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聖石物語  作者: 湯兎(ゆうさぎ)
第一章
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七十年前

 今から七十年と少し前。地球では、人類が作り上げた文明を真っ二つに割って戦争が行われていた。

 始まりは些細(ささい)なことだった。しかしそれは様々な思惑、複雑に絡み合った現実と交差して瞬く間に火の手を上げ、世界をのみこんだ。


 四年に及ぶ交戦ののち、人類はその数を三分の一も減らしていたほどの、戦争だった。


 死者の数がこれだけ膨れ上がったのにもそれなりのわけがあった。この大戦の時、両陣営で初めて投入された広域殲滅(せんめつ)兵器。敵も味方も区別しない、命も命なき者も関係なくただ決まった範囲を吹き飛ばすだけの兵器は、当然、非戦闘員も識別しなかった。銃を目にしたことすらないもの。生まれたばかりの無垢(むく)な子供。死者の大半は兵士ではなく、平凡に暮らしていただけの一般市民だった。


 当事者の誰もが引っ込みがつかなくなり、どこまでも続くかに見えた争いは、しかし唐突に終わりを迎えた。


 業を煮やした一方の陣営が放ちかけた一発の新型弾頭。


 発射の刹那、「彼ら」は人類の前にその姿を現した。












「双方、武器を収めよ」


 大戦に参加していたあらゆる国々、あらゆる都市、あらゆる人々の間に、その声は響き渡った。


 西側陣営、まさしく新型弾頭の発射ボタンを押そうとしていた男は戸惑ったように動きを止めた。突如頭の中に響いた男性の声。表向きは冷えながらも奥にたぎるものを隠したその声に聴き覚えはない。

 まさか幻聴かと思った、その瞬間だった。


「だっ、誰だ!?」

「どこから入ってきた……!?」

 背後で起こった騒ぎ。男が振り返ると、銃を構える部下たちの中、面妖な格好をした一人の青年がいた。

 体を覆う濃紺のローブ。左手に持つ長い木の杖の先には青年の目と同じ、赤い宝石が埋め込まれている。ハロウィンの時に見たなら「ああ、魔法使いの格好だな」と思うだろう装い。それを身にまとっているのは自分の半分ほどの歳しかなさそうな若者だ。不審者として即座に捕縛し、この要塞に――それもこの司令室にどうやって入ってきたと尋問するべきであるのに、男はすぐには動けなかった。


 赤い目に宿るのはまぎれもない殺意。今まで感じたこともない、()ぎ澄まされた刃のような殺気が男を襲う。戦場に身を置く軍人であっても、その武器のほとんどが機械化されたこの時代。男は殺気など向けられる由もなかった。だから本当なら青年から発せられるものが殺気であるなどとわかるはずもなかったのだけれど。


 便利な世の中でなまった本能でさえ、それを感じたのだ。


 「動けば殺す」という、言葉なき意志を。


 司令室にいた十人ほどの軍人たちも凍りついたように動きを止めていた。銃を向けても引き金が引けない。いくら頭で命令を送ってもそれは運動神経に伝達されず――一瞬だけ、司令室を静寂が覆って。

 不意に、青年が口を開いた。


「――我らは、アイズに集いしもの」


 耳ではなく、頭に直接響く言葉。

 それはまぎれもなく、さきほどの幻聴と同じ声。


「我らは人間に在らず。我らの世界、アニルに連なる血を宿し、この地球に仮住まうもの。大気に息づく恵みを甘受する、魔法族と呼ばれる種。天と地とその狭間に住まうものたちの願いを聞き、戦争を止めるべくここに来た」


 その手に握った杖の先が、軽く床を突いた。


「即刻戦争をやめよ。さもなくば我らは戦争を望むものの命をもらう」


 一方的な宣言の折り、青年の目が鋭さを増して男を射抜いた。ようやく頭に言葉の意味までしみ込み、男はかっと逆上した。

「何を馬鹿げたことを……! かまわん、その男を撃て!」

 凍り付いていた軍人たちが命令に従う。それは上に絶対服従の彼らにとって反射に近い行動だ。銃声がいくつか鳴り響き、次の瞬間青年は血を流して倒れるものと誰もが疑っていなかった。


 しかし。


 ――突如立ち上った紅蓮の壁が、鉛の玉を捕え、瞬時に蒸発させた(・・・・・)


 その時は知る由もなかったが、同時刻、世界中の重要拠点で同じことが起こっていた。侵入できるはずもない場所に忽然と現れ、停戦を要求する者たち。それは彼ら人間と何一つ変わらない外見をもっていながら、人知を超えた「力」を(ふる)った。


 炎を操り、大地を揺るがせ。風を盾にし、水をまとい。雷を呼び寄せ、氷をしたがえ。


 自らを地球外生命体、魔法族と称した者たちは、当時の兵器を児戯(じぎ)のごとく退けた。


 男はよろめいた。紅蓮の蛇はいまだ青年を守るように空中を泳ぎ、続いて発射されたエネルギー弾もたやすく飲み込んだ。青年には傷一つない。

 この現象が悪夢でないのなら、一体なんだというのか。

「化けっ……ものめ……!」


「そうやって我らに敵意を向け、宣戦を布告するなら、我らは人類を滅ぼそう」

「なっ……!?」

 さらりと告げられた言葉。そうなってもおかしくないと思わせるだけの力を彼はここで揮っていた。


 アイズに集ったと、言っていた。「アイズ」とは組織の名だろうか? そこにこの青年と同じような力を持つモノたちがいる――?


 男の背に冷たい汗が流れた時、張りつめていた闘気が、ふと、緩んだ。

「けれど我らの要求を受け入れ、終戦に合意するならば」

 青年は一呼吸、間をおいて。


「――我らは人類に対し、できうる限りの援助をしよう」


「え、援助……?」

「両陣営が終戦に合意するならば、これから行われる戦後復興、そのすべてに対し我らが持つ知識と技術、そして戦力を提供する。選ぶのはお前たちだ」


 紅蓮の蛇が鎌首をもたげる。主の代わりに警告するように。


「さあ、選べ。種の滅びか存続か」


 突き付けられた選択肢に、男はぱくぱくと数度口を開け閉めして――不意に、がくりとそこに膝をついた。












 結論から言うならば両陣営は魔法族と名乗るものたちの要請を受け入れ、終戦に合意した。

 普通なら無視や抗戦を主張するものが出そうなものなのだが、そうはならなかった。それは魔法族の出現と前後するようにして各地で起こった大規模な反戦運動のためということが第一に挙げられる。終戦後、この反戦運動は扇動されて起こったものであるという見解があちこちで示されたのだが、生き残っていた市民の大部分が、終わりの見えない戦争に嫌気がさしていたのは間違いのないことだった。思惑あって行動するようにたきつけたものたちがいるにせよ、彼らはただ背を押しただけにすぎない。


 各国で革命やクーデターが起き、大戦で甘い汁を吸っていたものたちが引きずりおろされる事態が相次いだ。


 またこの行動をたきつけたと思われる魔法族の組織、アイズもただ無責任に見ていたわけではなかった。

 終戦を願うものたちに協力を求められた彼らは武力を以てこの動きを援護。彼らが宿す力にて無血の政変をいくつも実現させた。アイズはさらに終戦派が政権を押さえた場所から順次多数の組織員を派遣、突然の事態に混乱する市民の間に入って治安の回復に努める。同時に戦災孤児の保護や負傷者の救出、危険物の処理や衣食住の確保など、市民の側に寄った戦後復興に力を注ぐ。それは力を背景にして脅しをかけたものたちとは思えないほどの誠実さだった。


 しかしこれら一般市民を救済する活動も、アイズの援助のほんの一端に過ぎない。アイズは各国に樹立した暫定政府と連携し、豊富な物資を供給する傍ら、世界規模で経済活動の立て直しを開始。また一部終戦に合意しない――あるいは暫定政府に反対する勢力が各地で起こした騒動にも組織員を派遣。直接的な負傷者を一人も出さないという規格外の成果でこれらを鎮圧した。


 十年、二十年の単位で行われるはずだった大戦後復興は驚異的な速さで進行した。初めは彼らのことを「地球外生命体」「未知の力を操る得体のしれない生き物」と忌避(きひ)していたものたちも、その恩恵に浴するにつれて態度を緩和させていく。これはおそらく魔法族が人間と変わらない姿をしていたこと――また、男女ともに見目がいいものが多かったことも多少関係しているだろう。美しいものを見て喜ばない人間は少なく、よく統制されたアイズ組織員は不用意な力を揮って市民を脅かすこともなかった。彼らが力を誇示したのは、終戦を促す、ただその一度だけ。あとはまれに見る誠実さで自分たちを助けてくれる存在を、嫌い続けるということの方が難しいだろう。


 ある程度復興が進んだころ、アイズはさらなる恩恵を人類に与えた。大戦前の水準をはるかにしのぐ高レベルのネットワークシステムと、復興を長期的に見た時に必要になる医療や環境保全・再生技術が人類の科学者に提供されたのである。

 「魔法使い」が、なぜ科学? と首をかしげたものは多いのだが、事実彼らが持つ科学技術は、大戦期の人類の科学の、ゆうに百年先を行っていたらしい。惜しげもなく提供されたそれらの技術が起爆剤となり、大戦によって軍事に傾倒した科学技術は飛躍的な発展を遂げた。



 そのように力を尽くして「約束」を守った魔法族は、終戦から十年後、復興にめどが立った時にそのすべてから手を引き、忽然と姿をくらませる。



 現れたのは戦争を止めるため。明かしたのは彼らが集う組織の名前だけ。何も見返りを求めず、ただ必要なものを与えるだけ――。あまりに想定外で、あまりにあっけなく終わった人類と魔法族とのファーストコンタクト。


 しかし彼らがもたらした数多くの恩恵が、いくつかの世代を経た現代でさえ、彼らの存在を色褪(いろあ)せさせない。


 だから今を生きる人間たちは知っているのである。この世界には自分たちとは別に、魔法を使うもう一つの種族が存在しているのだと――。







 *   *   *






「……まあ、実際のところはそこまで美談じゃないんだけどね」


 半日思い切り遊び、夕暮れが迫るころになって清佳と別れた恵那は数分そのあたりをうろついた。その時にふと目に入ったのは電器店のショーウィンドウに置かれた新型テレビ。最近話題の持ち運び可能なそれが中空に映写していたのは、これまた最近話題のドラマだった。

 七十年前の大戦を脚色した台本は大胆にも、いまだ謎に包まれたままの「魔法族」という存在を主人公にしており、若い世代を中心にかなりの視聴率をほこっているらしい。恵那は見たことがないが、彼女の兄のような存在が「魔法族を英雄視しすぎだ」と苦い顔をしていた。

 電器店から視線をずらし、本格的な夏物が並ぶショーウィンドウを眺めた。何気ない、気軽な調子でいくつもの角を曲がり。


「……ノア。追跡者は?」

『有機物、無機物による監視、どちらも確認できず。追跡魔法固有の磁場異状もなし。大丈夫、誰もいないわ』

「そっか」


 耳元で聞こえた女性の声。恵那は驚かず、口の中だけで答えた。それからすいと建物と建物の間、狭い路地に入り込み、さらに一つ角を曲がって。


「こちら恵那。中央管制室に本部へのゲート使用を申請します」

『声紋認証、申請確認。……中央管制室より返答。ゲート使用申請を受諾しました』

「ありがとう。――ゲート4、オープン」

『ゲート4、オープン。対象者固定。周辺状況スキャン完了。座標軸固定。進路クリアー。亜空間物質転送、開始』


 淡々とした女性の声がそう言った瞬間。


 狭い路地に立っていた恵那が、その場から消え去った。









 感じたのは一瞬の静寂と浮遊感。しかしそれは本当に一瞬で、改めて意識した時にはその気配は跡形もない。――だが、聴覚が捉える情報はだいぶ様変わりしていた。


「対象者の通常空間復帰を確認。亜空間通過による異状、なし。――エナ、大丈夫ですよ」


 一日の終わり、疲労感や満足感の広がる雑踏は見事に消え去り、代わりに耳に入るのはわずかな空気の振動音。心地よい静けさを壊さないほどで男性の声がして、恵那は目を開けた。

 まず真っ先に目に入ったのはぼんやりと光る筒状の膜、シールドだった。恵那が目を開いたことにより異常なしと判断したそれはすうっと消え、さえぎられていたざわめきが耳に届く。


 目の前に開けたのはかなり大きなホールだった。ちょっとした体育館くらいの空間の中には「Ⅰ」や「Ⅶ」などとプレートを掲げた場所が点在していて、かくいう恵那がいるところにも「Ⅳ」のプレートがある。亜空間転送の突出点を集中させた場所――ステーションと呼ばれる場所だ。第四ゲートの端末の前にいる男性に顔を向ける。

「お疲れ様」

「おかえりなさい、エナ。楽しんで来ましたか?」

 敬意を込めた言葉に、恵那はにこりと笑い返した。

「うん、存分に。外に出ていた間、異常はなかった?」

「特には。我々に呼び出しがかかることもなく、平和な一日でしたよ」

「それは重畳(ちょうじょう)。じゃあ、中央管制室に顔を出す前に着替えてこようかな」


 恵那のセリフを受け、男性はすぐに館内転送の準備にかかる。それを待ちながら、恵那はそっと目を閉じ、頭の中のスイッチを切り替えた。


 外での彼女は青海学園高等部第一学年所属、高麗恵那。


 けれどここでの名前は――情報系列隊第二分隊隊長、並びにアイズメインコンピュータ「ノア」の管理者(オペレーター)、リルティアナ・フレイア。




 七十年前に突如人類の前に出現し、六十年前に行方をくらませた組織、アイズ。彼女はそのメンバーだった。





2013/07/09 二話と三話を結合して名前を付けました。くっつけても六千字ならず。我ながら短すぎです……。

2015/02/03 加筆修正

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