。魔法使いとして規格外な二人は計器はよく壊していたが、シールドと結界の二重防壁を壊したのは、彼が知っている限り今回が初めてだ。


 つまり、それがどういうことかというと。


「今まで一度も……魔力制動を間違えなかったということですか? 模擬戦闘の中にあって、それでも周囲に散乱した魔力を制御して、再利用していた?」


 世界に満ちる恵み、魔法族がエネルギー源とするそれは、一度魔法使いの体を通して「濾過(ろか)」することによって魔力と呼ばれるものになる。魔力は式と呼ばれる、たとえるなら方程式によって効率的に循環し、魔法として発動される。しかし魔法同士の衝突によって式が壊れたり、霧散したりすると魔法が解除され、その中で循環していた魔力は周囲に放散されることになる。これは時間を置くことで恵みに戻るのだが、戻る前なら再び魔法の(かて)として式に取り込むことができるのだ。この魔力の再利用を「魔力制動」という。

 これが使えれば恵みを魔力に変える手順が不要のため、魔法使いの負担はかなり減る。同時に閉鎖空間の場合、その中の魔力の絶対値を低く抑えることができる。

 魔力の絶対値が低ければ周辺結界へ負荷をかけずに済む。二人はおそらく、ずっとそうして模擬戦闘をしてきたのだ。


「魔力制動を使っているんなら彼らの周りだけ魔力値が異常に高くなり、結界周辺は魔力値が異常に低くなる。一つの部屋の中で極端な差ができるんだもの。計器もくるって当然よ」

 その代わり結界には支障が出ない。一度壊れると同じ場所に作るのが難しい固定結界と、すぐに直せる計器、どちらを優先するかは――言うまでもない。

「……でも今回は二人とも、途中から魔力制動使ってなかった――。結界内の魔力、完全に飽和していたもの。だから中級魔法でもこもった魔力が尋常じゃなかった」

 攻撃魔法は通常、込める魔力と威力は比例の関係にある。その結果が、恵那たちが直面しているこの状態だ。

「らしくないよ。二人とも……いつもならどっちかが気づいて止めるのに。……何があったんだろう」

 最後の言葉は無意識のようだった。千早は再び、複雑な視線を送る。


 人間である彼は気付けない、わずかな差異。それをたやすく見抜く彼女に対する、それは嫉妬(しっと)なのだろうか?


 ……馬鹿な。千早は歯に力を込め、愚にも付かない思考を断ち切った。彼女は魔法族ではない。ならばこれは単なる努力の差――そのはずだ。


 千早が言葉を途切れさせたことに気付いたのか、恵那の頭が動く。彼女がこちらを見る直前、千早はとっさに言っていた。



「それで、有難迷惑な上司はいつになったら休憩なさるのでしょうか?」



「あうっ」

 ……逸らしたと思ったのに、千早も乗ってくれたのに!

 終わったと思っていた分ダメージは大きい。時間差攻撃にアシカのような声が出た。


 上が休まなきゃ下はもっと休めない、その理屈はわかるのだが。

「……いや、だって、私がやる方が速いし労力かからないし」

「恵那、あなた今副官ひとの存在全否定してくれましたよ?」

 副隊長の仕事までとる理由が、自分がやるほうが効率がいいからとは。


 ケンカ売っているのか、と千早の視線が冷たくなるのも仕方がないだろう。恵那は急いで首を振った。

「違う、違うって、そうじゃなくってノア! これだけの破損個所を効率的に割り出して修復するにはノアの管理権限が必要でしょう」

「効率を追求するのもいいですが、俺の存在意義も考えてください」

 とりあえず休憩してください、とばかりに促される。彼の半歩前を進みながら、恵那はようよう口を開いた。


「……千早には結構頼っているよ。おかげで私が他部署に顔を出さずにすむ」

「……俺の存在意義はそれだけですか?」

「それだけって、それが一番大切……」

 どこか適当な休憩スペースに向かうため、ステーションを目指していた恵那がぴたりと立ち止まった。

 黒瞳がわずか、ひび割れる。怪訝そうに彼女を見下ろし、その視線を追いかけた千早の腕をつかみ、恵那は手近な通路に方向転換した。


「恵那?」

 通路に引っ張り込まれる一瞬、千早の目に映ったのは、こちらを見て立ち尽くしている二人の人影。

 そのこわばった顔が目に入った時、情報系列隊の一員としての彼の脳は瞬時に両名の個人情報を弾きだした。

(戦闘系列隊の魔法使い)

「恵那、どうしてあなたが隠れる必要があるんです」

 他人を――特に戦闘を専門にする魔法使いを避ける彼女の行動に眉をひそめるのは、何もこれが初めてではなかった。黙々と歩く相手に歩調を合わせ、千早は責める口調で続ける。

「階級としてはあなたの方が上です。これと言って落ち度もない。あなたが隠れる必要などどこにもないでしょう」

 ならば相手がどんな反応をしようと、胸を張っていればいい。

 幾度目かの千早の言葉に、恵那はふと手の力を抜いた。アイズはその成り立ちゆえ、実力主義が大原則。結果が先にあるのではなく、必ず理由が先にある階級は、だからこそ強い求心力を持つ。


 けれど。


「……千早。あなたは絶対に爆発しない爆弾を見たことがある?」

「……?」

 立ち止まり、振り返る。急に人間らしい感情が欠落したその顔に浮かぶのは、どこまでも透き通り――どこまでも悲しい、微笑み。

「彼らにとって、私はいつ爆発してもおかしくない爆弾なの。私は彼らを積極的に刺激したくない」

「だから逃げるのですか」

「逃げるよ。慣れるようなものじゃない」


 しゃら、と、ブレスレットが鳴る。


「……彼らにとって私は、恐怖の対象でしかないもの」


 (まぶた)を落とした恵那は、次の瞬間、張りつめた雰囲気を吹き飛ばすように明るく言った。

「嫌味言われるのも嫌だしね、明日は千早に現場監督任せるわね!」


「えっ……は!? 任せるって、いえそれはかまわないのですが……!」

「これ以上休んだら本気で単位危ないんだって。明日は学校行ってくるねー」

「いえですから……!」


 ちょっと待て!


 という間もなく、恵那はその場でゲートを開いた。


 言い逃げは卑怯だぞ、と言いかけた喉が凍りついたのは、消える瞬間に恵那が見せた顔のせい。

 作り物の笑みが消えた顔は、傷つき、諦め、涙さえ浮かばない……こちらの胸がつかれるような、空虚なものだった。




 こんにちは。「聖石物語」にようこそいらっしゃいました。今回は恵那と千早の絡み、魔法の原理説明込、ですね。「聖石物語」の魔法はこういう理論で発動しているんですよ、という説明です。


 そして「Archangel」。正しいカタカナ読みは「アークエンジェル」です。英語を習い始めたころ、間違って読んだのですが、その響きを妙に気に入りまして。こうして作中に登場させました。でも断らせてください。

「アーケインゲル」は間違った読みです。「聖石物語」にしか登場しません。正しくは「アークエンジェル」。うっかりこちらを覚えないでくださいね!

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